『今昔物語集 巻第二十四 本朝 付世俗』より「第九」そこのヘビ、なにやってんの! って話 その2

『今昔物語集 巻第二十四 本朝 付世俗 嫁蛇女醫師治語 第九』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1963 所収)

 ちょっと前の記事で書き漏らしたエピソードを補完。この話、内容自体はとても面白いものなんだけど、知識や読解力の乏しさから、解釈する上で色々迷ったり、疑問に思うことが多かった。そのあたりのことも下の方にごちゃごちゃ書いてます。

 さてこの話に登場するヘビは、前の2編に出てきたヘビ以上に、わけの分からない行動をとる。事故なのか、狙ってやってたのか……。

『蛇に嫁ぎし女を医師治せる語 第九』

 今は昔、河内の国、讚良の郡(※1)の、馬甘の郷に住む者がいた。生まれこそは良くなかったが、大変な金持ちで豊かに暮していた。そこには若い娘が一人あった。

 四月のころである。その娘はカイコの餌にするために、大きな桑の木に登って桑の葉を摘んでいた。その桑の木は道のすぐそばにあった。大路を行く人が通りすがりにふと見ると、大きな蛇が出てきて、娘の登った木の根元に巻き付いている。通行人が蛇のいることを告げると、それを聞いた娘は驚いて下を見る。確かに大きな蛇が木の根元に巻き付いている。

 怯えた娘が慌てふためいて木から飛び降りると、そこに蛇が巻き付いてあっという間にまぐわってしまった。(※2)すると娘の全身はたちまち熱くなり、死んだように木の根元に倒れ込んだ。それを見た両親は嘆き悲しみ、急いで医師を求めた。その国にはとても優れた医師がいたから、その人を呼んで娘を診てもらうことにした。その間、蛇と娘は繫がったままである。医師は「まず娘と蛇を同じ戸板の上に乗せて、速やかに家に連れ帰り庭に置くのだ」と言う。そこで戸板に乗せて娘を運び込むと家の庭に置いた。

 そのあと医師の指示に従って、稲の藁三束を焼く。この際三尺(※3)を一束にまとめて、それを三束用いる。その灰を湯に混ぜたものを三斗(※4)、さらにそれを煮詰めて二斗にする。それから猪の毛を十把、刻んで粉にしたものを先の汁に混ぜ、頭に足が当たるほど折り曲げた姿勢で娘を杭に釣り下げると、その汁を娘の性器に注ぎ込んだ。一斗ほど入れると蛇が離れ、這って逃げようしたので打ち殺して捨てた。そのとき蛇の子が凝固して、蛙の子のようになったところに、猪の毛が突き立ったもの(※5)が、性器から五升(※6)ほど流れ出した。蛇の子が皆出てしまうと、娘は目を覚まし驚いた様子で話しはじめた。両親が泣く泣くこの出来事について問うと、娘が言うには「それが全然覚えてないのです。まるで夢でも見てたみたい」

 娘は薬の効力によって生き長らえ、それに感謝して慎ましく暮していたが、それから三年後、再び蛇と交わり、ついには亡くなってしまった。今回は「これはもう前世からの因縁だろう」と、治療することもなかった。
 それにしても医師の能力・薬の効力とは不思議なものだと語り伝えられている。


 ※1. 大阪府四條畷市・大東市付近。
 ※2. 原文では「嫁」の一言。
 ※3. 約90センチ。
 ※4. 約34リットル。『伊呂波字類抄』の数値より。
 ※5. 後述します。
 ※6. 約5.5リットル。『伊呂波字類抄』の数値より。

 以上がだいたい一般的な解釈に基づく意訳なのだが、すごく気になるところがある。それはこのヘビがオスメスどっちだったのかってことだ。
 実はこの一連の出来事をリアルっぽく想像してみると、ヘビがメスだったと考えた方がしっくりとくる。わが国には卵ではなくて子供を産む、卵胎生のマムシが広く分布しているから、娘に「嫁いだ」ヘビがマムシのメスだったとすれば、※5の体内から子ヘビが溢れ出してくる描写にも納得がいく。この場合ヘビは子供の出てくる総排泄腔のあたりまで、すっぽり娘の体内に入り込んで、そこで子ヘビを出産したのだろう。

 とは言うものの、男女の交接を意味する「嫁」とあるからには、このヘビはやっぱりオスでないとまずい。というわけで長らく※5の一文は「そのとき蛇の精液が凝固して、蛙の卵のようにドロドロになったところに、猪の毛が突き立ったもの」という風に勝手に解釈していた。液体が凝固する「凝りて」という言葉がポイントで、精液が凝固してカエルの卵を包んでいるゲル状の物質っぽくなるというのは想像しやすい。このエピソードの典拠となった『日本霊異記』の頭注にも「がまがえるの卵」(※7)とあるし、「五升」という単位が用いられていることからも、これが落としどころじゃないかと思うのだが……。

 一般には「子」という言葉を遵守して、ヘビの子が出てくると解釈されることが多いようだ。この岩波書店の「日本古典文学大系」では特に注釈もされてないが、カエルの子=オタマジャクシって感じなのかな。だとすると娘は体内で放出されたヘビの精液によって、この短い時間で無数の子ヘビを孕んだことになる。突飛だけれど説話としてはおもしろい。なにせヘビの精液はメスの体内で数年間生き続けるほど強力らしいし。
 とまあ、そんな感じで色々考えた末に、今回は上記のようななんとも曖昧な意訳文になった。ただ「猪の毛が突き立ったもの」というところフォーカスすると、せっかく刻んだイノシシの毛をストーリー中で生かすなら、ゲル状物質にちくちく刺さっているよりも、子ヘビ一匹ずつに突き刺さっている方が絵としておもしろいとは思う。

 ところでこのエピソードには、何カ所かどうしても意味の通らない文がある。頭注に「文意不通」とか「誤訳したものか」と書かれているところだ。とくに娘の術中体位はさっぱりなので、ここは『日本霊異記』を参考にした。頭と足がくっつくほど体を折り曲げ、体内に薬液を一斗も流し込んだとあるから、性器を上に向けて固縛して釣り下げたのだろう。めっちゃ恥ずかしいポーズだ。記憶がなくてほんとよかった。それをずっと見てた両親も、さぞかしいたたまれなかったことだろう。
 ヘビには半陰茎(ヘミペニス)という生殖器が左右に一つずつ付いている。たまにヘビの足に誤認されているものの正体は、多くの場合、飛び出したこの生殖器である。娘の体内に突っ込んだはずみで飛び出した生殖器が、釣り針の「かえし」のように引っかかったとすれば、全然抜けなかったというのもなんとなく納得。

 ちなみに江戸時代に書かれた『耳嚢』のなかにも、ヘビがうっかり体内に入ってしまったときの取り出し方が書いてあって、それによると「医書にも、「胡椒の粉聊(いささ)か蛇の残りし所へ附くれば、出る事妙也」とありしが、夫(それ)よりも多葉粉(たばこ)のやにを附くれば、端的に出るなり」(※8)とのこと。ヘビにタバコのヤニを塗り付けるだけ。めっちゃお手軽!

 ※7. 『日本靈異記 中巻 女人、大蛇に嫁はれ、藥の力に頼りて、命を全くすること得る縁 第四十一』(遠藤嘉基, 春日和男校注『日本古典文学大系〈70〉日本靈異記』岩波書店 1967 所収 p.293)
 ※8. 根岸鎮衛『耳嚢 巻之十 蛇穴の中へ入るを取出す良法の事』(根岸鎮衛著, 長谷川強校注『耳嚢 下』岩波書店 1991 岩波文庫 所収 p.398)。( )のフリガナは適当につけた。

 ※上記『今昔物語集』の意訳は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行』より「第三十九」「第四十」そこのヘビ、なにやってんの! って話

『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行 蛇見女陰発欲出穴當刀死語 第三十九』
『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行 蛇見僧昼寝マラ(※1)呑受婬死語 第四十』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)

 いるに違いない海のUMAランキング1位がメガロドンだとすると、陸のランキング1位のUMAはどれだろう。メジャーさなら雪男やサスカッチあたりの獣人系UMAだろうけど、「いるに違いない」というとヘビ関連の誰かではないかと思う。でっかいヘビの目撃情報は世界各地にあるし、日本にも小さめだけど異形感たっぷりのツチノコがいる(でかいヘビの目撃例もある)。紀元前のローマ vs カルタゴの最中に現れた、剥いだ皮が120フィート(約37メートル)のヘビなんてのはちょっと難しいとしても、映画の『アナコンダ』(1997)に出てきたくらい(15メートル前後?)のヘビはきっといるに違いないと思う。

 神話や伝説のなかにも数多くのヘビが登場する。ユダヤ教やキリスト教ではイヴを誘惑したヘビを筆頭に、もっぱら邪悪なものとして描写されているが、古代ギリシャやエジプトにおいては信仰の対象であった。中国では卜占の対象となることも多かったようだが、『捜神記』などの説話集のなかには子供を食べる大蛇や、ツノの生えたヘビの話を散見することができる。
 わが国の信仰や俗信にもヘビは古来より深い関わりを持っている。人に害をなす怪物のように描かれていることもあれば、『神様はじめました』の瑞希のような神使だったり、神そのものの変化だったりすることもある。人との婚姻譚も多い。『今昔物語集』のなかにも大小、善悪さまざまなヘビが登場するが、下記の二つのエピソードに出てくるヘビは少々まぬけで……。

 下の「続きを読む」より、「野ションしてる女性の性器に欲情して穴から飛び出したヘビが、刀に裂かれて死ぬ話」「昼寝してるお坊さんの性器にかぶりついたヘビが、精液を飲んで死ぬ話」の2編についてごちゃごちゃ書いてます。

 ※1.「摩羅/魔羅」男性器。もとのタイトルの文字は「門構えに牛」。


続きを読む
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事』より「第十二」済州島の食人族の話

『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事 鎮西人、至度羅嶋語第十二』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)

 近所のスーパーではレジを出たところで、たまにDVDのワゴンセールをやっている。微妙な作品がワゴンにぎっしり詰まっていて、1枚350〜500円。とくに目当てのものはないのだが、いつもつい覗いてしまって、結局また微妙な作品が増える。そんなワゴンセールで最近『ラスト・カニバル 怪奇! 魔境の裸族』(1973)というのを買ってきた。パッケージには「これが「元祖・食人映画」だ!!」とか「鮮血飛び散る人喰部族との狂気のサバイバルバトル!」といった香ばしい文句が踊っている。監督はイタリアの食人映画職人ウンベルト・レンツィ。以前「食人族パック」という悪趣味なDVDのセットを買ったことがあるのだが、そのなかの一枚『食人帝国』(1980)を監督してた人らしい。『食人帝国』が良かった覚えがあったので、ホクホク買ってきたのだけれど……なんか違ってた! 確かに秘境で裸族で食人で、意外なほど丁寧に撮られてるんだけど、全部ちょこっとずつ摘んだ感じ。メインは金髪のイケメンと原住民の女の子との恋愛ドラマだったりする。うーむ……。

 ……というわけでわが国の古典にも「鮮血飛び散る人喰部族との狂気のサバイバルバトル!」っぽい作品があるよ! というのが、この『今昔物語集』の「鎮西の人、度羅の島に至れる語」。舞台となった「度羅の島」は韓国の済州島を指している。まあ全然バトルとかしてないんだけど(流血もない)、『今昔物語集』のなかではわりと珍しいめの海洋奇譚で、秘境ものっぽい要素もあるエピソードだ。

『鎮西の人、度羅の島に至れる語 第十二』

 今は昔、鎮西(※1)、□の国の□の郡に住んでいる人が、商いのために沢山の人と一隻の船に乗って、未知の世界に行き、本国に返っていたところ、鎮西の未申の方角(※2)の、はるか沖合に大きな島がある。人が住む気配があることから、船の者たちは島を見て「こんな島があるぞ。上陸して食べ物の補給などしよう」と思い、船を漕ぎ寄せてその島に皆で上陸した。そしてある者は島の状況を見て回り、ある者は箸の□伐ってこようと(※3)散り散りになっていった。

 しばらくすると山の方から、大勢の人がやってくる音が聞こえてくる。様子がおかしい「こんな見知らぬところには鬼がいるかもしれない。このままこうしているのはヤバい」と、皆急いで船に乗り込み、海上へと去り、山の方から地響きをさせて現れたものを「何者だ?」と見やれば、烏帽子を折って結んだ(※4)男たちが、白い水干のはかま(※5)を着けて、百人あまりも出てきていた。船の者たちはこれを見て「なんだ人じゃないか。これなら怖れることもないな。ただし知らない土地のことだから、奴らに殺されたらおしまいだぞ。あんなに大勢いるんだ。近寄せたらまずい」と思い、ますます遠ざかりながら見ると、奴らは波打ち際で船が去るのを見て、次々に海に飛び込んで船を追いかけようとしている。船の者たちはもともと皆兵士だったから、弓矢や太刀をそれぞれ備えていた。そこで手に手に弓をとって矢をつがえて「奴らが追いかけてくるぞ。近付いてきたら射てやる」と言う。奴らは皆ろくに身を守ることもせず弓矢も持たず、船の者たちは多くの人が皆弓矢を手にしているものだから、奴らは無言でこっちを見てよこし、しばらくして山の方へと戻っていった。船の者たちは「これはどうしたことか」と惑ったが、奴らが追いかけてくるかもしれないと思い、怖れをなして遠く逃げ去ったのだった。

 さて鎮西に帰ってから、この出来事をあまねく人に語ったところ、そのなかの老人がこれを聞きつけて言うには「それは度羅の島(※6)というところに違いない。その島の住人は、人の姿をしながらも人を食べるという。だから案内もなく人がその島に行けば、大勢集まってきて人を捕らえ、たちまち殺して食べてしまうと聞いている。あんたたちは賢かったから、奴らを近寄らせずに逃げることができた。近寄らせたりすれば、百千の弓矢を持ってしても、取り付かれたら敵わない。皆殺されてしまう」。船に乗っていた者たちはこれを聞くと、ぞっとして増々怖ろしく思った。
 これによって人のなかの劣った者の、人に似ず悪い物を食べる者を度羅人と呼ぶ(※7)。ただ□思うに、これを聞て後ぞ度羅人ということをば知ける(※8)。
 この話は鎮西の人が上京して語ったのを聞き次いで語り伝えられている。


 ※ □は欠字。

 ※1. 九州。
 ※2. 南西の方角。
 ※3. 1文字欠字になっているが、「食事毎に新しい箸を使用する習慣の反映とすれば」(頭注)、ここは「箸の材料になる枝を伐ってこよう」って感じ。織田信長は食事ごとに箸を捨ててたらしいけど、この人たちの場合はどうだったのかな。ゲンを担いだのか、単に綺麗好きだったのか。もしかすると航海中ってことで清水を大事にしてたのかもしれない。あ、それなら海水で洗えばいいか。
 ※4. 軽装の意味。
 ※5. 平安期の簡素な衣装。
 ※6.「とらのしま」韓国の済州島。耽羅(たんら)、耽牟羅(たむら・たんもら)、屯羅(とんら)という表記もある。もともと独立国だったが百済の属国的なポジションにいて、百済が衰えると、新羅の完全な属国になり、新羅が滅んだあとは高麗の郡のひとつとなっている。忙しいというか、大変な来歴だ。『日本書紀』によると日本との関わりは、斉明天皇7年(661)に日本に対して初めて朝貢を行い、天智天皇4年(665)に使者が来朝している。一時はわりと国交があったらしいが、新羅の属国になって以降、往来はほぼ絶えていたようだ。
 ※7. 当時のことわざか慣用句のような書きっぷりだけど、頭注によれば「未だ他の文献に徴し得ない」とのこと。
 ※8. この一文、読み下し文です。欠字にはなにが入ってたのだろう。

 ……裸族もバトルもカニバリズムなシーンもなくて申し訳ない。かいつまんで言うと、見知らぬ島に上陸してみたら原住民が大挙して現れたので、大慌てで逃げたってところ。ファーストコンタクト大失敗でドタバタって感じがよく表現されていて楽しい。上記の※6の通り『今昔物語集』が成立したのは、度羅の島との交流が絶えて久しいころで、なぜ食人族なんてイメージを抱くことになったのは分からないが、当時海上を行き来した商人は、本土から遠く離れた度羅などの島国を非常に怖れていたらしい。面白いのは似たようなファーストコンタクトでも北方の島に辿り着いた場合は、同様にびびりながらもしっかり食糧を分けてもらって、あの島の人は神様だったんじゃないかなんて言ってる(※9)。

 それからこの話には「鬼がいるかもしれない」というセリフがある。当時「鬼」には死霊を意味する「鬼」と妖怪・怪物を指す「鬼」があって、どっちを指しているのか迷うことも多いのだが、ここで船乗りが言っているのは幽霊じゃなくて、人に直接的な害をなすモンスター的な「鬼」のようだ。

 ※9.『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事 佐渡國人、為風被吹寄不知嶋語第十六』

 ※上記『今昔物語集』の意訳は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


 食人帝国 [DVD]』スパイク 2001


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『今昔物語集 巻第十四 本朝 付佛法』より「第三」道成寺のヘビ女について

『今昔物語集 巻第十四 本朝 付佛法 紀伊国道成寺僧、寫法花救蛇語第三』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈24〉今昔物語集 三』岩波書店 1961 所収

 先日『幽霊・妖怪画大全集』(←前の記事へのリンクです)という展覧会に行ってきた。それ以来『道成寺』の「安珍と清姫」関連の本をつまみ読みしている。「清姫」は本当に好きなキャラで、熊野に行くことがあったら関連の史蹟(墓や塚があるらしい)をぜひ見て回りたい。それから京都の「妙満寺」(※1)には、もと「道成寺」の鐘(清姫が巻き付いたのとは違う鐘)が所蔵されているらしいので、これも一度見てみたいと思う。

「安珍と清姫」のストーリーは歌舞伎や浄瑠璃、推理小説やドラマのネタなどでよく知られているが、もとは古い説話で平安時代の仏教説話集『法華験記』に収録され、『今昔物語集』にもそれを典拠にしたと思われる説話が載っている。南方熊楠は『十二支考』のなかで、「予は清姫の話は何か拠るべき事実があったので、他の話に拠って建立された丸切(まるきり)の作り物とは思わぬが、もし仏徒が基づく所あって多少附会した所もあろうといえば、その基づく所は釈尊の従弟で、天眼第一たりし阿那律尊者の伝だろう」(※2)と記し、この説話の成立以前の最もよく似た話として『弥沙塞五分律』(※3)のなかのエピソードをあげている。

 愛欲に狂った女性が蛇になるという話は「安珍と清姫」のほかにも結構あって、女性が恋する相手は僧だったり、大工、お稚児と色々だけど、江戸時代の怪談本にもその手の話がいくつも収録されている。ストーリー的には「安珍と清姫」をベースにしてるものも多いが、やっぱり一番かっこいいのは「清姫」。妄執の強烈さ、蛇体のでかさ、毒気の威力、どれをとってもものすごい。ただ残念なことにこの『今昔物語集』の説話には「清姫」というキャラは出てこないんだけど……(後述)。

 ※1.「顕本法華経 総本山妙満寺」のサイト↓鐘については「見どころ」のページに。
 http://www.kyoto.zaq.ne.jp/myomanji/index.htm

 ※2. 南方熊楠『十二支考〈上〉』岩波書店 1994 岩波文庫 p.301
 ※3.「みしゃそくごぶんりつ」『弥沙塞部和醯五分律』(みしゃそくぶわけいごぶんりつ) 仏教の聖典の一部で律蔵(お坊さんの決まりをまとめたもの)のひとつ。

 また長くなってしまったので、収納しました。下の「続きを読む」より、『今昔物語集』の意訳、でっかいヘビのことなどごちゃごちゃ書いてます。


続きを読む
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報』より「第十」ハッピーな「瓶詰の地獄」について

『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報 土佐国妹兄、行住不知嶋語第十』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収

 漂流ものといえば、まず思い付くのが夢野久作の『瓶詰の地獄』……と書きたいところだけど、断然ブルック・シールズの『青い珊瑚礁』(1980)
 でもあの二人ってどういう関係だっけ? 全然関係ないなら、ちょっと趣旨が違うな……などと思いつつ検索してみたところ、ショッキングな事実が判明した。なんとあのブルック・シールズの全裸は、すっかり、完全に吹き替えだったんだそうだ! ボディダブルってやつだ。これ有名な話なのかな?? 全然知らなかった。検索なんてするんじゃなかった!

 ……というわけで、漂流ものといえば、『瓶詰の地獄』。孤島に流された兄妹の悲劇を、構成の妙で書ききった超有名作だ。夢野久作の作品のなかでは『ドグラ・マグラ』の次くらいに有名なんじゃないかと思う。タイトルの「瓶詰」は、二人が海に流したボトルメールに由来するものだが、二人が閉じこめられた「孤島」の隠喩でもある。
 上記の『青い珊瑚礁』をはじめ、このジャンル(?)の作品は悲劇的な結末を迎えることが多く、とくに『瓶詰の地獄』は悲劇的だからこその、あのキレッキレな構成だ。それでも、それは重々承知のうえで、たまにはハッピーエンドな漂流ものが見たい!
 
 ……というわけで、『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報』より↓……あ、それと『青い珊瑚礁』の二人は「いとこ」だったそうです。

『土佐の国の妹兄、知らぬ島に行き住める語 第十』

 今は昔、土佐の国の、幡多の郡に身分の卑しいものがあった。自分の住む浦ではなく、ほかの浦に田を作っていた。自分の住む浦には種をまいて苗代を作り、田植えの時期になると、その苗を船に積み込むと田植えの手伝いを雇い、食べ物をはじめ、馬鍬、唐鋤、鎌、鍬、斧、鐇(たつぎ)などにいたるまで、生活用品と一緒に船に積んで出発するのだった。一家には十四、五歳くらいの男の子と、その妹の十二、三歳の女の子があった。あるとき二人に船の番をさせて、両親は田植え女を雇うために、陸に上がっていた。

 ほんの少しのあいだだからと、船を浜辺に少しだけ引き上げ、とも綱もとらずに放っておいたのだが、二人の兄妹は船底に横になって、眠り込んでしまっていた。そのあいだに潮が満ちて、船が浮かび上がり、そこへ沖に向けて風が吹きはじめた。そして船は引き潮に運ばれて、はるか南方の沖合に流されてしまった。沖に出るといよいよ強い風に吹かれて、まるで帆を張ったかのように船は走る。ようやく目を覚ました二人が驚いて見ると、もといた浜辺とはまったく違う沖に出てしまっている。二人は泣きわめいたがどうすることもできず、ただ風に吹かれて流されていくばかりだった。両親はというと、田植え女を雇うことができず、仕方なく戻ってきてみれば、船が見あたらない。風を避けてどこかへ避難しているのかと思い、あちこち走り回って子供たちの名を呼んでみたが、答えるものはいない。何度もくり返し探し求めても、影も形もなく、とうとう諦めるほかなかった。

 さて兄妹の乗った船は、はるか南の沖に浮かぶ島に吹き寄せられていた。二人が恐る恐る上陸して船をつなぎ、あたりをうかがってみると、人のいる様子はなくどうやら無人島のようだ。帰るすべのない兄妹はただ泣くばかりだったが、それでどうにかなるわけでもない。やがて妹が話しはじめた。「今はどうにもならないよ、でもこのまま死ぬのはいやだ。この食べ物をがんばってちょっとずつ食べて、生き延びようよ。でもこれがなくなったらもうおしまいだから、急いでこの苗が枯れないうちに植えてみないと」それを聞いた兄は「そうだお前の言う通りだよ。そうだ、そうしてみよう」、二人は水のあるところの、米作りができそうな場所を探し、鋤や鍬などもみな揃っていたから、船に積んでいた苗をすべて植えた。そして斧や鐇などもあったので、木を切って小屋を作って住んでいたが、季節がら果物のなる木も多く、それらをとって食べながら暮らすうちに秋になった。前世からの運命だったのか、二人の田は素晴らしくよく実り、多く収穫することができた。そうして過ごすうちに、やがて年頃になった兄妹は、ごく自然に結ばれたのだった。

 年月が流れた。二人のあいだには男の子、女の子が次々に産まれたから、それをまた夫婦にした。大きな島だったから、さらに田を多く作り広げて、兄妹の子孫が島に溢れるほどになって、今にいたっているという。土佐の国の南の沖にある妹兄の島(※1)がこの島だと人々は語る。
 考えてみれば、前世の宿縁があったればこそ、その島に流れ着いて住み、兄妹は夫婦となったのだろうと語り伝えられている。


 めでたし、めでたし。
 個人的には妹よりも姉なんだけど、この気丈な妹はすごくいい(最近だと『  』(くうはく)の「白」もいい)。

 ※1の「妹兄(いもせ)の島」は、注釈によると高知県の「沖の島」ではないかとのこと。現在では「妹背山」という島の中央部に位置する山の名として「いもせ」の名をとどめているというのだが。ちょっとグーグルマップで見てみたところ、どうも四国本土に近過ぎると思う。絶海の孤島というイメージじゃない。兄妹の出身地である幡多郡から普通に見える距離だ。確かにほかに適当な島は見当たらないけど、これなら帰れるような気がする……↓


大きな地図で見る

「沖の島」が属する高知県宿毛市の「宿毛文教センター」のサイトを見てみると、「集落の歴史」のなかに「元久元年(一二〇四)三浦則久が鎌倉をのがれて沖の島に渡来し、 その子孫が島の領主となった」(※2)とあり、それ以前のことはよく分からないが、島に人が住みはじめたのが鎌倉時代以降だとすると、『今昔物語集』の成立時期と矛盾が生じる。ただ万葉の時代から和歌山県の紀の川を挟んだ二つの山を「妹背山」と呼んでいるし、またそういう地形を指して「妹背山」と呼ぶことがあるらしいから、もしかするとこの説話も、先に島の地形に基づいた「妹兄島」という名があって、そこから発想されたものなのかもしれない。

 ※2.「宿毛文教センター」↓「宿毛歴史館」のなかの「集落の歴史」より。「宿毛の民話」ではこの説話についても触れられてます。
 http://www.city.sukumo.kochi.jp/sbc/index.html


 以下、あまり関係のない話。この話を読むと手塚治虫の初期の代表作(で傑作)『ロストワールド』のラストシーンを思い出してしまうので、それについて。舞台は絶海の孤島……じゃなくて、謎の遊星「ママンゴ星」。星にとり残された若き天才学者「敷島博士」の傍らには、美しい植物人間の「あやめ」が半裸で寄り添っている。

敷島博士「ああ、もうぼくたちは地球へ帰れなくなってしまった……永久にふたりだけになってしまったのだ」「ね、ぼくたち兄妹になろう」
あやめ「あたしを妹にしてくださいますの……うれしいわ」
敷島博士「そしてぼくたちは、ママンゴ星の王さまと女王さまだよ」
あやめ「おにいさま」(※3)


 発表された時代(1948年)からして、色々な配慮をした結果だとは思うけど、「結婚しよう」とかじゃなくて「兄妹になろう」というのが、なんかもやもやしてて素晴らしい。(※4)

 そのころ地球では「ジュピター博士」によって、ママンゴ星に関する重大な発表が行われていた。天文台がママンゴ星のジャングルのなかに人間を発見したという。精密な「スペクトルム分析」によって、その人間、二人の少年少女のうち少女の体が、植物であることが判明したらしい。

ジュピター博士「いまから五百万年後」「ふたたびママンゴ星がわが地球に接近したときには、彼らの子孫 ── 動植物人がわれわれの遠い子孫と、ほがらかに握手するであろう」(※5)



 ※3. 手塚治虫『ロストワールド』角川書店 1994 角川文庫 手塚治虫初期傑作集 p.226-227
 ※4. 戦前に描かれた『ロストワールド 私家版』にはこの兄妹云々のくだりはなく、もう少し年長者向けの表現になっている。
 ※5. 手塚治虫『ロストワールド』角川書店 1994 角川文庫 手塚治虫初期傑作集 p.245

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。
 ※コミックからの引用は、読みやすいように改行を調整しています。


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼』より「第六」埋められた器物の謎について

『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼 東三條銅精成人形被掘出語第六』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収)

 小学生のころ「神さん」と会ったことがある。ある日学校から帰ると、玉砂利を敷いた庭のまんなかに、でっかい穴があいている。なんだこれと思いながら勝手口から母屋に入ると、当時はまだ存命していた祖母が、ほっぺたにホクロのある知らないおばさんとお茶を飲んでいた。
 そのおばさんが「神さん」だった。自分には全然心当たりがなかったのだけれど、当時実家では少々気味の悪い出来事が頻発していたらしい。そこで祖母の古くからの知人の「神さん」に、家を見てもらうことにしたのだそうだ。

「神さん」はやって来るなり家の周囲をぐるっとひとまわりして、敷地内の二カ所を掘るようにといった。それが裏の物置の床下と、さっき穴のあった庭のどまんなかだったのだ。その日休みをとっていた父親が、腰のあたりまで掘ったところで、庭からは壷が出た。それまでは半信半疑だった父親も、出たからには仕方ないってことで、次に物置の床板を剥がしてそこも掘り返した。するとまた同じくらいの深さから壷が出た。

 二つの壷は見た目もサイズも漬け物にぴったりな常滑焼だった。なかには土がいっぱいに詰まっていて、ビニールシートの上でひっくり返してトントンと揺さぶると、固まっていた土がまずバラバラ落ちて、それからヘドロのような黒い泥が大量に流れ出た。なにかが腐ったような、すごい悪臭がしたそうだ。なぜそんなものが埋まっていたのか、家族にはまったく心当たりがなかった。その泥と土はゴミ袋に入れて、壷と一緒に「神さん」が持ち帰ったらしい。

 人をぞっとさせるような怖い話でないのが残念だけど、これは身近に起きたちょっと不思議な出来事の一つだ。実は自分が見たのはすべてが終わったあとで、残すは穴を埋めるだけってところだったから、この黒い泥は見ていないし臭いも嗅いでない。ほとんどは祖母と父親から聞いたものだ。当時は不思議なパワーのある人がいるもんだなーって程度の認識だった。アホな小学生だったのだ。
 推理小説なら「神さん」もしくは家族の誰かが、事前にこっそり壷を埋めてたってことになりそうだけど、状況を知っているだけにそれは現実的ではないように思う。またこの「神さん」は普通の主婦で、霊視とか占いとか、そういったことを生業にしているわけではなかったようだ。後日祖母が菓子折りを持って挨拶にいったのを覚えているが、見料のようなものを支払ったかどうかはわからない。

 で、なんでこんな話を書いたのかっていうと、これと似た感じの話が『今昔物語集』のなかに載っていて、その枕のつもりで書きはじめたら長くなってしまったのだった……↓

『東の三條の銅の精、人の形となりて掘り出されたる語 第六』

 今は昔、東の三條殿に式部卿の宮という方が住んでおいでになったときの話。

 南の山に身長三尺(※1)ほどの太った五位(※2)が、時々現われて歩きまわる。それを御子(式部卿の宮)がご覧になられて、薄気味悪く思われていたのだが、なおも五位の歩くことがたび重なったため、名高い陰陽師を召されて、その祟りについて尋ねられた。
「これはもののけ(※3)でございます。ただし人に害を成すようなものではございません」と陰陽師が占い申したので、御子は「その霊はどこにいるのだ。またなんの精なのだ」と重ねて問われた。すると陰陽師は「それは胴の器の精霊でございます。宮の辰巳(※4)のすみの土のなかにあります」と占い申した。

 そこでその言葉に従い、宮の辰巳の方角の地面を限定して再び占わせ、占いに出たところを二、三尺ばかり掘らせてみたが、なにも出ない。陰陽師が「もう少し掘ってみてください。ここであることに間違いはございません」と申すので、さらに五、六寸(※5)ばかり掘らせてみると、五斗(※6)ばかり入るくらいの胴の提(※7)が掘り出されたのだった。
 それ以来、五位の歩くことは絶えてなくなったという。

 どうやらその銅の提が、人になって歩いていたことに間違いはないようだ。考えてみればなんとなく可哀想な気がする(※8)。このように器物の精は人の姿となって現われることがあり、そのことは人々によく知られていると語り伝えられている。


 ※1. 約90センチ。ちっこい。
 ※2. 律令の官位で、かなり偉い。深緋という濃い緋色(赤色)の装束を身に着けていた。
 ※3. この「もののけ」は続いて出てくる「霊」「精」と同義。ごちゃ混ぜに用いられている。
 ※4.「たつみ」南東の方角。
 ※5. 15〜18センチ。
 ※6. 現在1斗は約18リットル。五斗は約90リットル。
 ※7.「ひさげ」ヤカンに似た形状の酒や水を注ぐための器。
 ※8. 原文では「糸惜シキ事也」(イトホシキコトナリ)。

 地中深く埋まり、人の姿で現われた妖しいものに対して、「糸惜シキ事也」(イトホシキコトナリ)という著者の感性が素晴らしい。また「提」のまるっこい形状と赤金(アカガネ)と呼ばれていた銅の材質が、赤い装束を着て太ってるというこの「五位」のビジュアルに、しっかりと反映されているところもおもしろい。器の擬人化だ。冒頭のうちの実家の話でも、事前に褐色肌の双子の女の子なんかが目撃されていればよかったのだけれど、残念ながらそんなことはまったくなかったようだ。

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼』より「第二十一」気味の悪い箱の話

『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼 美濃國紀遠助、値女霊遂死語 第廾一』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収)

 ネット発(というか2ch発)の有名怪談というと、まず最初に「コトリバコ」(←詳しくはwiki等参照)って人も多いのではないだろうか。「コトリバコ」は一つの箱と、それを代々保管してきたある一族にまつわる強烈な呪いの話だ。真偽のほどはさて置き、怪奇読みものとしての完成度は非常に高く、なにより物語の中核をなす「箱」の妖しい魅力、存在感が素晴らしい。

 おなじみ『今昔物語集 巻第二十七』に収録されているこの説話もまた、一つの箱にまつわる話で、不気味さにかけては『今昔物語集』のなかでも屈指のエピソードである。どうもこの封印された「箱」というアイテムには、古来から人を惹きつけてやまない妖しい魅力があるらしい。で、この説話の小箱にはなにが入っていたかというと……。

 ……続きは下の「続きを読む」より。また長いです。


続きを読む
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『今昔物語集 巻第十七 本朝 付佛法』より「第四十五」吉祥天女像にムラムラした話

『今昔物語集 巻第十七 本朝 付佛法 吉祥天女攝像奉犯人語 第卌五』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈24〉今昔物語集 三』岩波書店 1961 所収)

「多淫の人は、畫ける女に欲を生ず」(※1)

 この説話には元ネタがあって『今昔物語集』よりも成立が300年ほど古いとされる日本最古の説話集『日本霊異記』に、ほぼ同じ内容の話が載っている。冒頭の一文はその『日本霊異記』の中巻の第十三「愛欲を生じ吉祥天女の像に戀ひ、感應して奇しき表を示す縁」の結びのなかの一文で、そのまんま「エロい奴は、絵に描いた女にもムラムラする」って感じの意味。今日では、え、普通じゃんって気もするけど、仏教の教えのなかの言葉ということで、きっと厳しめなんだと思う。禁欲生活してるし。それに春画の歴史は『日本霊異記』が成立したとされる平安時代まで遡るらしいから、そういう嗜好の人が当時も戒めなければならない程度にはいたのかもしれない。まぁ最近では「絵に書いた女」どころか「絵に書いた人形」を見てぐっとくるという、なんだかわけの分からないことになっているんだけど(←金糸雀が好きです)。12世紀頃にまとめられた『古本説話集』のなかにも、この説話にさらに肉付けをして新たにオチを加えたような話が載っているのだけど、長くなりそうなのでまた別の機会に書きます。以下意訳文です↓

『吉祥天女の攝像を犯したてまつれる人の語 第四十五』

 今は昔、聖武天皇の御代、和泉の国、和泉の郡の血淳上山寺に、吉祥天女の攝像(※2)がましました。当時、信濃の国から縁あってその国にやってきた男があった。その山寺に赴き、吉祥天女の攝像を目にした途端、たちまちに欲情し像に心を奪われてしまった。朝から晩までそれを慕い切なく思い、常に願うは「この天女のように、姿形の美しい女を、われに与えたまえ。」

 後に男は、夢のなかでかの山寺へ行き、天女の攝像と交わるのを見て目覚めた。「不思議だな」と思いつつ、明くる日山寺に行って天女の像を見てみると、像の下半身にまとった衣服の腰のところに、汚らしい精液の染みができている。男はそれを目の当たりにすると、過ちを悔い嘆き悲しんでこう言った。「天女の像を見て欲情し『天女のような女を与えて欲しい』と願いはしたものの、かたじけなくも天女自身が交わらせてくれるとは恐れ多い。」そしてこの出来事に恥じ入って、けっして他人に語ることはなかった。

 ところがその男の身近な弟子(※3)がそれを盗み聞きしていた。後に師である男に無作法を働いて、放逐されると里を離れ、ほかの里にいたると師を誹り、前述の出来事を語った。人がそのことを聞きつけて師のもとへと赴き、その真偽をただすべく、天女の像に精液が付いたあの一件について尋ねると、師は隠し通せずにすべてをつぶさに語った。人はみなそれ聞くと「珍しいこともあるものだ」と思った。まことに心の底からそう思ったからこそ、天女は顕現されたのであろう。これはとても珍しいことである。

 以上のことを考えてみると、例え好色なやからが好きな女にムラムラしたとしても、むやみにその思いを口にするべきではない。これはまったく意味のないことだと語り伝えられている。


 羨ましいわ! ってのはさて置き、「ギリシア神話」のピグマリオンを連想させる説話だ。「ギリシア神話」では女神アフロディテ(ヴィーナス)に祈ったところ、ピグマリオンが精魂込めて作り上げた大理石の女人像が受肉して、それを娶ってめでたしめでたしとなるわけだけど、その際にアフロディテには「あの若い男は、ほんとうは自分でつくったあの像だけがすきなので、この世の女では、どんなに似ていても、愛することはできないのだ」(※4)なんて看破されている。さすが愛の女神、そういう機微に長けている。『今昔物語集』の吉祥天は心情がまったく描写されてないけれど、知らん顔して澄ましてるのに、どことなく抜けてるようなところがあって可愛らしい。遡れば吉祥天はヒンドゥー教の愛の神、カーマの母親である。

 それにしても「しのぶれど」なんていってるわりに、平安時代のあけすけな表現はおもしろい。この説話もなんとなくロマンチックな雰囲気がしないでもないのに、肝心の物証が腰のあたりにべったり染み込んだ「精液」。色に出し過ぎである。『今昔物語集』をはじめ様々な説話集には、この話よりももっとどぎつい話や露骨な艶笑譚が沢山載っている。こうなってくると本格的なエロ説話集なんかがありそうなもんだけど、色々探してみてもコレっていうものが全然見あたらない。見当たらなすぎてyahoo!知恵袋で質問しようかと思ったほどだ。でもよくよく考えてみると、そのあけすけさからしてエロさは区別の対象ではなかったのかも知れない。その結果、エロい話は数多くの説話集のなかにバラバラに混入して、今日見られるような形に収まったんじゃないかと思う。

 ※1.『日本古典文学大系〈70〉日本靈異記』遠藤嘉基, 春日和男校注 岩波書店 1967 p215

 ※2. 木や針金で作った骨組みに縄や麻を巻き付け、その上から粘土で肉付けした像。なんだかフィギュアっぽい製法だけど、奈良時代から木彫が主流になる平安時代にかけて、仏教彫刻に盛んに用いられた技法。

 ※3. 男(原文では「俗」)は上記の出来事がきっかけになったのか、いつの間にやら出家して弟子までとっている。頭注には「もとはそのような部分の記述を備えていたのではなかろうか」(p.570)とある。『日本霊異記』では最初から「優婆塞(うばそこ)」、山伏など半僧半俗の在家の男って設定でより矛盾がない。

 ※4. 山室静『ギリシア神話』社会思想社 1962 現代教養文庫 p.183

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。

 ※関連記事です↓P・メリメ『イールのヴィーナス』
 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-153.html


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)