「歴史・地理・民俗 」カテゴリ記事一覧


鈴木亨『古墳探訪 空から見た古墳』

 

 鈴木亨『古墳探訪 空から見た古墳』中央公論社 1998 中公文庫 す17-3

「私は学者ではない」という著者がカメラマンと一緒にセスナに乗り込み、全国各地の古墳を上空から見てまわり、歴史エッセイとしてまとめあげた超労作。TV番組『空から日本を見てみよう』に十数年先行する「空から古墳を見てみよう」である。
 取り上げられているのは、河内、大和、中国、九州、関東の古墳群で、各記事には航空写真と簡単な地図が附載されている。主なものをあげると、河内の「古市誉田古墳群」「百舌鳥耳原古墳群」、大和の「佐紀盾列古墳群」「大和・柳本古墳群」、中国の「五色塚古墳」「造山古墳」、九州の「乗場古墳」「岩戸山古墳」、関東の「埼玉古墳群」「太田天神山古墳」などなどなど。

 自分はわりと古墳見学に行ってる方なんだけど、できれば事前に被葬者や特徴、その古墳にまつわるエピソードなどにざっと目を通してから出かけるようにしてる。よっぽど特徴的な古墳だったり、石室をぼっちり見学できたりしない限り、人は誘えない。単にこんもりとした森を遠目にぼんやり眺めてる人になってしまうからだ。まぁ森を眺めてまったりってのも悪くはないんだけど、やっぱ前方後円墳は教科書に載ってたカットで上から見たい、できれば他の古墳も……。常日頃、そんな不満を抱いてる古墳ファンに、本書はもってこいだと思う。「仁徳天皇陵古墳」や「箸墓古墳」などの、空撮されることの多いメジャーどころ以外の古墳もしっかり載ってるのが嬉しい。なかには見学に行ったことのある古墳もいくつかあって、上から見たらこんな風に見えるのかと感慨深かった。

 それにしても前方後円墳。なぜあんな形状になったのだろうか。古墳にまつわる謎は数多いが、やっぱ一番気になるのはあの独特の形状である。後円のところが墳墓で、前方が祭壇の変形ではないかというのが今のところ有力な説で、なるほどそうかもって気もするが、後期の古墳には前方部に埋葬されている例もありいまひとつスッキリしない。元々の目的が失われ、形状だけが残ったってことだろうか。おなじみヒストリーチャンネルの『古代の宇宙人』では、しっかり宇宙人と関連づけられていた。またか! と思う反面、あれほど美しく整った形状を見せられれば、天空からの視線を想像してしまうのも無理からぬことだと思う。著者もそんな感じの感想をさらっと記している。
 本書の残念なところは「文庫サイズ」ってことの一点。電車で読むにはもってこいだけど、写真がキモの本だけにもっと判型が大きければどんなによかったかと思う。ぼちぼち情報が古くなってきているかもしれないが、それぞれの古墳についての丁寧な記述は読み応えがあるし、考察もニュートラルでよかった。視点を変えることは大切で、なにより楽しい。おすすめ。



『古墳探訪 空から見た古墳』
 中央公論社 1998 中公文庫 す17-3
 著者:鈴木亨

 ISBN-13:978-4-1220-3269-2
 ISBN-10:4-1220-3169-9


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天神神社(伊久良河宮跡)について

倭姫宮について」(←前の記事へのリンクです)の記事に「次の目的地は岐阜県瑞穂市居倉の「伊久良河宮跡」(天神神社)。楽しみ」なんて書いてからはや半年以上、リフレッシュ休暇を利用して、ようやくお参りすることができた。

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「伊勢湾岸自動車道」を適当に降りてから、「木曽川」「長良川」「揖斐川」の堤防をひたすら目的地に向かって北上したのだが、これまで電車からチラ見したことしかなかった木曽三川を、今回はあちこちで停まって眺めることができた。水量が豊富で川幅も河川敷(高水敷)も広い。堂々とした力強い川だ。さすが濃尾平野形成のエンジン。当日は絶好の行楽日和で、すごい数のバイクに追い抜かされた。やっぱこの季節バイクは最強。めっちゃ気持ちよさそうだった。

 堤防を走りながらふと気付いたのだが、川の反対の集落の側には、何百メートルかごとに堤防に沿うようにして小さな神社が並んでいる。集落ごとに築かれているように見える。さっき手元の資料を見てみたら、河川のすぐ近くには社が鎮座していることが多く、これは全国的な傾向だと思う。木曽三川沿いの神社の多くに関しては、頻繁に発生した水害にまつわるものだろうけど、古代大和朝廷の勢力の拡大が河川と密接に関連していたと考えると、その名残りのように感じられて楽しい。

 というわけで、今回の目的地は岐阜県瑞穂市居倉にある元伊勢の一つ「天神神社(伊久良河宮跡)」と、岐阜県岐阜市の昆虫専門の博物館「名和昆虫博物館」。まずは散々迷ってたどり着いた「天神神社(伊久良河宮跡)」について。続きは↓の「続きを読む」から。


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志村有弘『戦前のこわい話』

 

 志村有弘編『戦前のこわい話 近代怪奇実話集』河出書房新社 2009 河出文庫

 明治以降の実話本の中から7編を収録。各作品の属性はだいたい↓こんな感じで、

「春吉と死霊」民話 (幽霊譚)
「死馬の呪い」民話 (馬娘婚姻譚)
「猫の祟り」民話 (怪談)
「闇の人形師」猟奇事件
「猟奇魔」猟奇事件
「淫獣」猟奇事件
「生肝殺人事件」猟奇事件

 猟奇事件の方が多く、怪談集というより猟奇事件簿といった趣。怖い話と言っても色々だ。より面白いと感じたのは猟奇事件の方で、いっそ全部猟奇事件でもよかった。これら猟奇事件を扱った作品には、幽霊や妖怪は出てこない。エログロな殺人事件についてのルポルタージュである。「闇の人形師」は女性を殺害、乳房を切り取って人形にはめ込んだり、腐敗の進行する死体を屍姦する人形師の話。「生肝殺人事件」では乳首をくわえた幼児の生首や、半ば解体された女性など凄惨な死体が登場する。犯人が変態じゃなくて、実利を追ってたのが面白かった。どっちも『新青年』に載ってそうな作品だ。
 猟奇事件の4編は、実話の体で書かれた完全なフィクションかと思いきや、そうでもなくて、確認できたのは今の所「生肝殺人事件」だけだけど、これは明治38年に実際に発生した事件を元に書かれているようだ。他の3編についても、そのままとは言わないまでも、下敷きになった事件があったのかもしれない。

 民話調の「春吉と死霊」は供養されずに一族に祟っている先祖の霊が、自分の骨を探して供養するよう子孫(主人公)に訴える話。その祟りが結構酷くて、一族に嫁入りした女性が27歳になると確実に死ぬというもの。もしも供養してくれるなら祟るのを止めて、主人公に嫁(可愛いけど死霊)を取らせるという。巻末の解説には「一種、中国の『聊斎志異』の世界を連想させる」とあり、確かに生者と死者の垣根の低い独特の雰囲気がある。また「27歳で死ぬ」ことについては、劇中では自分が27歳で人柱にされたからと説明されるが、27という数字には宗教的な意味が込められてるかもしれない。江戸時代前期の絵草子『片仮名本・因果物語』には、息子に自分の二十七回忌の法要を頼む父親の霊が登場する。俗信で法要は三十三回忌を「弔い上げ」として死者がカミサマ、もしくはご先祖様の仲間入りをする区切りとしており、その一つ前の年忌が二十七回忌である。

 同じく民話調の「死馬の呪い」では、娘に恋をした馬が彼女の結婚を知って発狂、ついにはその娘を食い殺してしまう。毎日厩の前で行水する娘の肢体を見ているうちに恋に落ちたらしい。娘が行水に使った盥の水を、嬉しそうに喉を鳴らして飲んだ、なんて香ばしいくだりもある。婚姻のところは書かれてないけど、馬娘婚姻譚っぽい話である。古来、人と生活を共にしてきた馬にはこの手の話が割とあって、カイコの由来として知られる『遠野物語』の「オシラサマ」はその典型的な例だ。またそのルーツと思しき話が中国の東晋の頃(317-420年)に編纂された『捜神記』にある。随分と古い。どういうルートで東北まで伝わったのかは定かではないが、養蚕の技術と共に輸入されてきたと考えるのが自然だろう(記紀には既にカイコに関する記述がある)。
 馬は人との恋愛や婚姻において、変化することなく馬の姿のままで関係を結ぶ。それがヘビやキツネとは大いに異なる点だ。専ら牡馬╳娘のパターンばかりが目に付くが、もちろん例外はあって『耳嚢』には牝馬╳男の話が収録されている。『耳嚢』にしては珍しく長めの話なので、ざっとあらすじだけ↓「死馬の呪い」には「大体、馬というものは非常に好色な動物で」(p.39)とあり、さらに加えて嫉妬深い動物らしい。

 百姓が知り合った男は、膝まで届くほどの巨根の持ち主だった。話を聞いてみると、イチモツのあまりのでかさ故に、三十過ぎても嫁の来手がなく、この歳になるのに女を知らない。それでムラムラすると牝馬を犯して憂さを晴らしているという。百姓は帰ってこの事を妻に話したが、彼女はまるで信じようとしない。どのくらいの大きさかと聞くので、床の間の花筒くらいだったと言ってやると、「そんなわけないじゃないですか」と笑うばかりである。
 それから二日ほど過ぎた頃、妻の姿がどこにも見えなくなった。丁稚に変わった事がなかったかと聞くと「そういえば昨日、思い詰めた様子で、床の間の花筒を膝に当てたりしてましたが……」と言う。さてはと、再びあの家を訪れてみると、そこには悲嘆に暮れた巨根の男の姿があった。
 彼によれば、とうとう自分のイチモツを喜んで受け入れてくれる女に巡り合えたのだが、厩で飼葉をやろうとしたところ、あの牝馬に食い殺されてしまったのだという。まさか馬にも嫉妬心があろうとは……。そう話して男は泣き崩れた。(根岸鎮衛『耳嚢 巻之一』「大陰の人因果の事」)

 この前、今野圓輔著『怪談 民俗学の立場から』って本を読んでいたら、こんな記述があった。「現在の地方の生活を考えてみれば(中略)、そこには機械の騒音もなく、一生一度も電話を使わぬ人の数は、どれほど多いか知れない。電灯も何十年か前までのランプに幾倍もあかるくないボンヤリとしか照さぬ弱いものであり、その電灯すら知らぬ村人が想像以上に日本には多い現状である。」(※) 初版が1957年の本だから、都会では総天然色の『地球防衛軍』(1957)とかやってた頃で、都会と田舎の差の激しさに驚かされる。『戦前のこわい話』に収録された各作品はこれと前後して発表されているから、背景にある田舎の状況もそうかけ離れてはないと思う。書かれているのはさらに古い出来事だったりする。フィクション分が強いとは言え、そこにはまだまだ暗闇の深かった頃の日本の姿がある。

 ところでこれ書くのにキツネの話が多いなーとか思いながら『聊斎志異』を検索していたら、いつの間にかベビメタの海外ライブレポを読み耽っていて、いつの間にか数時間が経過している。ゆいちゃんまじゆいちゃん。


 ※今野圓輔『怪談 民俗学の立場から』社会思想社 1957 現代教養文庫 p.24-25



『戦前のこわい話 近代怪奇実話集』
 河出書房新社 2009 河出文庫
 編者:志村有弘

 収録作品
 『春吉と死霊』原題「怪談 春吉と死霊」太田雄麻 大陸書院 1938
 『死馬の呪い』青木亮 (『パンフレット文藝・身の毛もよだつ話 実話特輯 昭和十三年七月臨時増刊』1938 所収)
 『猫の祟り』原題「踊り猫の祟り」やみのくれなゐ 富貴堂書店 1923
 『闇の人形師』原題「白蠟の肌を慕う闇の人形師」丸山茂 (『増刊実話』1958 所収)
 『猟奇魔』原題「女体を密室に詰めた猟奇魔」今藤定長 (『増刊実話』1958 所収)
 『淫獣』原題「乳房を抱く一匹の淫獣」皆川五郎 (『増刊実話』1958 所収)
 『生肝殺人事件』原題「生肝質入裁判」高橋清治 (『猟奇』1946 所収)

 ISBN-13:978-4-3094-0962-7
 ISBN-10:4-3094-0962-8


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秋道智彌『アユと日本人』

 秋道智彌『アユと日本人』丸善 1992 丸善ライブラリー 061

 以前知人に手作りの毛鉤を見せてもらったことがある。カラフルな鳥の羽毛と糸と釣り針で作られた羽虫のような形状の毛鉤が、いい感じの木箱の中にずらっと並んでいた。家族に邪魔されないように、眠る前にコツコツ作ってるのだそうだ。どっちかというと体育会系で、そんな細々した作業なんてやりそうにない人だったから意外に思った。確かその時、アユ釣りに使う黄色い毛鉤を一つ貰ったはずだけど、どこにも見当たらない。写真に撮ってここに載せようと思ったのに。
 少し前の記事でも書いたけど、自分は魚釣りに興味がない。それでも釣りの話を聞いたり写真を見せてもらったりするのはわりと好きで、食べる方には大いに興味がある。海魚も川魚も貝も頭足類ももれなく大好きだ。この本は日本人と関わりの深い「アユ」に注目し、分布、生態と漁法、食文化などを、図や表をたっぷり用いて論じたアユオンリー本である。印象としては分布と漁法(とくに漁法)に重点が置かれている。

「第4章 アユの食文化」ではアユの食べ方についてまるまる一章が割かれて、煮たり焼いたり漬けたり、聞いたこともないようなアユ料理が紹介されている。滋賀県ではコアユを乾燥したものを大根やネギと一緒に煮たり、醤油で煮たり、イモと炊き合わせにする。島根県にも干しアユを野菜と一緒に鉄の鍋で煮る「アユベカ」という料理がある。検索してみたら牛肉のかわりにアユの入ったスキヤキみたいな料理が出た。文章から予想してたものよりも随分と美味しそうに見える。「今昔物語」に嫌な感じで登場する「鮎鮨」にも言及されている。これはアユ料理の中でも特に古くからあって、一括りに説明できないほど製法が多様化しているらしい。自分が食べたことがあるのは塩焼き、お造り、ウルカくらいで、あと炊きたてのホカホカご飯に焼いたアユの身をほぐして混ぜ込んだのをご馳走してもらったことがあるが名称が分からない。「アユ飯」?「アユご飯」? 島根、山口、和歌山、愛媛などの各県では、乾燥したアユをコンブやカツオみたいにダシのモトとして使うらしいから、これは気付いてないだけで食べたことがあるかもしれない。

 伝説や俗信に関する章は設けられていないが、それらしい記述が随所にあって、例えば上記の食文化の章には「ウルカが、やけどの薬 (高知県四万十川、岡山県旭川) や、牛の傷口につける薬 (広島県神野瀬川)となるという報告がある」(p.134)とある。この「ウルカ」という不思議な語感の言葉の語源は今の所よく分かってないらしいが、一説にはオーストロネシア語の「ウル」と関係するのではないかと言われている。日本語の音韻体系にはオーストロネシア語族と共通する部分がある。塩辛なのに急にグローバルだ。奈良時代に編まれた『播磨國風土記』の「宍禾の郡」(しさはのこほり)のくだりには、「雲箇(うるか)の里(さと)土は下の下なり。大神の妻(め)、許乃波奈佐久夜比賣命(このはなさくやひめのみこと)、其の形(かたち)、美麗(うるは)しかりき。故(かれ)、宇留加(うるか)といふ」(※)とあり、これに関してもチラッとだけ触れられている。塩辛との関連はさっぱりだけど、地勢や地名の由来を書き連ねた風土記には「年魚(あゆ)、多(さは)にあり」的な記述が結構出てくるから、読んでるうちにやっぱりなんか関係あるのかもって気がしてくる。
 アユには神饌として奉納されてきた歴史があり、古来より皇室との関わりが深い。『播磨國風土記』には「日本武尊」の生母「播磨稲日太郎姫」(はりまのいなびのおおいらつめ)の遺骸を「印南川」(いなみがわ、今の加古川)で失った「景行天皇」が「此の川の物を食はじ」と宣りたまったために、印南川のアユは御贄にされなくなったというエピソードもある。
 また「第1章 列島とアユ」の「三 アユの資源論」には、縄文時代の遺跡分布の偏りの一因として、その土地における川魚の漁獲量が考えられるのではないかって話がある。本書ではその概要と賛否両論を併記するに留めているが、地味ながら国の成り立ちにも関わるような興味深い話だった。

 あとアユがメインじゃないけど、若い頃によくアユ釣りに行ったというお爺さんから、こんな話を聞いたことがある。アユ釣りの帰りに一人で薄暗い林道を歩いていると、腰から下げた魚籠を何かがしきりにトントンと突く。魚籠のアユが跳ねたのかと思って確かめてみても、そんな様子はない。しばらく行くとまたトントンとくる。姿こそ見えないが、これはキツネの仕業である。そんな時は慌てずに魚籠の中のアユを一匹、その辺の茂みに放り込んでやると静かになるという。またあらかじめマッチをポケットに入れておくと、悪さをされないとも言っていた。キツネは燐を嫌うらしい。昔話みたいな話だけど、戦争が終わってすぐの頃の出来事である。
 というわけでとりとめがなくなってしまったが、まとめるとこの『アユと日本人』は楽しく読むことができた。図がたくさん載ってるのも良かった。アユ食べに行きたい。


 ※ 『播磨國風土記』(『日本古典文学大系〈2〉風土記』秋本吉郎校注 岩波書店 1958 所収 p.323)



『アユと日本人』
 丸善 1992 丸善ライブラリー 061
 著者:秋道智彌

 ISBN-13:978-4-6210-5061-3
 ISBN-10:4-6210-5061-3


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倭姫宮について

 昨年末に「倭姫命」(記・倭比売命)とやや関連するかなーというニュースがあった。奈良県天理市の「渋谷向山古墳」から葺石や埴輪列などが発見されたのだ。渋谷向山古墳は奈良県最大の前方後円墳で、宮内庁によって第十二代「景行天皇」の陵、「山邊道上陵」(やまのべのみちのえのみささぎ)に治定されている。各社の記事では景行天皇を一様に「記紀」に登場する「ヤマトタケルノミコト」(記・倭建命/紀・日本武尊)の父として解説していたが、景行天皇は倭姫命と兄妹の関係にあり第十一代「垂仁天皇」の第三皇子、第四皇女である。
 宮内庁による陵墓の治定には、根拠がかなりあやふやなことが多い。渋谷向山古墳の場合は『古事記』に「御陵は山邊の道の上に在り」(※1)、『日本書紀』に「倭国の狹城盾列陵に葬りまつる」(※2)とあり、それが治定の根拠の一つになっていると思われるが、同じ山辺の道には「崇神天皇」の陵もあって、幕末まではそっちが景行天皇陵だとされてきた。やっぱりあやふやだ。……とはいえ今回のような発掘調査の結果が薄っすら薄々でも積み上がっていくと、実在すら疑問視されるこの辺りの時代の人物が少しずつリアリティを獲得していくような気がして嬉しい。

 というわけで、念願の「倭姫宮」に行ってきました。
 続きは↓の「続きを読む」から。本殿、授与品など。


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堀田吉雄, 水谷新左衛門『蛤の話』

 堀田吉雄, 水谷新左衛門共著『蛤の話』光出版 1990

 先日、ハマグリと蜃気楼について書いたが、本書には生物学、民族学、書誌学など様々な分野の資料からピックアップされた古今のハマグリに関する蘊蓄がぎっしりと詰まっている。タイトルに偽り無しのハマグリオンリー本で、ハマグリの工芸品やハマグリ料理のレシピまで載っている。詩歌をはじめ説話集や類書からの引用も数多く、ハマグリのエンサイクロペディアって感じ。ただ全体の基調低音、というかノリは女性器とハマグリの単純なアナロジーに基づいたちょいエロ風味。とくに前半、「Ⅰ蛤の話」の「第一章」〜「第四章」にそのトーンは強い。「蛤は吸うばかりだと母訓え」「蛤の出るまでまくる潮干狩」「芳町へ蛤が来て汐を吹き」などの詩歌が次々に引用され、おもしろいことはおもしろいのだが、まるでよっぱらいのトークをシラフで聞いているような、微妙な気分になった。昔話の「蛤女房」もここぞとばかりに取り上げられている。有名な話だけど、簡単にあらすじを書いておくと↓

「ある漁師の妻はとにかく料理がうまかった。とくにダシのよくきいた味噌汁は絶品。ところが妻は料理しているところを絶対に漁師に見せようとしない。あるとき不思議に思った漁師が料理する妻の様子を覗いてみると、妻は鍋の上に跨がって放尿をしていた。覗かれたと気付いた妻は正体を現わした。それはかつて漁師が逃がしてやった大蛤であった。」
「鶴女房」をシモに振ったような異類婚姻譚だが、「漁師が覗いてみると、妻はハマグリに戻って鍋に浸り、自分の体でダシをとっていた」って感じの、もうちょっとマイルドかつ捨て身なバリエーションもある。

 肝心のハマグリと蜃気楼については「蜃気楼のこと」という章が設けられていて、それ以外の章でも度々言及されている。先日の『魚の風物誌』(←前の記事へのリンクです)の記述についても触れられていて、蜃気楼との関連については目新しいところはなかったが、ハマグリの移動に関して多少追加情報があった。曰く「蛤は足であるくのではない。うすい粘液を帯状に吐いて、それをパラシュートのように広げ、その幕に乗って一夜に三里も移動するという。そうして好みの塩分の所に行き当たるとパラシュートを切り放し、そこの砂にもぐり込む。/このパラシュートを伊曽島ではヨドといっていた。」(p.80)
 件の粘液には「ヨド」という俗称があったのだ。語源は分からないが、水が「淀む」の「ヨド」だろうか。「伊曽島」というのは島嶼の名称ではなく、三重県桑名市の地名で、引用した話はそこの組合長から聞き取ったものだそうだ。またハマグリの移動が塩分の濃度によって行われるという記述も興味深い。

 本書の著者はともに三重県の桑名市在住の書誌学者、民族学者。「その手は食わなの焼ハマグリ」の桑名市である。蜃気楼と言えば富山県の魚津市沖が有名だが、桑名市の近くの鈴鹿市の沖でもかつては頻繁に蜃気楼が観察されていて、魚津、厳島と並ぶ蜃気楼の三大名所の一つに数えられていたらしい。
 という感じでハマグリ尽くしの本書は、ハマグリ好きには迷わずお薦めできる一冊。内容は未確認だが、1991年には増補版が刊行されている。


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飯田道夫『河童考 その歪められた正体を探る』

 

 飯田道夫『河童考 その歪められた正体を探る』人文書院 1993

「その歪められた正体を探る」というサブタイの通り、カッパの異名や習性、由来etcに関する諸説を文献資料から検証する本で、「河童の伝承」「河童に擬せられたもの」「河童の正体」の三部構成。基本突っ込み本としての傾向が強く、柳田国男の「河童駒引」を疑問視する論考が随所で展開されている。

「河童に擬せられたもの」は、カッパの正体または同一視される生物、妖怪についてのパートだが、ここでも「河童駒引」との関連の深い「猿」の項目に多くのページが割かれている。まず樹上生活を営むサルと水妖のカッパを一緒にすることへの疑問からはじまり、馬を守護するはずのサルが、カッパになった途端馬に害をなすことの矛盾を指摘する。そして『物類相感志』『庖厨備用倭名本草』の記述をもとに、本来馬に害をなしていたのは後にカッパのイメージに集合される「スッポン」ではなかったかという持論を展開し、次章では「元来、猿と河童とはなんの関係もない」(p.235)と断定している。
 とはいえ本書にも収録されている『日本山海名物図絵』の「豊後の河太郎」(※)あたりは、どう見てもサル、パーフェクトサルだ。動物園の猿山で見かけるようなじゃれ合う様子が、生き生きと描かれていて実にかわいらしい。これを見る限りでは単に水辺で戯れるサルの一群を「河太郎」と呼んでただけなんじゃないかと思う。カッパのイメージが文芸的に形成される以前の初期の段階では、きっとこの「豊後の河太郎」のようにカッパの正体は様々だったのだろう。それこそ異名の数だけ、もしくはそれ以上に。このことに関しては第3章の「まとめ」のなかでも「異称が多い事実は、各地で別個に語り伝えられていた「河童」がいたことになるが、それが本当に「河童」であるかどうか、必ずしも定かでない」(p.226)と記されている。

 全体的な印象としては、本書において「カッパの正体を歪めた」とされる柳田国男の民族学に対する批判的なトーンが強く感じられるが、論旨は比較的シンプルだし、平易な文章で書かれていて読みやすかった。ただ文献資料を用いたアプローチというには、例えば古賀侗庵の『水虎考略』などにほとんど触れられてないのは不思議。
 また上記のような反論っぽい記述だけではなく、カッパの様々な異名や習性についても広く取り扱われているのも特徴。数多い引用文には引用元が随時明記されていて、カッパ関連リファレンスとしても有用だと思う。巻末の「参考文献」を見ると多くが現在でも入手可能な本(原典よりも研究書が多い)で、興味が出たものを普通に購入できるのが嬉しい。
 
 最後に「カッパ」という名称に関して、本書では「かわ(川)わっぱ(童)」が詰まってやがて「かっぱ」になったという説をとらず、『日本書紀』に出てくる「かはく(河伯)」がその起源ではないかとしている。「カハク」→「カッハ」→「カッパ」というわけだ。


 ※平瀬徹斎撰, 長谷川光信画『日本山海名物図絵 巻之二』の「豊後の河太郎」↓早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」所収の画像へのリンクです。
 http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko06/bunko06_02154/bunko06_02154_0003/bunko06_02154_0003_p0016.jpg


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木下亀城, 篠原邦彦『日本の郷土玩具』

 木下亀城, 篠原邦彦共著『日本の郷土玩具』保育社 1962 カラーブックス 10

 これはずいぶん前、招き猫(※1)の本を探してたときに買った本で、招き猫についてはほんのちょっとしか載ってなかったんだけど、面白くて熟読、ついでにシリーズの郷土玩具関連本を集めるきっかけになった。

 保育社のwebショップ(※2)の解説によると「保育社のカラーブックス」は1962年の刊行以来、これまでに909点が刊行されている。最近では紙のカバーになってデザインもすっきりしたけれど、以前は薄緑色が基調の渋い(地味な)表紙にビニールカバーという装丁だった。今でも古書店ではしばしば見かけるおなじみのデザインだ。鉄道と旅行ジャンルに強いようなイメージがあったが、上記webショップでラインナップを見てみたところ、マイナーメジャー問わず、文系の趣味全般をすべて網羅するかのような細かなテーマ選択がなされている。『箸(はし)』『竹とささ』『小住宅の間どり』『水石』『青い海』など、不思議なタイトルが目白押しだ。『世界の妹』というタイトルに思わずぎょっとしてしまったが、よーく見たら『世界の味』だった。
 郷土玩具、民芸品関連ではシリーズ極初期(No.10)にラインナップされた本書をはじめ、『こけし』『民芸の旅』『郷土玩具の旅』『土鈴(どれい)』『越前竹人形』等々、かなり充実している。招き猫が出てないのが残念。

 この『日本の郷土玩具』では北海道から沖縄まで各県、各地域の郷土玩具が写真と解説で紹介されている。主要なものだけということだが、それでも相当な数で、全体を俯瞰するような構成になってるから、初心者にはぴったり。ずらっと並んだ色とりどりの郷土玩具を眺めているだけでも楽しいし、解説では現地の祭祀や慣習にまで言及されている。初心者をその道に気持ちよく誘うというのは、本書に限らずカラーブックスの特色だ。見てるうちにどんどん興味が湧いてくる。著者は二人とも地質学者で、きっと調査で各地に赴くうちに郷土玩具の虜になったのだと思う。

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 というわけで郷土玩具っぽいのを少し出してきた。

 本の上に乗ってる黒い馬と白い馬が、本書でも紹介されている福島県の「三春駒」。花模様の前掛けが特徴。黒い馬は赤ん坊や子供、白い馬は老人のお守りらしい。八戸の「八幡駒」仙台の「木下駒」と並んで「日本三駒」と呼ばれている。単体でも白黒二体セットでも販売されている。手前の目が><になっているかわいい馬は、岩手県の「南部古代駒」。模様のついた細切りの和紙で装飾され、首には鈴、墨書のされた桐箱に収められていてちょっと豪華な感じ。源義経の伝説に由来するともいわれている。
 古来名馬の産地として知られているだけあって、東北地方にはこういった「馬玩」が数多い。仙台出身の知人に聞いてみたところ「似たようなので、もっとでっかいのがお婆ちゃんのうちにあった」と言ってた。仙台には上記の「木下駒」がある。サンプルが1件なのでアレだけど、現地では想像以上にポピュラーで、一家に一頭とはいわないまでもごく身近な郷土玩具として親しまれているようだ。
 あと右のかっこいい大天狗はフリーマーケットで購入したもの。箱になにも書いてなくて、どの地方のものなのかさっぱり分からない(ご存知の方はぜひ教えてください)。胴体は松ぼっくり、頭部は銀杏のタネというオーガニックな造形に、赤に金のおめでたい感じのペイントがよく映えている。このなかで箱から出して飾ってるのは、この天狗だけだったりする(本棚に飾ってます)。

 たまーに目についたものを買ったり、お土産に貰ったりするだけで、積極的に郷土玩具を集めているわけではないのだが、この本を眺めていると旅行に行って現地で色々探してみたくなる。オークションやフリマもいいけど、郷土玩具を買うならやっぱりその土地で買いたい。


 ※1.関連記事です↓荒川千尋『郷土玩具 招き猫尽くし』
 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-266.html

 ※2.「ほいくしゃの本屋さん」↓保育社直営のwebショップです。
 http://hoikusha-shop.jp/


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