「小説・富士見ロマン文庫 」カテゴリ記事一覧


作者不詳『禁断の果実』

 

 作者不詳, 足利光彦訳『禁断の果実』("Forbidden Fruit")
 作者不詳, 足利光彦訳『続・禁断の果実』("More Forbidden Fruit" 富士見書房 1981 富士見ロマン文庫 -50- 1-10 所収)

 物心ついたときから女性に並々ならぬ関心を持っていたパーシーは、美しい叔母のガーティとさんざんエッチな遊びに耽ったあげく、12歳のある夜ついに大人の仲間入りをする。そのあと子守り娘のメアリにも手を付け、彼女から彼の母親のセリーナとその妹のガーティ、そして姉妹の兄のただならぬ関係を耳にする。三人はメアリが盗み見ていることも知らずに、寝室に閉じこもり獣のように激しく交わっていたという。メアリが言うには、パーシーの母親はいずれ彼をものにしようとしているらしい。パーシーもまた美しい母親と交わりたいという思いを日に日に募らせていく。

 お気楽極楽ヴィクトリアンポルノ。馥郁たるピンクのオーラ漂うファンタジックな作品だ。登場人物たちは何の迷いもなく、欲望の赴くままに交わり重ねていく。近親相姦のハードルは「それはそれはいけないことだってわかっているけど、いけないことだと思えば思うほど、なおのことすばらしいのよ」(p.72-73)という具合に驚くほど低い。鬱展開や説教臭い話も皆無なので、ストレス無くすらすら読める。ただこの作品は「太陽の下であっけらかんと尻を叩かれて嬌声をあげるような」天真爛漫なヴィクトリアンポルノとは多少雰囲気が違っている。閉ざされたお屋敷のなかだけですべてが完結するため、どうにも換気が悪いというか、淫靡な空気が払われることなく終始立ち籠めている。まさにテーマにぴったりな雰囲気。このあたりが近親相姦ものの古典にして代表作と言われる由縁だろうか。登場人物は回想シーンも含めて、主人公のパーシー、母親のセリーナ、叔母のガーティ、叔父のホーレス、子守り娘のメアリ、メアリの父親、小間使いのパティの七人。

 さらに本書には『禁断の果実』の「正編」に続いて「続編」が収録されている。もともとは別々に出版されていたものらしい。続編のパーシーは14歳になって、性的な興味の対象をお屋敷の外へと広げている。といっても相手は自分ちの農園で働く農婦やその娘たちだったりするので、ドメスティックな雰囲気はほとんど損なわれない。登場人物は上記に加えて、農婦のフィービ、その三人の娘たち、フィービの妹のキティ、小間使いのパティの兄ジョージなど。相変わらずやりたいときに、やりたい相手とやるだけで、ストーリーは無きに等しいが、子供らしい万能感で暴走するお坊ちゃんが、何をしでかしても易々と受け入れられていくさまには変な爽快感がある。続編ではプレイ内容にも幅が出て、正編ではあくまでも前戯の一つという扱いだったスパンキングがメインの扱い。正編が近親相姦小説なら、続編はお仕置き打擲小説って感じ。もちろんグロかったり残酷に感じるような描写はない。やってることのわりにソフトな印象を受けるのは、柔らかい文章のせいだろうか。あと避妊のための事後の洗滌がとくに正編のなかで繰り返し描かれていて、これ当時の人のフェチなのかなと思った。

 カバーのイラストは今年の三月に亡くなった金子國義。


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作者不詳『ジャックと七人の艶婦たち』

 作者不詳, 中村康治訳『ジャックと七人の艶婦たち』("A Man with a Maid")富士見書房 1982 富士見ロマン文庫 -59- 1-15

 著者が同じかどうかはさて置き、『閉ざされた部屋』『快楽の生贄たち』『背徳の仮面』と続いてきた「A Man with a Maid」(原題は全部一緒)シリーズの最終巻。これまでのヒロインが再登場するほか、『快楽の生贄たち』でさんざんな目にあったモリーの従姉妹の「ジュリア」や、男装の少女「ウイルヘルミナ」といった魅力的な新キャラが登場して最終巻に花を添える。とくにウイルヘルミナは、ドMオーラを漲らせたシリーズ屈指の好キャラだ。

 内容は主にエロ方面の思惑を胸に秘めた女性たちが、アリスとの結婚をひかえたジャックの「閉ざされた部屋」を次々に訪れ、狂態を演じるというもの。物語の中盤でアリスとジャックが結婚したあとも状況に大きな変化はなかったが、新婦のアリスがにわかに独占欲を発揮して、少々めんどくさいキャラになっている。さすがにからみも食傷気味であまり新鮮味が感じられない。その代わりにアリスに次ぐくらいの扱いで、上記のウイルヘルミナが登場する。

 ウイルヘルミナは以前感想を書いた、これまた作者不詳の『わが愛しの妖精フランク』(←前の記事へのリンクです)のヒロイン「フランク」をほんの少し成長させたようなキャラで、その出自もそっくり。孤児院での「お仕置き」がトラウマになってるという点も共通している。「あとがき」には「ひとつの名作ポルノが現われると、同工異曲の作品が出版されるばあいが多い」とあって、フランクとウイルヘルミナもそういう関係にあるのかもしれない。時代的にぽっちゃりしたキャラが中心の作品にあって、貴重なスレンダー(ペタンコ)なキャラだ。作品の構成上、出番が限られてしまっているのが実にもったいない。

 プレイ内容はこれまで通りの拘束してからのくすぐり&打擲。人数が多いからそれぞれのエピソードはかなり短い。ダイジェストって感じになってないのは良かったが、同様に複数のキャラが登場した『快楽の生贄たち』と比べると、とくに後半やや物足りなく感じる。あと細かいところだと、陰毛や脇毛、「脇のあたりから、なんともいえぬ、微かに鋭い芳香が発しているのを嗅ぎとった」(p.30)って感じの体臭の描写が、前巻に続いて目についた。くすぐりとスパンキングはやや後者の方が多め。
 そんなわけでジャックの「楽園計画」が見事に成就したところで終わり。個人的には最後までアリスのことがあまり好きになれなかったのは残念だけど、「くすぐりいいね!」って人にはやはりおすすめの一冊。

 カバーのイラストは金子國義。赤の地に文字が白く抜かれたかっこいいデザイン。


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作者不詳『背徳の仮面』

 

 作者不詳, 行方未知訳『背徳の仮面』("A Man with a Maid")富士見書房 1981 富士見ロマン文庫 -53- 1-11

『閉ざされた部屋』シリーズ3作目。今回の犠牲者はアリスの姉のマリオン。ジャックとは今回が初対面のはずなのに、すっかり敵役になってしまってる気の毒なキャラだ。とはいえやたらに高慢で気が強いキャラなので、そう気の毒でもないような気もする。これまで登場したヒロインたちが、たまたまみんな海外に行ってしまったことから、白羽の矢が立ってしまったのだった。

 マリオンはアリスよりも2歳年上の27歳で、丸っこかったアリスに比べるとすらっとしていて背も高い。黒い髪とオリーヴがかった美しい肌の持ち主。3年間の結婚生活に失敗して、今ではアリスとジャックの関係に水を差すようなことばかりしている。元夫との悲惨な夫婦関係が彼女の性格を歪めてしまっているらしい。かなり好ましいキャラだ。

 そんなマリオンがいつもの「閉ざされた部屋」の生贄になるわけだけど、最後の方で彼女の小間使いケイが登場するまで一冊ほとんどマリオンの陵辱に費やされていて、そういった意味ではアリス一人に専心していた第一作の『閉ざされた部屋』の印象に近い。ただ決定的に異なっているのはジャックに対するマリオンの心証で、これがもうとことん悪い。最悪どころか憎悪の対象になってしまっている。そんなわけで、マリオンの「馴致」は一筋縄ではいかず、裸にするまでに全17章のうち5章もかかっている。

 裸にしてしまってからは、拘束しての打擲とくすぐりといういつもながらのコース。ただしマリオンの心がなかなか折れないために、陵辱感はこれまで以上に強い。また大勢の生贄が登場した前作『快楽の生贄たち』と比べると、マリオン一人に絞り込んだ分本作の描写は濃厚で、たとえばこれまであまり触れられてこなかった体臭などに関して、くり返し言及されていてフェチ度高め。

 カバーのイラストは金子國義。


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作者不詳『快楽の生贄たち』

 作者不詳, 行方未知訳『快楽の生贄たち』("A Man with a Maid")富士見書房 1979 富士見ロマン文庫 -36- 1-6

 前に感想を書いた作者不詳のヴィクトリアン官能小説『閉ざされた部屋』(←前の記事へのリンクです)の続編。本作はシリーズ4部作のうちの2作目にあたる。前作と同様に作者不詳ってことになってるけど、『閉ざされた部屋』には「悲劇」、本作には「喜劇」という「銘」が付けられ、対になって刊行されたというから、少なくともこの2作は同じ著者によるもののようだ。

 前作から四ヶ月が経っている。アリスは性的に開花したばかりか、もともとあった同性愛的な傾向にブーストがかかったらしく、主人公(一応)のジャック以上の積極性で新たな生贄を物色している。今回の犠牲者は四人。小間使いのファニー、アリスの大親友で22才の未亡人コニー、ジャックと娘をくっ付けようとする四十がらみの未亡人ベティ夫人とその愛娘モリー18才。
 大まかにファニー編、コニー編、ベティ夫人+モリー編って感じで、それぞれにちょうど1/3ずつが充てられている。まるまる一冊アリスに費やした前作と比べると、人数が増えた分ストーリが多少複雑に……なってない。というかストーリーは無い。件の監禁部屋に次々に犠牲者を「誘い込み→陵辱する」の繰り返しだ。ほぼ全編が陵辱シーンに費やされているのも、エロいけどエグくならない明るい雰囲気も前作と同じ。

 それでも登場人物が増えたことによって、カップリングが多彩になったのは前巻との大きな違いだ。より読者を退屈させない構成になっていると思う。各場面ごとの主な組み合わせをあげてみると「ジャック×アリス」「(ジャック+アリス)×ファニー」「アリス×ファニー」「ジャック×ファニー」「(ジャック+アリス+ファニー)×コニー」「(ジャック+アリス+ファニー+コニー)×(ベティ夫人+モリー)」……という自由すぎる状況。アリスがもの凄くがんばってるのがよく分かる。なんかめちゃくちゃなことになってるんだけど、相変わらず事後に不都合は一切生じない。
 それから「拘束してのくすぐり」がメインだった前作に比べて、プレイ内容にも当然バリエーションが増えている。女性同士のからみをはじめ、女性同士、母娘を向かい合わせて互いに視姦させ合う羞恥プレイなど。多人数を非常に上手く使っているが、「くすぐり」は相対的に減っているので「くすぐりいいね!」って人にはちょっと物足りないかもしれない。

 前作との違いといえば、なんか嫌な感じの女性だったアリスが、有り難いことに本作ではちょびっと可愛くなってるところ。なかでもこの↓台詞が印象的だった。舌足らずに甘える感じの訳文が素晴らしい。

ねえ、ジャック、おねがいがあるの。わたしね、自分の小さな部屋で、いつも見慣れたものに囲まれ、わたし自身のベッドで抱かれてみたいの。今夜寄ってくださらない」(p.171)



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作者不詳『閉ざされた部屋』

 作者不詳, 行方未知訳『閉ざされた部屋』("A Man with a Maid")富士見書房 1978 富士見ロマン文庫 -14- 1-3

 作者不詳のヴィクトリアン官能小説。解説には「秘密文学の傑作」とある。書きたいことだけ書いた、なんか文句ある? と言わんばかりの素晴らしい構成で、突っ込みどころ満載の作品。カバーのイラストは金子國義、挿絵は片山健。

 アリスという女性に手ひどく捨てられた主人公ジャックが復讐を企てる。その方法はロンドン市内に監禁のための部屋を用意し、そこに彼女を呼び寄せるというシンプルなものだった。彼が用意した部屋は元々私的な精神病棟として建てられたもので、完全防音のうえ、患者を拘束するための金具や滑車が備え付けられていた。

 全部で10章のうちの最初の章は、監禁部屋の準備と仕掛けの説明に費やされている。そして残りの9章は、ひたすら監禁したアリスに対する拷問、陵辱に終始するという、怖ろしくも欲望に忠実な展開をみせる。なにかにつけて理屈を捏ねる主人公は、冷酷、執拗で、自らの行いにこれっぽっちの罪悪感も抱いていない。

 ……と、こんなふうに書くと陰惨で残酷なエロ小説っぽいが、拷問といっても流血するような残酷描写はないし(スカトロっぽい描写もない)、とんでもない状況なのに「死んじゃうかも」とか「殺されるかも」なんて危機感が皆無なので、作品全体のトーンはやけに明るい。すべて主人公の思い通りに易々とコトが運ぶから、きっとめちゃくちゃなことをやっても大丈夫なんだろうなぁ、などと思っていたら本当に大丈夫なのだ。ご都合ってレベルじゃない。

 アリスは25歳になる高慢なきつい女で、かなりいいところのお嬢さまらしい。男性経験はない。そんな彼女に施される拷問はというと……、主に指と鳥の羽根を用いた「くすぐり」。本作は珍しい(多分)「くすぐり」をメインにした作品なのだ。
 後半、予想通りアリスがデレてきたりはするんだけど、↓こんな感じの描写が9章続く。9ページじゃなくて9章。

まず羽根の先端をアリスの谷間の下方に当てがった。そして珊瑚色をした繊細なあたりを、とりわけ静かにやさしく上から下へ、下から上へ愛撫し始めた。アリスの顔は胸元へうなだれていた。〔中略〕だが、恥部に羽根が触れるや否や、その頭は苦悶の余りか後ろに抛げやられ、声を限りに悲鳴をたてながら、あられもなく全身をよじり、引きつらせたのだった(p.89)


 ずーっとこんな感じなので、途中でうっかり本を閉じてしまったりすると、どこまで読んだか分からなくなってしまう。「くすぐる→休憩→くすぐる→休憩→くすぐる……」のエンドレスだ。ひとつひとつの描写はかなりエロい。エロいけど、エグくはない。ギリギリのところで下品にならないところも本作の特徴の一つだが、これは作品全体の明るい雰囲気とともに、エロ小説としてはマイナスなのかもしれない。

 本作はよっぽど評判が良かったらしく、次々に続編が書かれて最終的には四部作になっている。作者不詳ってことでシリーズのすべてが同じ著者の筆によるものとも限らないが、シンプルな面白さという点では本作が一番だ。個人的にはアリスのキャラに今一つ魅力を感じられないのが残念だった。でも「くすぐりいいね!」って人にはすごくおすすめ。


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作者不詳『わが愛しの妖精フランク』

 作者不詳, 中村康治訳『わが愛しの妖精フランク』(“FRANK AND I”) 富士見書房 1980 富士見ロマン文庫 -37- 1-7

 1902年に出版された、明るく楽しい打擲小説。原書は英語だけど、パリで発行されている。以前感想を書いたジャン・ド・ベルグの『イマージュ』の鬱屈したエロさと比べると、それよりも50年ほど前に書かれた本書は、まさに古き良きって感じ。鬱屈した雰囲気はみじんもない。でもそうすると肝心のエロの方が……って気もするが、こってりとした淫靡なエロというより、ちょっとエロい萌えシチュエーションの数々が、これでもかってくらいに詰め込まれている。例えばカバー裏や帯に引用されている、本作屈指の名シーンはこんな感じ↓

フランクは両足をばたつかせ、臀部を激痛でのたうたせ、一瞬、わたしの鞭をよけるように体を横向きにした。彼の裸身の前の部分がわたしの目に入った。/そこにあるものを目にして、わたしは面くらい、驚愕した。鞭を振りおろそうと高く上げた腕が脇に落ち、細枝の鞭が手からぽろりと落ちた。/一瞬、わたしが目にしたものは、ちょうど金色のうぶ毛のようにほんのりと萌え出ている丘の陰に、ピンク色した細い柔らかな線状になった女性の部分だったのだ。/フランクは女の子だった!(p.14)


 ものすごく可愛いのに、わけあって男の子のふりをしているフランクことフランシスは、この時自称14歳。主人公のチャーリーは、まだ本当の性別がバレてないと思ってるフランクに「お仕置き」をするたび、知らん顔をしてその性器を視姦する。シンプルながら非常に優れたシチュエーションだ。ただフランクがどんどん成長してしまって、意外に早い段階でこの状況が終わってしまうのが惜しい。

 ストーリーはメイドや愛人、家庭教師のマーティン先生などが次々に登場して、主人公とフランクを中心に乱れまくってるんだけど、誰一人としてそれを後ろめたく思ったりしないのがおもしろい。太陽の下であっけらかんと尻を叩かれて嬌声をあげるような、素朴な屈託のなさである。男装を止めてしまった後のフランクのキャラが、弱く感じられてしまうのが少々もの足りないけれど、キャラクターの内面に突っ込んでいかない分、必要以上の拘泥がなく実に読みやすい。まさに気楽なハーレムものって感じ。

 カバーのイラストは金子國義。


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ジャン・ド・ベルグ『イマージュ』

 ジャン・ド・ベルグ(Jean de Berg)著, 行方未知訳『イマージュ』(“L'Image”)富士見書房 1985 富士見ロマン文庫 -107- 61-1

 金子國義の装丁で有名な富士見ロマン文庫だけど、本書のカバーは佐藤和宏という人によるもの。すみれ色のマーブル模様に裸婦と薔薇を配した、本編の内容にぴったりなものになっている。挿絵も同人の作で、ハンス・ベルメールの銅版画の雰囲気。
 この作品の原書は1956年にフランスで発行されている。で、すぐに発禁になったらしい。著者のジャン・ド・ベルグは、カトリーヌ・ロブ=グリエ(Catherine Robbe-Grillet)って女優のペンネームなんだとか。ロマン文庫の一連の本をはじめて読んだのは、あまり大きな声ではいえない年頃だったんだけど、当時の自分に「これ書いたの女の人で、しかも女優さんだってさ」と教えてやりたい。もしそれを知ってたら、心のランキングにも何らかの変動があったろうと思う。(不動の一位はセレナ・ウォーフィールドの『少女ヴィクトリア』)

 登場人物は主人公のジャン・ド・ベルグ、その女友達のクレール、二人にもてあそばれる少女アンヌ。あるときは二人、あるときは三人で、薔薇園やランジェリーショップ、カフェなどを舞台に、露出プレイをしてまわる。このパーティを主導しているのはクレール、辱めを受けるのはもちろん、常に可愛らしいアンヌだ。屋外での放尿を強要されたり、鞭の傷跡の生々しい尻を店員に晒されたりする。鞭や掌による打擲もまた、彼らの主要なプレイである。
 面白いのは一連のプレイを通して、主人公がアンヌではなく、クレールの情動を常に追っているところ。そのため虐待されるアンヌの描写が表面上の愛らしさに止まるのに比べて、クレールはその振舞いから汲みとれる微細な感情の起伏が、フランス文学っぽく事細かに描写され、奇妙だけど奥行きのある人物となっている。

 かなり早い段階からばれちゃってるような気もするが、クレールはどMである。近寄り難いほどに美しく、つとめて女王さま然と振舞いながらも、随所で欲求を押さえきれてないところがすごくいい。激しく焦れてる様子が、文章からひしひしと伝わってくる。クレールはどんな思いでアンヌを虐待し、ジャンに差し出したのだろうか。単にntr的な状況を作り出して興奮を得ていたのかもしれないし、自らをいたいけなアンヌに投影していたのかもしれない。多分、その両方だろう。
 この三人の構成は、SMレズビアンのカップルに男が一人混じっているという形ではない。表面的にはジャンとクレールが二人して、M役のアンヌを虐待しているように見えるが、実のところ、アンヌを挟んで二人が激しく求めあい、クレールは間接的にジャンの辱めを受けたり、また焦らされたりして歓喜に打ち震えている。 

 この作品のキーアイテムである薔薇の描写は、「中心へとたどるに従って濃さを増してゆく柔らかな肉色をしており、その中心部には、半ば左右に開きそめた花弁が陰影をはらんだひとつの深い井戸のような穴を形作っていた。穴の内部はさらに生身に似た薔薇色を呈していた」(p.37)って感じで、ここだけ抜き出すと誤解を招きそうな生々しさだが、この薔薇を執拗に愛撫するシーンもあったりする。
 クレールが自らを少女に投影していたとして、薔薇の花を少女の性器になぞらえ、それを愛撫してみせるというのは、上級者すぎるプレイでなかなか理解し難い。しかしタイトルから推測されるように、この重なりあい連鎖するイメージ、自らを万華鏡のなかのひとつのオブジェとするような陶酔、恍惚感は本作の主要なテーマであり、当然のように直接的な性交の描写はぎりぎりまで削ぎ落とされている。

 この作品は1975年に『イメージ』 (“The Image”)というタイトルで映画化もされている。
 著者は夫によってがっつり調教されていたらしいが、真偽は不明。しかしこれも初読のころの自分に教えてやりたい情報ではある。


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