A・ブラックウッド『いにしえの魔術』

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 アルジャナン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)著, 紀田順一郎訳『いにしえの魔術』("Ancient Sorceries"『ブラックウッド傑作選』東京創元社 1978 創元推理文庫 所収)

『いにしえの魔術』は江戸川乱歩が評論集『幻影城』のなかで「この作は後に記す「柳」と共にブラックウッドの傑作中の傑作であろう」(※)と激賞したことをきっかけに、わが国でも広く知られるようになったらしい。
 現在この作品を収録した本としては、この紀田順一郎訳『ブラックウッド傑作選』(創元推理文庫)のほかに、紀田順一郎訳『妖怪博士ジョン・サイレンス』(角川ホラー文庫)と、植松靖夫訳『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』(創元推理文庫)の2冊が比較的手に入りやすい。角川ホラー文庫のものはかつて国書刊行会から出ていた単行本の文庫化で、『ブラックウッド傑作選』とは同じ訳者ながら細部の翻訳に差異が見られる。『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』はこのなかで最も新しく、完全新約。本作は「古えの妖術」というタイトルで収録されている。また古書店などで、講談社文庫の中西秀雄訳『ブラックウッド怪談集』を見かけることがあるかもしれない。黒猫の表紙の文庫本だ(乱歩おすすめの『柳』(The Willows)も『ドナウ河のヤナギ原』というタイトルで収録されている)。これに収録されている『アーサー・ヴェジンの奇怪な経験』が本作。シンプルな原題が色々なタイトルに翻訳されている。

 列車を途中下車した主人公のヴェジンは、フランスの小さな町に逗留することになった。町は静かで穏やかだったが、ヴェジンの脳裏にはこの町のすべてが作り事なのではないか、人々の無関心も実は正反対で、興味津々で自分を監視しているのではないか、という気味の悪い疑念が浮かんでいた。そんな不安を抱きながらも、彼は滞在をだらだらと引き延ばした。そして宿屋の娘イルゼに恋をしてしまう。
 ヴェジンに思いを告げられたイルゼは「つまり、あなたはわたしたちの本当の生活の仲間入りをなさるのね」(p.55)と答えた。かつて仲間であった彼が、再び皆のもとへ戻ることを待ちわびていたのだと。
 日が落ちると町の状況は一変する。獣の本性を現わした夥しい数の人々が、猫のように屋根を伝っていく。イルゼも女王と呼ばれる宿屋の女将とともに、昼間の姿をかなぐり捨てて狂乱している。サバトがはじまるのだ。ヴェジンもまた、いにしえの記憶に煽られ、四つ足で走り出したい衝動に駆られるのだったが……。

 ……というのが大まかなストーリー。江戸川乱歩は前述の『幻影城』においてこの作品を詳細に紹介しつつ、萩原朔太郎の『猫町』との相似を指摘している。確かに「猫の町に迷い込む」という特殊な着想のインパクトは大きいけれど、実際に似ているのはそれくらいで、全体を読み比べてみると印象は大きく異なっている(※参考 萩原朔太郎『猫町』←前の記事へのリンクです)。H・P・ラヴクラフトの代表作『インスマウスの影』("The Shadow Over Innsmouth")は、「猫」こそ出てこないけれど様々な点で本作によく似ている。ラヴクラフトはブラックウッドの熱烈なファンだったというから、執筆に際して本作が念頭にあったかもしれない。それから本作を『猫町』というタイトルで訳出した平井呈一の名作『真夜中の檻』も、本作のヴェジンとイルゼにフォーカスしたような内容の小説で、うっとりとまどろむような雰囲気のなか、主人公が知らず知らずのうちに自由意志を削られていく様子には、本作に通じるものがあるように思う。

 この作品は「心霊学の医者」ジョン・サイレンスによる、主人公ヴェジンに対する聞き取り調査という形をとっている。ジョン・サイレンスは本作が含まれる連作の看板キャラで、オカルトの権威って設定。現在でも様々な媒体で活躍するゴーストハンター(妖怪ハンター)の草分けの一人だ。前出の平井呈一によると、レ・ファニュの『緑茶』("Green Tea")に登場するマルチン・ヘッセリウス博士の趣向を踏襲したものではないか、とのことだが、こうした「解決者的人物」を配するスタイルが当時流行っていたらしい。とはいえ本作においては、はじめと終わりにちょこっと登場して解説を述べるに止まっている。

 感想っぽくないことを長々と書いてしまったが、A・ブラックウッドは大好きな作家で、なかでも同じ『ブラックウッド傑作選』に収録されている『ウェンディゴ』("The Wendigo")は特別に好きな怪奇小説だ。もちろんこの『いにしえの魔術』も書かれてから百年以上経ってるとは思えないほど、映像的で美しい描写の冴える名編で、精緻に描き込まれた中世を思わせる穏やかな町並みに、得体の知れない不吉な影が見え隠れする、そんな微妙なニュアンスが見事に表現されている。
 また主人公のヴェジンがイルゼに告白して以降の激しい転調は圧巻。雪崩を打つような勢いでサバトに向かう人々の群れが、強い遠近感のなかに描き出されている。ただこのサバトの描写は、ピエール・ド・ランクルの『 堕天使と悪魔の無節操についての描写』("Tableau de l'inconstance des mauvais anges et démons" ←詳しくはwiki等参照)の銅版画のまんまの、相当ベタなイメージで、宗教観もなく「クリスマスのサンタクロース」と大差ない、ペラい「サバトの魔女」観しか持ってない自分には、このあたりの「怖ろしさ」は正直よく分からない。イルゼかわいいし猫好きだし、一緒に行けばいいのになー、なんて思わなくもない(というか思った)。還俗してしょぼくれたヴェジンを見てると、どうしてもあっち側の方が楽しそうに思われてならない。
 そこで参考書というわけではないけれど、悪魔や魔女について書かれた本にちらっと目を通しておくと、より一層本作を楽しむことができると思う。例えば種村季弘『悪魔礼拝』では、イルゼが体に塗っている油「魔女の膏薬」について、まるまる一章を割いて詳しく解説されている。

 ※ 江戸川乱歩『江戸川乱歩推理文庫〈51〉幻影城』講談社 1987 p311-312


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