香山滋『月ぞ悪魔』

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 香山滋『月ぞ悪魔』(『香山滋全集〈3〉月ぞ悪魔』三一書房 1994 所収)

 前々回の『こびとの呪』の記事で、江戸時代に書かれた浅井了意の『伽婢子』から、「人面瘡」についての引用をしたが、この話は中国、唐代に書かれた奇譚集『酉陽雑俎』(ゆうようざっそ)からの翻案だった。感想を書くときはできるだけ検索には頼らないようにしてるので、辿り着くのに時間がかかってしまった。
 参考にしたのは駒田信二著『中国怪奇物語 妖怪編』(※1)。ありがたいことに『酉陽雑俎』の「人面瘡」が収録されている。それによると、腫物のできる部位こそ『酉陽雑俎』では左腕、『伽婢子』では左の股の上と異なってるものの、その症状から、道士が貝母(※2)を用いて「人面瘡」を治療するくだりまで、ほぼ同じものって感じだった。『伽婢子』の刊行は1666年、860年頃の成立といわれる『酉陽雑俎』とは、800年ほどの開きがある。

 結局、なんでそんなの思いついたのかというのは分からないままだけど、ほんの少しすっきりしたところで、今回もまた「人面瘡」っぽい話。でも少々変わり種で、この作品に出てくるのは外科手術によって作られた「人面瘡」。しかもラブストーリーだ。物語の舞台は1900年代初頭のコンスタンチノープル。12歳の少女の腹部に、男の頭が移植される↓

わたくしはペルセポリスの洞穴の、ムンクの手術室で開腹され、腸を三分の一に縮小され、その間隙に許婚オーマーの頭をはめ込まれました。頭といっても、脳髄だけを山猫(リンクス)の膀胱袋(プラッター)に包み彼の目、口、鼻はばらばらにほぐして縫合されたわたくしの腹面に、あとから移植させられたのです。ひと口に申せば、生き乍らわたくしはオーマーと合体させられたのでございます(p.25)


 このブラック・ジャックも顔負けの超手術を施したムンクは、天体を支配する妖術と、人体を支配する外科術を身につけた老婆。「わたくし」は可憐なペルシャの娘スーザ。その許嫁のオーマーは、脳と顔のパーツだけとなって、内臓のすべてをスーザと共用している。もちろん意識もあるし、話すこともできる。
 長いあいだ自らの身体の秘密を隠し、男に体を許すことなく生きてきたスーザだったが、あるとき落ちぶれた日本人の見世物興行師と恋に落ちる。合体した二人の男女と、興行師の男との三角関係だ。スーザは初めてその身を興行師に委ねたとき、自らの腹部に移植された男を、興行師との抱擁によって窒息死させる。

 これほど異様なシチュエーションのntr話も珍しいのではないだろうか。展開される物語の異様さ、変態っぽさはにおいては、著者の作品のなかでも群を抜いている。しかもその状況が、甘美に、幻想的に描写されている。著者自身、「おそらく、私の幻想の極限だと思います」(※3)と本作を評している。
 おもしろいのは同じインタビューのなかで、夢野久作について「夢野さんはふざけたところがあって、あまり好きではありません」(※4)なんて言ってる。確かにスタイルこそは全然違うけれど、作品が醸し出す独特のロマンチシズムや、根底に流れる胎内回帰願望などの点で、この二人の作家には大いに通じる所があるように思う。


 ※1. 駒田信二『中国怪奇物語 妖怪編』講談社 1983 講談社文庫
 ※2.「ばいも」中国原産のユリ科多年草。
 ※3. 田中文雄インタビュー・構成「ロマンと幻想の詩人 香山滋インタビュー」(幻想文学 第八号』幻想文学会出版局 1984 所収 p.111-112) 岩谷書店版『ソロモンの桃』の後書きでも、本作を「私にとっても自信のある作である」と語っている。
 ※4. (同上 p.106)


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