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横溝正史『本陣殺人事件』

 

 横溝正史『本陣殺人事件』(『本陣殺人事件』角川書店 1973 角川文庫 金田一耕助ファイル2 所収)

 昭和12年、岡山県の旧本陣「一柳家」の離れ座敷において、新郎新婦が死亡する事件が発生した。婚礼の夜の出来事である。新郎は一柳家の長男「一柳賢蔵」、新婦は小作人の娘で女学校の教師「久保克子」。二人が死亡した離れ座敷は降り積もった雪により完全な密室となっていたが、室内には犯人のものと思しき三本指の血痕が残されていた。克子の叔父で彼女の育ての親「久保銀蔵」は、旧知の名探偵「金田一耕助」を招聘する。

 この作品は全くの初読だったのだが、CSでやってるドラマやなんかで散々親しんだ作品なので、映像を思い浮かべながら読んだ。当然トリックも犯人も事前に知ってるわけなんだけど、今回ばかりはドラマ見といて良かった。じゃないと文章と附載されてる図を頼りに、本作のトリックをクッキリ想像するのは難しかったと思う。屏風の接合部の谷に沿って移動する刀とか、映像見てなかったら全然ピンとこなかったに違いない。

 で、そんなギミックに凝った事件の動機はというと、極端な処女厨の暴発。時代背景が異なるとはいえ、やっぱ、え、そんなんで?? という印象。金田一が長々と解説してはくれるんだけど。本作は執筆する前からトリックができていたというから、動機の訴求力の弱さにはそんな成立の影響があるのかもしれない。それにしても賢蔵、他にもっと方法があっただろうに。
 江戸川乱歩が本作を評した中には、犯行の動機と賢蔵を手伝うことになった弟「三郎」の心理の不可解さ、物足りなさが述べられている。また高峰三枝子の出てくるドラマ版では、マザコン要素で動機を補強していて、それなりの効果をあげていた。ただドラマでは三郎の役割が大幅にカットされてしまって、暗い激情に煩悶する賢蔵のキャラと、ある意味子供っぽい楽しいギミックに、少なからず齟齬が生じていたように思う。

 金田一シリーズ第一作の本作には色々新鮮な金田一描写がある。アメリカ時代の金田一がドラッグに溺れていたことや吃音症のことは、これまでにまばらに読んだ作品にははっきりと言及されてなかった。自分は巻数が記されてない本は適当に目についた巻から読むことが多いのだが、このシリーズの、少なくともこの作品は、主人公の来歴を知る意味からも最初に読んだ方が良かったかもしれない。それからあちこちに本作以降のシリーズの、特徴的なモチーフが散りばめられているのも興味深かった。日本刀にまつわる「因縁話」、閉鎖的な村社会、白痴美を体現したかのような「鈴子」のキャラなどなど。これらは残念ながらあまり描写されず、劇中で充分に生かされてるとは言い難いのだが、本作以降に書かれた作品では見事にストーリーの中核を担っている。

 最初に書いたように本作の映画やドラマはよくCSでやってるので、一本目の映画(1947)の他はほとんど見た。ATGの映画(1975)は時代を1975年に設定していて金田一役の中尾彬はジーンズ姿で登場する。石坂浩二や古谷一行のイメージが強いので、中尾彬??? って感じだけど、著者は中尾の金田一をかなり気に入っていた様子。ドラマの金田一シリーズ『ミイラの花嫁』や乱歩の美女シリーズでの怪演が印象的な田村高廣が賢蔵役を務めていて、作品自体の完成度も高い。おすすめの映画です。ちなみに著者の思い描く金田一耕助はズバリ渥美清らしい。
 というわけでドラマや映画に関する記述が多くなってしまったが、盛りだくさんの面白い作品だった。あと、少し前に読んだ作品にこの『本陣殺人事件』を連想させる作品があったので、直接関係はないけど触れておきたい。それは島田荘司の『龍臥亭事件』という作品で、本作と同じ岡山を舞台に琴が関わる密室事件が発生する。少々長いけど、一気に読めるとても楽しい作品だった。これもおすすめです。



『本陣殺人事件』
 角川書店 1973 角川文庫 金田一耕助ファイル2
 著者:横溝正史

 収録作品
 「本陣殺人事件」
 「車井戸はなぜ軋る」
 「黒猫亭事件」

 ISBN-13:978-4-0413-0408-2
 ISBN-10:4-0413-0408-3


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横溝正史『首』

 

 横溝正史『首』(『』角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11 所収)

 最近午前中にずーっと古谷一行の金田一シリーズがやっている。毎日録画してるんだけど、なかなか見れないのが歯がゆい(このすば見ました! )。昨日は『悪魔の花嫁』をやってて、レコーダーの番組内容を見てみると「おなじみ、古谷一行扮する金田一耕助が鋭い推理で事件に挑む大人気シリース! 金田一宛に届いた手紙に、次々起こる殺人、謎が謎を呼ぶ事件に巻き込まれ…」とある。めっちゃ汎用性の高い解説だ。ちなみに今日やってた『黒い羽根の呪い』は「金田一耕助が、過去の事件に絡んで起こる連続殺人事件の謎に挑む!」って感じで、これまた汎用性が高いというか、ほとんどの金田一ものに当てはまるなこれ。

 この作品も『獄門岩の首』というタイトルでしっかりドラマ化されている。舞台は岡山県の山中の集落。そこで三百年前の名主殺害を再現したかのような事件が発生した。滝の途中に突き出た「獄門岩」に男の生首が遺棄されていたのだ。胴体は下流の「首なしの淵」で発見された。犯人が逮捕されないまま一年ほどが過ぎて、「磯川警部」に連れられた「金田一耕助」が捜査に着手した矢先、再び獄門岩の上に生首が発見される。被害者は映画撮影のため村に滞在していた映画監督だった。去年と今年、二つの事件の関係者にはなんの関連もみられない。再度発生した凄惨な事件に「名主の祟りではないか」などと言い出す者までいる。同じ手口で行われた二つの犯行の関係とは??

 また生首かよ! というのはさておき、この作品は導入部の雰囲気がすごくいい。というのも金田一ものって、なかなか金田一が出てこない作品が結構あって、ヤキモキさせられることが多いのだ。しかしこの作品に関しては最初の最初から金田一が出ずっぱり。冒頭の奥歯にものの挟まったような磯川警部と、また面倒なことになりそうだなーと感じながらも、唯々諾々と観光案内されてる金田一、二人の間のなんとも言えない空気が絶妙だった。ぐたぐたしてるうちに自然に巻き込まれていってるのが面白い。三百年前の事件とその祟りが、あまりクローズアップされないのが少々物足りなかったけど、いい具合に騙されつつ楽しく読むことができた。
 で、生首について。今回の生首にはしっかり生首ならではの理由があって、自分にはわからなかったけど、推理小説をよく読む人にはすぐに犯行状況に察しがついてしまうかもしれない。それにしても金田一シリーズ、さすがに生首多すぎだろって感じなんだけど、ちょっと前に読んだ小林信彦との長い対談のなかで著者はこんな風に語っている。「ぼくは首取るのが好きなのよ。(※)」


 ※小林信彦編『横溝正史読本』角川書店 1976 p.38



『首』(旧題『花園の悪魔』)
 角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11
 著者:横溝正史

 収録作品
 「生ける死仮面
 「花園の悪魔
 「蝋美人」
 「

 ISBN-13:978-4-0413-0443-3
 ISBN-10:4-0413-0443-1


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横溝正史『花園の悪魔』

 

 横溝正史『花園の悪魔』(『』角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11 所収)

 主な舞台は東京近郊のS温泉にある「花乃屋旅館」と、その旅館が経営する大規模な花壇「花乃屋花壇」、そして「京王百草園」から多摩聖蹟へ抜ける山中である。昭和2X年4月の朝、花乃屋花壇を見回り中の園丁が異様なものを発見した。チューリップの花壇の真ん中に全裸の女があお向けに寝ているのだ。声をかけてみたが身動きひとつしない。激しく揺さぶってみると、首にかかった髪の毛の下から紫色のヒモの跡があらわれた。殺人事件である。被害者はヌードモデルの「南条アケミ」。絞殺された後、犯されていることが判明した。犯人と目された人物「山崎欣之助」の行方は杳として知れない。事件発生から一月あまり経ったころ、「金田一耕助」が花乃屋旅館にふらりと現れた。

 この作品には推理小説としての面白さや、興味深い死体の状況のほかにも、当時の生き生きとした風俗習慣をかいま見れるという楽しさがある。今回の事件の舞台となった「花乃屋旅館」は「はじめからアベック向きに設計」されており、都心から電車で50分、休憩もOKとのこと。今でいうラブホみたいなものかと思いきや、家族連れの客もあり、「花乃屋花壇」なんて大きな施設が併設されている。かなりオープンな雰囲気で、ラブホや連れ込みとは少々趣きが異なっているようだ。この作品が雑誌『オール讀物』に掲載されたのは今から60年以上も前、初代ゴジラと同じ1954年である。文章はそんな昔の作品とは思えないほど読みやすい。金田一と等々力警部が連れ立って出かけた「京王百草園」は今も昔もちょっとしたお出かけスポットで、二つの現場が「花」で繋がってるのが気が利いている。二つの現場に遺棄された二体の死体の状況も、一方は花壇に遺棄された美しい死体、もう一方は洞窟にうち棄てられた腐敗する死体と、見事に好対照である。

 今回金田一は最後の方まで全然出てこないが、帽子の血痕に着目し、論理的に犯人を絞っていく手腕は相変わらずの鮮やかさ。言われてみればそりゃそうだって感じだけど、言われなければ絶対に気付かない自信がある。特殊な業態の旅館、ヌードモデル、死姦された全裸の死体などなど、妖しげで扇情的なモチーフが詰め込まれた楽しい作品だった。
 この作品が収録されている短編集『首』は、以前は『花園の悪魔』というタイトルで出ていた。解説も付いているし、カバーのイラストもかっこいいので、手に入るならそっちの方がおすすめ。



『首』(旧題『花園の悪魔』)
 角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11
 著者:横溝正史

 収録作品
 「生ける死仮面
 「花園の悪魔
 「蝋美人」
 「首」

 ISBN-13:978-4-0413-0443-3
 ISBN-10:4-0413-0443-1


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横溝正史『獣人』

 横溝正史『獣人』(『悪魔の設計図』角川書店 1976 角川文庫 所収)

 バラバラ事件が発生する。被害者は若い女。頭部が銀座の百貨店に展示された乳母車の中から、腕が東京の片隅の「言うをはばかるような不思議な街」の狭い路地で相次いで発見される。同じ夜、主人公の青年「由利麟太郎」はたまたま通りかかった雑司ヶ谷の鬼子母神の境内で、奇怪な動物を目撃した。それは「全身は鋼鉄のようにピカピカ光っていて、しかも針を植えたような鋭い毛が一面に突っ立っている。顔はえたいの知れぬ黒さに包まれ、眼は爛々たる燐光を放ち、くちびるの間からニューッとのぞいているまっ白な牙の先からは、何やら赤黒い液体が、ポタポタと垂れている」という、とんでもない怪物だった。全身のイメージはゴリラそっくりに見えた。逃げ出した怪物の後を追った由利は、とある洋館の周辺でその姿を見失ってしまう。仕方なく洋館の呼び鈴を鳴らすと、横柄な面構えをした老人が現れた。老人は有名な学者で、怪物には全く心当たりがないと言うのだが……。

 前に『暴行魔ゴリラー』(←前の記事へのリンクです)という映画を見た。頭のおかしい博士が病弱な息子にゴリラの心臓を移植したところ、息子がゴリラみたいになって女子を襲いはじめたので、こりゃまずい! ってことで今度は女子プロレスラーの心臓を移植するって話だった。こんな風に書くといかにもアホな映画のようだが、実際にはわりと真面目に作られたアホな映画だった。そんな映画のメイン怪人「ゴリラー」みたいな怪物が登場するのが、この『獣人』。『モルグ街の殺人』+『ジキル博士とハイド氏』を戦前の帝都東京で展開したような作品で、フェイクでない超常現象をほとんど書かなかったと言われる著者には珍しく、相当ホラー、SFジャンルに接近している。
 劇中には酷い状態の死体や突飛な怪物が出てくるけど、肝心の殺戮シーンが品よく読者の想像にお任せになっていて、戦後の金田一シリーズと比べると全体のトーンはあっさりめで軽やか。で、洋風だ。また著者の作品には魅力的な女性キャラが度々登場するが、本作の二人のメインヒロイン(レビュー団のスター)もその例に漏れず、対照的ないいキャラクターだった。主人公の由利麟太郎は、好奇心旺盛でやたらフットワークの軽い「学生上がりのまだ生若い青年」と描写されており、まだまだ「先生」と呼ばれるほどの貫禄はない。下宿の一室で本に埋もれて暮らしていて、定職に就いてるのかどうかも定かではない。高等遊民ってやつかな。これまで「由利先生」が活躍する作品を読んできたので、ぶらぶらしてる「由利青年」は新鮮だった。気楽に読める作品。


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横溝正史『悪魔の設計図』

 横溝正史『悪魔の設計図』(『悪魔の設計図』角川書店 1976 角川文庫 所収)

 前に実家の庭(←前の記事へのリンクです)のことを少し書いたけど、昔商売をやってたこともあって(自分が生まれるずっと前です)、今でも実家の庭には無駄にスペースが空いている。祭の季節になると、かつてはそこに舞台を作って、旅回りの一座を呼んだこともあったとか。公演中の座員たちは当時庭の一角にあった離れの二階に数日間寝起きして、毎晩ドンチャン騒ぎをしていたらしい。そんな一座の女役者にベタ惚れしたあげく、一座に無理やり加わって、家を出たきり二度と戻らなかった人がいる。自分の祖父の叔父にあたる人だ。子供の頃、法事やなんかで親戚のおっさんたちから、その人の話を聞くのがなぜか好きだった。家を出てそれっきり戻らない気分ってどんな感じなんだろうと思った。きっとものすごく寂しいけど、ものすごくスッキリするんじゃないかと。
 離れの一階には下働きの朝鮮の人が何人か住んでいて、大陸がキナ臭くなってくると皆生まれ故郷の半島へと帰って行ったという。祖母はおそらくそこから出征したのだろうと言ってた。その後、そこには「若い兵隊さん」たちが短期間駐屯していて、ちょくちょくイモを差し入れたとか、そんな話を聞いた覚えがある。離れの建物は今はもう跡形もなくて、かわりに適当に作ったような築山と、それを囲むように母が植えたよく分からない花が咲いている。

 長々と関係ないことを書いてしまったが、この作品もノスタルジックな雰囲気の芝居小屋の舞台の上から始まる。芝居の真っ最中、大勢の観客が見守る中で殺人事件が発生したのだ。被害者は一座の看板女役者「青柳珊瑚」……の代役の娘、彼女は珊瑚と誤認されて殺害されたものと考えられた。
 舞台は変わって東京。探偵「由利先生」と新聞記者「三津木俊介」のもとを訪れた老弁護士「黒川」によって、先だって舞台上で発生した殺人事件が単なる痴情犯罪ではなく、ある遺言状に起因する謀殺だった可能性が示唆される。遺言状には三人の異母姉妹が死亡していれば、前妻の連れ子「日比野柳三郎」がすべての財産を相続するという不穏な条項が記されており、その異母姉妹のうちの一人が件の一座の珊瑚なのだった。珊瑚はギリギリのところで難を逃れたものの、次々と異母姉妹たちが柳三郎に狙われたかのような事件が発生する。

 この作品は昭和13年、日中戦争の激化に伴って国家総動員法が施行された直後、大衆娯楽雑誌『富士』に発表されている。前に感想を書いた『夜光虫』(←前の記事へのリンクです)と同じ、由利・三津木コンビが探偵役をつとめるシリーズの一編だ。この作品もとても読みやすかった。和風情緒たっぷりのプロローグをはじめ、どことなく似た雰囲気の本作と『夜光虫』だが、サーカスのライオンや人面瘡や片輪の犯罪集団が出てこない分、本作は随分と落ち着いている。語り口は軽妙で、かなり酷い状態で遺棄された死体も出てくるけれど、それをじっくりじわじわ描写するような執拗さはない。また解説にもあるように、物語の中核となる「遺言状」は後に書かれる金田一耕助シリーズを髣髴とさせる。
 全体の印象としてはそんな感じなんだけど、この作品には非常にキュートなキャラが登場する。それは異母姉妹の一人、盲目の手品師「桑野千絵」の妹分で、千絵を「姐さん」と慕う少女「蔦代」だ。感情表現が豊かで、向こう気が強く、涙もろい(イメージとしては『新妹魔王の契約者』のマリアからサキュバス分を抜いた感じ)。後半はすっかりヒロイン状態で、少年探偵団の小林少年を凌駕する大活躍を見せる。大活躍すぎて、今回後手に回りがちな主人公の探偵コンビを尻目に、ほぼ事件を解決してしまっている。この䔍代のおかげで、作品全体の雰囲気が明るくなっているように思う。千絵とのコンビもいい。
 雑誌『富士』1938年6月増刊〜1938年7月号掲載。杉本一文による角川文庫のカバーイラストはシリーズ屈指のかっこよさ。


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横溝正史『夜光虫』

 横溝正史『夜光虫』角川書店 1975 角川文庫

 両国の川開き、花火見物に夥しい見物船が賑わうなか、妙にひっそりとした一艘の屋形船があった。船の葦簾のなかには乳母を従え、人形のように綺麗な少女が物憂げに座っている。少女の名は「琴絵」。17、8歳に見える。耳は聞こえるが話すことができない。花火を見上げる顔に驚嘆の表情が浮かぶときも、少女は嘆声ひとつ漏らさない。船頭たちも気を使って、必要以外のことは口を利かない。そんな陰気な船に突然飛び込んできたのは、まだ年若い少年だった。青白い花火の光を受けた姿が、ぞっとするほど美しい。少年の名は「白魚鱗次郎」。そのはだけた白い肩には、凄まじい形相をした肉塊、人面瘡が盛り上がっている。琴絵はその奇怪さに慄きながらも、彼を見た瞬間に恋に落ちた。人面瘡に呪われた美少年と、人形のように可憐な啞の少女とのボーイ・ミーツ・ガールである。

 この作品は戦前の東京を舞台に、少年の人面瘡の秘密を巡って暗躍する片輪者の集団と、それを追う白髪の探偵「由利麟太郎」、妖艶な女性歌手、サーカスの人食いライオン、ゴリラ男などなど、いかがわしいキャラが入り乱れる楽しいジュブナイルだ。人面瘡目当てに読むと少々肩透かしを食うが、妖しく美しい雰囲気満点の冒頭の川開きのシーンをはじめ、印象的な場面も多い。舞台は仮面舞踏会、サーカス、時計塔、座敷牢といった、江戸川乱歩の作品を彷彿とさせる品揃え。解説でも乱歩の影響について触れられているが、本作の舞台設定や小物やキャラクター造形は強力なフックであり、乱歩の作品の「人間の体内の匂い嗅いじゃった」的な濃厚な変態っぽさと比べると、もっと健全でスタイリッシュな感じがする。タイトルの「夜光虫」は不気味なキャラがうごめく深い闇のなかで、燐光を放つように美しい主人公、鱗次郎を指している。

 実はこの作品を初めて読んだのは結構最近のことで、ただ角川ホラー文庫から出てた高階良子によるコミカライズ『血まみれ観音』は読んでいたので、だいたいあんな感じの内容だろうとなーと思っていたのだが、主人公の性別などかなり異なるところがあった。『血まみれ観音』には少女マンガ的にちょっと、って感じの見るからに異形なキャラも出てこないし。
 あと劇中、ライトノベルなら可愛い挿絵がついて人気キャラになりそうな琴絵の髪型が「結綿の頭も重たげに」と表現されている。どんな髪型なのかさっぱり分からなかったので、ここはGoogleのお世話になった。「結綿(ゆいわた)」は時代劇でおなじみの「島田髷」の一種で、島田髷に鹿の子絞りの「懸綿(かけわた/帯状の飾り)」を掛け、飾り櫛などで飾った少女らしい髪型とのこと。……そんな感じで、あまり見かけない単語こそ頻出するが、とても戦前の作品とは思えないほど読みやすい作品だった。
 雑誌『日の出』1936年11月号〜1937年6月号掲載。


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横溝正史『生ける死仮面』

 

 横溝正史『生ける死仮面』(『首』角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11 所収)

 路上に漂う悪臭に気付いた巡査がとある家屋を覗いてみると、そこにはデスマスクを手に激しく嗚咽する男の姿があった。その傍らのベッドの上にはグズグスに崩れた腐乱死体。その場で逮捕された男の名は小川小六、彫刻家である。なにかにつけて評判の悪い男で、男色家らしい。腐乱死体は小川が連れ込んだ浮浪児だというが、死体の状態の悪さも手伝って身元は分からない。当初警察は痴情のもつれから小川が少年を殺害したものと考えたが、その死因は意外にも病死であった。すると小川は不慮の死を遂げた恋人を手放すことができず、その美しい顔をデスマスクに写し、崩れていく肉体をなおも愛撫し続けていたのだろうか。いささか猟奇的ではあるが、これは単なる死体損壊事件に過ぎないのかもしれない。そう警察が考えはじめたとき、デスマスクの人物と死体を同一人物だと判断するのは早計では、という金田一耕助の助言によって改めて綿密な捜査が開始される。

 主要な登場人物がみんな多かれ少なかれ嘘をついてるので、どうにも怪しい死体があるにも関わらず、情痴事件? 死体損壊事件? 財産目当ての殺人? それとも単なる自作自演? ……といった調子で、事件の概要がいつまで経ってもはっきりしない。容疑者もコロコロ変わる。今回金田一耕助はオブザーバー的な立ち位置に徹していて、捜査が行き詰まりそうになるごとに、それとなーく捜査方針を修正していく。その助言はいちいち明解で、等々力警部と一緒になって、はっとさせられることも度々だった。

 肝心?の猟奇的な描写は作品の最初の方に集中している。いつもながらリアリティと幻想味が絶妙にミックスされた素晴らしい雰囲気だった。特徴的なのは執拗に繰り返される「臭気」の描写で、前に感想を書いた『睡れる花嫁』(←前の記事へのリンクです)でも感じたことだけど、著者には死臭になにか執着でもあるのだろうか。それでちょっと思い出したのだが、以前高速道路で黄色い車に乗って作業してる人から、死体の臭いについて聞いたことがある。彼らはともすれば警察や消防の緊急車輌よりも速く事故現場に駆けつけて、ときに事故発生直後の凄惨な状況を目の当たりにする。彼が言うには、雨の夜の極めて視界が悪いなかでも、車から降りた途端に状況が「分かってしまう」ヤバい事故があるらしい。派手に損壊した人体は、とにかく臭うのだそうだ。もちろん事故直後だから腐臭というわけではない。血の臭いでもないという。それは大量の脂肪が発する甘ったるい臭いに、微妙に酸味が混ざったような独特な臭気らしい。……実は彼は事故や遺体の状況をこと細かく話してくれたのだが、彼が相当に盛っていたとしてもベースは実際にあった事故の話だと思うし、グロ注意なので割愛します。あと高速道路上の事故はプロの目から見てもなんでこんなとこで?? ってところで発生することも多いらしいので、高速で運転される人はまじで要注意です。……とにかく聞いたあと、しばらくイメージがチラついて離れないキツい話だった。著者にも何らかのかたちで、死臭に強いインパクトを受けた経験があったのかも知れない。

 ……話が逸れてしまったが、作品の文章は会話主体で読みやすく、とても分かりやすいので、猟奇的なパートと時代がかった表現をクリアできれば、中学生くらいなら充分楽しめると思う。それにしても推理小説と男色ネタって親和性が高いのか、そんなに数は読んでないはずなのにしばしば見かける。偏ったところばかり摘んでるのだろうか。わりと近似したジャンルの怪奇小説ではそうでもないのも不思議。



『首』(旧題『花園の悪魔』)
 角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11
 著者:横溝正史

 収録作品
 「生ける死仮面
 「花園の悪魔
 「蝋美人」
 「首」

 ISBN-13:978-4-0413-0443-3
 ISBN-10:4-0413-0443-1


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横溝正史『睡れる花嫁』

 

 横溝正史『睡れる花嫁』(『人面瘡』角川書店 1996 角川文庫 金田一耕助ファイル6 所収)

 タイトルからはエログロっとした「変格探偵小説」ぽい内容を連想してしまうけれど、実際には事件に関わる人物や捜査陣を中心に描いた、ちゃんとした(?)ミステリー小説だった。
 かつて死亡した妻を手元に置いて弄んでいた男の「アトリエ」と呼ばれる屋敷から、文金高島田を結った若い女の死体が発見される。犯人は出所した「アトリエ」の男らしいが、その行方は杳として知れない。金田一や等々力警部が捜査に奔走するなか、第二、第三の犯行が行われる……。って感じの話。

 個人的には三体目の死体が発見されるまで、犯人の見当が全然つかなかった。ぼーっと読んでたせいかもしれないけど、金田一がタネ明かしをしてるときも、そんな伏線あったっけ?? って感じだった。
 ただエログロを期待して読んでいると、ぼーっとしてても最初の花嫁が発見されるくだりで、あーこりゃ犯人変態じゃないなと気付いてしまうかもしれない。これはドラマの配役を見て犯人が分かってしまった的な話なんだけど、前に感想を書いた『人面瘡』(←前の記事へのリンクです)に見られるような上質なフェチ描写からして、もしも犯人が変質者だったら、花嫁にはもっと手が加えられて、タイトルから連想されるようなねっとりとした描写がなされていたに違いないと思う。本作ではむしろ死体の発見にいたるまでの腐臭や、蠅の群れの描写の方に力点が置かれている。

 そんなわけでタイトルに釣られて読むと、少々肩透かしを喰らうかもしれない。再度読み直してみても、細かい疑問が解消されなかったりもする。それでも作品全体としては登場人物は個性的だし、少ないページ数にもかかわらずよく整えられているという印象を受けた。意外な犯人や薄暗い屋敷のなかに寝かされた花嫁のビジュアルは、ドラマなどの映像作品に向いてるように思う。


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