手塚治虫『I.L (アイエル)〈2〉』完

0 Comments
serpent sea
 

 手塚治虫『手塚治虫漫画全集 MT263 I.L (アイエル)〈2〉』完 講談社 1982

 手塚治虫の異色の吸血鬼漫画。
 基本的な設定については前巻の感想で書いたけれど、吸血鬼ものっぽい要素は前巻収録分よりもますます少なくなっている。またストーリーの中心になるような性倒錯者が出てこないこともあって、著者独特のこってりしたエロ表現も少なめ。そのかわりベトナム戦争や安楽死、政財界の汚職などの時事ネタが主要なテーマとなっている。

 収録されている5話のうち「第13話 眼」だけが、上記のような時事ネタとは関連の薄い叙情的なエピソードで、シリーズ全14話中、唯一まとも(?)なハッピーエンドを迎える物語でもある。I.L(アイエル)への依頼内容は、手術で視力を取り戻した恋人に、自分の身代わりに会ってきて欲しいという女からのもの。作中に「五色沼」という地名が出てくるところから、舞台は福島県の磐梯山周辺だろうか。雪深い情景が美しく描き出されている。ベタな展開ながら、終始雪の静けさを感じさせる好エピソードだと思う。

 ほかの4話からは息苦しいような、窮屈な印象を受けた。吸血鬼が一人いたくらいではどうにもならないような話もあって、I.LがI.Lらしい活躍をしない(できない)からかも知れない。最終14話の終盤で元映画監督の主人公は、I.Lを使った現実の演出を放棄してしまう。I.Lに対する主人公の最後の言葉は「この夢もない欲望と金だけの世の中には/他愛ないドラキュラなんて必要じゃないんだ!!」(p.139)というものだった。

 後書きからは著者が読者の要望に応えようと苦慮している様子が伝わってくる。意外なほど読者の好みを意識していることに驚かされてしまうが、上記の主人公の言葉じゃないけど、そもそも時事ネタと吸血鬼の取り合わせ自体が難しいのかも知れない。シリーズを通してみると、個々のエピソードの面白さはさて置き、時事ネタの扱いに関してかなりアンバランスな作品になってしまっているように感じる。著者自身「リアリティーに欠けるきらいがあった」と記している。

 表現に関して少し触れておくと、先行する『火の鳥』などで見られた抽象的な心理描写(エロ描写)が、本作でもごく控えめに導入されている。「控えめ」な辺りに著者の試行錯誤ぶりが窺えるのだが、こういった手法は本作と入れ替わるようにスタートした『きりひと讃歌』のなかで、より洗練された形で、控えめでなく用いられていて、やがて青年向けの作品における著者独特の表現として完成されていく。

 ※フキダシからの引用は、読みやすいように改行を調整しています。


関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply