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日影丈吉『月夜蟹』

 日影丈吉『月夜蟹』(『恐怖博物誌』出版芸術社 1994 ふしぎ文学館 所収)

 昨日に続いて日影丈吉作品。この作品にも昨日の『猫の泉』と同様、A・ブラックウッドの『いにしえの魔術』の影響が濃厚に感じられる。といっても似たような町を舞台にした美しいオマージュ作品としての『猫の泉』と比べると、本作は『いにしえの魔術』を咀嚼し、新たな世界観を構築している点で大きく異なっている。

 蟹に敵対する生き物といえば、迷わず「サル」って感じなんだけど、説話などにおいては「蟹 vs 蛇」という構図が結構ある。もちろん蟹は正義の味方(主に女子の味方)で、蛇は漏れなく悪者だ。有名なところでは『今昔物語集 巻第十六 山城の国の女人、観音の助けに依りて蛇の難を遁れたる語 第十六』や、江戸時代の怪談集『諸国百物語』にも「長谷川長左衛門が娘、蟹を寵愛せし事」などがある。余談だが後者に登場する女の子は、蟹じゃなくても加勢したくなるほどの可愛さだ。

 この『月夜蟹』でも上記の「蟹 vs 蛇」の構図が採用されている。ただしこっちは、肩入れしたくなるほど蛇が魅力的なストーリーだ。住民すべてが蟹の関東のとある海辺の村、そこに一匹の蛇が迷い込んだ。蛇の名は「桔梗」。主人公の「わたし」よりもいくつか年上の、凄艶な雰囲気の美しい女だ。どうやら精神を病んでいるらしい。それまでの退屈極まりなかったわたしの日常が、桔梗を知ることになって以降、緩やかに蕩け、変容していく。……これらはすべて、後に神経衰弱として病院に収容されることになる「わたし」の目線で語られている。

『いにしえの魔術』の影響下にある作品には名作が多いが、なかでもこの『月夜蟹』は、日本古来の説話と西欧風のストーリーが美しくミックスされた、出色の一本だと思う。数少ない登場人物も魅力的で、とくに「桔梗」はその凄惨な死にざまも含めて素晴らしいキャラだ。本作は『いにしえの魔術』(本書では『古い魔術』)より、以下の一節をエピグラムとして掲げている。

「ことによると、ここの人達は夜の人間で、夜のうちだけほんとうの生活をしているのではないか、日暮から正体をあらわすのではないか。/(「古い魔術」アルジャノン・ブラックウッド)」


 ※関連記事へのリンクです↓
 A・ブラックウッド『いにしえの魔術』 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-140.html
 萩原朔太郎『猫町』 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-79.html
 日影丈吉『猫の泉』 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-173.html


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日影丈吉『猫の泉』

 日影丈吉『猫の泉』(『恐怖博物誌』出版芸術社 1994 ふしぎ文学館 所収)

 南フランスに滞在していた日本人写真家の「私」は、不思議な町の話を耳にする。それは「ヨン」という谷間の辺鄙な町だった。住民はチベット猫とともに自給自足の生活を営んでいるという。興味を覚えた私は道すがら聞き込んだあやふやな情報を頼りに、中世の町並みを残す小さな集落に辿り着いた。
 この300年の間にヨンの町を訪れた外の人間はごくわずかで、私はちょうど30人目にあたるらしい。町には10人ごとの旅人に大時計の鐘の音を聞かせ、町の運命を占わせるという奇妙な習慣があった。私は滞在と撮影の許可を得るため、その役割を果たすことになった。
 月が出た。広場の枯れた泉のほとりには、猫が群れをなしている。私は大時計の鐘の音に耳を傾け、感じたままを猫たちに向かって語った。「去れ、若者よ。洪水、大時計」、それを言い終わった時、群れのなかの一匹の猫が月のかかった中天に向けて、一声鳴いたのだった。すると……。

 著者は早い時期から海外の文学や芸術に接していたらしく、日本を舞台にした作品であっても、どことなく西欧風な雰囲気がある。なぜか寡作な作家ってイメージがあったんだけど、著作リストを見るとかなりの量の作品があって、小説はどれも幻想味の強い推理小説、怪奇小説ばかりらしい。思わず全集をチェックしてしまった。これまであまり読んでこなかったことが悔やまれる。

 あらすじをまとめるのが下手すぎて全然ピンと来ないかも知れないが、この作品は以前感想を書いたA・ブラックウッドの『いにしえの魔術』のオマージュとなっている。ここに出てくる「ヨン」という町が、『いにしえの魔術』で主人公のヴェジンが迷い込んだ町と同じなのかどうかは分からない。こういう風変わりな町がフランスの片田舎には点在してるって設定が、著者にはあったのかも知れない。町のイメージは非常によく似ている。ただ時代が下ったせいか、「ヨン」の町は『いにしえの魔術』の町と比べて随分と衰退しているようだ。人々はもうサバトを執り行うだけの気力も、能力も無くしてしまっているように見える。「いにしえの魔術」の効力が、今まさに失われつつある、そんな風に感じた。
 本作には終始居心地の悪い、不気味な雰囲気が漂っているが、幻想的で美しい作品でもある。月光の差す広場のシーンは、そんな不気味さと美しさを凝縮したような名場面だと思う。

 A・ブラックウッドの『いにしえの魔術』、萩原朔太郎の『猫町』が好きな人にはすごくおすすめの作品。前述のような著者の作風が、フランスを舞台としたこの作品にとてもよく似合っている。


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 A・ブラックウッド『いにしえの魔術』 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-140.html
 萩原朔太郎『猫町』 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-79.html


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