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ジャン・ド・ベルグ『イマージュ』

 ジャン・ド・ベルグ(Jean de Berg)著, 行方未知訳『イマージュ』(“L'Image”)富士見書房 1985 富士見ロマン文庫 -107- 61-1

 金子國義の装丁で有名な富士見ロマン文庫だけど、本書のカバーは佐藤和宏という人によるもの。すみれ色のマーブル模様に裸婦と薔薇を配した、本編の内容にぴったりなものになっている。挿絵も同人の作で、ハンス・ベルメールの銅版画の雰囲気。
 この作品の原書は1956年にフランスで発行されている。で、すぐに発禁になったらしい。著者のジャン・ド・ベルグは、カトリーヌ・ロブ=グリエ(Catherine Robbe-Grillet)って女優のペンネームなんだとか。ロマン文庫の一連の本をはじめて読んだのは、あまり大きな声ではいえない年頃だったんだけど、当時の自分に「これ書いたの女の人で、しかも女優さんだってさ」と教えてやりたい。もしそれを知ってたら、心のランキングにも何らかの変動があったろうと思う。(不動の一位はセレナ・ウォーフィールドの『少女ヴィクトリア』)

 登場人物は主人公のジャン・ド・ベルグ、その女友達のクレール、二人にもてあそばれる少女アンヌ。あるときは二人、あるときは三人で、薔薇園やランジェリーショップ、カフェなどを舞台に、露出プレイをしてまわる。このパーティを主導しているのはクレール、辱めを受けるのはもちろん、常に可愛らしいアンヌだ。屋外での放尿を強要されたり、鞭の傷跡の生々しい尻を店員に晒されたりする。鞭や掌による打擲もまた、彼らの主要なプレイである。
 面白いのは一連のプレイを通して、主人公がアンヌではなく、クレールの情動を常に追っているところ。そのため虐待されるアンヌの描写が表面上の愛らしさに止まるのに比べて、クレールはその振舞いから汲みとれる微細な感情の起伏が、フランス文学っぽく事細かに描写され、奇妙だけど奥行きのある人物となっている。

 かなり早い段階からばれちゃってるような気もするが、クレールはどMである。近寄り難いほどに美しく、つとめて女王さま然と振舞いながらも、随所で欲求を押さえきれてないところがすごくいい。激しく焦れてる様子が、文章からひしひしと伝わってくる。クレールはどんな思いでアンヌを虐待し、ジャンに差し出したのだろうか。単にntr的な状況を作り出して興奮を得ていたのかもしれないし、自らをいたいけなアンヌに投影していたのかもしれない。多分、その両方だろう。
 この三人の構成は、SMレズビアンのカップルに男が一人混じっているという形ではない。表面的にはジャンとクレールが二人して、M役のアンヌを虐待しているように見えるが、実のところ、アンヌを挟んで二人が激しく求めあい、クレールは間接的にジャンの辱めを受けたり、また焦らされたりして歓喜に打ち震えている。 

 この作品のキーアイテムである薔薇の描写は、「中心へとたどるに従って濃さを増してゆく柔らかな肉色をしており、その中心部には、半ば左右に開きそめた花弁が陰影をはらんだひとつの深い井戸のような穴を形作っていた。穴の内部はさらに生身に似た薔薇色を呈していた」(p.37)って感じで、ここだけ抜き出すと誤解を招きそうな生々しさだが、この薔薇を執拗に愛撫するシーンもあったりする。
 クレールが自らを少女に投影していたとして、薔薇の花を少女の性器になぞらえ、それを愛撫してみせるというのは、上級者すぎるプレイでなかなか理解し難い。しかしタイトルから推測されるように、この重なりあい連鎖するイメージ、自らを万華鏡のなかのひとつのオブジェとするような陶酔、恍惚感は本作の主要なテーマであり、当然のように直接的な性交の描写はぎりぎりまで削ぎ落とされている。

 この作品は1975年に『イメージ』 (“The Image”)というタイトルで映画化もされている。
 著者は夫によってがっつり調教されていたらしいが、真偽は不明。しかしこれも初読のころの自分に教えてやりたい情報ではある。


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