つのだじろう『うしろの百太郎〈4〉』

 つのだじろう『うしろの百太郎〈4〉』講談社 1983 KCスペシャル 34

 編集の都合でちょい見せになっていた前巻のラスト「第十一章 ポルターガイスト」の続きから始まる巻。過酷な臨死体験を経た一太郎は、守護霊と交信し、霊界をかいま見て、「第十四章 イヌ神つき伝説」では強力な悪霊と対峙する。

「第十一章 ポルターガイスト」
 前巻(←前の記事へのリンクです)からの続き~相変わらず心霊現象を信じようとせず、一太郎親子に詰め寄る捜査陣。そんな彼らの目の前で激しいポルターガイストが発生する。ラップ音が響きわたり、家具や食器が空中を飛び回る盛大な現象である。一太郎は飛んできた包丁に刺され病院に搬送されてしまう。ポルターガイストは一旦収まったように思われたが、今度は一太郎の病室が苛烈な現象に見舞われた。頼みの綱の百太郎はあらわれない。大量のメスや鉗子が一太郎めがけて飛ぶ。
 冒頭でハイズビル事件とフォックス姉妹が解説され、ストーリーは概ねこの事件を肯定的にトレースするように進行する。印象としてはずーっとポルターガイストって感じだが、どす黒い流線を描いてビュンビュン飛ぶメスやナイフの描写は物理現象ならではの迫力。百太郎が出てこないうえに、縫合した傷口をべリッと開くような流血シーンもあるのでピンチ感は半端ない。章のシメには「カリフォルニア大学バークレイ校の語学研修に参加した浪人生のAくん」からのポルターガイスト体験記が長々と引用され、こっちも読み応えがある。

「第十二章 守護霊との交霊」
 前章の事件の際、百太郎が出てこなかったことをグズグズ気にする一太郎。そこで「日本有数の物理的霊能者」にアドバイスを受け、守護霊百太郎との積極的なコンタクトを試みた。すると「はやくも出てきてくれたんですかっ」と一太郎に突っ込まれるほどの気軽さで百太郎登場。一太郎は百太郎に導かれるままに幽体離脱し、死後の世界へと赴くのだった。
「ハウツー守護霊とのコンタクト」な一編。途中、ごく自然に著者の体験談が挿入されており、著者が見た守護霊の姿が描写される。この章で解説される守護霊とのコンタクト法は→「ねる前にふろにはいって全身をくまなくあらい、さいごに冷水をかぶって自身のからだをきよめ、ふとんにはいり上をむいてねる。両手をかるくおへそを中心に図のように(逆三角形に)指をつけておく。足はそろえてかかとをつけ、自分のまくらもとに守護霊がいらっしゃる、と思って雑念をはらいそこに心を集中しておねがいする!」というもの。守護霊の名を知ってる人はその名に「なになにの命」と「命」をつけて、知らない人は「わたしの守護霊さま」と呼びかけるとある。
 後半は幽体となった一太郎が、幽体の視点で現在の世界を眺めるという展開で、夜の街に漂い佇む浮遊霊、地縛霊の描写が素晴らしい。

「第十三章 一太郎幽界へ!」
「妖精ってどんな霊だ??」そんな難解な疑問を抱いた一太郎は、父のアドバイスに従ってクラスメイトとともに妖精探し(幽界への出入り口探し)を試みるが、その最中「仲根くん」が行方不明になってしまう。どうやら幽界へと迷い込んでしまったらしく、新聞沙汰になるほどの大騒ぎになっても、その行方は杳としてしれない。一太郎は前章での経験を踏まえ百太郎とのコンタクトを試みるが、異様な世界へと吸い込まれてしまう。一太郎もまた幽界へと迷い込んでしまったのだ。
「ハウツー妖精とのコンタクト」な一編。実は以前自分はこのエピソードで紹介された「妖精探し」の方法を大マジメに試したことがある。小学生の頃の話だ。その方法は、まず古い木の根のまたのところに砂で山を作り、上を鏡で平らにしてそのフチに小石を話になるように並べ、その山に小さな階段をつけておく。もしもそこに妖精がいるなら、次の朝にはその砂の山に小さな足跡がついているという。これはもともと沖縄でキジムナーを探す方法で、本来はガジュマルの古木の根元で行うらしい。自分は小学校の桜とイチョウの木で何度かやってみたが、当然失敗。鏡の代用に空き缶で砂山を作ったのがまずかったのかもしれない。
 今後「死後の世界」は本作のより重要なテーマになり、一冊まるまる死後の世界みたいになってくるのだが、本エピソードはそのダイジェスト版って感じ。それでも和洋折衷のおどろおどろしい「幽界」は大迫力で、死神は超怖い。

「第十四章 イヌ神つき伝説」
 一太郎のクラスに新しい担任、「新妻薫」という美人先生が赴任してきた。「幽霊に詳しい」ってことで早速美人先生に呼び出される一太郎。家に幽霊が出るから、泊まりで調査して欲しいという。新妻先生の家は古色蒼然とした館で、医学博士で解剖学の権威の父親と暮らしているらしい。唐突にネズミの解剖をはじめる新妻先生。その嬉々とした様子に一太郎はショックを受ける。
 その夜、異変は発生した。クローゼットからおびただしい数のネズミが飛び出し、消える。眠っている先生が全身をネズミにかじられる幻が見える。そして先生の顔がネズミのように変形し、残酷に殺された恨み言を吐く。先生はネズミの霊に憑依されているらしい。翌日から新妻先生は、一太郎にだけ変身した姿をさらし彼をつけ狙う。そしてとうとう一太郎の部屋にまで侵入し、一太郎の父親の喉笛に食らいついた。
 主人公だけに悪霊に憑依された姿をチラ見せしながらその命を狙う先生……そんな著者お得意のシチュを採用した作品群の中で、最恐の一本をあげるとするならこのエピソードかもしれない。マジで怖い。美人先生の自宅へのお泊まりイベントなのに、悪い予感しかしない。変身後の新妻先生のネズミ顔はあんま怖くない、どっちかというとコミカルなのがまた怖い。お子様には無用のトラウマを植え付けるおそれさえある。暗い天井が見れなくなってしまうかもしれない。
 第4巻はここまでハウツー系の話が連続して、怖さはやや抑え気味って感じだったんだけど、このエピソードでは著者の本領が遺憾なく発揮されている。画面の暗いことといったらない。最後の方で新妻先生の父親で強硬な心霊否定派の教授が登場して、否定派と肯定派が真正面からぶつかる、次巻「第十五章 続イヌ神つき伝説」への前振りになっている。



『うしろの百太郎〈4〉』
 講談社 1983 KCスペシャル 34
 著者:つのだじろう

 ISBN-13:978-4-0610-1034-5
 ISBN-10:4-0610-1034-4


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つのだじろう『うしろの百太郎〈3〉』

 つのだじろう『うしろの百太郎〈3〉』講談社 1983 KCスペシャル 33

 我が子を失った親の慟哭を強烈に描いた「第七章 磯幽霊怪異編」「第八章 一太郎が死んだ!」を収録。その他写真ネタ等。びびる一太郎の正面に大きく黄緑色の手のひらを配したカバーイラストは、シリーズ随一のかっこよさ。このイラストのTシャツが欲しい。

「第七章 磯幽霊怪異編」
「夏です!! まっさおな空に白い入道雲がムクムクとわきあがり、白い波しぶきがみんなを海へさそいます! 」(p.6) ……そんなモノローグから一転、いきなり水死者が出て、全然レジャー気分じゃなくなる海パン姿の「一太郎」親子。がっかりムードの一太郎だったが、旅館の娘に誘われて何の気なしに磯へと出向いていく。ところが磯まで来てみると、真っ暗な夜の海は思いのほか怖ろしかった。気付けば少女の姿がどこにも見当たらない。波にさらわれてしまったのか。その時、波間から現れた何者かの霊が一太郎を海中に引きずり込んだ。同じ頃、一太郎の父親は戻らない息子を必死に探し続けていた。その日は旅館の娘の命日だったという。翌日、家族の祈りも虚しく、一太郎は水死体となって浜辺に打ち上げられたのだった。
 真っ暗な海と葬式のシーンが印象的な不吉さ満点の一編。このエピソードでは一太郎がまじで死亡してしまうのだが、それよりも行方不明になった息子の姿を必死で追い求め、その死を嘆き悲しむ両親(特に父親)の激しい描写が圧感。この「磯幽霊怪異編」と続編の「一太郎が死んだ!」を合わせて一冊のちょうど半分ほどの長さになるのだが、悲嘆にくれる両親の様子が延々と描かれていて、正直なところめっちゃ重い。もともと感情的な一太郎父が、号泣するわ、落ち込むわ、ピラミッドパワーに頼るわで、暑苦しいったらない。それでも著者の気合がビンビン伝わってくるから流し読みもままならない。改めて著者の力量のもの凄さを実感することができた。嘆きの一太郎父の他にも、黒々とうねる海と激しい波しぶき、水ぶくれした霊の不気味な表現等々、実に見所が多い。劇中「舟幽霊」(柄杓を欲しがるやつ)や、三重県津市の集団水難事件にまつわる怪談が、ストーリーから乖離することなく自然に挿入されているのも良かった。傑作エピソード。

「第八章 一太郎が死んだ!」
 棺の中でぽっかり覚醒する一太郎。早すぎた埋葬にパニックに陥る一太郎だったが、棺桶には懐中電灯や呼び出しのベルなど、息子が万が一蘇った時のための準備が万端整えられていた。さすが一太郎父。結局一太郎は行方不明から丸々五日目にして復活する。
 2ページ目にしてサブタイは無かったことに。主人公だけにそりゃそうだよなーと思う反面、棺桶の暗闇と花の中で身動きひとつできない状況がしばらく続くのでまだまだ安心できない。一太郎が復活した後は、一太郎の臨死体験と父によるその解説で占められていて、通常営業に戻った印象。前話で海に引き込まれて以降の怖ろしい出来事の数々が詳らかにされる。今回の一太郎の死は、「魂の尾」が肉体と繋がったままの幽体離脱の状態だったという。魂の尾のいかにも頼りなげな描写が怖い。当然切れたらアウト。最終回っぽいエピソードだが、ここで軽く触れられた「死後の世界」については、後により詳細に描かれることになる。

「第九章 恐怖の心霊写真」
 上級生の女子から持ち込まれた心霊写真の調査のために、撮影現場の山を訪れた一太郎親子と同行者数名。とりあえず周辺を撮影してみると、早速それらしい写真が撮れた。そこにあるはずのないテントが写っていたのだ。テントの霊なんてあるのか?? そんな疑問を抱きつつキャンプを続ける一太郎たちだったが、深夜の森の中で写真の通りのテントを目撃する。と思ったらテント大爆発。その直後、同行していた青年「望月さん」の様子が豹変する。望月さんはダイナマイトを手に一太郎を拉致、そのまま逃走してしまう。山中に潜伏して爆弾を作ろうとしていた過激派の霊に憑依されたのだ。
 読者の予想の遥か斜め上をいく驚愕の展開。エピソードの大半は国会議事堂の爆破を目論む望月さん(憑依済み)の活動で、プラス一太郎父の心霊解説少々って感じ。女子中学生が何となく持ち込んだ心霊写真のために、とんでもない事が起きてしまっている。最大の見せ場は、電車の中で向かい合って座る一太郎と望月さんの頭上で、百太郎と「バレスチン民族解放戦線の闘士の霊」(過激派の霊)が睨み合っているところ。もの凄い絵面だ。著者の異能ぶりを堪能できる一編。

「第十章 念写の実証」
 ある日飼い犬の「ゼロ」が、一太郎と父親の前で「だれの目の前でも証明できる物理現象」、「念写」を実演してみせる。たちまちテンションMAXまで登りつめた父親は、清田君や福来博士、様々な海外の実例を引き合いに出しつつ、念写の実在について延々と語るのだった。
「この章における登場人物の発言は、すべて漫画家つのだじろうが、その心霊科学、超常現象研究の生命をかけてまったくの真実であり、責任を持つことをちかいます!」(p.272)という、やる気満々の著者の言葉から始まる短めのエピソード。図、写真、インタビュー記事から構成されていて、実に「心霊恐怖レポート」らしい。著者はエピソードごとに虚実のバランスを自在に変化させて作品にメリハリをつける。一太郎父のキレっぷりが半端ない。

「第十一章 ポルターガイスト」
 薪割りの斧が突然空中に飛び上がり、被害者の頭部を叩き割った。すぐさま警察に通報されるが、事件の一部始終を家族や使用人が目撃しており、捜査たちまち行き詰まった。被害者の妻によると、この事件はポルターガイストの仕業であり、専門家を呼ぶ必要があるという。そこで召喚されたのが一太郎と父親。心霊現象を全く信じようとしない捜査陣を尻目に調査を開始すると、たちまち激しいポルターガイストが生じたのだった。
 次巻に収録される話のプロローグ的なごく短いエピソードだが、黒く重々しい画面からは著者の気合が伝わってくる。霊との交信実験が始まったところで続く! ! 詳細は次巻の感想で。



『うしろの百太郎〈3〉』
 講談社 1983 KCスペシャル 33
 著者:つのだじろう

 ISBN-13:978-4-0610-1033-8
 ISBN-10:4-0610-1033-6


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つのだじろう『うしろの百太郎〈2〉』

 つのだじろう『うしろの百太郎〈2〉』講談社 1983 KCスペシャル

 前巻から続く「第四章 コックリ殺人編」と、著者独特のスタイルが確立した「第六章 コックリ憑依編」に、真正面からPKに取り組んだ意欲作「第五章 念力少女ワッコ」を加えた3編を収録。百太郎の影は薄いが、すごい読み応えの一冊。

「第四章 コックリ殺人編」
 前巻で正気を失い入院してしまった「小早川先生」、幸いその後の容態は安定しているらしい。先生がおかしくなった原因は「心的分離」という精神異常の一種によるものだという。やがて小早川先生が復帰するのと時を同じくして、校内で凄惨な事件が発生する。生徒が連続して殺害されたのだ。退院早々、小早川先生の苦悩はハンパない。自分の身に危険が迫るのを感じた一太郎は、殺された生徒の霊を呼び出し真犯人を聞き出したのだが……。
 憑依された教師が生徒を襲う、以前感想を書いた『霊界通信』(←前の記事へのリンクです)でもほぼ同じネタが用いられていて既視感の強い一編だが、発表年次からすると本作がルーツなのかな。同じじゃないけど似た感じのシチュの作品は本作の「第十四章 イヌ神つき伝説」『呪凶介SPI霊査室』『学園七不思議』(←前の記事へのリンクです)等々数多い。さて本編では、前巻で散々ハウツーコックリさんをやってたにも関わらず、ここにきて所長(一太郎の父親)が「シロウトがやるのはぜったいにキケンだ!」(p.7)なんて言い出した。コックリさんに玄人がいるのかどうかはさて置き、後出しジャンケンも甚だしい。最後に「……もしこの話を聞いたら」が付いてくる怪談のような嫌な構成だ(褒めてます)。実際にはあまりの反響の多さと様々な問題が生じたことから、ゆるーっと方向転換をしたってのが真相ではなかろうか。シメはコックリさんもの定番の隔離エンド。盤石。

「第五章 念力少女ワッコ」
「後心霊科学超能力開発研究所」を訪れた少女「ワッコ」は強力な念力の持ち主だった。念じるだけでスプーンはおろか道路標識の支柱を軽々と曲げ、物体を動かし、発火させることさえできる。最初のうちは友好的に一太郎親子と接していたワッコだったが、一通りレクチャーを受けるとガラリと態度を変え、不気味な笑いを残して去っていった。それ以来、一太郎の周辺に奇怪な事件事故が頻発する。それは「後心霊科学超能力開発研究所」を逆恨みした、ワッコと彼女の父親の仕業であった。ワッコの父親もまた強い念力を持っており、親子揃って邪悪な念を研究所に送り続けていたのだった。一太郎たちの必死の抵抗も虚しく焼け落ちる研究所……。
 つのだ版『ファイアスターター』(“Firestarter”)。ただし本作のワッコ(とその父親)はチャーリー(とその父親)とは比べものにならないほど、邪悪で執念深い。心霊的な怖さはないけど、人の(逆)恨みの怖ろしさがごってりと重い一編で、めっちゃ悪い顔をしたワッコの父親の凄惨な死に様はトラウマレベルの迫力だ。またこのエピソードでは一太郎の家族が被る念力による被害の状況の他に、ESP全般についての講釈が丹念に描かれている。霊能力と超能力の関係については「現在はいちおうESP…超能力と心霊は…、わかりやすくするためにわけて考えるのが普通になっているがな……! とうぜんふかい関係がある!」(p.86-87)って感じで、なんとなく歯切れが悪いが、関係はあるが別のものということらしい。所長の部屋着は裸にガウンがデフォルト。

「第六章 コックリ憑依編」
 研究所兼自宅を失った一太郎とその家族は、ぱっと見「あきらかに霊気が漂っている」古い借家に身を寄せることになった。案の定心霊現象が頻発し一太郎を悩ませる。そんな一太郎のもとを二人の少女が訪れた。遊び半分で繰り返しコックリさんをやっているうちに、右手が勝手に動いて文字を書くようになったという。不在の父親に代わって担ぎ出された一太郎は、相談者の学校でコックリさんの講義をすることになった。
 劇中にこんな著者の言葉がある。「これからはじまるコックリさんの話はじっさいにあった事件として、読者の投書数通の中からつくった『実話』といえる話です。……つのだじろう」(p.243) ……実際にあったのか、作ったのか、はっきりしない気もするが、とにかく「実話」と言える話らしい。読者からの直筆の(ように見える)手紙の引用、精神病理学への不信感、催眠術師による心霊否定論などで構成されたエピソードで、これから延々と用いられることになる著者独特のスタイルがいきなり確立している。ストーリーよりもそれらの要素の真実性が重要視されるのも後続作と同様。ただしスタイルとしては完成されているが、後に著者自身が強く否定することになる「コックリさんじゃなくて「守護霊さん」なら絶対安心」などの意見が散見されるのはご愛嬌で、そのあたりを意識して読むのも楽しい。世間の苛烈なリアクションに辟易する著者のオーラがそこここに滲み出る好エピソード。


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つのだじろう『うしろの百太郎〈1〉』

 つのだじろう『うしろの百太郎〈1〉』講談社 1983 KCスペシャル

 1970年代に発生したワルプルギスの夜もかくやと言わんばかりの空前のオカルトブーム。その発生には大小様々な要因が考えられるが、1973年に雑誌『週刊少年マガジン』に発表されたこの作品が起爆点の一つであったことに疑いはない。水木しげるの諸作が鳥山石燕由来の妖怪のイメージを一般化したように、「守護霊」「浄霊」「コックリさん」などの怪しげなオカルト用語とその概念を、間接的にではあるがうちの母親(←オカルト音痴)レベルの人々に普及せしめたという一点においても、その影響の甚大さを窺い知ることができる。

 さてそんな歴史的作品の主要な登場人物はごく少ない。主人公は中学生の「後(うしろ)一太郎」、「後心霊科学研究所」の所長で自身エクトプラズムを吐けるほどの強力な霊媒である一太郎の父親「後健太郎」、顔がめっちゃ怖い霊能犬「ゼロ」、そしてこの巻ではちらっとしか登場しない一太郎の守護霊「うしろの百太郎」という面々。

「第一章 守護霊百太郎」
 シリーズ全編の梗概って感じの第一章は、心霊写真と恐山の実話怪談をネタに厳かにはじまる。冒頭から心霊現象の実在を滔々と説くカメラ目線の後所長でコマが埋まっていく。心霊写真や証言者の顔写真が随所に貼り付けられ信憑性を補完する。著者お得意の手法であり、強引に「事実」を畳み掛けてくる矢追純一のUFOドキュメンタリーと同様のノリだ。この第一章には明確なストーリーはなく、一応後半に依頼を受けて調査に赴く→エクトプラズムが傷ついて所長入院という展開があるものの、「後心霊科学研究所」の活動実態やESPカードの紹介をメインに構成されている。怪しい団体のパンフレットやスピリチュアル関連の入門書って雰囲気。またコマごとに「超能力」になったり「霊感力」になったりする用語の混乱が目につくが、この一見雑に見える遊びの大きさが、オカルトだったらなんでもありという本作の懐の深さを端的に示している……ような気がする。

「第二章 霊能犬・ゼロ」
 一太郎は子犬を飼うことになった。もちろん普通の子犬ではない。人語を解し、一太郎とテレパシーで会話し、テレポート能力まであるらしい。しかも時折、人間のような表情を見せる。入院中の父の助言に従って、子犬の霊感力をテストする一太郎。そんなことをしているうちに、一太郎自身の霊感力の向上を窺わせるような出来事が連続して発生する。
 この章では霊能犬ゼロの登場と一太郎の霊的な成長が並行して描かれている。前章に比べるとずっとマンガらしいエピソードになっているが、ESPカードのプッシュと病床の父親によって圧縮して語られる霊魂云々の話は健在。ゼロを正体不明の、敵か味方かも分からないキャラのままにしてるところがいい。クラスメートの五十嵐さん宅の幽霊、五十嵐さんの祖母の昇天など、印象的なシーンも多い。

「第三章 アパート怪異事件」
 所長不在の「後心霊科学研究所」に緊急の調査依頼が舞い込んだ。両親やゼロに制止されつつも、やる気満々で調査に赴く一太郎だったが、調査対象のアパートの一室に待ち受けていたのは悪霊と化した自殺者の霊だった。案の定、憑依されとんでもない目にあう一太郎。絶体絶命のその時、ついに守護霊百太郎が顕現する。
 いよいよ本領発揮って感じの好エピソード。複数の「虫の知らせ」を無視して現地に到着した途端、一太郎の目の前に自殺者が「ズザッ」と降ってくる衝撃的な幕開けから、憑依される一太郎、百太郎の登場と、息つく暇のない展開を見せる。作画にも非常に気合いが入っていて、曰く付き物件の嫌な雰囲気が見事に表現されている。今回一連の怪異事件を収拾させるのは、途中から登場する「奥山靖子」というキャラの立った霊感少女なのだが、これ以降全然出てこないのが惜しい。

「第四章 コックリ殺人編」
 霊魂の実在について学校の先生と対立する一太郎。そこでクラスで実証実験としてコックリさんを行うことになったのだが……実験の最中にさんざんコックリさんをdisっていた先生が、突如正気を失い暴れはじめた。
 このエピソードで特筆すべきはコックリさんの歴史と方法が図を用いて詳細に解説されている点だ。これをきっかけに全国の学校でコックリさんブームが発生したと言われている。オカルトが教室にやってきた瞬間である。また著者が得意とするモチーフだけに、奇声を発して女教師のフトモモにむしゃぶりつくなど、狂った先生の描写が素晴らしい。このエピソードは先生が逮捕されたところまでの収録となっているが、ここまではまだ前半で続きは次巻に収録されている。劇中「このごろ各地の学校のクラス会で”霊があるかないか”の論争がおこなわれ、霊を信じない先生がこんなことをいったが答えてくれというファンレターがおおいので、マンガの中でその一部にお答えします」(p.313)という著者の言葉がある。

 比較的コマがでっかいにも関わらず、毎回読むのに時間がかかる一冊。読み応え満点。


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つのだじろう『霊界通信』

 つのだじろう『霊界通信』(『恐怖心霊ゾーン 霊界通信 ―デスマスクの旋律』講談社 1984 KCスペシャル 40 所収)

「冗談コロッケだ! おれはぜったい、そんなもの信じないぞ!」(p.12)と言い放ち、霊魂の存在を強く否定する主人公「四神史郎」少年が、学園に次々に起こる心霊がらみの事件に巻き込まれ、知らず知らずのうちにその道にどっぷりと嵌っていく。「狂気の校医の巻」「エンゼルさんの巻」「超能力トレーニングの巻」の全3話で構成される怪作。著者の分身である心霊研究家で小説家の「牧草介」(イケメン)もオブザーバーとして全編に登場する。

「狂気の校医の巻」
 主人公四神の前に変死した同級生「北島」の霊が現われ、自分は病死ではなく殺された、そして次は君の番だと告げて消える。幽霊を目の当たりにしても、頑なに霊魂の存在を信じようとしない四神。そんな彼を殺そうとしているのは、悪霊に憑依された校医の「加賀先生」であった。
 著者はこれまでに悪霊に憑かれて生徒を襲う教師というモチーフを何度も作品化している。印象的なところでは『うしろの百太郎』の「コックリ殺人編」「イヌ神つき伝説」、以前感想を書いた『学園七不思議』にも同じ趣向のエピソードがあった。百太郎の「イヌ神つき伝説」は取り憑かれる教師が女性の校医であることや、主人公を複数回襲う流れなどがこのエピソードと非常によく似ている。校医が主人公だけにしか憑依された姿を見せない点も共通しているが、本エピソードではそれがより徹底していて、憑依された姿を目撃するのは主人公のほかは霊能者と心霊研究者(多分)だけ。ポルターガイストや動物を使役する(「イヌ神つき伝説」)などの超常的な現象も発生しない。四神の目撃分を抜いてしまえば、加賀先生がごく普通?のシリアルキラーに見えるように、慎重に構成されている。
 このケースのように、巷を騒がせる事件事故のなかには「憑依霊」が関わったと考えられるものがいくつもあるらしい。劇中で例示されているのが「逆噴射事故」として知られる1982年2月に発生した「日本航空350便墜落事故」だ。事故の直接の原因は機長の操縦ミスとされているが、この事故も「霊的な見方をすれば……大勢の霊能者が「憑依霊」のしわざだと断言している!」(p.54)という。既読感は強いが、その分、安定感は抜群。よくこなれたエピソードだと思う。

「エンゼルさんの巻」
 僕はなぜモテないのだろう、今まで一通のラブレターも貰ったことがない。顔も運動神経も他人にそう劣るとは思えないのに、このネクラな性格のせいだろうか。……なんて悩む四神のもとに、ついに念願のラブレターが届いた。差出人は同級生の「関みずえ」。眼鏡にそばかすの地味な女の子だ。両親のいない自宅に誘われ「ナハハ~~ッ、キョーレツな誘惑~~っ」などと大はしゃぎする四神。ところがみずきには「エンゼルさん」で召還された危険な「浮遊霊」が憑依していたのだった。
 著者お得意のコックリさん系のエピソード。心霊系の連作には決まって一話以上この手の話が含まれている。内容はコックリさんを都合よく改竄したに過ぎない「エンゼルさん」など、コックリさんに類似した占いの危険性を説くもので、それに主人公の恋愛願望をストレートに絡めているのが目新しい。つのだ作品トラッドの「一人だけ私服」で登校する主人公が、モテない理由をあーでもないこーでもないと思い悩んでる姿がシュール。

「超能力トレーニングの巻」
 隣町の中学には「超能力クラブ」があり、リーダーの「茶倉」には強い能力が備わっているという。そんな彼らに牧草介を介して知り合った四神たち「心霊研究会」の面々は、すったもんだのあげく茶倉に教えを乞い、超能力のトレーニングを開始するのだった。
 これまでの2話とは明らかに毛色の異なるエピソード。ページ数も3倍ほどの長さになっている。劇中でも紹介されているが同時期に刊行された『つのだじろうのだれでもできる霊感・超能力トレーニング』とリンクした作品で、内容は超能力の熱烈な肯定と、超能力のトレーニングを推奨するもの。ストーリーとしては主人公のライバルキャラ茶倉の正体が明らかになる時点(全編の1/3程度)で終了している。あとはずーっとトレーニングのハウツー本。物語を途中で投げ出したかのようにも感じられるこの構成は、これまでいかなる啓蒙的な内容であっても、巧みにストーリーに乗せ、エンターテインメントとして仕上げてきた著者の作品としては少々異例である。上記「だれでもできる霊感・超能力トレーニング」の広告としての側面が大きいのかもしれない。
 このエピソードが発表されたのはおそらく1984年、奇しくもヨーガ教室「オウムの会」が雑誌『ムー』誌上ではじめて紹介されたのと同じころだ。まず関係はないとは思うが、超能力をコアとする小さなサークルが、否定派の人材をも巻き込みつつ徐々に拡大していくさまや、浮世離れした独特の雰囲気が非常に上手く表現されている。

 以上改めてざっと目を通してみたが、各話ごとに全然雰囲気が違っているのが面白い。この『霊界通信』に併録された名作短編『デスマスクの旋律』については後日。


 ※コミックからの引用は、読みやすいように改行、句読点を調整しています。


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つのだじろう『学園七不思議〈2〉』その2 完

 

 つのだじろう『学園七不思議 黄泉学園編』(『学園七不思議〈2〉』秋田書店 2002 秋田文庫 所収)

 ──『学園七不思議〈2〉』その1から続く。

「学園七不思議」最後の舞台は「私立黄泉学園」。「黄泉」は「よみ」でなく「こうせん」と読む。学園のある「黄泉町」は山間の温泉町で、硫黄の吹き出す泉源があることからその名が付けられたらしい。

 主人公は黄泉学園3年A組、放送委員の「三条みずえ」。「一条みずき」「二条みずほ」ときて「三条みずえ」なんだけど、もちろん深い意味はない(と思う)。デザイン的には髪形の違和感が劇的に改善されて、つのだ分濃厚な非常に好ましいものになっている。性質はこれまでの主役キャラと同様の巻き込まれキャラで、猫のように忘れっぽくヘビーな事件にも平然としている。
 今回は全話通じて登場するようなお助けキャラが設定されていないが、ばっちりつのだ霊能者顔の同級生「月岡さん」が数話主人公と行動をともにする。また主人公を救う強力な霊能者として、名作『霊劇画 恋人は守護霊さま』のヒロイン「南郷涙子」が登場。キャラデもほぼそのままで、つのだファンには見逃せないポイントだ。

「その1 通用門」このエピソードでは三人が消える。まず学校裏の通用門を通って帰宅したはずの女生徒が。次に主人公のみずえから、通用門のただならぬ雰囲気を伝え聞いた保健の先生が「フフ……こう見えてもかなり霊感強い方なのよ! 霊魂の研究も多少はしてるし……」(p233)なんていいながら消える。この一連の現象の鍵は通用門にいる少女の霊らしい。みずきたちが相談した霊能者の老婆によって、通用門に幽界の穴が開いていることが判明、少女の霊が人を幽界に引きずり込むという。どうにか幽界の穴を閉じることには成功するが、すんでのところで老婆の姿も消えてしまう。
 魔界から魔物が集まってきていた「青嵐学園編」第一話を彷彿とさせる一編。登場シーンは少ないけれど、通用門の傍らにうずくまる少女の霊のビジュアルが印象的だった。瞳が★になっているのもおもしろい。三人のうち二人は自分が誘導したにも関わらず、主人公のみずきのリアクションが薄々なのは、本シリーズの主人公に共通する性格設定だ。一応舞台設定を説明しながらのストーリー展開だが、ややページ数が足りてない感じ。

「その2 校内放送」「苦しい……!! 苦しい……! だれか助けて……」(p.246)。あるときそんな奇妙な校内放送が流れた。放送室は無人、機械的な故障もないらしい。実はその声の主はこの地に眠る大昔のお姫さま(?)の霊で、学校の下に死体が埋まっているのだという。霊に憑衣された女性教諭は、みずきたち放送委員を動員して体育館横の地面を掘らせようとするのだが……。
 かなり地味めな出だしから、びっくりするような伝奇的展開を見せる。前話に続いてみずきが積極的に心霊現象に関わっていて、最終的に大事になっている。同好の志か、しっかりとしたアドバイザーが欲しいところ。幽霊は声だけで姿を現わさないが、先生に憑衣して大活躍する。タイトルの「校内放送」に関しては最初の少しだけ。

「その3 夏の合宿」月岡さん登場回。黄泉学園では毎年夏休みに合宿がある。富士五湖の西湖でキャンプをすることになったみずきは、クラスメイトとともに青木ヶ原の散策にでかけるが、そのなかの一人、月岡さんが行方不明になってしまう。みずきもまた月岡さんを捜すうちに樹海で道を見失う。二重遭難だ。樹海のまっただなかで偶然にも出会った二人は、ともにチューリップハット&しましまTシャツの女性ハイカーに導かれたと語る。そのハイカーの正体とは……。
 これ学校七不思議か?って気がしないでもないが、定番のストーリー展開で安定感は抜群。少ないページ数で樹海の雰囲気をうまく演出している。月岡さんもみずき同様の霊感体質でどうやら仲良くなった様子。

「その4 霊媒体質」これもまた「その2」と同じく「霊の声」という地味めな現象からはじまり、結構派手に跳躍する物語だ。「声」を聞くのは歴史の男性教諭ともう一人、ある女生徒だった。二人は同じ霊媒体質の持ち主らしい。声に取り憑かれた教諭は意識のないまま暴れ、ついにはみずきを殺害しようとする。絶体絶命かと思われたそのとき、霊能者の南郷涙子が颯爽と登場する。
 なんか登場する先生が片っ端からとんでもない目にあってるんだけど……。酸いも甘いも噛み分けた南郷涙子は盤石って雰囲気。ものすごく頼れそうな感じ。このエピソードでは、霊聴に関する読者からの相談にもさらっと答えていて、著者のサービス精神を窺うことができる。

「その5 屋上の影」校舎の屋上に出るという幽霊の噂の真偽を確かめるため、半信半疑で屋上に陣取るみずきと月岡さんだったが、噂通りに現われた影のような幽霊に月岡さんが憑衣されてしまう。そんな月岡さんから霊を祓ったのは、パンチラをものともしないみずきの強烈な飛び蹴りだった。しかし霊は祓われただけで成仏しているわけではなく、最終的に決着をつけてたのは、またしても南郷涙子だった。
 渦巻くような霊の描写と激しいアクションが目を引くが、それよりも放課後の屋上の雰囲気や、夕方仲良く下校するみずきと月岡さんなど、なぜか静的でほっこりするシーンが印象に残る。効果的にメリハリがつけられている証左だろう。このエピソードと次の「その6」は、読み応えのある「黄泉学園編」のなかでもとくに力の入った好編だと思う。

「その6 不浄霊」「不浄霊」とは通常、浄霊(除霊)されていない怨霊や悪霊など、人に禍いをなす霊のことをいう。ある宗教団体の宗教儀式だった「浄霊」という言葉が作られたのが戦後すぐのことだから、現行の意味を持つ「不浄霊」という造語はそれ以降に作られものと考えて間違いはないだろう。なにやらいわくありげな言葉だけれど、「コンピュータ」とか「インメルマンターン」などの言葉よりもずっと新しく、不二家の「ペコちゃん」と同じころに成立している。ところが本エピソードのタイトルはこの「未浄化な霊」という意味のほかに、もう一つ「ご不浄の霊」という意味あいを含んでいる。ダブル・ミーニングってやつだ。これ思いついたときの著者のしたり顔が目に浮かぶようだ。そんなわけで「次はトイレでおこった怖〜いお話よっ」(p.366)
 女子トイレのある個室に入ると、誰かの視線を感じる。そんな噂が学校に広まった。やむを得ずそのトイレを使用したみずきもまた噂通りの視線を感じる。ふと見下ろした便槽のなかには、こっちを覗く二つの目。その正体とは……というシンプルなストーリーながら、これまでトイレ怪談の名作をものにしてきた著者の手にかかって、「おシッコ」「ウンチ」などの語彙が飛び交い、女子高生のパンチラ、排尿シーンが盛り沢山の、読み応え満点のエピソードとなっている。ここでも最後の決着は南郷涙子がつけるが、女性の場合トイレで「気のゆるんだ瞬間に、下から霊魂を吸い込んで憑衣されるんです!」とのこと。吸い込むんだ!

「その7 おいでおいで」最終話。「その1」の三人に対して、この話では一人の生徒が消える。
 放課後、用具室の前を通ると、音もなく戸が開いて白い手がおいでおいでをするという。その手招きに導かれた先には一体なにがあるのだろうか……。このエピソードには月岡さんも南郷涙子も出ない。噂の真偽を確かめて欲しいとクラスメイトに頼まれたみずきは、たった一人でその問題の解決に向かう。あっさり風味ながら「その1」と対をなす構成になっていて、「黄泉学園編」「学園七不思議」全編の最後を飾るのに相応しいエピソードだと思う。

 という感じで『学園七不思議』は終了。「あとがき」に「この作品を描き始めたころは、すでに私のオカルト研究も相当進んでおり、作品内容もかなり粒がそろっていると思います」とある通りの、良質な作品に仕上がっている。最後に霊能者が出てきて終わりって感じのオチが多いから、そこだけに注目するとやや単調にも感じられるが、そこにいたるまでの展開に様々な工夫が凝らされているため、またかよ!って印象はない。また作画に関しては、これまでさんざん違和感について書いたけれど、尻上がりに良くなっていて、「黄泉学園編」の終盤にはモブも含めたほとんどの登場人物がしっかりつのだキャラになっている。

 それから前巻の稲川淳二の解説を意識したのかしてないのか、著者による「あとがき」もその1/4ほどが「子供のころに聞かされた学校怪談の定番の紹介」にあてられている。ここで紹介されるのはまさに定番「墓場の骨かじり」の話で、「この辺で恐ろしげに声をひそめ、あとを続ける」とか「話し手は突然、聞いている一人を指し、大声で叫ぶのです。これ結構怖いよ!」という具合に、話し方にいちいち注釈が入っている。この「あとがき」、おそらく口述を文字で起こしたものだと思われるが、著者の無邪気な人となりやそのサービス精神がよく表れている。

 著者は数多くの作中に無邪気に登場して自説を開陳しているが、例えば照れ隠しに「ヒョウタンツギ」を描いた手塚治虫と比べて、なんという無邪気さ、衒いのなさか。この無邪気さが作品のなかで発揮されたとき、恐怖描写はより鮮烈な、忘れがたい魅力を得るのだろう。


 ※フキダシからの引用は、改行を調整しています。


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つのだじろう『学園七不思議〈2〉』その1

 

 つのだじろう『学園七不思議 赤尾学園編』(『学園七不思議〈2〉』秋田書店 2002 秋田文庫 所収)

 舞台を「赤尾学園」に移して新たな「学園七不思議」のはじまり。今回もこれまでと同様に全七話で構成されている。
 作品全体の概観は以前の記事に書いてます↓

 つのだじろう『学園七不思議 第一話~第七話』
 つのだじろう『学園七不思議 青嵐学園編』

 主人公は典型的な巻き込まれキャラで「つのだフェイス」の「二条みずほ」。霊感が強く父親が「小清水PSI研究所」という看板を出してる同級生の「小清水さん」が脇を固めている。ほぼ「青嵐学園編」と同様のキャラクター配置だ。そんな主人公たちが通う「私立赤尾学園」は、地勢的特徴の乏しい地方都市の古い学校で、様々な怪談が語り伝えられているという。

「その1 私は殺された」「赤尾学園七不思議の〈1〉夕方東階段下の廊下をとおるとお腹が痛くなる!!」(p.20)「青嵐学園編」を踏襲しているのか、「赤尾学園編」の第一話も学校の階段にまつわる話だ。
「お腹が痛くなる」なんて聞くと、ほのぼのムードの子供っぽい話かと思うけど、七年前に発生した女生徒による殺人事件がその背景にあるらしい。その現場がまさに「東階段下の廊下」だったのだ。今でも廊下には黒い血の染みが残っているという。この話では早々と小清水さんが階段下の怨霊に憑衣されている。「キエーッ」とか叫びながら暴れ回る霊媒の表現は著者の独壇場、大迫力且つ非常にスタイリッシュだ。また両手でナイフを握りしめたゴーストが、テニスウエアの女生徒の腹部を通り抜けるカット(p.19)があるのだが、その様子が真横からまるで「図」のように描かれているのがおもしろかった。

「その2 生きている机」「赤尾学園七不思議の〈2〉1年C組教室の机には霊魂が座っている!」(p.48)定番中の定番、教室に残された「死者の机」の話。その机に座って霊に憑衣された生徒は、霊の生前の能力に影響されて一時的に成績が向上する。もちろん最後には強いしっぺ返しを受けるのだが、このあたりは「無印」の第一話「 君の名は…?」と同様の筋運びだ。どうも机に座りづらいとか、授業中に金縛り似合うとか、そういった細かい現象もしっかりと描かれ、定番の怪談が過不足なく表現されている。イメージシーンで「百太郎」がちらっと登場。

「その3 昼休みの猫」「赤尾学園七不思議の〈3〉昼休みに校庭で猫がなく!」(p.85)←これだけ読むとちっとも怪奇現象っぽくないが、著者が得意とする「猫」にまつわる怪談だ。ところがこの話に関しては、少しばかり外してるように思う。なにしろ肝心の怪奇現象の発生が後半に入ってからで、その現象自体少々しょぼい。それじゃ前半はなにをやってるのかというと、「もし動物に口がきけたらなんていうと思う?」(p.69)「人間が動物を飼う……というのは、口のきけない動物を自分の奴隷にするのと同じだ!」(p.70)などと、変なスイッチが入ってしまった小清水さんのペット論に費やされているのだった。著者の作品にたびたび登場する突発的スピーチキャラが好きな人には楽しく読める一編。女子生徒が集団できゃいきゃい話してるうちに、どんどん思考がエスカレートしていく様子がうまく描かれている。

「その4 真冬のプール」これまで劇中に「赤尾学園七不思議の〈4〉〜」と書かれていたのがなくなって、フォーマットが変更されている。内容は真冬のプールで誰かが泳いでいるような水音が聞こえるというもの。それを調査していた用務員さんがプールに落ちて死亡、かつて水死した水泳部の女生徒の霊に引きずり込まれたらしい。これも定番の怪談だが、同様の話をこれまでいくつもこなしてきた著者だけに、手堅くまとめられている。驚いたのは用務員さんに続いて、みずほが霊査を頼んだ小清水さんがあっさり水死してしまうこと。この先どうするんだよ!

「その5 背番号4」ここにきて主人公のみずほが女子ソフトボール部の部員だったことが判明。しかもエース。この話は彼女が所属するソフト部に伝わる「背番号」のジンクスについての話だ。試合の勝敗を決する重要な場面には、かならず「背番号4」の選手が関わってくるという。実は試合前に「お稲荷さん」に詣でていたかどうかが重要らしいのだが……。「怪談」「机」「猫」「プール」ときて「狐」、学園七不思議のフルコースだ。数字のジンクスに「狐」を絡めたところが目新しい。さらにそこには死霊まで関わっている。前話で悲劇的な死を遂げた小清水さんについては、まったくノータッチなのが著者らしい。

「その6 書道室」「この話は横浜市の高校生、勝美CHAN(ペンネーム)の体験した恐怖を脚色・補筆したものです!」(p.156)ではじまる著者の伝家の宝刀「読者からの手紙」回だ。宿泊すると怪奇現象に遭遇するという学園の和室で、みずほたちソフト部が合宿を行う。ラップ音からはじまり、窓に映る少女の顔、白いもや、それを目撃した者が呼吸困難に陥るなど、数々の怪奇現象が「手紙」の引用とともに手際よく紹介されている。劇中ではかつて教師からの暴力で死亡した少女の怨念が原因と説明される。全体にリアリティ重視の控えめな表現ながら、読み応えのある一編。

「その7 10番の靴箱」「あたしの学校はどうしてこうおそろしい事件が次々に起こるんでしょう!」「それも……みんななぜか、あたしにからんでいる……」(p.186)と語るみずほだったが、その回想シーンに小清水さんの姿はない。封印したのか、みずほ……。
 三A10番の靴箱を使うと事故にあう、そんな噂通りの事故が実際に何件か続いた。その靴箱は以前不審な死に方をした女生徒のものだったという。彼女はいじめを苦にしていたらしいが、真相は分からない。冒頭の回想はどこへやら、みずほはあえてその靴箱を使用しはじめるのだった。この「赤尾学園編」の総括するかのように、一つのの場所に固執する怨念の恐怖を描いた一編。シンプルなストーリーだが、たびたび現われるぶさいくな女生徒の幽霊の回想が挿入され、物語に厚みを持たせている。噂そのものよりも、まったくあてのない手紙を待ち続けていたという、生前の彼女の行動の方が不気味。

 以上で「赤尾学園編」終了。UFOネタや学校外の出来事を扱っていた前回の「青嵐学園編」と比較すると、突飛さ控えめ、古典的で落ち着いた雰囲気だ。出来事も学園内に限定されている。定番の怪談をそのまま作品にするのではなく、随所に著者の工夫が見られて読み応えがあった。──以下、つのだじろう『学園七不思議〈2〉』その2に続く。


 ※フキダシからの引用は、改行、句読点を調整しています。


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つのだじろう『学園七不思議〈1〉』その2

 

 つのだじろう『学園七不思議 青嵐学園編』(『学園七不思議〈1〉』秋田書店 2002 秋田文庫 所収)

 ──『学園七不思議〈1〉』その1から続く。

『学園七不思議』「無印」に続いて、ホラーマンガ雑誌『サスペリア』に掲載された「青嵐学園編」。目の前には太平洋、背後には切り立った崖のような山が迫る町の学校、「私立青嵐学園」が舞台となっている。どうやら伊豆周辺がモデルとなっているらしいが、ちょうど『うずまき』(←前の記事へのリンクです)の「黒渦町」と同じような土地柄だ。設定を生かした印象的な海辺のシーンも多く、海の怪談も取りあげられている。また校舎の裏手の丘には町の共同墓地がある。

 舞台が特定の学園に決められたことによって、この「青嵐学園編」からはシリーズを通しての主人公が設定されることになった。主人公は「一条みずき」、自覚はしてないがかなり強い霊能力を持つ。オカルト関連への好奇心が強く、よく霊的な厄介ごとに巻き込まれている。それともうひとり、みずきにアドバイスをする同級生の霊感少女「月影明子」、霊媒の祖母の能力を受け継いで、非常に強い霊能力を持つ。

「その1 13非常階段」段数が変化するという非常階段の話。転落事故が多発している。また第1話目から地味なネタを……って感じだが、これがなかなか興味深い展開を見せる。階段には本来何の異常も無かったのだが、階段を危険だとか不吉だとか感じた生徒たちのマイナスの気が蓄積し、それを取り込むために魔界から「魔物」が集まってきているらしい。校舎の片隅の小さな階段を舞台にした、やけに壮大なエピソードだ。主人公みずきはさっそく魔物に操られて階段から転落、入院している。

「その2 理科実験室」少女の手首の標本が保存されているという理科実験室で、その手首を捜す少女の幽霊にまたしても主人公のみずきが遭遇する。腕の切断面をあらわにした少女の幽霊は、これまでのもやもやを払拭するような素晴らしい出来映え。全体に地に足の着いた演出で、突飛な面白さはないけれど、怪談っぽい雰囲気上々の好エピソード。

「その3 机文字の怪」全体に地に足の着いた演出で〜なんて書いた直後にすごいのがきた。有名な「机「9」文字事件」(詳しくはwiki等参照)をベースにした話で、なにからなにまで「謎」とされた事件に対する著者独自の解釈といえるかもしれない。
 机文字はUFOを召還し、宇宙人にさらわれた友人を取り戻すために並べられたという。彼岸っぽい光のなかで、涙を流しながら喜び合う生徒たちを描いたラストシーンは、複雑な思いとともに長らく心に残る印象的な場面だ。ぶっ飛び具合はシリーズ随一。本筋とは関係のないところだが、UFOから人の残骸が投下される場面が残酷。

「その4 猫足の墓」アブダクションの次は、なんとも土着的な墓相についての話。この振り幅の大きさが素晴らしい。舞台となるのは校舎の裏手の共同墓地。墓地の管理人の男が墓相の蘊蓄と自らの体験談を語る。男の体験談自体は「骨をかじる男」の怪談のバリエーションだが、箪笥の上で母親の遺骨をかじる少女の姿はなかなかの迫力だった。つのだフェィスじゃないのが惜しい。
 余談だが子供のころ祖母から「猫足の墓」の縁起の悪さを聞いたことがある。〜家はこれが原因で途絶えたとかなんとか。当時は先っぽが尖った円筒形の墓石が大好きだったのだが、あれは「無縫塔」や「卵塔」と呼ばれるお坊さん専用の墓石らしい。無性にあの先っぽを触りたくて、だっこしてもらった覚えがある。

「その5 保健室の血痕」保健室の診察用のベッドに寝ると、シーツの下から血液が染み出す幻覚を見るらしい。その原因を主人公二人が探るというストーリー。ジトっとした血生臭さはいい感じなのだが、途中から視点が保健の先生に移ってしまうため、なんとなく散漫な印象を受けた。ここでもみずきが霊媒的な能力を発揮している。

「その6 人喰い岩」海水浴場のはずれの岩場にある「人喰い岩」にまつわる怪談。「人喰い岩」は一見潮溜まりのような岩場の穴で、底無しとも、落ちたら吸込まれるともいわれている。今回の犠牲者はみずきの親戚の可奈ちゃん。出てきたと思ったら、すぐ行方不明になってしまう。
 この「人喰い岩」、設定からして怖いんだけど、みずきを穴に引きずり込もうとする地縛霊の姿がまた怖ろしい。海辺の町という設定が上手く生かされた好エピソードだ。

「その7 青色のピアノ」用具置き場に放置されている青いピアノは、弾くと鍵盤の隙間から血が滲んでくるという。もとの持ち主は事故で片腕をなくし、それを苦に自殺した生徒らしい。今回も懲りずに憑依されてしまうみずきだったが……。
 みずきの不幸は霊能力のせいではなく、家族の霊に対する無理解こそが原因である、という風にも読めるエピソード。「青嵐学園編」の最終話ながら、実にあっさりとした印象の話だった。

『学園七不思議〈1〉』その1で書いたようにこの「青嵐学園編」には、掲載誌のカラーに合わせようという試みなのだろう、さまざまな少女マンガ的な手法が導入されている。しかしそれらが上手く機能して、微妙な心情や時間経過などを表現できているかというと、正直かなり微妙。さらに著者自身の筆が主人公ふたりの顔のほかにはほぼ入ってないため、少女マンガ調の画面に「つのだフェィス」だけを貼付けたような、なんとも形容し難いアートワークが顕現している。

 そんな特徴的な作画の作品だが、著者らしい本格的な怪談がいくつも含まれていて、全体としては読み応えのある作品となっている。それからこの第1巻の解説は稲川淳二によるもの。解説そっちのけで自分の持ちネタを長々と披露していて、こっちも読み応えあり。「怪談には訓話的なメッセージが込められていて、著者の作品には同じ匂いがある」という指摘はさすが。


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