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渡辺正和『「超」怖い話 鬼市』

 

 渡辺正和『「超」怖い話 鬼市』竹書房 2013 竹書房文庫 HO-163

 凄みのある表紙のイラストに負けず劣らず、中身も充実した一冊だった。目立った特徴としては、各エピソードが関連のあるモチーフやシチュエーションごとにゆるくまとめられている点だ。この構成は似た傾向の話が連続しても退屈させないという著者の自信の表われだろう。あと器物の怪談が多いのも特徴。全27編収録。印象的な話が多かったが、気になったエピソードを簡単に紹介します↓

「廃棄物」「釣行夜話 其之壱〜其之陸」「ケイムラ」
 これ全部「釣り」にまつわる話。巻頭からずらっと並んでいる。自分は釣り自体にはさっぱり興味がないのだが、釣りの話を聞くのは楽しいし、魚介類と水の怪談は大好物。なのでこの八つのエピーソドはとても楽しむことができた。
「廃棄物」はゴミ捨て場で拾ったクーラーボックスにまつわる話だが、具体的に幽霊が出るとかそういう類いの話ではない。クーラーボックスを用いることによって生じる気味の悪い(嫌な)出来事と、それにどうにか対処しようとする体験者の悪あがきがメイン。なので怖っ! って感じの話ではないが、クーラーボックスのえも言われぬ禍々しさが伝わってきて不気味だった。捨てられる以前のクーラーボックスの用途をあれこれ想像させられてしまう。
「釣行夜話」の6編は長さもまちまちで、似たようなシチュエーションながら内容はバラエティに富んでいる。一番印象に残ったのは「其之陸」、水路でタナゴを釣ってた体験者が水中で切れたと思しき釣り糸を引き上げようとすると……って話。何かを釣り上げたわけでも、見たわけでもないのだが、類例のない得体の知れない現象が生じている。
「ケイムラ」では磯でイカを釣ってた体験者が、幽霊だかなんだかわからないものに遭遇する。その結果大きな釣果を得ることになるのだが、話の焦点は餌木(疑似餌)。そこが変わってる。「ケイムラ」という聞きなれない用語は餌木に塗る「蛍光紫」の略とのこと。しかしこの体験者、釣ったイカ食べたのか。見上げた食欲だ。釣りにまつわる怪談といえば大陸書房の本に『海釣り奇談』という好著があるので、そのうち感想を書こうと思う。

「鍋蓋」上で触れた3編「クーラーボックス」「釣り糸」「餌木」に続いて、このエピソードもまた器物にまつわる怪談である。使わない鍋には必ず番(つがい)の蓋を閉じておかなければならない。体験者の家では、そうやって皆過ごしてきたし、これからもそうなのである。もしも蓋を閉じないでおくと……。
「廃棄物」と似た感じの話だが、こっちにはもっと深くて暗い「一族の業」みたいなのが感じられる。怪異の背景は一切語られないので、もどかしいったらない。

「プレイ」ペットショップに勤務する体験者の女性が深夜、鎖を引きずる音を聞く。アパートの二階の一室である。窓のすぐ下の小道で誰かが犬の散歩でもしているのだろう。音はしつこく鳴り続いたが、いつしか彼女は眠りに落ちいてた。数日後、眠ろうとしているとまたしても鎖の音が聞こえてきた。もう我慢できない。飛び起きてカーテンを思いきり開けた彼女は、そこにとんでもないものを目にする。
 幽霊なのか変質者なのか……いや、幽霊なんだろうけど。腐ったりとか形が崩れてるわけじゃないが、非常に不快なタイプの幽霊だ。グーで殴りたい。ペツトショップからオチまで、なんとなく関連があるような気がしないでもない。

「セラピー人形」「私の人形は良い人形」
 人形怪談2編。「セラピー人形」は介護老人福祉施設に紛れ込んだ人形にまつわる話。人のように動き、言葉を発し、施設に不幸を呼ぶチャッキー系の人形が登場する。
「私の人形は良い人形」は収録された中ではやや長めの、悪意に満ちたエピソードである。語り手は小学校の養護教諭。彼女には高校時代からの親友がいて、家族ぐるみの付き合いを続けてきた。親友「小夜子」には二人の子供がいるのだが、下の男の子「翔」が生まれつき左足に障害を持っており、それを娘「希美」のせいだと思い込んでいるらしい。翔が生まれた当時、希美はどこへ行くにも人形を抱いていた。弟が産まれる直前、彼女が母親の検診について行ったとき、知らない女から渡されたものだという。ある日、幼稚園から帰ると、母親が彼女の頬をいきなり張り倒し、こう罵ったのだそうだ。「翔の足はアンタのせい! 全部、アンタのせいよ! 」……あの人形は捨てられてしまっていた。母親は人形に何を見たのだろうか。
 強烈な悪意が込められた人形と、それに侵食される家族(主に母親)。弟の障害と人形の因果関係は不明のままだが、怪異の全貌はおよそ把握できる程度に書き込まれている。とても読み応えのあるエピソードで、意外なことに読後感が良かった。器物に人の念が籠もった話としては他に「デッドスペース」があって、これも好編。

「カスコ」体験者が中学生時代の出来事である。優しく美しく勉強もできた友達の「和子」が、ある日を境に苛烈ないじめのターゲットとなり、やがて交通事故で死亡してしまう。以来、和子をいじめていた生徒の様子がおかしくなり、次のいじめのターゲツトとなった。体験者は沈み込んだ生徒の背後に朧げな和子の姿を見る。
 重苦しいエピソード。大半は和子に対するいじめの描写で占められている。類話のありそうな話だが、「見える」体験者の存在が異彩を放っており、その「見える」描写にもリアリティが感じられる。

 自分はわりと本を積まない方なんだけど、それでも買うペースの方が早いことが多いから、未読の本がじわじわと増えていく。とくに刊行ペースが早く、タイトルもよく似てる竹書房の本にはその傾向が強い。実はこの本も買ったまま読んだ気になっていて、今回が初読。最近とみに管理できなくなってきてるなーなんて反省しつつも、ちょっと得した気分になるから困ったものだ。



『「超」怖い話 鬼市』
 竹書房 2013 竹書房文庫 HO-163
 著者:渡辺正和

 ISBN-13:978-4-8124-9426-4
 ISBN-10:4-8124-9426-5


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深澤夜『「超」怖い話 鬼胎』

 

 深澤夜『「超」怖い話 鬼胎』竹書房 2014 竹書房文庫 HO-215

「き‐たい【鬼胎】
 1. おそれ。心配すること。「―を抱く」
 2. 子宮内の胎児をおおう胎盤絨毛膜の異常増殖によって起る病。子宮内容は小嚢状の塊となって、葡萄状となり、胎児は全くその姿を消す。奇胎。胞状鬼胎。葡萄状鬼胎。」

 不気味、奇妙、奇怪、少々風変わりな実話怪談集。長めの話、18話が収録されている。特徴的なのは幽霊がほとんど出てこないところで、ついでにグロ描写もない。ヘビーな幽霊に頼らない、実話怪談の様々な側面が提示されている。この手の本をよく読む人には分かってもらえると思うが、実話怪談ってわりとマンネリとインフレに陥りやすいのだ。
 本書には被害の惨状だけが書かれて、肝心の原因にはまるで触れない話がある。何やらSFっぽい話もあるし、突飛すぎで分類のできそうにない話もある。記憶の底を掘り返してみれば、似たような要素を備えた先行事例が無いわけではないが、どれも新鮮で興味深いエピソードばかりだった。特に印象に残ったエピソードついて少々↓

「本数」人の顔面に数字が見えるタクシーの運転手「杉本さん」の話。普段は数字しか見えない彼が、あるとき女性の乗客の顔に不思議な文字列を見る。ラノベのキャラのような杉本さんの微妙な特殊能力が面白い。ラストの僧侶の登場でフィクションぽさが増すが、反面、怪談としてのフレームは強固になっているように思う。本書にはタクシーの話が3編収録されていて、うち2編はこの「杉本さん」の話。

「峠のバス停」バスで寝過ごした赤ん坊連れの母親が辺鄙な峠の停留所に降り立った。待合所の中で次のバスを待っていると、天気が崩れはじめた。雷雨である。しばらくすると男女三人連れが待合所に駆け込んできた。彼らは近くの廃病院で何かの撮影をしていたらしい。やがて三人連れの紅一点、モデルの「メルル」と呼ばれる女が不吉なことを言いはじめた。「……さっきから、変な感じがしてるんです」
 大人四人+赤ん坊による密室劇。怪異らしい怪異が生じるまでに随分ページを割いているが、その分雰囲気は抜群。雷雨の中の待合室の、心細い母親の心境が繊細に描き出されている。正調実話怪談って感じのエピソードで、モデルの女「メルル」のヒステリーっぷりも怖い。

「空と海の間」とある海水浴場に遊びに行った高校生のグループがとんでもない出来事に遭遇する。海水浴シーズンを外したとはいえ、その海岸には彼らのほかには誰もいなかった。ビーチバレーをはじめたが、対戦相手の三人の様子がどうもおかしい。体験者の背後をしきりに気にしている。振り返って見ると、遠くに男が立っている。波の中にである。男は左手を伸ばし陸の方を指差した。そちらを見る。砂浜の先の雑草の上に、もう一人の男が立っている。男は左手で上方を指し示している。その方向を見上げるとそこには……。
 伝奇ロマン的な背景を想像させるエピソードで、わけの分からなさが不気味だった。前振りとして「その海岸に行くときは必ず神社に参るように言われていたのだが、そのときはお参りしなかった」というくだりがある。季節ははっきりしないが「海水浴シーズンを外した」とあるので、いわゆる「盆過ぎの海」にまつわる話かもしれない。
「謎の男たち」が登場する話にはこのほかに「高原の交差点」があって、このエピソードとともに本書を特徴付けている。
 
「再開発 蹂躙」「再開発 人形の家」「再開発 とても遠いところ」
 ヤバいものに触れてしまった話。登場人物は下町の再開発に携わる作業員の面々。彼らが手を出してしまったのは、とある集落で秘密裏に祀られ続けてきたモノだった。怪異そのものは直接書かれないが、それに影響を受けたと思しき作業員たちの惨状が3編にわたって詳細に描き出されている。この本の中核をなすエピソードである。
 前に少し書いたことがあるけど、自分はこのエピソードの家によく似た特徴のある借家で暮らしてたことがある。これまでに7回ほど引越しているが、一戸建てに住んだのはそのときだけである。京都の町屋とはいかないまでも、時代がかった雰囲気の住み心地のいい家だったと思う。自分の場合は特に怪奇現象が起きたりはしなかったけど、床板をめくってそれを見たときは、まじで目眩がするほどびびった。知人の実家では建て替えに母屋を壊したところ、地下から「遺跡」が出てきたという。思いもよらないモノが隠された家って、もしかすると想像以上に多いのかもしれない。

「贖罪」戦時中、疎開したまま村に定住した美しい姉妹と、彼女たちを犯し殺害した復員兵にまつわる話。復員兵は「背乗り」で村の青年に取って代わったらしい。姉妹を、それこそ村をあげて慈しんでいた村人たちは、男に残酷な罰を与えた。
 全く救いのない、後味の悪い話で、しかもそれが最後に収められている。戦中、戦後ってだけで、ストーリーがにわかに真実味を帯びるのが不思議。全体にセピアがかった感じなのに、所々突然ピントが合うみたい鮮やかで、映像で見てみたいと思った。

 ……というわけで、これ勢い余って実話怪談からはみ出してるんじゃね? なんて感じるところも無くはなかったが、それで全体の面白さが損なわれることはなかった。怖い話が読みたいけど、ストーカー系の話はピンとこないし、最近は幽霊もなぁ……って人にはオススメの一冊。



『「超」怖い話 鬼胎』
 竹書房 2014 竹書房文庫 HO-215
 著者:深澤夜

 ISBN-13:978-4-8124-8896-6
 ISBN-10:4-8124-8896-6


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加藤一『「超」怖い話 申』

 

 加藤一編著, 久田樹生, 渡辺正和, 深澤夜共著『「超」怖い話 申』竹書房 2016 竹書房文庫 HO-263

 この本の感想は今年初めに書いたつもりでいたのだが、記事がどこにも見当たらなくてびっくりしてしまった。書くには確かに書いたはずで、書き終えてから付箋もはがしたし、後からもう一度読み直したりしている。アップロードし忘れたのか、アップロード時に何かミスをしたのか。我ながら忘れ物はやや多いが、物忘れはしない奴だと思っていたので、こうも現実と認識が違うと少々びびってしまう。
 実は昨日、夏に出た十干シリーズ「丙」の感想を書くにあたって、なんとなく過去記事を見ようとして↑このことに気付いたのだった。放置しとくと気持ち悪いので、先にこの十二支シリーズ「申」の感想から書きます。

「心にしんと落ちる怪。」というのが今回の帯の煽り、史上最恐! とかそんな感じじゃない、じんわり怖い本書の特徴を端的に表している。全29話収録。印象に残ったのは以下の7編。

「神域」ヤバいものに関わった、触れてしまった話。体験者は宅地造成業を営んでいる。このエピソードのヤバいものとは、まるっと森ひとつって感じの「土地」。お守りが破裂したり神主が倒れたりと、祟り系の話の王道を行くエピソードである。印象的なのは事前に事態を察したと思しき知的障害者の存在で、冒頭の彼の登場によって話に引き込まれた。

「四つ辻」体験者の部屋の窓からは、四つ辻がよく見渡せた。真夜中を過ぎると、そこを不思議なモノが行き来するという。2ページ強のごく短い話だが、イメージはくっきりと強い。なんとなく宮沢賢治の世界を彷彿とさせる。以前自分も似たような環境の部屋に住んでたことがあったから、とても共感することができた。もっとも自分が住んでたのはずっと田舎で、妖しいモノを目撃することもなかったんだけど(暴走族を追いかけてるパトカーは何度も見た)。夜の道路を眺めながらいつも不思議に思ったのは、覗いてるわけじゃないのに、なぜか覗いてる気分になることだった。

「車」体験者の女性が中学生の頃の話。体調を崩して学校を休んだ彼女は、庭を眺めているうちにあるものに気付いた。庭を囲んだブロック塀の向こうに赤い車が停まっている。それが透かしブロックの穴から見える。女性が乗っているようだ。あんな小さな穴から向こう側がはっきり見えるわけがない、そう言って両親は信じてくれなかったが、翌日にはなぜか父がすべての穴を埋めてしまっていた。それからも塀の向こうに赤い車を見かけることがあったが、やがて彼女はそのスペースには車を停められないことに気付いた。数年後、引越しをした直後に父親が急死、葬儀の後、彼女はあの赤い車と女性の正体をぼんやりと知ることになる。
 終わってみれば、体験者は数年~数十年に及ぶ奇妙な出来事を目撃し続けていたことになる。出来事自体はごく地味なものだが、繊細な描写が積み重ねのおかげでこの話のイメージも実に鮮やかだ。どことなく初期の本シリーズ(勁文社時代)の雰囲気があるエピソードで、「じんわり怖い」本書の特徴をよく表している。

「黄ばんだ骨」真夜中のマンションの外廊下で、体験者の女性はとんでもないモノに遭遇する。得体の知れない黒い影が跳躍しながら彼女に迫ってきたのだ。そこで彼女のとった行動は、そしてそのモノの正体とは?
 恐怖のスラップスティック。上記「四つ辻」に続いて、こっちの体験者の住居は自分の今住んでる建物に酷似していて、状況がリアルに想像できて怖かった。前にちらっと書いたけど、今でも自分の部屋があるフロアでは、うち以外の全てのドアの両側に盛り塩がしてある。他の階を見てみたけど、たまに盛ってる部屋があるって程度。流行ってるのかな。

「契り」ある日、大学生の体験者は一枚の写真を拾った。可愛い女の子が写っている。それを何気なく家に持ち帰った投稿者は奇妙な夢を見た。写真の女の子と何かを誓う夢である。ただ何を誓ったのかは思い出せない。それ以来、彼は散発的に彼女の夢を見るようになった。ただし夢は次第に不快感を増し、目覚めると体のいたるところにありえない傷が付いている。そしてある夜、たまたま目覚めた彼は怖ろしいものを見た。
 上の「車」と同様に、人の激しい「思い」が歪んだ形で表出する話。特に怪談においては古典的、普遍的なテーマである。この2編の他にも「見つけた」が同じテーマを扱っている。写真の女の子と何を「契った」のか、全く分からないところが不気味。

「五十日の客」体験者は子供の頃、近所の子供達から「メカケの子」と呼ばれていた。彼の家には父がいなかったが、「五」と「十」が付く日の夜更けには必ず来客がある。彼と姉が奥の間に引き取った後にやってくるので、その顔を見たことはない。息をひそめて耳をすますと、隣室からはボソボソとした会話の声と、押し殺したような母のうめき声が聞こえてきた。その出来事は彼が小学校5年、姉が中2のときに起こった。インフルエンザで臥せっていた母親に拒まれた客が、姉の布団にのしかかったのだ。客の姿を初めて目にした体験者は……。
 今回収録された中で最も好みのエピソードがこれ。具体的に書かれてるわけではないのだが、得も言われぬ「昭和感」が終始濃厚に漂っている。闇の深い和風の建築物を舞台に、影絵のような登場人物が蠢いたり、ささやき合ったりしている。単純な怖ろしさよりも、人の業の深さとか、そういうドロドロとしたものを感じさせるエピソードだった。雰囲気抜群。

「海と恋人」事故で恋人を失って自分の殻に閉じこもるようになった友人から、体験者の元に連絡が入った。亡くなった恋人を見つけたのだという。彼の言動に不安を感じた体験者は、とりあえず友人が恋人と二人でいるという砂浜に駆けつけた。そこで体験者は、友人と、彼のすぐ横に突然現れた人影を見た。
 これめっちゃ怖い。笑いと恐怖は紙一重っていうけど、まさにこのエピソードはそんな感じ。幽霊的なキャラじゃなくても充分に怖かったと思う。

 上記の他にも、前後編にわたる話や、シックな幽霊屋敷の話「廃屋の夜」、切ない「命日」など読み応えのあるエピソードが多かった。あと、グロ描写がほとんどないこと、極端にバカな人が出てこないのも特徴で、全体に落ち着いたトーン。じんわり怖い一冊。



『「超」怖い話 申』
 竹書房 2016 竹書房文庫 HO-263
 編著者:加藤一
 共著:久田樹生/渡辺正和/深澤夜

 ISBN-13:978-4-8019-0616-8
 ISBN-10:4-8019-0616-7


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松村進吉『「超」怖い話 乙(きのと)』

 

 松村進吉『「超」怖い話 乙(きのと)』竹書房 2015 竹書房文庫

 この夏に出た「十干」(←甲・乙・丙・丁〜の十干)シリーズの最新刊。印象としては不思議系のメルヘンっぽい話が多く、幽霊がドンと出てくるような話は少ない。「超」が付くほどには怖くはないけど、どのエピソードもよく整っているし、ノスタルジックで味わい深い一冊となっている。全31話収録。なかでも印象に残ったのは↓

「きょうだい」姉が結婚した一人の男のために崩壊していく家族。体験者の家族はその男とともに、忌まわしい何かを迎え入れてしまったらしい。事態の収拾のため、親戚とともに奔走する体験者だったが……。
 結婚してみたら相手がギャンブル漬けだったとか、経歴ルーツ家族構成が全く不明でマトモに働いてないらしいとか、怪異こそ生じないものの実際に似た感じの話を聞いたことがある。離婚すればいいじゃんって思うけど、なぜかその方向には全く動こうとしない。度を越したリスクに見合うほどの魅力が相手にあるのかというと、そうでもないらしい。まあ色恋沙汰なんてそんなものかもしれないけれど、傍目からは何かしらの未知の力が働いてるようにしか思えない。このエピソードは収録されたなかでもわりと長めで、ダメになった家族の絶望的な状況がしっかりと描かれている。結婚相手の車の描写が秀逸。

「磯」昼の遅い時間、叔父と一緒に釣に出かけた磯で、幼い体験者が怪異に遭遇する。波打ち際で、一見女の水死体に見えたそれは……。近所に出かけて行ってたまたま妙なものを見る、ただそれだけのシンプルなエピソードだが、キレのある鮮やかな描写が印象的だった。人里に接してはいても、山や海の怪異にはこのエピソードに登場したもののような、独特の神性(&艶めかしさ)を感じさせるものが多い。超好みの海の怪異譚。

「イヌ」小さい頃、体験者だけに見えたというイヌ。体験者が一人の時間を狙って突然現れるそれに、彼は散々悩まされていたという。これ、何とか恐怖症とか、イマジナリーフレンドってやつじゃないの?? って思わせておいて、最後に意外なオチが用意されている。一体何が起こってたのかはさっぱり分からないが、なぜかスッキリ。

「おとなのふり」女子「恐怖心を紛らわせるにはどうすればいい?」男子「大人のふりをしてエッチなことすればいいんじゃね??」という、体験者のちょいエロマンガのような素晴らしい着想から始まるエピソード。アホな小学生によるアホな作戦、生じる怪異も地味で軽微だが、居酒屋の二階の一室の雰囲気は抜群で、登場人物も生き生きとしている。また軽微とは言え、実際に劇中のような環境に怪異が生じたら、さぞかし暮らしにくいだろうと思う。短編小説風の著者らしいエピソードだった。

 この他、曰く付き物件についての「訳あり」3編、蔵が出てくるクラシックな幽霊譚「着物」、UFO系の話?「スポット」などバラエティに富んだ話が収録されている。
「「超」怖い話」は夏の「十干」と冬の「十二支」の定期的に出るシリーズの他、ランダムに「「超」怖い話」と銘打った本が刊行されている。プラモは積んでも本は積まないので、一通り買って読んではいるのだが、なかなか感想が追いつかない。この本はめっちゃ怖いのが読みたいって人よりも、ちょっと不思議な話が好きという人にオススメ。


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加藤一『「超」怖い話 未』

 

 加藤一編著, 久田樹生, 渡辺正和, 深澤夜共著『「超」怖い話 未』竹書房 2015 竹書房文庫

 毎年一冊ずつ刊行されるらしい干支シリーズの新刊「未」が出た。去年の「午」に続く新シリーズ二冊目の本だ。竹書房の「「超」怖い話」と「恐怖箱」は一通り買ってるんだけど、本書に限らずこれらのシリーズの怪談には、困ったことに(喜ばしいことに)再読のたびに随分印象が変わる話がある。この本も一読した限りではケレン味のない「正調」って感じの話が多い感じだけど、繰り返し読むうちにまた印象が変わるかもしれない。

 それにしても毎回よくこんなに怪談が集められるなあと思う。この本には28編の実話怪談が収録されているけど、ほかにも振るい落とされた話がいくつもあったに違いない。ちょっと真似をして、機会があるごとに色々な職業の知人にそれらしい話を尋ねてみるのだが、知ってか知らでか全然話してくれない。うまく聞き出せたとしてもどこかで聞いたような話が多く、実体験となるとさらに稀だ。お年寄りのなかには面白い話や、不思議な話をしてくれる人もいるが、これ怪談とは違うよなーなんて思いつつ、有り難く拝聴している。だいたいそんな調子なのだが、この本を読んでいて、昔私鉄の運転手をしていた人から聞いたちょっと不思議な話を思い出した。人身事故についての話だ。といってもかなり地方の、かなり田舎を走る路線の話で、事故自体あまりなないし、もしあってもうっかり線路に入っちゃった系のトラブルばかり。飛び込みなんて滅多にない。ところが同僚の運転手のなかに、稀にしか発生しないそんな事故に何度も遭遇する人がいたという。人身事故が起きれば、またあいつかよ?? って感じだったらしい。交代で同じ路線、同じ時刻を、同じ車輌で走っているのだから、誰が事故にあってもおかしくないはずだ。なのに彼一人に集中して事故が起きる。オバケなんかは信じてないけど、あれは不思議だったなーとしみじみ回顧してるのが印象的だった。

 長くなってしまったが、この本の最初に収録されているのも鉄道にまつわる実話怪談だ。

「ホームにて」人身事故が発生した駅の終業後のホームで発生する怪異と、それに対応する職員の話。シンプルで古典的な筋運びだが、恐怖を振り払って淡々と仕事を続ける職員の抑えたリアクションが味わい深い。舞台は新宿駅。人が溢れかえる営業時間中のホームと、終電後の誰もいない暗いホームとのギャップが怖い。以前パリのメトロで終点と気付かないまま乗り続けていたら、なんか暗い洞窟みたいなところに一人で運ばれてしまってめっちゃびびった。電車はそこでまったり折り返してました。

「自転車」この本には夢と現実がごっちゃになるような、時空を超えるっぽい話がいくつか収録されている。そんななかで一番好みだったのがこの話。山中の温泉旅館に宿泊した体験者が、深夜気付かぬうちに山奥に迷い込み、廃虚のような建物に助けを求める。ところがその建物には、さらに奇怪な出来事が待ち受けているのだった。
 暗い山中での心細さ、建物でのわけの分からない出来事が巧みに表現されている。なんとなく諸星大二郎の漫画の雰囲気で、迷い家や隠れ里などの民話を連想させるが、もっと邪悪な感じ。

「水音」これもシンプルな幽霊談。幼い体験者は幽霊を目の前にしてもほとんど怯えていない。それどころか正体を確かめようとさえしている。そんなとき、耳をつんざくような悲鳴をあげたのは……。短いながら深くて暗い背景を想像させる好編。なんとなく理不尽。

「尽期」幽霊も妖怪も出ないし、怪奇現象が発生しているのかどうかさえはっきりしないけど、実感たっぷりで怖ろしい話だった。特定の状況下で死を予知する能力にまつわる話だが、分からないことが多すぎる。しかしそれがかえって、不安感や薄気味の悪さを盛り上げているように思う。主人公の祖母(体験者の祖母)を捕まえて、色々問い詰めたくなる。

「甘い果実」神社の奉納祭の夜を舞台にした、雰囲気のいい和風怪談。もちろん雰囲気がいいだけじゃなくて、生じる怪異も非常に不気味なものだった。幼いころの体験者は神社の裏の森で立ちションをしながら、森の奥に方になにか光るものを見つける。そのあたりは人が立ち入らない場所だったという。興味を抱いて近付いてみると、発光していたのは一本の樹木に実った果実だった。最初は気味悪く感じていた体験者だったが、その実を食べてみたいという強い欲求に駆られる……という話。端的にいうとバチがあたった話なんだけど、怪異は類例が思いつかないような独特のもので、読み応えがあった。本書のなかでも屈指の一編。

 ……上記のほかにも「羽音」「まさしく、青天の……」「火掻き棒」などがよかった。「振袖」の怪異はまさしく妖怪「小袖の手」で、クラシックな妖怪が現代の実話怪談でも活躍してるのが嬉しい。少し気になるところもあった。まず後日談がオチのように付いてる話が多いこと。実話怪談だから付いてるものは付けるって姿勢なのかもしれないが、場合によっては話のスケールを縮めてしまって、そら怖ろしい雰囲気が削がれてしまう。それから実際に数えればそんなでもないのだが、ウンコ。ウンコの臭いがするとか、ウンコが落ちてるとか、そういう描写がやけに多いような印象を受けた。下品だとかそういうのじゃなくて、ここぞというところで何度も用いられるので、怖さよりもまたウンコですか!? って思ってしまった。これも実話怪談だから……ってことなのかもしれないけれど、頻繁に用いられると効果は確実に薄くなっていく。
 といった感じで多少気になるところもあったが、全体に落ち着いた話が多い印象。まだ1回しか読んでないから、この先印象が変わる話も多いと思う。来年の「申」が今から楽しみだ。いやその前に夏の十干があるか。


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松村進吉『「超」怖い話 P(ロー)』

 

 松村進吉『「超」怖い話 P(ロー)』竹書房 2010 竹書房文庫

 四年ほど前に発売されたシリーズ二十七冊めの本。竹書房版に限っては発売時に読んで、忘れたころに読み返して(読み返す頻度高いです)、また読み返してから感想書いてるんだけど、読み返すたびに不思議と印象がどんどん変わる。すごくインパクトを受けたはずなのに、再読するとそれほどでもなかったり、最初はぱっとしないなぁって感じだったのが、底光りするような怖い本になってたり、こんな話あったっけ?ってことも度々ある。だから読み飽きないのかなと思う。

 この本にはほどよい長さのエピソードが三十話収録されている。不思議系の話は少なめ、幽霊がしっかり出てくる話が中心。飛び抜けてインパクトの強いエピソードはないけれど、粒揃いの幽霊談が集められている。

「湿る部屋」ナメクジが大量発生するアパートの怪談。そもそも室内にナメクジが大量発生してる時点で怪談だし、それを黙々と始末する体験者の感覚も相当おかしい。幽霊とナメクジの大群、どっちが怖いだろうなんてことを考えてしまうが、ありがたくないことにこのエピソードの幽霊には、ナメクジに似た属性が備わっているようだ。ちなみにナメクジのなかには肉食のものもいるらしい。

「ロケット花火」中学生だった体験者が学校に宿泊したときの話。真夜中、遠くにロケット花火の風切り音を聞いた体験者は、同室の友人二人とともに宿泊室を抜け出した。ありがちな学校の怪談で、幽霊がバーンと出てくるのかと思いきや、非常に不気味でわけの分からない展開を見せる。体験者たちが見た風切り音の正体とは?
 このエピソードにはなぜか不思議なSFっぽさを感じていたのだけれど、あれだ『SF/ボディ・スナッチャー』(1978)。

「山拾い」上記の「ロケット花火」が『SF/ボディ・スナッチャー』なら、この「山拾い」にはキューブリックの『シャイニング』(1980)に通じる怖ろしさがある。体験者の女性が山歩きの途中で、投棄されていたらしいボールを拾った直後、怪異に見舞われる。天候の悪い山の雰囲気も良好で、好きなエピソードだ。
 山の民話や怪談に「山の神様の持ち物」にまつわる話がある。「山の神様の持ち物」を勝手に持ち出した者やその家族が障りを受けるという話で、「持ち物」は木や動物、蜂の巣や石ころ一つだったりする。慌ててそれをもとに戻すとたちまち恢復したというパターンが多い。体験者が拾ったボールもそうした類いのものだったのだろうか。

「美容」幽霊などの怪異そのものはほとんど描かれず、それらから強烈な影響を受ける女性の描写に終始するエピソード。彼女は体験者(話者)の大学の知人。もともとは冴えない、決して美人とはいえないタイプの女性だったが、あるときを境に奇妙な魅力を発散させるようになった。男性のあいだでは最近彼女がかわいいと噂になりはじめ、それと同じくらい「死体みたい」と敬遠する者も出たという。不吉で病的な魅力である。肉体ばかりか精神にまで怪異に浸食され、どんどん病み、衰えていく彼女の異様な様子が怖ろしい。死臭のするような嫌なエピソードだった。

「縦穴」直球のホーンテッドマンションもの。ただしその原因は明らかにされず、最後に出てきた霊能者が発した「縦穴」という言葉がそれを表象しているらしい。ある分譲マンションな移り住んだ途端、体験者の両親に次々に異変が生じる。怪奇現象自体は地味で軽微、というかほとんど描写されないが、次第におかしくなっていく両親の様子が不気味。彼らに自覚症状はないらしい。手をこまぬくしかなかった体験者だったが、あるときマンションを訪れた親戚に体験者自身の様子もおかしいと指摘される。
 ささやななえこの名作『空ほ石の…』を彷彿とさせる一編。得体のしれない不安感、嫌悪感を感じる体験者の心情が、過不足なく表現されている。賃貸にしとけばよかったのに……。

 上記のほかにも、「廃車」「忌橋」「情動」「毒舌と斜視」などがよかった。なかでも「毒舌と斜視」は、都市伝説が形成されていく過程が怪談に取り込まれているようで面白かった。
 最初に書いた通りゴーストストーリーが多いので、まとめて幽霊出てくるやつ読みたい!って人にはおすすめ。


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松村進吉『「超」怖い話 Ξ(クシー)』

 

 松村進吉編著, 久田樹生共著『「超」怖い話 Ξ(クシー)』竹書房 2009 竹書房文庫

 先日は20年以上も前の本について書いたので、今日は同じシリーズでももうちょっと最近の本を取りあげようと思う。とはいえこの本も、出てからすでに5年も経ってるのだけれど……。

 本書は勁文社版から数えて25冊め、著者はじめての編著担当本だ。ほどよい長さの、粒揃いのエピソードが40話収録されている。「まえがき」も「あとがき」もないことについては、そっけないというより、著者の並々ならぬ気合の表れのように思う。
 とくに興味深かったエピソードは↓

「ひやむぎ」小学生だった体験者が、京都の親戚の家を訪れたときの話。みんなで昼食のひやむぎを食べていると、突如奇怪な姿の男の子が現れて食卓を荒らした。白昼、複数の人々の目の前で起こった出来事だったという。それにも関わらず、その場にいた親戚たちは一連の出来事を忘れてしまっているらしい。
 体験者は記憶が不自然に消えていくことの不安に重きを置いて語っているが、インパクトがあるのは男の子の容姿。とても普通の人間とは思えない。妖怪、闇堕ちした座敷童って感じ。

「ホーム」体験者の部屋は駅のホームを真正面から見下ろす位置にある。あるとき終電のあとの薄暗いホームに、母子らしい二人連れの姿を見つけた。最初のうちは終電に乗り遅れたのかと思って眺めていたが、どうも様子がおかしい。二人の目がチカチカと光っているように見える。やがて母子の二対の目が、まっすぐに体験者の方を向いた。
 安全圏で傍観を決め込んでいた体験者が、一転して当事者に。その落差のある構成が素晴らしい。かなりテクニカルなエピソードで、落ちもナイス。

「警告者」体験者が殴りつけた彼女が部屋から飛び出して、しばらくするとインターフォンが鳴った。彼女が戻ったのかと出てみると、インターカムの小さな液晶画面に映ったのは、見ず知らずの女の不気味な顔だった。パニックに陥った体験者が慌ててドアを開けると、そこには……。
 インターフォンとドアスコープにまつわる怪談は、この「「超」怖い話 ・シリーズ」にもいくつか収録されているが、今回はモニター付きドアフォンだ。目の前のドアを一枚挟んだところになにかがいる……って不安感こそ軽減されたものの、ドアスコープからモニターになっても怖さは相変わらず。あの粒子の粗いコントラストのきつい画面は、魚眼のドアスコープと甲乙付けがたい。体験者の部屋を訪れた女は、山岸涼子の『汐の声』に出てきたアレと同じタイプの異形で、なにやら呟いていたというが、体験者はそれを聞き取れていない。ただなんらかの「警告」のように感じたという。

「十五年」青春実話怪談。高校生だった体験者には親しい女の先輩がいた。彼女は教師と不倫をしていて、その妻の生霊に悩まされているらしい。さばさばとしていて明るく、色恋沙汰とは縁遠く見えた先輩。そんな彼女が不倫の泥沼から抜け出せずに苦しんでいる。体験者は一連の出来事から目を逸らしてしまって、なにもできずにいる。怪異自体には目立った特徴はないものの、この「青春」っぽいテイストは著者の持ち味の一つで、それぞれの登場人物が実にいきいきと描かれている。怪談には珍しく読後感が清々しい。甘酸っぱい。

「鋸の傷」体験者の実家の庭木にノコギリの傷がつく。誰の仕業かは分からない。ただその傷が十本になると、体験者の家族が一人ずつ死んでいく。そこで件の庭木を監視することになった。真夜中、庭木を見張っていた体験者と父親が見たものは……って話。なにかの祟りのようでもあるが、意外な犯人像にはファンタジーっぽさを感じてしまう。ナチュラルに邪悪な妖精ってイメージだろうか。

「赤とサイレン」肝試し系怪談の傑作エピソード。深夜、体験者たちが向かったのは町はずれの廃屋だった。廃屋の周囲にはほかに民家はない。電気も通ってないはずだった。にもかかわらず、目的の廃屋のひとつの窓が真っ赤に発光している。体験者の静止を振り切って、仲間の一人がその窓に歩み寄った。
 肝試しに行って、なにかを目撃、逃げ帰ってくるという定番の構成ながら、強烈な赤のイメージとただならぬ緊張感が印象に残った。幽霊も出る。

「残滓」霊能者が登場して、活躍したりしなかったりする話は数あれど、このエピソードはかなり変わっている。化けて出るのが体験者の部屋を祓った「霊能者」自身なのだ。彼女がなぜそうなってしまったのか、経緯はまったく分からない。ただ生前の彼女の胡散臭さはよく伝わってくる。オチは体験者の友人が一枚噛んでいるように匂わせていて、エピソードに奥行きを感じさせる。

 最初に書いた通り、著者の気合が見事に反映された好著となっていて、上記のほかにも「みな」「ミニカー」「ブーゲンビリア」「判断力と公開」など、印象的なエピソードが多数収録されている。丁寧に作られた感じの本で、シリーズのなかでも読み返すことの多い一冊。おすすめ。


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加藤一『「超」怖い話 午』

 

 加藤一編著, 久田樹生, 渡辺正和, 深澤夜共著『「超」怖い話 午』竹書房 2014 竹書房文庫

 最近アニマックスで『フルーツバスケット』がはじまったので、昼のうちに録画しておいたのを寝る前に見て精神を浄化している。毎日これをやってれば、いずれは立派な人間になれるんじゃないかとわりとまじで思ってるんだけど、眠りにつくまでのあいだに呪いの本とかロマン文庫とか読んでしまうから全然ダメだ。

 この日曜日、そんなアニメにつられて原作コミックを一気に読み返したそのあとに、読みはじめたのが買ってきたばかりのこの本だった。「Θ」「Σ」「Ω」のギリシア文字のシリーズが終了して、新シリーズ一冊め。タイトルは『「超」怖い話 午』。「午」は午年のウマで、このシリーズは「十二支」でいくらしい。全12冊ってことなのかな。で、お察しのとおり、フルバとは十二支繋がりってことで……。

「聞くと死ぬ話」聞くと死ぬ系の怪談を勧んで聞いた体験者が、ドアスコープ越しに怪異を目撃する。前に感想を書いた山岸凉子の『あやかしの館』(←前の記事へのリンクです)にも同様のシチュがあったけど、怪異とか関係なしにもともと怖々覗くために設けられるドアスコープの、怪談との親和性の高さは言わずもがなで、上手く用いられたときの効果は大きい。この話で体験者が見たのは、ドア一枚隔てた向こう側で異様な行動をとる黒い女。わけの分からなさが怖い。

「嗤い顔」子供のころ激しい虐待を受けていた体験者が、自らのもとに現れた奇怪な生き物に母とその内縁の男の死を願う。怖ろしいのはおさな心に、その生き物「水滴人間」といたほうがマシだと思わせるような過酷な環境。この一連の出来事が超常的なものであっても、またそれとは違って、体験者の心の問題に起因するものであったとしても、物悲しく怖ろしい。詳細な描写が特徴的なエピソードで、全編に殺伐とした雰囲気が漂っている。

「一両編成」体験者が高校生だったころ、乗客が自分一人になった一両編成の電車に起こったトラブル。鉄道にまつわる怪談は数多いが、体験者の女性と車掌のとった驚きのリアクションのおかげで、類例のない希有なエピソードになっている。怪異もシンプルながら唖然とするようなスピード感がよかった。
 この話の車掌をはじめ、警察官や消防士など、公的な業務に従事している人が登場すると、なんとなく「オフィシャル怪談」って感じになるのが楽しい。また体験者の話を補完するように、その友人の体験談が挿入されているのも気が利いている。

「迎え盆」少年時代、お盆の時期にお寺で出会った少年は、毎年お盆になるとそこにいて、しかもまったく成長することがない。体験者はそんな少年を「わらし」のような存在かと考えていたのだが……。昭和三十年代の出来事だという。暑くて、蟬の声がうるさくて、なぜかなんとなく寂しい、そんな田舎の夏休み情緒たっぷりのエピソード。少しほろ苦い不思議系の話なのかなと思いきや、ラストの祖母のリアクションでにわかに怪談色が濃くなる。

「後の業」おそらく呪い……というか、ある家族にまつわる因縁と特殊な習わしについての話だと思うのだけれど、簡単にはまとめられないような奇怪な話。岩が転がしてあるだけの裏庭の墓場、瘡蓋で顔面を覆われた女、自分の葬式……。体験者は子供のころ、今とは異なる名前で呼ばれていたという。こうした気持ち悪いモチーフが、関連のあるようなないような感じで次々に現われる。体験者自身にも、もちろん読者にも全貌は知らされない。ただオチから判断するに、体験者は「どういったことがあのとき行われたのか」現在はもう知っているか、少なくとも近々知ることになっているようだ。タイトルが意味深。

「断食」ラーメン屋で働く体験者の同僚、留学生のシンさんの身の上に起こった出来事。ぜんぜん食事をとらなくなったシンさんが、とうとう無断欠勤をするようになった。その様子を見にいくことになったのが、体験者とその後輩。餓死という嫌な可能性も考えられたが、二人が訪れたシンさんの部屋は雑然としてはいるものの、誰もいないように見えた。ところがふと目線をあげると、それまで死角になっていた天井の片隅に、痩せこけたシンさんが張り付いていたのだった。
 ……ここまで書いてしまうとネタばれっぽく思えるかもしれないけれど、これはオチじゃなくてまだ途中。この先に本当にぞっとするようなオチがある。

 以上目についたものをあげてみたのだけれど、まだ2回しか読んでないので、あとになってこんなスゴイのがあったって話が出てくるかもしれない。収録されたエピソードは全部で31編。上記のほかにも海にまつわる話がいくつか載っていて、どれも印象的だった。全体に長めの、ちょっと変った話が選ばれてる感じで、新たなシリーズに対する意気込みを随所に感じることができた。
 ただ肩に力が入りすぎたのかどうなのか、首を傾げたくなるような微妙な文章が何カ所かにあった。怖けりゃいいじゃんって気もしないでもないが、短い話だからこそ細部の精度にも期待してしまう。それから以前にも書いたけど改行について。縦書きに組まれた本で、ポエムのようにすべての句点ごとに改行してしまうと、改行の効果がなくなってしまうように思う。もしかすると横書きで原稿を書いているからかもしれないし、単にページ数の問題かもしれないが一考して欲しいところ。

 といった感じで色々書いたけど、「十二支」シリーズのメンバーとして選ばれた四人の著者たちが、この先どのようなパフォーマンスを見せてくれるのか、続刊が非常に楽しみだ。

 ……ところで最初の話に戻るけど、実はフルバのDVDはしっかりBOXで買って持っているのだ。にもかかわらず、なぜ毎日コツコツ録画しているのか、われながらさっぱりわからない。同様の現象は映画では「プレデター」や「エイリアン」の各シリーズなどでも頻繁に生じる。頻繁すぎて最近ではこの現象に命名の必要を感じるほどだ。今日は第21話、未の登場回です。


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