A・R・ライト『イギリスの民俗』

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 A・R・ライト(A.R.Wright)著, 堀川徹夫訳『イギリスの民俗』(English Folklore)岩崎美術社 1981 民俗民芸双書

 ご飯に箸を突き立てると不吉、夜爪を切ると親の死に目に会えない、日本で例えるならこんな感じのイギリス(イングランド)のフォークロアが集められた本。エイプリル・フールについても触れられていて、「なべて、なべて去りぬ、旧き馴染みの面々よ」(p.58)と著者が嘆いているように、当時はもうほとんど忘れられた慣習だったようだ。これはバレンタインデーについても同様である。
 本書の興味深いところは、二つの大戦間のほんの短い期間の、新聞記事や裁判の記録、そして口コミを典拠にした事項だけが扱われているというところで、「ある時のある場所の」という限られた条件下に残存する伝承や慣行を、克明に窺い知ることができる。

 内容は「第1章 序論」「第2章 出生・求愛・結婚・死」「第3章 慣行と諸業」「第4章 年中行事」「第5章 動物・植物・無生物」「第6章 幽霊と超自然的存在」「第7章 占い・前兆・運」「第8章 まじないと治療・白魔術と黒魔術」「第9章 結び」となっていて、全ページ数の1/3程度が訳注にあてられている。個人的には後半の5〜8章に興味を魅かれるが、第2章、第3章のボリュームが大きく、より生活に密着したところに多くのフォークロアが残存していることが分かる。とくに「出生」、赤ん坊の誕生や子育てに関する「げんかつぎ」っぽい言い伝えの多さは意外だった。例えば赤ん坊の髪や爪は生後1年経つまでは切ってはならないとか、鏡に映った自分を見てはならないなど。
 それから誕生の曜日について「月曜生まれは器量よし/火曜生まれはおしとやか〜」って感じの言い習わしが北イングランドにはあって、多くの人がこれの何らかのバリエーションを知っているという。この日本人にはあまり馴染みのない曜日に対するこだわりは、結婚や年中行事など色々なところに見ることができる。
 
「第6章 幽霊と超自然的存在」では冒頭から「幽霊は、常民にはあまりにあたりまえなので、ほとんど信・不信の問題とはみなされない」(p.87)とか、「現在ロンドン地区に出ると信じられる幽霊は枚挙にいとまがない」(p.92)とか書いてあって、さすが本場。それとは異なって「超自然的存在」、端的に言うと「妖精」については、こっちも本場ってイメージが強いけど、この本の刊行時点で「妖精は、おそらく今では、イギリスの大部分で忘れられて、わずかに、かすかな記憶に残るだけである。サセックスでは二十年前にフェイゲイトに現れたのが最後である」(p.95)という状況である。
 イギリスで妖精といえば、最近大団円を迎えた谷瑞恵の『伯爵と妖精』(全32巻、完走された方おめでとうございます。でもまだ短編集が出るとか出ないとか)。あれはイングランドよりも妖精の信仰が強く残っていたとされる、19世紀末のスコットランドを物語の端緒としていて、本書とはちょうどホームズとポワロくらいのタイムラグがあるのだけれど、作品に描かれた妖精の忘れられ加減が、実に良く現実を反映していることが分かる。
 本書には「フェアリードクター」こそ登場しないが、「ホワイト・ウィッチ」「ワイズ・ウーマン」「ハーバリスト」などといったスピリチュアルな職業は、まだまだ盛んに営業されていたようだ。「ハーバリスト(herbalist)」(ハーバルセラピスト)は現代ではハーブなどを用いて伝統的な自然療法を行う専門職って感じで、それなりの資格試験もあるのだけれど、本書の刊行時点では「まじない師」のイメージが強い。

 以前ジョン・ラバックの『自然美と其驚異』の感想でも書いたように、イギリスは18世紀からの産業革命によって、工業化と引き換えに大規模な自然破壊を経験する。そんななかで妖精や怪物が劇的に駆逐され、滅びゆく過程が『自然美と其驚異』には記されていた。
 本書の著者は「第1章 序論」「第9章 結び」をはじめ、各章のいたるところで、急速に失われていくフォークロアの収集の必要性を繰り返し説いている。「おそらく読者のなかで、古来の信仰や習慣に興味をお持ちの方は誰でも、本書に記されたことにかなり多くのものを補足することができるだろう。そのようなひとがその思い出を、日付と場所とともに書き留めておかれることを希望する」(p.122)
 そういった観点からすると、こんな感じで、誰でも気軽にブログを書いたり読んだりできるのは、当時と比べてかなり好ましい状況なのではないだろうか。なにか見たり聞いたり、思い出したりしたら、ほんの少しでもいいから書いておいた方がいいな。


 ※関連記事です↓ジョン・ラバック『自然美と其驚異』
 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-26.html


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Posted byserpent sea

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読書ログ  

>>serpent seaさん

ご返信ありがとうございます。
ご都合のよろしい時に参加して頂けるととても嬉しく思います。
今後ともよろしくお願い致します。

2013/04/08 (Mon) 18:13 | EDIT | REPLY |   
serpent sea  
Re: はじめまして。

>>読書ログさん
ありがとうございます。サイトの方、拝見させていただきます。

2013/04/03 (Wed) 07:49 | EDIT | REPLY |   
読書ログ  
はじめまして。

私は「読書ログ」という読んだ本の管理やレビューを書くサイトの運営をしています。

ブログを拝見したのですが、ぜひ読書ログでもレビューを書いて頂けないかと思い、コメント致しました。

トップページ
http://www.dokusho-log.com/

こちらでメンバーたちのやり取りの雰囲気がご覧になれます。
http://www.dokusho-log.com/rc/

読書が好きな人同士、本の話題で盛り上がっています。
もしよろしければ遊びにきて頂ければと思います。

よろしくお願い致します。

2013/04/02 (Tue) 15:30 | EDIT | REPLY |   

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