H・シュリーマン『シュリーマン旅行記 清国・日本』

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 H・シュリーマン(Johann Ludwig Heinrich Julius Schliemann)著, 石井和子訳『シュリーマン旅行記 清国・日本』講談社 1998 講談社学術文庫

 CSでは『座頭市』と『眠狂四郎』の二つのシリーズを、たまに『子連れ狼』なんかを挟みつつ、繰り返し流している。こうした映画に出てくる昔の日本の様子は、誇張されたり、美化されてたりで、実像とは相当異なっているに違いない、なんて思いながらも、例えば江戸時代に書かれた怪談などを読むときには、劇中の様々なイメージのソースを時代劇に頼り切っている。その程度の認識だからってわけでもないけれど、このシュリーマンの旅行記はとても面白く読むことができた。

 シュリーマンのスタンスは「世界の他の地域と好対照をなしていることは何一つ書きもらすまい」(p.129)というもので、その言葉の通り、人々の素朴な暮らしぶりから、市中で見かける建築物や工芸品、装束、刺青、馬や鳥、しっぽの短い日本猫について等々、多岐に渡る事柄を驚くほど詳細に記録している。あまり予備知識を持たずに来日したらしく、目に入るあらゆることに興味津々の様子。もしも現代の日本人が幕末の江戸の町を訪れたなら、きっと似たようなリアクションをとるんじゃないかと思う。

 タイトルから分かる通り、シュリーマンは日本の前にまず清国を訪れている。万里の長城の雄大さにこそ感銘を受けているものの、清国の印象はさんざんだったようで「私はこれまで世界のあちこちで不潔な町をずいぶん見てきたが、とりわけ清国の町はよごれている。しかも天津は確実にその筆頭にあげられるだろう。町並みはぞっとするほど不潔で、通行人は絶えず不快感に悩まされている」(p.19)って感じの記述が何度も出てくる。
 こうした不衛生極まりない市街地の描写のほかにも「どうしてもしなければならない仕事以外、疲れることは一切しないというのがシナ人気質である」(p.42)といった、現地の人々の人間性に対する批判的な描写も少なくない。遠い国からわくわくしてやってきたのに、めちゃ苦労したり凹んだりして、シュリーマンがちょっと気の毒になってしまう。そんな清国の後に訪れたのが良かったのか、日本からはかなり好ましい印象を受けたようだ。

家々の奥の方にはかならず、花が咲いていて、低く刈り込まれた木でふちどられた小さな庭が見える。日本人はみんな園芸愛好家である。日本の住宅はおしなべて清潔さのお手本になるだろう(p.81)


 通りに面した家々がみな出入り口を開け放っているので、シュリーマンは日本人の家庭生活を細かく観察できたという。家具が全く見当たらないシンプルな生活様式と、食事時になると漆塗りの箸と金の蒔絵が施された赤い漆塗りの椀を出してきて、優雅に食事をするさまを驚嘆しながら眺めている。
 日本人の清潔さ几帳面さはとりわけ印象的だったようで「日本人が世界でいちばん清潔な国民であることは異論の余地がない」(p.87)といった記述がなにかにつけて出てくる。たまに海外の反応ブログなどを見ていると、現代の日本を訪れた外国人の多くが、いまだに似たような印象を受けるというから面白い。

夜明けから日暮れまで、禁断の林檎を齧る前のわれわれの先祖と同じ姿になった老若男女が、いっしょに湯をつかっている。彼らはそれぞれの手桶で湯を汲み、ていねいに体を洗い、また着物を身につけて出て行く。/「なんと清らかな素朴さだろう!」初めて公衆浴場の前を通り、三、四十人の全裸の男女を目にしたとき、私はこう叫んだものである(p.88)


 混浴の公衆浴場からシュリーマンが受けた衝撃は相当強烈だったようだ。宗教(キリスト教)的な見地からは「日本国民は少しも文明化されていない」と言うシュリーマンが、公衆浴場の人々を「禁断の林檎を齧る前のわれわれの先祖と同じ姿」と例えるのは意味深である。西欧的なものとは全く異なる価値観に基づいた生活が、穏やかに平和に営まれているということに、シュリーマンが強いショックと感銘を受けていることが、文章のあちこちから感じられる。
 またこの公衆浴場のシーンをはじめ、どこへ行ってもシュリーマンの珊瑚のアクセサリーが大人気で、それ見たさに人だかりができている。確か珊瑚は当時禁制品(←時代劇情報)だったはずで、そのせいかも知れないけれど、男女問わず彼の「奇妙な形の紅珊瑚の飾り」に夢中だったというのが、なんとも微笑ましい。

たくさんの下駄屋、傘屋、提灯屋、いろいろな教養書や孔子、孟子の聖典を売っている数軒の本屋の前を通った。本は実に安価で、どんな貧乏人でも買えるほどである。さらに、大きな玩具屋も多かった。玩具の値もたいへん安かったが、仕上げは完璧、しかも仕掛けがきわめて巧妙なので、ニュルンベルグやパリの玩具製造業者はとても太刀打ちできない(p.137)


 続けて小鳥や亀の形をした動く玩具を珍しげに描写している。庶民の手に届かない高価なものよりも、食器や玩具など安価で生活に密着した工芸品、雑貨により惹かれていたようだ。シュリーマンがベタ褒めするこれら玩具の完成度の高さには、現在にも通じる日本人の几帳面さが感じられる。本の値段についても、最近では文庫本がじりじり高くなって、単行本との価格差が無くなってきてるのが、なんだかなあって感じだったんだけど、諸外国に比べればまだまだ安い本が多い。漫画などはとくに安い。識字率の高さと連動する本の安さもまた、日本の伝統の一つになっているのかも知れない。

左側のお堂には仏像の傍らに、優雅な魅力に富んだ江戸の「おいらん」の肖像画がかけられている。〔中略〕日本でもっとも大きくて有名な寺の本堂に「おいらん」の肖像が飾られている事実ほど、われわれヨーロッパ人に日本人の暮らしぶりを伝えるものはないだろう。/他国では、人々は娼婦を憐れみ容認してはいるが、その身分は卑しく恥ずかしいものとされている。だから私も、今の今まで、日本人が「おいらん」を尊い職業と考えていようとは、夢にも思わなかった。ところが、日本人は、他の国々では卑しく恥ずかしいものと考えられている彼女らを、崇めさえしているのだ。そのありさまを目のあたりにして──それは私には前代未聞の途方もない逆説のように思われた──長い間、娼婦を神格化した絵の前に呆然と立ちすくんだ(p.140)


 少し長い引用になってしまったが、ここでは宗教観などを交えつつ、もっと長い記述が続く。シュリーマンの戸惑いがピークに達しているのがよく伝わってくる。聖と俗とがごちゃ混ぜになった状況に混乱してしまっているのだろう。そういえばお伊勢さんのそばにも大きな遊郭があったらしいけど(←旅番組情報)、神殿と娼婦の取り合わせはバビロンの神聖娼婦を連想させる。シュリーマンが描写する境内の猥雑で混沌とした状況を、キリスト教成立以前の宗教と簡単に結びつけてしまうのはさすがに乱暴かもしれないが、両者の聖性の概念には通底するものがあるようにも思う。このあと訪れた大芝居でも、シュリーマンは同様の混乱を見せる。

劇場はほぼ同数の男女の客でいっぱいで、誰もがこのうえなく楽しんでいるように見えた。男女混浴どころか、淫らな場面を、あらゆる年齢層の女たちが楽しむような民衆の生活のなかに、どうしてあのような純粋で敬虔な心持ちが存在し得るのか、私にはどうしても分からない(p.145)


 一ヶ月という短い滞在期間を通して、牧師の子として生を受けたシュリーマンがその目で見た日本の実情は、「非キリスト教国=未開で野蛮」という先入観を、多少なりとも揺るがせたのではないだろうか。日本での滞在を締めくくる「第七章 日本文明論」には次のような一節がある。

もし文明という言葉が物質文明を指すなら、日本人はきわめて文明化されていると答えられるだろう。なぜなら日本人は、工芸品において蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達しているからである。〔中略〕だがもし文明という言葉が次のことを意味するならば、すなわち心の最も高邁な憧憬と知性の最も高貴な理解力をかきたてるために、また迷信を打破し、寛容の精神を植えつけるために、宗教──キリスト教徒が理解しているような意味での宗教の中にある最も重要なことを広め、定着させることを意味するならば、確かに、日本国民は少しも文明化されていないと言わざるを得ない(p167-168)


 ……彼がこの旅を思い立ったのは1865年、43歳のときだった。その後パリで考古学の学位を所得して、あのトロイアの遺跡を掘り当てたのが1871年。すごいバイタリティだ。色々な読み方ができるこの本、おすすめです。


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