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木々高太郎『眠り人形』

 

 木々高太郎『眠り人形』(『日本探偵小説全集〈7〉木々高太郎集』東京創元社 1985 創元推理文庫 所収)

 天才学者が特殊な薬品を用いて妻を長期間眠らせ、研究だ何だといいながら、自分の歪んだ性欲を満たそうとする。今ならエロマンガにでもありそうなそんなネタを、大脳生理学者で直木賞作家の著者が、専門的な語彙を駆使して描ききった怪作。1935年、戦前の雑誌『新青年』に発表されている。

『眠り人形』というタイトルからは、耽美でデカダンな雰囲気が感じられるけれど、そんなタイトルから受ける印象とは正反対の、浮世離れしない生臭さが本作の特徴だ。
 主人公の医学博士、西沢先生は、自らの妻を人形のように眠らせておいて、体中をいじくりまわしたり、舐めたり、おしっこを顔に浴びたり、セックスしたりするど変態である。その行動だけをとってみると、ピュグマリオニズムや、ネクロフィリアの人って感じなんだけど、「眠り人形」がまったく偶像化されないということもあって、読み進めるうちに、それらとはかなりベクトルの異なる変態なんじゃないかと思うようになった。

松子、もうお前は永久に、全く、わたしのものになってしまったのだ。これからは、わたしが自分の身を看護するように、お前を看護してやらなくては、お前の生命は続けることが出来ないだろう(p.62)


眠り人形は最早、その生命から自由さに到る迄、わたしの肉体の一部分と何等撰ぶところはなかった(p.65)


わたしは自分の顔は汚れたまま、髪もおどろに振り乱しているくせに、松子の化粧をしてやるときは、まるで自分の顔を鏡を見ながら化粧するような感興を持った。/ 松子はついにわたしの肉体の一部と同じになった(p.66)


 西沢先生の手記には、こんな感じ↑の気味の悪い独白が繰り返し何度も記されている。どうやら彼にとっての「眠り人形」は、自分そのものらしいのだ。自分で自分を舐めたり愛撫したりしているわけだから、なんというか、ナルシストにもほどがある。病的すぎる。でもそんな風に捉えると、妻や被害者の感情に対する無頓着ぶりが腑に落ちる。
 発表のあてもない研究の成果や、自分がどうしたこうした、どう感じた、などと自らを語るとき、彼の筆は俄然熱を帯びる。「眠り人形」が偶像化されずにナマのままで放置されて、すっかり存在感を喪失しているのとは雲泥の差がある。

 そんなやたら濃い主人公キャラのおかげで、本作は「眠り人形」という題材を扱いながらも、耽美に流れることなく、ど変態だけどまっとうな犯罪小説として完成している。それが著者の狙いだったのかどうかは分からない。著者は著名な言論の人だったらしいから、どこかで本作品について語っているかもしれないけど、残念ながら知らない。
 ただこの作品が描く殺伐とした自己中心的な倒錯は相当にモダンで、発表された時期を知ってちょっと驚いてしまった。当時は伏せ字だらけの掲載だったらしい。今でもというより、今だからこそ、より受け入れられる作品だと思う。


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