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荻田安静『宿直草』変なタコの話

 

 荻田安静編著『宿直草』より「蛸も怖ろしきものなる事」(高田衛編・校注『江戸怪談集〈上〉』岩波書店 1989 岩波文庫 所収)

 先日のH・G・ウェルズ『海からの襲撃者』(←前の記事へのリンクです)のところでちょっと書いた、江戸時代の変なタコの話。怪談集『宿直草』より、何人かの男達がタコについての怪談、奇談を披露しあうという構成。

「蛸も怖ろしきものなる事」

 あるところで四、五人が雑談をしていると、そのなかの一人がこんなこと言った。「タコは怖ろしい生き物だよ。津の国の御影の浜(※1)で磔があって死体が晒されていた(※2)のだが、そこに毎晩坊主が一人やってきて、自分が番をすると言う。そこでその里の浪人が行って様子を見てみると、その坊主の正体はタコだったのだそうだ。死体を喰っていたのだ」

 すると鍋島家(※3)に仕える福地某という人が「そんなこともあるだろうな。私もかつてはタコを好んで食べていたのだ。ところがあるとき潮だまりに舟を繋いでいると、三尺(※4)ばかりのヘビがいて、体を半分ほど海に漬けていたかと思うと、いつのまにか手長ダコになって海のなかに消えていった。それ以来タコは食べていない」と言う。

 するとそこにいた見るからに色が黒く、潮風に慣れた感じの海辺の人が「いや、人がタコになることはありませんよ。それにヘビがタコに変わるというのもどうかなぁ。ヘビはタコを釣ろうとするし、タコもまたヘビを捕ろうとする。小さいヘビはタコに捕られるし、大きいのはタコを捕まえる。まるで竜虎の争いのように(※5)」と賢そうに話した。

 片隅で菓子をかじっていた法師はそれを聞いてうなずくと、こんなことを話しはじめた。「その通りでございます。私が以前丹後(※6)におりましたときに、青侍(※7)三、四人と連れ立って舟遊びをしたことがありました。沖の方には出ずに遠浅のところに舟を漕いで、みさきのように突き出た州の、葦の穂が茂ったあたりに達したころには、みないい酒に酔っぱらい、はやりの歌が乱れ舞っておりました。千鳥足のものもいれば、舟の後ろで釣をして、竿のしずくでびしょ濡れになってはしゃいでいるものもおります。明月の詩を誦し窈窕の章を歌う(※8)様子は、かの子瞻(蘇軾)の楽しみもかくやと思われるほどでした。やがてあるものが「ここには桂の竿も蘭の舵(※9)もない。余念も波が打ち消した。そろそろ帰るとしよう。舟を戻せ」と言えば、またあるものが「夕暮れが過ぎてもこうしていたいなぁ。ほら、あそこに見えるのがこの浦で一番美しい景色だぞ。杯に酒を残すのは惜しい。さあ、舟を進めよう」と言いますので、そちらを見やれば、人がどれだけ美しく築いたとしても、とても及ばないほどの絶景がございます。そこで磯づたいに舟を進めましたところ、岸辺の草は海水に濡れ、岩間の苔は潮風に向かっております。落ちるにまかせて枯れ葉が積もったところには、高さ三間、太さ二尺(※10)ほどの松が、海を招くように梢を突き出し、山に根付いておりました。雌松の葉にも惹かれましたので、「あの松の陰で休もう」と舟を進めますと、三十間(※11)ばかり手前で、あるものが「松の根は赤いものだが、そばにあるあの黒いものはなんだ?」と言います。「さあ、一体なんなのだろう」などと言っているうちに、舟はますます進んで十五、六間ほど(※12)に近づきました。すると波しぶきをあげて薄紫の五尺(※13)ばかりのものがあらわれ、垂れ下がった松の梢を引っかけ、あの黒いものに取りつきました。そこで舟を止めさせ「なんだあれは?」と言えば、それを見た船頭が「話に聞いたことがあります。こんな天気のいい日には、ヘビが出てきてタコを釣ると。上の黒いのが蛇、下の紫なのはタコではないですかね」と言います。皆、なるほどと思ってよくよく見てみれば、長さ三間、太さ一尺(※14)ほどの烏蛇(※15)が、松の水面から一間(※16)あまりのところの枝に絡みつき、尾を二、三尺(※17)水に漬けています。「こりゃあ、見ものだな」と見物していると、またタコの腕が一本のびて、枝にかかります。すぐさま次の腕を次々に引っかけて、四本の腕で松の枝を下へ下へと引っぱりはじめました。ヘビはというと、これは上へ上へと引いております。たがいの力にさしもの松も揺るぎわたること、まるで綱引きのようでした。その光景を舟からは固唾を呑んで見物しておりました。「どうしても下に引く力が弱いから、タコが釣られるな」と誰かが言ったとき、ヘビの運が尽きたのでございます。絡みついていた松の枝がもとからポキリといって、海に落ちました。「うわぁ!」と歓声があがります。松の枝はしばらく浮き沈みしておりましたが、ヘビはとうとう海面にはあらわれず、やがて枝ばかりが浮きあがってきたのでした。」


 ※1.「津の国」(つのくに)は「摂津国」(せっつくに)の古称で、今の大阪府の北西部から兵庫県の南東部にあたる。「御影の浜」(みかげのはま)は、今の神戸市東灘区御影浜町のあたり?
 ※2. 死後三日間晒されていたのだそうだ。
 ※3. 肥前佐賀藩。その藩主。化け猫騒動で超有名。
 ※4. 90センチ強。
 ※5. だからヘビがタコに変わったのではなく、タコに捕まって喰われたのが変身したように見えたんじゃないか、という意味。
 ※6. 丹後の国。今の京都府北部。
 ※7.「なまさむらい」下級の武士。
 ※8. 中国宋代、蘇軾作の『前赤壁賦』の一節。「誦明月之詩、歌窈窕之章。」蘇軾が長江に遊覧して詠んだもの。
 ※9. これも『前赤壁賦』の一節。「桂棹兮蘭將木」。脚注には「中国の伝説にある、月の中に生えるという桂の木で作った楫」とある。
 ※10. 高さ約5.5メートル、太さ約60センチ。
 ※11. 約55メートル。
 ※12. 30メートルほど。
 ※13. 1.5メートルほど。かなりでかい。
 ※14. 長さ約5.5メートル、太さ約30センチ。でかい、というか太いな。
 ※15.「からすへび」シマヘビの黒いやつ(黒変個体)。
 ※16. 約1.8メートル。
 ※17. 60〜90センチほど。

 最後に話した「法師」、学があるからって設定なんだろうけど、やけに話が長いので、トークの流れをまとめると、

 A「タコは怖いよ。坊主に化けて、死体を食べるよ」
 B「ありそう! 俺はヘビがタコに化けたの見たよ」
 C「いやいや、タコは人には化けないし、ヘビもタコにならないよ。タコがヘビを捕ったのを見まちがえたんだよ」
 D「その通り。昔タコがヘビを捕るところ見たよ」

 って感じ。Dが法師です。

 江戸時代末期の『想山著聞奇集』では、タコはますます奇怪な生物になっている。ヘビが変化したタコは七本足で、五本の足で立ちあがると、残り二本の足ですたすた歩きまわり、墓を暴いて死体を盗むなんて書いてある。すごいなタコ! めちゃくちゃだ。映画の『吸盤男オクトマン』(1971)みたいだ。南方熊楠はこのタコになるヘビについて、『十二支考』の「蛇に関する民族と伝説」のなかで次のように記している。

宗祇『諸国物語』に、ある人いわく、市店に売る蛸、百が中に二つ三つ足七つあるものあり。これすなわち蛇の化するものなり。これを食う時は大いに人を損ずと、怖るべし見え、『中陵漫録』に、若狭小浜の蛇、梅雨時章魚に化す。常のあるものと少し異なる処あるを人見分けて食わずといえる。『本草啓蒙』に、一種足長蛸形章魚に同じくして足最長し、食えば必ず酔いまた斑を発す。雲州でクチナワダコといい、雲州と讃岐でこれは蛇の化けるところという。蛇化の事若州に多し。筑前では飯蛸の九足あるは蛇化という。(※18)


 讃岐地方にはタコが陸にあがってナスビを食べまくるという民話が伝わっている。タコの頭の丸い形状や体色が、なんとなくナスビに似てることから発想されたものなのかもしれない。死体を貪るのに比べれば随分かわいらしい話だが、やっぱり普通に陸で活動してるんだよな、タコ。

 ※18. 南方熊楠『十二支考〈上〉』岩波書店 1994 岩波文庫 p.289-290
 ※上記の意訳文は、主に脚注を参考にしていますが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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荻田安静『宿直草』山の変な生き物について

 

 荻田安静編著『宿直草』より「猟人、名もしれぬものをとる事」(高田衛編・校注『江戸怪談集〈上〉』岩波書店 1989 岩波文庫 所収)

 以前『耳嚢』(←前の記事へのリンクです)に載ってる変な生き物について書いたけど、古来あんな感じの得体のしれない生物が、ポケモンみたいにちょくちょく姿をあらわしていたらしい。今回は『宿直草』のなかにでてくる謎の生き物について。
『宿直草』は江戸時代の前期(1677年)に編纂された怪談集で、のちに『御伽物語』をはじめとする他のタイトルに改題されている。

「猟人、名もしれぬものをとる事」

 紀州日高郡(※1)の猟師が一人で山に入った。鹿笛(※2)を鳴らしていると、向こうのススキ原がかさかさと鳴って、茂みが二つに割れる。何かが歩いているらしい。鹿がやってきたなと思い、なおも鹿笛を鳴らし続けると、笛につられて近付いてくる。そこで茅萱(ちがや)をかき分け、鉄砲をかまえて待ち伏せていると、七、八間(※3)ほど向こうにそれは現れた。頭の幅は三尺(※4)ばかり、開いた口の幅もまた三尺、真っ赤な舌は長く広い。しかし体高は一尺四、五寸(※5)ほど。これは大蛇が真正面から向かってくるのに違いない、ぐずぐずすれば呑み込まれてしまう。そう鉄砲をかまえてためらわずに撃てば、見事に命中した。そして谷へと転がり落ちていったが、その姿は思いのほか短い。

 これは蛇ではなさそうだ。行って確かめようとはしたものの、なんとも薄気味悪い気がしてそのまま帰った。そして翌日、友人を誘って見にいくと、やはりあの生き物は死んでいた。なんという生き物なのかはさっぱり分からない。大きなヒキガエルのように見える。全身をうろこで覆われ、二尺四、五寸の短い尾があり、腹には段があって蛇のようだ。どうにも分類しがたい生き物で、誰もその名を知らない。蟇(※6)というものだろうか。ただし蟇は蟹のように小さなものだといわれているから、蟇でもないようだ。その身も皮もとくに役立ちそうにもない。以上は保存されている一尺ばかりのうろこを、実際に見たという人の話。


 ※1. 和歌山県日高郡
 ※2.「ししぶえ」猟師が鹿をおびき寄せるために吹く笛。amazonでも販売中→「鹿笛
 ※3. 一間は1.8メートル。七、八間は12.6〜14.4メートル。
 ※4. 一尺は約30センチ。頭の幅90センチって、でかい。
 ※5. 一寸は約3センチ。体高42〜45センチ。ひらべったい。
 ※6.「ひき」脚注には「普通はひきがえる。ただしここでいう「蟇」が何をさすか、不詳」(p.95)とある。

 怖くなって翌日友人を誘って見にいくってところが妙にリアルだ。
 挿絵には人間よりもひと回り大きいサイズの、四つ足の生き物が描かれている。上記の怪談話に登場する怪物が的確に表現されているのだが、全身大きなうろこで覆われていて、非常にぶさいくだ。この生き物の正体は一体なんだろう。
 文中の頭の幅=口の幅なところや、ひらべったい体形に注目すると山椒魚のイメージだけど、全身うろこに覆われてるってところが全然違う。それに猟師なら山椒魚のことを知ってるに違いないし。ただうろこがあるのに蛇ではなく、ヒキガエルのように見えるってところからすると、明記はされてないけど四肢があったのだろうとは思う(挿絵にはしっかり描かれている)。そうするとでっかいトカゲみたいな生物だったのかな。

 そこで連想されるのはヨーロッパの未確認生物「タッツェルヴルム(タッツェルブルム)」だ。「ツチノコ」に近い生物じゃないか、なんて言われているけどタッツェルヴルムにはしっかり足があるらしい(※7)。アルプス山脈に棲息するとされるこの生物について、たまに引用するジャン=ジャック・バルロワの『幻の動物たち』には以下のような記述がある。1779年、タッツェルヴルムと鉢合わせをして、心臓発作で死亡した男の家族が残した絵についての話から。

その絵のなかでタッツェルヴルムは、三本の指をもった四本足の大きなトカゲの姿に描かれている。これは、その後のたいていの目撃者がタッツェルヴルムの特徴としているものだ。姿は大型のトカゲかサンショウウオに似ている。鋭い歯のある大きな口をもち、目もはっきりと見える。首は短くて、ほとんどわからない。体はかなりたくましく、体長は六〇センチから一メートルある。ときにはこれよりも大きいこともあるらしい。〔中略〕皮膚についての証言はじつにまちまちである。露出していると言う者もあれば、鱗があると言う者もいる。また、短い体毛があると指摘する者もいる(※8)


 他にもいくつかの目撃例や細々した特徴があげられているのだけれど、この記述を見る限りでは『宿直草』の生物と、かなり似通っているように思う。また中国の『山海経 第二 西山経』の一節には「蛇のようで四つの足、これは魚を食う」(※9)というのがでてくる。水棲の生物らしいのだが、これにも『宿直草』の生き物や、タッツェルヴルムと通じるものがある。
 実際のところ『宿直草』の話は、実在した大きなうろこから発想されたものではないかと思うけど、洋の東西で似たような謎の怪物が目撃(もしくは想像)されているのがおもしろい。

 ※7.「タッツェルヴルム」(Tatzelwurm)はドイツ語で「足の生えた虫」を意味する。
 ※8. J=J・バルロワ(Jean-Jacques Barloy)著, ベカエール直美訳『幻の動物たち〈下〉』("Les survivants de l'ombre: enquete sur les animaux mysterieux") 早川書房 1987 ハヤカワ文庫 p123-p124
 ※9. 高馬三良訳『山海経』(本田済, 沢田瑞穂, 高馬三良編注『枹朴子・列仙伝・神仙伝・山海経』平凡社 1973 中国の古典シリーズ 所収 p.465)

 ※上記の意訳文は、主に脚注を参考にしていますが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


  ジャン・ジャック・バルロワ『幻の動物たち 未知動物学への招待〈下〉』早川書房 1987 ハヤカワ文庫


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