日影丈吉『猫の泉』

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 日影丈吉『猫の泉』(『恐怖博物誌』出版芸術社 1994 ふしぎ文学館 所収)

 南フランスに滞在していた日本人写真家の「私」は、不思議な町の話を耳にする。それは「ヨン」という谷間の辺鄙な町だった。住民はチベット猫とともに自給自足の生活を営んでいるという。興味を覚えた私は道すがら聞き込んだあやふやな情報を頼りに、中世の町並みを残す小さな集落に辿り着いた。
 この300年の間にヨンの町を訪れた外の人間はごくわずかで、私はちょうど30人目にあたるらしい。町には10人ごとの旅人に大時計の鐘の音を聞かせ、町の運命を占わせるという奇妙な習慣があった。私は滞在と撮影の許可を得るため、その役割を果たすことになった。
 月が出た。広場の枯れた泉のほとりには、猫が群れをなしている。私は大時計の鐘の音に耳を傾け、感じたままを猫たちに向かって語った。「去れ、若者よ。洪水、大時計」、それを言い終わった時、群れのなかの一匹の猫が月のかかった中天に向けて、一声鳴いたのだった。すると……。

 著者は早い時期から海外の文学や芸術に接していたらしく、日本を舞台にした作品であっても、どことなく西欧風な雰囲気がある。なぜか寡作な作家ってイメージがあったんだけど、著作リストを見るとかなりの量の作品があって、小説はどれも幻想味の強い推理小説、怪奇小説ばかりらしい。思わず全集をチェックしてしまった。これまであまり読んでこなかったことが悔やまれる。

 あらすじをまとめるのが下手すぎて全然ピンと来ないかも知れないが、この作品は以前感想を書いたA・ブラックウッドの『いにしえの魔術』のオマージュとなっている。ここに出てくる「ヨン」という町が、『いにしえの魔術』で主人公のヴェジンが迷い込んだ町と同じなのかどうかは分からない。こういう風変わりな町がフランスの片田舎には点在してるって設定が、著者にはあったのかも知れない。町のイメージは非常によく似ている。ただ時代が下ったせいか、「ヨン」の町は『いにしえの魔術』の町と比べて随分と衰退しているようだ。人々はもうサバトを執り行うだけの気力も、能力も無くしてしまっているように見える。「いにしえの魔術」の効力が、今まさに失われつつある、そんな風に感じた。
 本作には終始居心地の悪い、不気味な雰囲気が漂っているが、幻想的で美しい作品でもある。月光の差す広場のシーンは、そんな不気味さと美しさを凝縮したような名場面だと思う。

 A・ブラックウッドの『いにしえの魔術』、萩原朔太郎の『猫町』が好きな人にはすごくおすすめの作品。前述のような著者の作風が、フランスを舞台としたこの作品にとてもよく似合っている。


 ※関連記事へのリンクです↓
 A・ブラックウッド『いにしえの魔術』 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-140.html
 萩原朔太郎『猫町』 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-79.html


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