H・P・ラヴクラフト『ダニッチの怪』

 

 H・P・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft)著, 大瀧啓裕訳『ダニッチの怪』(“The Dunwich Horror”『ラヴクラフト全集〈5〉』東京創元社 1987 創元推理文庫 所収)

 マサチューセッツ州、ダニッチという村落で未曾有の怪事件が発生した。発端は1913年、「ラヴィニア・ウェイトリー」という身体に障害のあるアルビノの女が、一人息子「ウィルバー・ウェイトリー」を出産した時点にさかのぼる。父親は不明。ウェイトリー家は荒廃したダニッチの村落のなかにあって、代々恐れられ忌避されてきた。ウィルバーはそんな孤立した環境で異常なスピードで成長し、先祖伝来の怪しげな学問に打ち込みはじめた。
 一方ウィルバーの祖父「老ウェイトリー」は古びた家屋の改築に着手する。また定期的に大量の牛を買い入れるようになった。これはダニッチの怪事件が発生した1926年まで止むことはなかった。やがて祖父が死亡し、母親が姿を消した後も、ウィルバーは一人学究に精を出した。ところがあるとき魔道書『ネクロノミコン』を盗み出そうと大学に侵入し、番犬に襲われてあえなく死亡してしまう。露わになった彼の身体は、人間のものとは著しく異なっていた。そしてダニッチで怖ろしい事件が発生する。

 クトゥルー神話体系の中核をなす超重要な作品。「ネクロノミコン」「ミスカトニック大学」「ヨグ=ソトホース」など、クトゥルー関連のキーワードが頻出する。著者の作品としては早い時期に日本で紹介されており、江戸川乱歩はラヴクラフトと本作の熱心な紹介者だった。『幻影城』所収の「怪談入門」では他の作家よりも多めにページを割いて、著者についてこんな風に記している。「彼の作には次元を異にする別世界への憂鬱な狂熱がこもっていて、読者の胸奥を突くものがある。その風味はアメリカ的ではなく、イギリスのマッケン、ブラックウッドと共通するものがあり、或る意味では彼等よりも更らに内向的であり、狂熱的である。」(※1) さすがの慧眼。あと水木しげるのファンにはあのヨーグルト!!の原作(原案)として知られている。

 この『ダニッチの怪』は多段式ロケットみたいな作品で、フォークロアっぽいプロローグから、SFモンスターホラーなクライマックスへと驚異的に跳躍する。
『怪奇小説傑作集〈1〉』の平井呈一による解説には「マッケンに心酔したラヴクラフトは、このマッケンの世界からコスミック・ホラーという異次元の恐怖を創造して、『ダンウィッチの怪』その他の作品で、まったく新しい恐怖の世界をひらいた」(※2) とある。確かにラヴィニアとウィルバーは性的な描写こそ除かれているが、マッケンの『パンの大神』(“The Great God Pan”)の「ヘレン」から分化したみたいなキャラで、ウィルバーが死亡する6章までは『パンの大神』の影響が色濃く感じられる。ただし、ここで終わっても充分ですーって感じのウィルバーのショッキングな死に様さえ、実は壮絶なクライマックスへ向けての前振りだったのだ。著者は著者ならではの神経質さ、執拗さで、全編に細かい伏線を配し、謎を積み上げ、小説とはいわず巨大生物もの(怪獣もの)が陥りがちな中だるみを回避し、見事に緊張感を維持している。クトゥルー云々はさておき、でっかい怪物の出でくる小説として極上の作品だと思う。90年も前に書かれた作品ながら、今読んでも面白い。

 自分は創元推理文庫の『ラヴクラフト全集〈5〉』よりも前に、『怪奇小説傑作集〈3〉』でこの作品に接していたので、少々古めかしい雰囲気の傑作集の訳の方が馴染み深く、今でも読み返すときは傑作集を読んでいる。ただ初めて全集を読んだとき、めっちゃ読みやすい! って思った。さらに全集には本作についてかなり詳細な解説があって、舞台となった場所の写真なんかも載っている。どちらも入手しやすい本なので、興味がある人は下記の収録作品なども参考にお好みでどうぞ。併録されている作品はどちらも名作揃いです。あとそれから本作を原作にした映画『ダンウィッチの怪』(1970)のDVDが出ます。製作総指揮はロジャー・コーマン。


 ※1. 江戸川乱歩『江戸川乱歩推理文庫〈51〉幻影城』講談社 1987 p.299
 ※2. ブラックウッド他著, 平井呈一訳『怪奇小説傑作集〈1〉』東京創元社 1969 創元推理文庫 p.390



『ラヴクラフト全集〈5〉』
 東京創元社 1987 創元推理文庫
 著者:H・P・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft)
 訳者・作品解題:大瀧啓裕

 収録作品
 『神殿』(“The Temple”)
 『ナイアルラトホテップ』(“Nyarlathotep”)
 『魔犬』(“The Hound”)
 『魔宴』(“The Festival”)
 『死体蘇生者ハーバート・ウェスト』(“Herbert West-Reanimator”)
 『レッド・フックの恐怖』(“The Horror at Red Hook”)
 『魔女の家の夢』(“The Dream in the Witch House”)
 『ダニッチの怪』(“The Dunwich Horror”)
 『資料『ネクロノミコン』の歴史』(“History of Necronomicon”)

 ISBN-13:978-4-4885-2305-3
 ISBN-10:4-4885-2305-6


『怪奇小説傑作集〈3〉』
 東京創元社 1969 創元推理文庫
 著者:ラヴクラフト・他
 訳者:大西尹明/橋本福夫
 解説:平井呈一

 収録作品
 『ラパチーニの娘』(“Rappaccini’s Daughter”)ナサニエル・ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)
 『信号手』(“No.1 Branch Line:The Signalman”)チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)
 『あとになって』(“Afterward”)イーディス・ワートン(Edith Wharton)
 『あれは何だったか?』(“What was it?”)フィッツジェイムズ・オブライエン(Fitz-James O’Brien)
 『イムレイの帰還』(“The Return of Imray”)R・キップリング(Rudyard Kipling)
 『アダムとイヴ』(“Adam and Eve and Pinch Me”)A・E・コッパート(A.E.Coppard)
 『夢のなかの女』(“The Dream Woman”)ウィルキー・コリンズ(Wilkie Collins)
 『ダンウィッチの怪』(“The Dunwich Horror”)H・P・ラヴクラフト(H.P.Lovecraft)
 『怪物』(“The Damned Thing”)A・ビアース(Ambrose Bierce)
 『シートンのおばさん』(“Seaton’s Aunt”)ウォルター・デ・ラ・メア(Walter de la Mare)

 ISBN-13:978-4-4885-0103-7
 ISBN-10:4-4885-0103-6


 

 ラヴクラフト・他著 大西尹明, 橋本福夫訳『怪奇小説傑作集〈3〉新版』東京創元社 2006 創元推理文庫


 

ダンウィッチの怪』[DVD]


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A・ブラックウッド『秘書奇譚』

 

 アルジャーノン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)著, 平井呈一訳『秘書奇譚』(“Strange Adventure of a Private” ブラックウッド他著, 平井呈一訳『怪奇小説傑作集〈1〉』東京創元社 1969 創元推理文庫 所収)

 主人公はニューヨークのとある会社社長の秘書「ジム・ショートハウス」。あるとき彼は社長から密命を受ける。社長の友人でかつての共同経営者だった男、「ジョエル・ガーヴィー」のもとへ重要な書類を届け、再び持ち帰って欲しいというのだ。ガービィーは相当風変わりな男で、社長は「どうもやつ、ときどき頭がどうかするらしいな。みょうな噂も聞いておる」なんて言っている。ジムは社長から渡された拳銃をポケットに忍ばせて、ロング・アイランドの寂しい駅に降り立った。
 実際に会ってみると、ガービィーはそれほど警戒すべき相手のようには思われなかった。すぐにとって返すつもりだったジムは、ガービィーの懇願と極上のウイスキーに釣られて、ずるずると帰りそびれてしまう。そして夕食を共にすることになったが、テーブルの向こうのガービィーの様子がどうもおかしい。何やら異様に興奮しているらしい。

『怪奇小説傑作集』の第1巻に収録されていることから、ブラックウッドの作品の中でもとくに馴染み深い一編だ。馴染み深いだけじゃなくて、何度読んでも面白い。主人公は『吸血鬼ドラキュラ』のジョナサン・ハーカーみたいに、所用で怪しげな人物のもとを訪れ、予想通り(読者目線)予想以上(キャラ目線)の酷い目に合う。このパターンを踏襲する作品は結構あって、この「傑作集」の第2巻に収録されている超有名な作品、J・D・ベレスフォードの『人間嫌い』がそうだし、最近読んだサー・ヒュー・ウォルポールの『ラント夫人の亡霊』が丁度そんな感じの作品だった。あくまでも訪問先の人物の問題がメインになってるのが、ホーンテッドハウスものと異なるところ。主人公と読者は事前に胡散臭い話をほのめかされ、わくわく(読者目線)ハラハラ(キャラ目線)しながら件の人物に面会してみると、あれ結構普通?? ……え? ……いやいやいやいや、となる。ことに本作のジョエル・ガーヴィーの異様さは尋常ではない。自分の最恐シーンは上のあらすじに続く食事の場面で、あと終盤の寝室から遁走するまでの緊張感も素晴らしい。本作は一応、人狼ものとして書かれており、曖昧ながら確かにそれらしい描写はあるのだが、印象としてはサイコホラーそのものって感じ。

 この『怪奇小説傑作集』の翻訳は、少しばかり古めかしくて不明瞭なところもあるが、前述の通り何度も読んでいて馴染み深いし、何より古色蒼然とした雰囲気がいい。光文社の古典新訳文庫の『秘書奇譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』に収録された本作は、もっと平易な翻訳で読みやすくなっている。読み比べてみて、とくに面白いのはジョエル・ガーヴィーのキャラクターで、翻訳によってこれほど印象が違うのかと驚かされる。


 

 ブラックウッド著, 南條竹則訳『秘書奇譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』光文社 2012 光文社古典新訳文庫 ※巻末に年譜と訳書リストが載ってます。


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H・P・ラヴクラフト『彼方より』

 

 H・P・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft)著, 大瀧啓裕訳『彼方より』(“From Beyond”『ラヴクラフト全集〈4〉』東京創元社 1985 創元推理文庫 所収)

 先日の『冷気』に続いて『ラヴクラフト全集〈4〉』から、これまたマッド・サイエンティストもの。『宇宙からの色』→『眠りの壁の彼方』→「アーサー・ジャーミン」→『冷気』→『彼方より』→『ピックマンのモデル』→『狂気の山脈にて』という順で収録されている。何気にすごいラインナップだ。

 仲違いして以来、二ヶ月半ぶりに親友「ティリンギャースト」の姿を見て主人公は驚愕した。逞しかったはずの彼は、見る影もなく痩せさらばえ、醜く変貌していたのだ。科学と哲学の学徒だったティリンギャーストは、憑かれたようにある研究に取り組んでいた。主人公との仲違いは、成功しつつあるその研究を巡って生じたものであった。
 ティリンギャーストの研究、それは特殊な装置で人の感覚器官に働きかけ、眠っている無数の感覚を強制的に覚醒させるという試みだった。それによって人は、不可知だったものを知覚し、時間、空間、次元を重ねあわせ、創造の根底を覗き見ることができるというのだ。
 彼の屋敷からは使用人たちが一人残らず姿を消していた。そして屋根裏の研究室では、あの機械が病的なすみれ色の光を放っている。ティリンギャーストは機械のそばに腰を下ろし、スイッチに手を伸ばした。

 巻末の「作品解題」には「ラヴクラフトの作品にしてはいささかものたらなさを感じざるをえない。(中略) 本篇の功績はロングの『ティンダロスの猟犬』に大きな影響をあたえたことにある」(p330)なんて書かれている。確かにストーリーもなにもあったもんじゃないし、大半は目覚めた器官が感知する「彼方より」の何者かの描写に占められていて、しかもそれがカオスすぎるために、短い作品にも関わらず何がなんだかよく分からない感じになってしまっている。とんでもないものが見えてるらしいのだけれど、漠然としていて今ひとつピンとこない。ちょっとメモっぽい? とも思う。それでも科学と哲学に対する「探求に失敗した場合は絶望を、成功した場合は、言いようもなく想像もつかない恐怖をもたらす」(p108)というくだりには、著者の思想の一端が垣間見えるようで興味深いし、なによりアトラクション性の高い、お化け屋敷っぽい作品はもともと大好物。マッケンの『パンの大神』(“The Great God Pan” 特殊な脳手術を受けた女性が神と交感する)を彷彿とさせる「感覚器官をいじって見えないものを見る」というアイデアも楽しい。このアイデアのバリエーションは、現在も様々なジャンルの作品に見ることができる。頭部穿孔コミック『ホムンクルス』、そのネタ元のドキュメンタリー映画『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』(1998)、高橋洋監督の『恐怖』(2010)などなど。
 映画といえば、この作品も『ZOMBIO/死霊のしたたり』(1985)のスチュアート・ゴードンによって『フロム・ビヨンド』(1986)というタイトルで映画化されている。エンパイアピクチャーズのハチャメチャな作品群にあって、輪をかけてハチャメチャな素晴らしい作品だった。


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H・P・ラヴクラフト『冷気』

 

 H・P・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft)著, 大瀧啓裕訳『冷気』(“Cool Air”『ラヴクラフト全集〈4〉』東京創元社 1985 創元推理文庫 所収)

 舞台はニューヨークの安アパート。主人公は心臓の治療を頼んだことをきっかけに、真上の部屋に住む「ムニョス博士」と親しくなった。博士は一流の医療技術を身につけているにも関わらず、自室に引きこもって研究に専念している風変わりな男だ。博士によると人間の意思や意識は臓器よりも強靭なので、もしも身体が壮健で注意深く健康を保つなら、その特質を科学的に増強することによって、きわめて重大な損傷を受けた場合も、一種の神経活動を持続することができるかもしれないという。彼は「死」をくじき、根絶するための実験に生涯を費やしてきたのだ。一方で博士は常に部屋の温度を低く保つことを含む、厳格な養生を必要とする厄介な病気にかかっていた。高温が続けば致命的なことになるらしく、室内はいつも凍えるような冷気に満たされていた。主人公は何くれとなく博士の世話をするようになったが、博士の病状は一向に好転せず、精神力のみで病に抗っているように見えた。そんなある日、悲劇的な事故が発生した。室内に冷気を送り込んでいた冷房装置のポンプが故障したのである。

 魂と肉体の神秘を追求するマッド・サイエンティストの悲劇を描いた作品。巻末の「作品解題」では同様のテーマを扱ったポオの『ヴァルドマアル氏の病症の真相』(“The Facts in the Case of M.Valdemar”)から着想を得た作品として紹介されている。本作が『ヴァルドマアル氏〜』の影響下にあることは明らかだが、人物の配置やストーリーについては、著者が「高度の異次元恐怖を最も芸術的に高揚した作家」と賞賛するイギリスの小説家、アーサー・マッケンによる『三人の詐欺師』(“The Three Imposters”)の一編「白い粉薬のはなし」(“The Novel of the White Powder”)によく似ているように思う。
 本作を含めたこの溶解人間もの三作はそれぞれの作家の個性が際立った作品で、読み比べてみるのも楽しい(この三人は個人全集を揃えてる数少ない作家だったりする)。『ヴァルドマアル氏~』はポオらしいキレと凄みを備えた小品で、おぞましさにかけてはポオの作品の中でも上位に位置する。オムニバス映画『マスターズ・オブ・ホラー/悪夢の狂宴』(1990)の一編として映像化もされており、監督はゾンビ映画の第一人者ジョージ・A・ロメロ。めっちゃ適任。マッケンの『三人の詐欺師』は当初出版を拒否されたらしいが、翻訳家の平井呈一によると「白い粉薬のはなし」がキモすぎるって理由で、出版社からダメ出しを食らったのではないかとのこと。語り手が女性ということもあって、劇中に横溢する不安な雰囲気が素晴らしい。
 で、肝心の『冷気』はというと、印象に残るのは道具立てが随分と近代的なことと、著者の無邪気さだ。電気式のエアコンが発明されたのは1902年、アメリカの家庭に爆発的に普及したのは1950年代だと言われている。本作に登場する冷房装置はアンモニアなどを使用する極初期のタイプのもので、執筆当時はまだまだ一般的な家電製品ではなかった。著者はそんなアイテムを「ナマモノの保存の基本はやっぱ冷蔵冷凍だよな!」と作品のど真ん中に据えて、嬉々として(多分)本作を仕上げている。著者の作品にはあれこれ執拗に書きすぎて、勢いや雰囲気が削がれてしまっていると感じることがあるが、この作品の雰囲気は上々。冷気と香の煙と腐臭に満ちた薄暗い室内の様子が、鮮やかに描き出されている。著者は一時期ニューヨークで暮らしていたことがあり、本作はその間に執筆されている。


 ※参考(タイトルはamazonへのリンクです)
 ・E・A・ポオ著 丸谷才一他訳『ポオ小説全集〈4〉』東京創元社 1974 創元推理文庫
 ・アーサー・マッケン著 平井呈一訳『怪奇クラブ』東京創元社 1970 創元推理文庫
 ・アーサー・マッケン著 平井呈一訳『アーサー・マッケン作品集成〈2〉三人の詐欺師』沖積社 2014


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G・K・チェスタートン『竜とカクレンボ』

 G・K・チェスタートン(G.K.Chesterton)著, 佐藤高子訳『竜とカクレンボ』(“The Dragon at Hide-and-Seek” チェスタートン・他著, 佐藤高子, 渡辺南都子訳『ビバ! ドラゴン ファンタジイ傑作集〈2〉』早川書房 1981 ハヤカワ文庫 FT28 所収 )

 本格推理小説の巨匠によるドラゴンスレイヤーもの。G・K・チェスタトンの本は創元推理文庫の『ブラウン神父の童心』一冊きりしか読んでないので、巨匠の巨匠たる所以を説明することはできないが、江戸川乱歩の『海外探偵小説作家と作品』には「深夜、純粋な気持ちになって、探偵小説史上最も優れた作家は誰かと考えて見ると、私にはポーとチェスタートンの姿が浮かんでくる。この二人の作品が、あらゆる作家と作品を超えて、最高のものと感じられるのである」(※)なんて書いてある。わざわざ「深夜」なのがめっちゃ乱歩らしい。門外漢からすると、ドイルやクリスティに比べて、ややマイナーに感じられるのだが、とにかくすごい人らしい。今やってるドラマの『ブラウン神父』、これ録画して毎週見てるんだけど、このドラマに対するBBCの力の入れっぷりも、巨匠の作品ならではって気がしてくる。

 そんな巨匠の作品に登場するドラゴンは、巨大さにおいてヤマタノオロチを彷彿とさせる威容を誇り、驚いたことに機械仕掛けのメカドラゴンである。具体的に描写はされないが、時代からしてスチームとか動力源にしてそうな感じ。著者は産業革命の真っ只中を生きた人だから、メカドラゴンの侵攻によって旧態依然とした王国が蹂躙されるあたりには、何らかの寓意があるのかもしれない。王族や高官が臣民を差し置いて、さっさと逃げ出してるし。
 で、この強大なドラゴンと対峙するのが、主人公の騎士「ラヴロック卿」である。劇中では無頼の騎士なんて呼ばれているが、とにかくはちゃめちゃな設定のキャラだった。猛烈に信心深い彼は、なぜかお尋ね者(罪状不明)として国をあげて追い回されてるのに、相当無茶して教会に通っている。ステンドグラスをブチ破ってあらわれたり、地下道を掘ったり。ところが逃げ隠れが得意なので、誰も彼を捕らえられない。その目を見張る神出鬼没ぶりは、あまねくこの地方に知れ渡っていた。
 ドラゴン、騎士とくれば当然お姫様だが、この作品ではお姫様もまた風変わりだ。彼女、「フィロメル姫」は浮世離れした人柄で、「いささかおつむが弱く、生活の知恵にまったく欠けていた」(p.68)と描写される。出番は少ないわりにやけにインパクトが強い。

 ストーリーは、ドラゴン出現 → 退治? → めでたしめでたし、というこれ以上ないくらいシンプルで、力の抜けた竜退治譚である。この作品そのもの(もしくは一部分)が何らかのアレゴリーだったりするのかどうか、著者の意図するところは分からないけど、この手のメルヘンにはあるまじきキャラ立ちが面白かった。ごく短いページ数にもかかわらずキャラバカ立ち。


 ※『江戸川乱歩推理文庫〈46〉海外探偵小説作家と作品 2』講談社 1989 p.33


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ジブ・I・ミハエスク『夢』

 ジブ・I・ミハエスク(Gib I Mihăescu)著, 住谷春也訳『夢』(“Visul” 沼野充義編『東欧怪談集』河出書房新社 1995 河出文庫 所収)

 主人公の「カロンファル」は資産家である。世間では「ドクター」と呼ばれている。愛妻「ナタリア」も裕福な男爵の令嬢だったが、国境の向こうに置き去りになったまま行方が知れない。ドクターの心の拠り所は、たった一枚残された妻の写真である。彼はくる夜もくる夜も美しい妻の写真を眺め、ベロベロと舐めまわして過ごした。写真では長いドレスに遮られて見えないが、美しい膝のセピア色の小さなアザに彼は執着した。そこにあるはずの密やかなしるしを知っているのは自分だけだ、そう思うだけで彼は幸福だった。しかしある言葉がときおりその確信を揺るがすことがあった。それは戦後、妻を探し求めた先で聞いた言葉だった。「多分助かってますよ。こういう場合は女の方が楽に乗り切りますからね。」……それでも年月は和やかに流れ、そんな思いをすることもごくまれになった。何年もの間、ドクターの気持ちはそこに止まったままになっていたのだ。親しい軍人に「ナタリア」という名の踊り子の話を聞くまでは……。

 なじみの薄いルーマニア産の怪奇小説。河出文庫の『東欧怪談集』に収録されている。
 38度線や、ベルリンの壁みたいに、ある日を境に国家が分断されてしまった状況下で、過去に異常に執着し、独善的な妄想に慰めを求める主人公の魂の危機を描いた作品。怪奇小説といっても超常的な要素は皆無で、幽霊や頭のおかしい殺人鬼が出てくるわけでもなく、本場なのに吸血鬼も出ない。なんかもったいない。それでもさすが傑作アンソロジーに収録されるだけあって、タイトルからは全く想像できないベクトルで怖い作品だった。
 白眉は妻の帰還によって、主人公が思い描いていた「妻が踊り子として生き延び、金持ちの相手をしている」という「最悪のシナリオ」が、ntrフェチの甘い幻想に過ぎなかったことが明らかになるシーン。現実はもっと残酷で、妻の愛情(もしくはプライド)は主人公の想像をはるかに超えて苛烈だったのだ。逃げ込んだ安寧の場所が突き崩され、ごまかし続けてきた自分の醜さが剥き出しにされる恐怖。

 愛する者が思わぬカタチ(多くの場合残酷な姿)で帰還する物語は、遡れば神話の時代から語られ、繰り返し様々な作品のモチーフになってきた。本作の特徴は夢が現実を侵食するような、混沌とした筋運びである。またこの作品の背景には、現在のモルドバ共和国の複雑な歴史(ロシアとルーマニアの間で占領、併合が繰り返されてきた)がある。当然そのあたりの歴史を知ってるに越したことはないが、劇中と注釈で最低限の説明がされているから、詳しくなくてもストレスなく読むことができた。


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ブライアン・マクノートン『食屍姫メリフィリア』

 

 ブライアン・マクノートン(Brian McNaughton), 夏来健次訳『食屍姫メリフィリア』(“Meryphillia” ワインバーグ&グリーンバーグ(Robert E. Weinberg and Martin H. Greenberg)編著, 夏来健次, 尾之上浩司訳『ラヴクラフトの遺産』("Lovecraft's Legacy")東京創元社 2000 創元推理文庫 所収)

「その墓地において、メリフィリアは最も例外的な食屍鬼(グール)だった。彼女を美女と呼ぶ者がいたわけではなかったものの、しかしほかの女食屍鬼たちとは異なって、痩せ衰え方が極端ではなく、顔色の蒼白さもさほど恐ろしくはなく、また歩き方にもグロテスクさが欠如していた。
 例外的にやさしい心を持っていた彼女は、本能に強いられ幼児の死体でもむさぼり食わねばならない事態となれば、ときとして目に涙した。(中略) 最も例外的な点は、これは仲間たちの苦笑を買ったことだが、彼女が今は失った、日の光と人のぬくもりに満ちたかつての世界をなつかしんで、消しがたい悲しみをいだいていることだった。」(p.313)

 生前のメリフィリアはいわゆるナードな感じの17歳の少女で、怪奇小説を好み、深夜に墓地をうろついたりしてる。そのせいでうっかり食屍鬼になってしまったのである。当然恋愛ごとにも疎かった彼女は、食屍鬼の恋人と激しく交尾をしたり、血みどろになって仲間と死体を奪い合ったりしながらも、「恋愛の情」に強い好奇心を抱いていた。そんなキュートな食屍鬼「メリフィリア」が、あるときヒトの男子と急接近(於墓場)。さて、どうなることやら……。

 この『食屍姫メリフィリア』はバラエティ豊かな『ラヴクラフトの遺産』の収録作のなかでも、とくに毛色の異なる作品だった。『ピックマンのモデル』(←前の記事へのリンクです)でおなじみ「食屍鬼(グール)」の少女の日常系。解説でも触れられているが、本家ラヴクラフトからは絶対に出てこない類いの作品である。これだけ聞くとヘタすればコメディかと思われるかもしれないが、色モノは色モノでも食屍鬼の生活(生態)と恋心をガチで描いたハードな色モノだ。グールが恋愛て、という心理的なハードルを超えてしまえば、人体をバラバラして貪り食う凄惨な描写、静謐な墓場の情景(ここすごくいい)、食屍鬼の少女としての説得力のある心理描写など、どれも一級品で格調さえ感じさせる。オススメの作品。
 著者ブライアン・マクノートンは70年代の終わりから80年代にかけて「クトゥルフ風味の珍作ホラー」でもてはやされた人で、この作品で再評価され、本作を収録した短編集で1998年度の「世界幻想文学大賞」の短編集部門を受賞している。


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L・P・ハートリイ『コンラッドと竜』

 L・P・ハートリイ(L.P.Hartley)著, 渡辺南都子訳『コンラッドと竜』(“Conrad and the Dragon” チェスタートン・他著, 佐藤高子, 渡辺南都子訳『ビバ! ドラゴン ファンタジイ傑作集〈2〉』早川書房 1981 ハヤカワ文庫 FT28 所収 )

 昔ヨーロッパの国境の向こうの片田舎に、少年が父母とともに暮らしていた。少年の名は「コンラッド」。三人兄弟の末っ子である。彼の暮らす王国には「ヘルミオネ」という非常に美しいお姫様がいた。その美しさは広く知られており、立派な身分の求婚者が次々に名乗りをあげた。ところが誰一人として、城に足を踏み入れることができなかった。なぜなら求婚者が城に入ろうとするたびに、巨大な竜が現れて彼らをたいらげてしまったからだ。姫の評判は姫の不幸とともにますます高まり、数年のうちに何人もの犠牲者が出た。
 ある時、意を決した王がこう発布した。身分を問わず竜を殺した者が姫の花婿となり、王国の半分を手にすることができると。コンラッドの兄「レオ」は真っ先に志願して、あっさり竜の餌食となった。もう一人の兄「ルドルフ」もまた、コンラッドが散々止めたにも関わらず犠牲になってしまった。そんな頃、ヘルミオネ姫の身を思い遣る一通の手紙が彼女のもとに届いた。差出人はコンラッド。手紙から感じられるコンラッドの優しさに姫は惹かれていく。ところが大好きな二人の兄を奪われたコンラッドは、姫に憎しみさえ抱いていた。それでも彼は亡き兄たちと故郷の名誉のために、竜と対決しなければならないのだった。

 嫌な怪奇小説として名高い『ポドロ島』(←前の記事へのリンクです)の著者によるファンタジー。三兄弟とドラゴン退治というオーソドックスな題材を採用しながらも、やっぱり一筋縄ではいかない捻くれた作品だった。序盤こそ伝統的なドラゴン退治のストーリーに則って調子よく展開するが、中盤に入る頃から、あ、これ普通じゃないわって感じになってくる。
 特異な点は主人公コンラッドのモダンなキャラ造形に集約される。なにせ彼は終始一貫してお姫様に好感を持たず、むしろ嫌悪感を抱いている。姫に手紙を出したのも、兄の命を慮ってのことだった。とにかく彼は二人の兄が大好きだったのだ。竜退治に乗り出したのも、姫を手に入れようなんて腹積りは毛頭なく、世間体が悪いからとかそんな理由で渋々ながら参加したのである。

 全てが類型的に整えられた物語の中心に、異物感たっぷりのコンラッドが配置されたために、物語はどんどんあらぬ方向へと進んでいく。見事ドラゴンを倒したコンラッドは、結局姫も国の半分も手にすることができなかった。そればかりか「うそつき」「人殺し」「裏切り者」という汚名を着せられてしまう。姫には魔術師によって、次のような呪いがかけられていた。

「たとえ、男が汝を愛しても、汝が男を愛さぬならば/汝の求婚者の命など/塵芥とおなじこと」
「もし、男が汝を愛し/汝が男を愛したら/どんなことになるかは/見てのお楽しみ」
「もし、汝が男を愛しても/男が汝を拒むなら/どんなまじないがあろうとも/汝を守ってくれはしない」(p168-170)

 ドラゴンの正体はヘルミオネ姫、その人だったのである。なんとも報われない話。


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