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テオフィル・ゴーチエ『吸血女の恋』

 テオフィル・ゴーチエ(Pierre Jules Théophile Gautier)著, 小柳保義訳『吸血女の恋』("La Morte Amoureuse"『フランス幻想小説 吸血女の恋』社会思想社 1992 現代教養文庫 所収)

 夜な夜な若い司祭「ロムアルド」のもとを訪れる吸血女「クラリモンド」を、ロムアルドと老神父「セラピオン」が葬り去るという話。ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』("Dracula")に50年以上先駆けて発表された作品だが、ヒロインの吸血女クラリモンドには、生きる屍であること、めちゃ美しいこと、血を飲むこと、棺桶で眠ることなどなど、吸血鬼と聞いて思いつく特徴がすでに備わっている。とはいえ首筋にがぶっと咬みついたりはせず、「一しずく、ちっちゃな赤い一しずくだけ、針の先にチョッピリ赤くつくくらい!…… ※」(p.55)なんて呟きながら、針で突いた司祭の腕からほんの数滴の血をすすり、軟膏を塗ったり包帯を巻いたりと、傷口の手当ても忘れない。かいがいしいったらない。このクラリモンドのつつましい吸血シーンは、時代を越えた優れた萌えシチュエーションだと思う。アグレッシブに吸血に及ぶ怪物というよりは、『牡丹灯籠』の死霊「お露」のイメージに近い。灯籠ならぬ墓地のランプを手にして登場するところもよく似ているし。

 司祭と吸血女は一目会ったその日から熱烈に惹かれあっている。全編の半分くらいをクラリモンドに対する絢爛な描写が占めてるような印象だ。教会側の「死者の蘇生が主の御心に反し、その恋が聖職者の魂を穢す」というのは分からないでもないけど、劇中の描写からは抹殺されるほどの悪事をクラリモンドが働いたとはとても感じられない。解説には「殊勝な宗教的訓話の体裁は外被に過ぎず、本意はむしろ、取り澄ました偽善的なキリスト教批判と異教的で官能的な快楽主義の宣揚にあったのではないか」とあり、確かに墓を暴く老神父セラピオンの激しい言動の方が、よっぽど狂信的で怖ろしい。
 司祭ロムアルドは、年老いてもなお亡きクラリモンドに恋い焦がれていて「神の愛も彼女の愛に取って代わるほど大きくはありませんでした」(p.59)と語る。彼の後進の司祭へのアドバイスは、うっかり恋に落ちてしまわぬように「いつでも地面をジッと見つめて歩きなされ」(p.59)という皮肉なものだった。


 ※この作品は芥川龍之介をはじめ多くの訳者によって翻訳されていて、この可愛らしい台詞も訳者によって少しずつ異なっている。短い台詞だけど、どれも訳者の個性が出ていて面白い。本書はちょっと幼い感じで、だがそれがいい。原文「Une goutte, rien qu'une petite goutte rouge, un rubis au bout de mon aiguille !...」


  G・アポリネール 他著『怪奇小説傑作集〈4〉フランス編 新版』東京創元社 2006 創元推理文庫


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