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シモン・ニューコム『暗黒星』

 シモン・ニューコム(Simon Newcomb)著, 黒岩涙香訳『暗黒星』("The End of the World" 横田順彌編『日本SF古典集成〈1〉』早川書房 1977 ハヤカワ文庫 所収)

 今日2012年12月21日は、マヤ文明の予言によると人類が滅亡する日だったのだそうだ。だからってわけでもないけれど、今から百年ほど前に書かれたガチ終末SFの本作を読み返してみた。
 著者のシモン・ニューコム(サイモン・ニューカム)はアメリカの天文学者で、原題は『The End of the World』。翻訳は「黒い悪い子」(by 戦場ヶ原ひたぎ)として有名な、明治時代の探偵小説家で翻訳家の黒岩涙香。この翻訳について解説には「大意に独自の補足をして自己流の読みものとする独特のやり方で、いわゆる涙香翻案と呼ばれる」とあり、超意訳って感じだろうか、とにかく原書とは少々異なるところがあるらしい。

 舞台となるのは遥か未来。数千年前に科学が頂点に達して以来、文明は穏やかな停滞を続けている。世界中が同一の言語を用い、宗教もないから戦争もない。ろくな事件も起こらないので、新聞は白紙のままで発行されている。そんな安穏とした世界に終末はふいに訪れた。七ヶ月後「暗黒星」と呼ばれる彗星が太陽に衝突するというのだ。
 残されたわずかな時間、数千年かけて平和ボケしてきた人類は、ただ無為に議論を重ね、空を見上げては戸惑い、歎き、自らの頭上に現れた絶望から目を背けようとする。ここにきて長らく途絶えていた宗教が、ちゃっかり復活してたりする。そして暗黒星を撃ち落とそうとも、地球の軌道を変えようとも、ロケットで脱出しようともせず、人類はあっさりと終わりの日を迎える。

 人類を滅亡へと誘ったのは、太陽への暗黒星の衝突によってもたらされた、スーパーフレア(太陽面の超巨大な爆発現象)のようなものだったらしい。そういえばマヤの予言に関しても、スーパーフレアの発生を予言してるのではないかという説があった。著者はそんなフレアの発生から、地球の表面が沸騰するまでの数日間の天変地異と、人類の断末魔の有様を、科学者らしい筆致で克明に描き出している。瞬殺ではなく、数日かけてじわじわ焼き殺されるというのが怖ろしい。

 第一波から逃れた生存者の通信も途絶え、やがて地表が石さえも焼けて砕けるほどの高温に晒されると「人たる者は唯何者かの下に潜り込んで隠れるのみだ。/穴倉にも這込んだ、洞穴にも入ッた、少しでも蓋や蔽いのある下へは皆衝入ろうと努めた。老いも、若きも、富めるも、貧しきも、男も、女も、絶望し混雑し、一塊りと為ッて、互いに他の身体の下へ滑り込もうと争うた。」(p.103-104)

 まさに地獄絵図である。その圧倒的な滅びっぷりにうっかり忘れてしまいそうになるが、これは百年も前に書かれた作品なのである。さすがに現在の目で見ると、随所に多少の瑕疵はあるのかもしれないが、それを踏まえても、この悲劇的なシミュレーションの迫力には驚かされてしまう。また涙香翻案の成果なのかどうかは分からないけれど、どんどん切迫していく状況が、外電のような短く叙事的な文章の積み重ねで、臨場感たっぷりに表現されている。

 物語は地底深くに逃れて生き延びた科学者が、文明の痕跡どころか太陽まで消失した世界を目の当たりにするところで終わる。

此の世に再び生命と云う者が現れ、今よりも更に高等な形に育ッて行くには言葉に尽くされぬほどの永い永い年代が経たねばならぬ。/人間の身にこそ長い千代であれ、一切の因果を統べ給う大御力に取りては数日の様なものだ。/大御力は優絶な忍耐を以て待給う、其の内には新たな地球と新たな秩序が出来て万物が化育せられる。丁度吾々の生命が、前代の生命に優る様に、次代の生命は吾々の生命より遠く優ることであろう(p.110)



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