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花輪和一『護法童子』

 花輪和一『護法童子〈1〉』双葉社 1985 アクションコミックス
 花輪和一『護法童子〈2〉』双葉社 1986 アクションコミックス

 日本の推理小説には三大奇書と呼ばれる作品がある。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、夢野久作の『ドグラ・マグラ』、中井英夫の『虚無への供物』がそれで、どれもアンチ・ミステリーであるという共通点がある。「奇書」、『広辞苑』で引いてみると「珍しい文書・書籍。奇紀」というあっさりした記述。中国では単に「面白い書物、優れた書物」という意味の言葉らしいが、Wikipediaによると日本の推理小説における奇書には「実験性、幻惑性などに重きをおいた」ニュアンスがあるという。もちろん実験性と幻惑性だけでは「奇書」とはなり得ない。それだけならトンデモ本である。調子に乗ってうっかり読み始めた中学生を何度も挫折させ、どうにか読み終えても「……今日、学校やめとくわ」って気分にさせる、そんな圧倒的なWTF感。それこそが奇書の奇書たる所以だと思う。それから長期的に毀誉褒貶の評価にさらされながら、カルト的な支持を得続けていること。自分は読むジャンルが偏っているからアレだけど、あらゆるジャンルにおいて奇書と呼ばれる本が存在しているのだろう。例えば宮沢賢治の『春と修羅』あたりは確実にこれ奇書だろ! って感じなんだけど、そう呼ばれてたかどうかは知らない。

 花輪和一は出す本が片っ端から奇書オーラ(特濃)を纏っているという稀有なマンガ家である。読むジャンルも狭く、また読んだ作品数も普通にマンガ読むよって人と比べて確実に少ない自分から見ても、この人の筆力(ペン力?)は尋常じゃない。国宝『信貴山縁起絵巻』にインスパイアされたという『護法童子』は、そんな著者の代表作の一つだ。
 中世の世界を旅する男の子と女の子。一見ブサイクな双子にしか見えない二人だが、ひとたびウルトラマンA(またはガ・キーン、アイゼンボーグ)のように合体すれば、護法童子と化して天を駆け、様々な神通力を振るうことができるのだ。二人は旅の道すがら、いい加減に関わりあった人々を適当に救ったり救わなかったりしつつ、奈良の信貴山へと向かう。ロードームービー、もしくは道行といった感じの物語である。
 二人が関わる人々は概ね家族の絆という強烈な呪縛の中で苦しみ悶えている。著者の幼児体験が反映されているのかなと思う。ど変態な責め苦を受ける清らかな少女には多くの場合救いがもたらされ、責め手は酷たらしい死を遂げたり、奇怪に変形したり、狂ったりする。これが各話の黄金パターンなのだが、勧善懲悪ではなく因果応報の物語なので主人公が全く活躍しない話もある。作画は相変わらず極上、というかノリに乗っている感じ。本作は著者にとって初めての連載だったのだそうだ。夕空に梵字が浮かび、魑魅魍魎が跋扈し、美少女がおぞましい仕打ちに耐える、清濁がごちゃまぜとなった平安の世界が見事に描き出されている。今回は特に何話目が……って感じで書くのはやめとこうと思う。全ての話がとにかくすごくて、まさに圧倒的なWTF感。

 この双葉社から出てた全2巻の本は、少々痛みやすいのが玉にキズだけど、著者が「美しく立派な本に造っていただいた」(「あとがき」より)という通りの美しい本で、カラーページも非常に充実している。2009年にぶんか社から復刊された際に全1巻にまとめられ装丁が変わってしまったが、それでも気軽に読めるようになったのはよかった。



『護法童子 巻之(一)』
 双葉社 1985 アクションコミックス
 著者:花輪和一

 ISBN-13:
 ISBN-10:

『護法童子 巻之(二)』
 双葉社 1986 アクションコミックス
 著者:花輪和一

 ISBN-13:978-4-5759-3066-5
 ISBN-10:4-5759-3066-0


 こちらはぶんか社版で全1巻。カラーページもしっかり収録されている↓

 

 花輪和一『護法童子』ぶんか社 2009


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花輪和一『水精』

 花輪和一『水精』ペヨトル工房 1994

 漫画の絵柄についてはあまり好き嫌いはないのだが、この絵すげえ! と思うことはある。なにぶん読書傾向が怪奇系に偏っているのでアレだけど、著者花輪和一はそんなすげえ! 絵を描く漫画家のひとりだと思う。著者の筆にかかると、荒唐無稽なあんなことやこんなことが、実際に著者が見てきた出来事のように感じられるのがすごい。そんな画力。

 著者の経歴についてはよく知らなかったので、調べてみたら1970年にイラストレーターとしてデビューしている。手元にある70年代の雑誌(←怪奇特集)や怪奇系の本では、しばしばイラストを目にすることがあるから、初期のころからとくにそのジャンルを中心に活躍していたようだ。
 漫画の傾向は初期のエロ・グロ・ナンセンスな猟奇ものから、おそらく作品数の最も多い平安時代〜を舞台にした作品群、そして『刑務所の中』などの現代を舞台とする作品へと累積する。「累積する」というのは変な表現だけど、著者の場合一度見初めたモチーフを捨てることがないから、「変化」や「変遷」というより「累積」の方がしっくりくる。そのため近作になるほど、作品世界のカオス度は深まっていく。

 この本はそんな著者の脅威の画力が遺憾なく発揮された短編&連作集。雑誌『銀星倶楽部』に発表された短編三編と、雑誌『コミックモーニングパーティー』に連載された連作『まどわし神』十四編が収録されている。すべて80年代に描かれた作品だ。以下表題作の『水精』と『まどわし神』第一話の簡単な感想。

『水精』
 著者が得意とする平安時代の中期を舞台にした作品。
 主人公は貴族の娘。義理の家族にさんざん虐待されて過ごしている。四つん這いになってボロ布をまとい、小便をかけられながら草履の上の強飯を食べる……そんな悲惨な毎日。あるとき主人公は謎の物体を拾う。一見、貝殻のようなその物体の正体は、超常的な力を持った変な生き物「水精」なのだった。主人公の思いを汲んだのかどうなのか、とにかく水精による義理の家族への懲罰がはじまる。というのが超あらすじ。ページの大半は義理の家族の醜悪な日常と、主人公に対する虐待の描写に費やされている。主人公はというと、「あんまりといえばあんまりだわ」(p.19)なんていいながら、桁外れに陰険な仕打ちに淡々と耐えている。花輪漫画の主人公らしくどこまでも図太い。で、最後は「ピカピカ光る何かも私のまわりをヒラヒラとびまわって、本当に私はよかったなあと思うのでした」(p.36)で終わり。わけが分からないが、作画は精密で美しく非常に充実している。とくに義理の家族の死にっぷりは圧巻。著者の特徴が顕著に表れた作品だと思う。

『まどわし神 第一話』
 二話以降はサブタイが付いているが、この第一話は単に「まどわし神」とだけ表記されている。実はこの第一話は、珍しく雑誌掲載時に読んでいる(←第一話だけ)。いつも行ってた床屋に置いてあったのを、順番待ちのあいだにたまたま見てしまったのだ。感想は「なにこれ気持ちわる」って感じだった。でも著者の名前は覚えてなくても、作品自体はものすごく記憶に残っていたから、よっぽどインパクトが強かったのだと思う。
 8ページの短編なのでストーリはいたってシンプルだ。たそがれ時、家に帰ろうとする子供たちが、妙な生き物に取り憑かれた男を目撃する。その生き物はどうやら「まどわし神」という妖怪らしい。「まどわし神にとりつかれると、同じ所をグルグル歩きまわって家に帰れなくなる」(p.70)のだそうだ。男は幸い「まどわし神」から開放されたようだが、今度は子供の一人の背筋が寒くなる。という話。このエピソードの見せ場はなんといっても、「まどわし神」の素晴らしい造形。比較的シンプルなデザインなのに、生々しい生物感に溢れている。それが都の外れの原っぱの、寂寞とした情景にぴったり。

 この本のおもしろいところは、サブカル雑誌に掲載された作品と、増刊号とはいえかなりメジャーな雑誌に連載された作品が一緒に載ってるところで、読み比べると『まどわし神』が随分とユーザーフレンドリーに描かれていることがわかる。その点では著者の作品にはじめて接する人にも読みやすいと思う。もちろん怪奇幻想系の好きな人、とくに日本の古典文学のなかの怪異が好みの人にはおすすめの一冊。中世の世界を目の当たりにするような見開きのページは必見。

 ※フキダシからの引用は、改行を調整しています。


 ↓2006年に復刊されてます。表紙はペヨトル工房版の方が好みだけど、こっちにはカラーの口絵が付いてお得。

  花輪和一『水精』ぶんか社 2006


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花輪和一『コロポックル [完全版]』

 

 花輪和一『コロポックル [完全版]』講談社 2004 KCデラックス 1894

 著者には珍しく現代を舞台とした作品。収録されているのは「地底探険の旅」14話、その続編っぽい話「北土星」3話、コロポックルの日常(?)を描いた「コロポックルくん」5話、そしてエッセイ風の短編「原始の峠の美しいモノ」1話。美しいセンターカラー、折り込みのカラー口絵も付いている。

「地底探険の旅」は花輪顔の少女(推定8歳)とコロポックルの二人が、北海道の地下の異世界で繰り広げる冒険譚。セミの幼虫や奇怪な生物に遭遇しながら、行き当たりばったりに地下世界を巡る二人が、最終的に地下と小樽を結ぶ「C62型蒸気機関車 北土星」を復活させる。
 北海道の美しさと、著者の蒸気機関車に対する熱烈な愛情をメルヘンの形に昇華した作品で、精密に描かれた植物や昆虫、動物のようにいきいきと逞しい少女など、舞台を現代に移しても著者の作風は揺るぎない。著者の絵のファンとしては、より緻密で繊細な絵を知っているから、ついそういうのを期待してしまうけれど、肩の力の抜けた感じが伝わってくる本作のタッチもまた好ましい。

 圧巻は読者が引いてしまうんじゃないかってほどの、無邪気な機関車愛。これがすごい。
 少女(推定八歳)が駅弁を頬張りながら「超大型SL、C62特有のジェット機のようなドラフト音が渦を巻いている」(p.25)「うまい! C62のものすごいパワーがこもっている」「心臓のリズムに合わせるかのように響く、心地よいレール音を聞きながらの駅弁は最高だ」「時々空気を裂くような、するどいドレイン弁の音もする」「ああ……汽車ならではの旅だなぁ」(p.26)なんて思いにふけってたりする。
 どんな幼女だよってのはさて置き、これらの場面には「ウバババグバババズバババ」「ブォォォォ」「トトーン、ウツツーン、ウタターン」という機関車の発する多彩な擬音の数々が、こと細かく描き込まれて雰囲気を盛り上げている。
 こうした機関車に関わるあらゆる場面で、著者は自らのSL体験の完全再現以上の再現に注力していて、渦を巻くドラフト音や機関車を先導する不動明王、寄り添うように列車と一体化する倶利伽羅龍はすべて著者が見聞きして、感じたものなのだろう。あーこんな風に見えたんだなぁっていう力強い説得力が感じられる。

「原始の峠の美しいモノ」では、そんな著者の機関車愛がより端的に表現されている。タイトルの「原始の峠」は北海道の函館本線「稲穂峠」、「美しいモノ」とはもちろん驀進する蒸気機関車のことだ。SLを見に峠を訪れた著者の実体験をそのまま作品化したらしき短編で、全編に異様な緊張感がみなぎっている。とくに素晴らしいのが、クマザサの茂みのなかで機関車を待つ著者の感覚が、どんどん研ぎ澄まされていく神がかった表現。耳の神経が異常にたかぶり、空気の動き、木々をわたる風の音、「無」の音すら聞こえはじめ、周囲には「精霊」が集まってくるという。その様子をすべて「絵」にしているのだからすごい。そして驀進する機関車に著者は叫ぶ。

「ああっ! 美しい美しい、こんな美しいモノがこの世にあっていいのか!」(p.167)

 著者によると蒸気機関車は水と火のものすごいパワーによって、あたりを祓いながら進むらしい。この作品でも機関車を先導するように不動明王が描かれている。よく分からないけど、なんだかすごくしっくりとくる設定だ。読み終わったあと、機関車の素晴らしさに感銘を受けている自分にハッとする一冊。


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