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ジョン・コリア『船から落ちた男』

 

 ジョン・コリア(John Collier)著, 中村融, 井上知訳『船から落ちた男』("Man Overboard" シオドア・スタージョン, アヴラム・デイヴィッドスン他著『千の脚を持つ男 怪物ホラー傑作選』中村融編 東京創元社 2007 創元推理文庫 所収)

 小松左京の『黄色い泉』の感想文のなかで、厳密な意味でのUMAを扱った小説は珍しいのではないかって書いたけど、この作品は直球どまんなかのUMA小説。主人公はただUMAを捜すためだけに、世界でも有数の帆船で航海に出る。なんとわくわくする設定。目指すUMAはプレシオサウルス。

 はちゃめちゃな行動をとり続けているくせに、極端に繊細でダウナー、打たれ弱いという主人公グレンウェイの性格設定がまず面白い。誇大妄想を抱く変な金持ちとして、太平洋にその名を轟かせている。どこの港に寄っても馬鹿にされるから、絵に描いたような人間嫌いになってしまっている。そんなグレンウェイの理解者にして唯一の友人が、物語の語り手である「わたし」だ。ホームズに対するワトソン君みたいな感じ。

 この二人が大海蛇、プレシオサウルスを捜索するのだけど、ただ闇雲に帆走ってわけにはいかない。そこで予想される未確認生物の体のサイズから食性を推理して、主食となっているであろう魚類を特定し、その回遊ルートに絞って捜索するという、かなり理にかなった作戦を立てている。目撃例の少なさから、漁師が追うような魚種、沿岸部を回遊する魚は除外される。このあたりの考証は、もちろん本編ではもっと細かくて、推理小説っぽい雰囲気が楽しい。まじがんばれって気がしてくる。

 話は逸れるけど、こういう↑くだりを読んでいると、ちょこちょこ引用してるフランスの学者、J=J・バルロワの著書のなかの一節が思い出される。

汽船による航海の登場以来、船はもはや風のなすがままに進むものではなくなり、決まった航路をたどって大洋を渡るようになった、つまり、未知の動物は、船のもはや通らなくなった地域に逃げこむことができたのだ(※)


 船が決まった航路をたどるのは、最適のルート選択による安全の確保と燃費の向上が目的で、現在ではいわゆるGPS(NSS)などを用いることによって、より精度の高い航海ができるのだそうだ。だからもし大海蛇やなんかがいたとすると、それを発見するのは商船ではなく、調査船や練習船などの多少航路網を外れてもOKな船舶だろう。あと軍艦なんかもそうなのかな。

 というわけでなかなかの作戦は立てはしたけど、そんなに上手くことが運ぶわけもなく、目指す獲物は一向に姿を見せない。ともすれば単調な展開に陥ってしまいそうなところを、本作では一人の旅行者を乗船させることによって、物語にしっかりと抑揚をつけている。毒舌で主人公を精神的に追いつめる傍若無人なこの旅行者が、タイトルの「海に落ちた男」。作品のキーマンである。作品の持つ緊張感となんともいえない不穏な空気は、ひとえにこの男の存在によるものだ。

 本作の特徴的なところは、未確認生物の存在を固く信じ、ひたすらそれに基づいて行動する登場人物を描くことで、全然出てこないプレシオサウルスの存在を際立たせていることだろう。それだけについに獲物が姿を見せる幻想的な場面は、強く印象に残る。そして、物語後半の鬱々とした雰囲気を払ってくれるオチには、人によって面白かったり、呆れたり、ずっこけたりと、様々なリアクションがあるように思う。なかには燃えるって人もいるかもしれない。

 この作品が収録されている『千の脚を持つ男 怪物ホラー傑作選』は、タイトルの通り怪物の出てくる小説ばかりが集められたありがたい本で、本邦初訳作5編を含む全10編が収録されている。このジャンルの好きな人にはすごくおすすめ。


 ※. J=J・バルロワ(Jean-Jacques Barloy)著, ベカエール直美訳『幻の動物たち〈上〉』("Les survivants de l'ombre: enquete sur les animaux mysterieux") 早川書房 1987 ハヤカワ文庫 p.66


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