『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事』より「第十七」漂着した巨人の死体について

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『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事 常陸国□□郡寄大死人語第十七』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)

 今日はBSの録画が不安になるくらいの荒れた空模様だった。桜もきっと散ってしまってるだろう。今年もまた遠くから桜堤を眺めただけで、お花見には行けなかった。残念。この話もまた4月(←旧暦だけど)の暴風のあとの出来事で、たまたまだけどぴったりな雰囲気。

 このエピソードが収録されているのは、さまざまな奇異、怪異譚が集められた「巻第三十一 本朝 付雑事」(※1)、全31巻(8、18、21巻は欠)で構成される『今昔物語集』の最終巻。珍しく海洋奇譚がいくつも収録されていて、大好きな巻だ。現在の済州島に住む食人族の話や、小人用の船が浜辺に漂着する話なんてのが載ってる。

 この話で浜辺に漂着するのは巨人の死体。なんとなく正体が分かるような気もするが、描写はかなりなまなましい。またこれとそっくりな状況からストーリーが展開する、アメリカの怪物小説『アウター砂州に打ちあげられたもの』や、江戸時代に書かれた『奇異雑談集』に登場する海の怪物にも少し触れてます。

 ※1.「本朝」は「日本」のこと。『今昔物語集』は、天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部から成っている。
 ※ 記事が長くなったので収納しました。興味のある方は下の「続きを読む」よりどうぞ。


『常陸国□□郡に寄せられたる大きなる死人の語 第十七』

 今は昔、藤原伸道という人が、常陸守としてその国にあったときのこと。任期の終わる年の四月ばかりのころ、風が怖ろしいほど吹いて、激しく荒れた夜、□□郡の東西の浜というところに死人が打ち寄せられた。

 その死人の身長は五丈(※2)ほど。胴体は砂になかば埋もれていたが、人が馬に乗ってそばに寄ると、手にした弓の先っぽくらいしか向こうからは見えない。このことからもその大きさが推測できるだろう。死人の首は切断されていて頭部はなく、また右の手、左の足も失われていた。これは鰐(※3)などが食いちぎったのだろうか。もしも全身が揃っていたなら怖ろしいほどの大きさだったに違いない。また俯せに砂に埋もれていたから、男女いずれとも知れなかった。ただし体つきや肌の感じから、女のようにも見えた。国の者たちはこれを見て、たいそう驚き大騒ぎしたのだった。

 また陸奥の国の海道というところの、国司□の□□という人も、上記のような巨人が漂着したと聞いて、人を遣わして様子を見に行かせた。砂に埋まっているため、男女の区別はつかない。「おそらく女であろう」と思って見ていると、立派な僧が「この世界にこのような巨人の住処があるとは仏も説いてはおられない。これは思うに阿修羅女(※4)ではないだろうか。体の美しさからしてもそんな感じがする」と語った。

 さてこの国司は「このような奇怪な出来事は、公文書にて報告する必要がある」と準備を整えていたのだが、国の者どもが「こんなことを報告したら、必ず官の使いやってきて視察がはじまるでしょう。官の使いやってくれば、大事になってしまいます。ここは隠しておいた方が賢明です」というので、報告をやめて隠すことにしたのだった。

 そうこうするうちに、その国の□□の□□という武人が、この巨人を見て「もしもこんな巨人が攻めてきたらどうすればよいのだろう。はたして弓矢が刺さるかどうか、ひとつ試してみるか」と矢を射ってみたところ、非常に深く突き刺さった。このことを聞いた人は「よく試したものだ」と褒め讃えた。

 さてその死体はというと日数を経るうちにどんどん腐っていき、周囲十町二十町の範囲にはとても人は住めない有様で、みな逃げ出してしまった。異臭が堪え難かったのである。
 この出来事は隠蔽されていたのだが、守が京に上れば噂は自ずと広まって、こうして語り伝えている。


 ※ □は欠字。

 ※2. 一丈が約3メートルだから、身長15メートルほど。でかい。
 ※3. わに。サメの古名。『古事記』の頃から、悪役っぽい役割でちょこちょこ登場する。
 ※4. 仏教の六道のなかの、修羅道に住む女。修羅の国は妙高山(須弥山)の海底地下深くにあるともいわれていて、それと海辺に漂着した巨人とを結びつけての発想だろう。

『今昔物語集』には海にまつわる怪異はあまり収録されていない。周囲を海に囲まれた国だから、その手の話はもっとありそうなものだけど、当時文化の中心が内陸だったから、これは仕方ないことなのかもしれない。
 この話に登場する2体の巨人の死体は、おそらくクジラあたりの誤認じゃないかとは思うけど、両方とも女性らしいとしているところが興味深い。クジラについては古来から捕鯨が行われてきたし、中央から派遣されてきた官僚ならともかく、そのままの状態で漂着したとすると、海辺の民がクジラなどの生物の死体を誤認するとは考えにくい。おそらく原型をとどめないほどに、それこそグロブスター(詳しくはwiki等参照)状に変形していたのではないだろうか。脂肪の塊のようなグロブスターの白い表面は、ともすれば人の肌に見えなくもないし、腐敗の際の強烈な悪臭は、今日でも特徴のひとつとしてよく言及されている。

 クジラといえば、江戸時代に書かれた奇譚集『奇異雑談集』のなかに、「伊良虞のわたりにて、独り女房、船にのりて鮫にとられし事」という、海の怪物が登場する話がある。舞台は三重県伊勢市の大湊から、愛知県の伊良湖岬を結ぶ渡船の船上。女を一人きりで乗船させないという法を破ったために、船が海上で災難に逢うという話だ。女をとりに現れた「黒入道」の描写はこんな感じ↓

舟より三、四間さきに、黒き入道のかしら一つ浮かみ出でたり。
 波の間に見えつ隠れつする也。そのかたちつねの人の頭、五つ六つあはせたるおほきさにて、目は天目(※5)の口ほど光りて、嘴長く、馬の如くにて、口の大きさ二尺(※6)ばかりなり。〔中略〕「さても前の黒入道は、何物ぞ」と問へば、船頭のいはく、「入道鮫といふて、此の辺の海に有りて人を取る事しげし。(※7)


 ※5. 黒い釉薬のかかった陶磁器の総称。
 ※6. 60センチくらい。あまり誇張を感じさせない、リアルな数字だ。
 ※7.『奇異雑談集』(高田衛編・校注『江戸怪談集〈上〉』岩波書店 1989 岩波文庫 所収 p.226-228)

 タイトルと文中の「鮫」は「わに」、ただし「原字脱落。意によって補う」との脚注がついている。黒くて「目は天目の口ほど光りて、嘴長く、馬の如くにて、口の大きさ二尺ばかりなり」という描写や、そのリアリティのあるサイズは、やはりハクジラの類いを連想させる。ものすごく目立ちそうな背びれの描写がないことから、シャチではないのかな。
 それにしても、当時もクジラは周知されていたはずなのに、まだ「黒入道」などと妖怪扱いされているのが不思議。海上に出現する前触れとして、一天がにわかにかき曇ったりしてるし。『奇異雑談集』には各話に挿絵がついていて、この話の挿絵には荒れた海上に現れた黒い般若のような巨大な頭が描かれている。

 今回この『今昔物語集』の「大きなる死人の語 」を再読したきっかけは、P・スカイラー・ミラー著『アウター砂州に打ちあげられたもの』(1960)という小説を読んだからだった。以前感想を書いたジョン・コリアの『船から落ちた男』と同じ『千の脚を持つ男 怪物ホラー傑作選』というアンソロジーに収録されているアメリカの怪物小説で、この小説の冒頭には「大きなる死人の語 」とそっくりなシチュエーションがあって、ちょっとびっくりさせられる。

 舞台は北米、メイン州。海底を震源とする地震の後、砂浜にとんでもないものが打ち上げられた。身の丈18メートルほどの人の死体だ。ストーリーはその状況に、周辺住民が大騒ぎするというもの。出オチ?って思わせておいて、最後に怪獣映画のようなすごい見せ場が用意されているのだが、それはさて置き、巨人の死体の描写はこんな感じ↓

頭の天辺から爪先までは十八メートル、肩幅は四メートル半を越えとった。でも、人間だった。灰色っぽい皮膚の下に分厚い白い脂肪の層があった。首のあるべきところには、大きな青い鰓が口を開けとった。〔中略〕それは砂州にうつぶせになっておって、背中は─とにかく皮膚が残っとるところは─サメの腹みたいに灰色がかった白い色をしとった。足はなんとなくずんぐりして見えた。たぶん、長さにくらべて幅がおそろしく広かったからだろう。それに泳ぐためにできた大きくて、長くて、たくましい腕と、長くて太い脚、水掻きのある足がついとった。顔は水中にあったが、カモメに食いちぎられたんでないかぎり、耳はなかったし、頭は丸くて、汚い麻のかたまりみたいなよれよれの髪に覆われとった。/そいつは海の深いところから来た巨人だった(※8)


 解説に「生物学的なアプローチによるモンスター小説」とあるように、その描写は詳細をきわめている。巨人の死体が放つ異臭についてもかなり力の入った表現がなされていて、「大きなる死人の語 」と相通じるものがある。これも漂着したグロブスターがイメージソースにあったことは想像に難くない。
 成立に800年以上の開きのある『今昔物語集』とアメリカの小説が、ごく似たような状況を描き出しているのが面白い。

 ※8. P・スカイラー・ミラー著, 中村融訳『アウター砂州に打ちあげられたもの』("The Thing on Outer Shoal" シオドア・スタージョン, アヴラム・デイヴィッドスン他著『千の脚を持つ男 怪物ホラー傑作選』中村融編 東京創元社 2007 創元推理文庫 所収 p.86-87)

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性があります。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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Posted byserpent sea

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