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山岸凉子『読者からのゆうれい談』

 山岸凉子『読者からのゆうれい談』(『山岸凉子全集〈17〉ゆうれい談』角川書店 1986 あすかコミックス・スペシャル 所収)

ゆうれい談』(←前の記事へのリンクです)から続く。

 さて著者の読者へのお願いには結構な反応があったようで、その成果はなんとダンボール箱いっぱいの手紙。もちろんすべての手紙に、読者の恐怖体験が書き記されている。……ゴクリ。
 そんな忌まわしい物体X(ダンボール箱)を怖がりの著者がどう扱ったかというと、あまりの怖さに読み進めることができず、押入れに6年間封印、あげくダンボール箱ごと捨ててしまったというのだ。なんてもったいない! 怖い話の詰まったダンボール箱が「不吉で不吉でたまらなかった」らしい。

 この作品は前作『ゆうれい談』からきっちり10年後に描かれている。箱を捨ててからは4年後にあたる。そのあいだに著者の自画像はデフォルメが進行して、ほぼ三頭身くらいになった。作画そのものは描線がより細くなり、ずいぶんと洗練されたように感じる。上記のような経緯から、おそらくうろ覚えで描かれたものと思われる「読者からのゆうれい談」は3編。

「第一話 タンスの中」体験者は小学生の女の子。家のなかで姉と二人、かくれんぼをしていたときのこと。どこかで「見ーつけた」という鬼役の姉の声がする。自分はまだ見つかってないのに。そこで様子を見にいってみると、洋服ダンスの中に片手を突っ込んだ姉の姿があった。
 デフォルメタッチで描かれているものの、相当怖い話。直接的な描写がない分、想像力を掻き立てられる。以前これによく似た話を身近な人物から聞いたことがある。

「第二話 今日で百年目」体験者は読者の母親。その若いころの話。蚊帳のなかで両親と三人で眠っていたところ、鼻につく臭いで眼を覚ました。蚊帳越しに見まわすと、開け放った隣室とのあいだの戸口から、何かが部屋に入ってくるのが分かる。それは白いもやにしか見えなかったが、まるで人が歩くような動きで室内を移動している。そして蚊帳のふちを持ちあげ、ずるりと中に入ってくると「今日で百年目〜」と声を発したという。
 これも非常に気味の悪い話だ。何が「百年目」なのか、さっぱり分からないのが気持ち悪い。白いもやが体験者の方ににじり寄り、じわじわと蚊帳を持ち上げるさまが端的に描写されている。

「第三話 わたしは一度死にました」注射でショックを起こして危うく死にかけた、小学生の女の子の臨死体験。暗闇の中で誰かに手を引かれて歩いているうちに、やがて橋が見えた。橋の向こうには体験者の亡くなった祖母がいて、しきりに今来た道を戻るように言っている。すると橋のたもとで迷っていた体験者のそばを、ものすごいスピードで自動車が走り抜けた。体験者がその車のなかに見たものは……って話。
 臨死体験で語られることの多い「橋」や「死亡した親族」がここでもしっかり登場している。自動車が登場するのは珍しいように思う。

 著者が極端に怖がりって先入観のせいかもしれないが、この三つの話には、デフォルメキャラの採用や「怖い絵面」が避けられているところから、あえて怖くならないように意識して描かれたんじゃないかって印象を受ける。それでも怖くなってしまうのはさすがなんだけど。「語り」の巧みさがよく分かる好例となっている。

 作品の最後を著者はつぎの台詞で締めくくっている。「もう金輪際読者の皆さまの体験談なぞ/要求いたしたりなぞいたしません!」(p.121)


 ※フキダシからの引用は、改行を調整しています。


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山岸凉子『ゆうれい談』

 山岸凉子『ゆうれい談』(『山岸凉子全集〈17〉ゆうれい談』角川書店 1986 あすかコミックス・スペシャル 所収)

 著者が体験したり、漫画家仲間から聞いた「実際にあった」とか「ほんとにあった」とか「あなたが体験した」系の怖い話を、軽妙なタッチで紹介している。著者はまん丸い顔のデフォルメ姿で登場。ワンポイントのヘアクリップと、怖がりなくせに聞きたがりなところが可愛らしい。で、そんな著者に色々な怪談を聞かせる漫画家仲間のメンツがすごい。すごすぎて、ちょっと引いてしまうぐらいすごい。次の一節からもその一端をかいま見ることができると思う↓

さて同じく予感が当たるといえば大島弓子さん/これ 去年の暮れ彼女の家へナナエタンと訪ねた時のこと(p.45)


 ……お分かりいただけただろうか? 「ナナエタン」とは言わずと知れた心霊マンガの巨匠「ささやななえこ」(旧名:ささやななえ)。この三人が一同に会していること自体が、奇跡的というか、すごすぎて怖い。これでなにも起こらなかったら、そっちの方が不思議なくらいだ。このほかにも萩尾望都、竹宮恵子、もりたじゅん(旧姓:森田)、みやわき心太郎などが賑やかに登場して、著者をさんざん怖がらせている。

 取り扱われている怪異は、国分寺の真夜中の子供、着物姿の幽霊、柳の精霊、予知、死ぬ時の夢などなど。因縁や前後関係の希薄な、ただ目撃しただけというものが多いのだが、ここでも卓抜した心霊描写は冴え渡っている。著者と仲間のコミカルなやり取りに気を抜いているところに、突然シリアスな幽霊のコマが差し挟まれて、思わずぞくりとさせられてしまう。なかでも著者自身の体験談に登場する幽霊の様子は怖い。

 九州を旅行中の著者が「Mさんの親戚の家」の仏間で、正座をする幽霊を目撃する。顔を手ぬぐいで覆い、右手を軽く上げ、指先はなにかを力なく指差している。そんな姿が暗闇にはっきりと浮かんで見えたのだという。以前『あやかしの館』(←前の記事へのリンクです)の感想でも書いたけど、著者がジャパニーズホラーに与えた影響は絶大で、この奇妙なポーズで静止した幽霊の表現も、映画『リング』の「呪いのビデオ」に登場する「指差す男」を筆頭に、様々な作品の幽霊の表現に影響を及ぼしていると思う。

 さて、そもそもこの『ゆうれい談』という作品は、深夜眠気覚ましのためにアシスタントたちと交わした怪談を、そのノリもそのままにマンガ化したものだ。作品の最後に著者は読者にこう呼びかける。

皆さんの中にもこのような体験をなさっていらっしゃる方/我々の睡魔を追い払う手段として/ぜひお手紙を下さるようお願いして本編を終わらせていただきます(p102)


 怖がりの聞きたがりの著者によるこの「お願い」が、いかなる事態を招いたかというと……以下『読者からのゆうれい談』(←関連記事へのリンクです)に続く。

 ※フキダシからの引用は、改行を調整しています。


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山岸凉子『あやかしの館』

 山岸凉子『あやかしの館』(『山岸凉子全集〈17〉ゆうれい談』角川書店 1986 あすかコミックス・スペシャル 所収)

『日出処の天子』(1981)と同時期に発表された、著者の心霊系の作品のうちの一本。『汐の声』などのハードな幽霊譚に比べると派手さ控えめ、トーン明るめながら、自分の身近にも起こりそうな恐怖表現が冴える好短編である。ストーリーはシンプルなホーンテッド・ハウスもので、霊能者や祈祷師が出てきて活躍するような展開はない。

 高校への進学を機に主人公が下宿をはじめた叔母の家は、問題の多い欠陥住宅だった。本格的な洋館を目指して建てられたというが、見るからに安っぽく、電気系統のトラブルも異常に多い。接着剤でくっ付けられたあちこちの取っ手が、ぽろっと外れたりする。
 叔母で家主の由布子さんというのがまた相当あれな人で、いけず後家の万年少女、主人公によると「躁鬱気質の躁病だけの人」「家一軒もつ資格たる大人の自立がない人」らしい。生活感に乏しく、異様に浮世離れしている。この人、一応イラストレーターってことになってるけど、明らかに都市伝説のなかの女性マンガ家像そのものだ。

 怪異は、ドアの開閉音、人の気配、這うような物音、耳元で聞こえる喘ぎ声など、これらが断続的に発生する。お手伝いさんは気付いているようだが、なにも語らない。気配や音といった地味な現象ではあるが、効果的な積み重ねと、登場人物のリアクションは絶妙で、きしむような違和感、不快感が、ページを繰るごとにどんどんつのっていく。
 そしてある夜、主人公は玄関のドアスコープ越しに、決定的なものを目撃する。直接の描写だけで4ページ、前後のリアクションも含めると6ページ以上にもわたって描かれるこのシークエンスは、中央にドアスコープを、その両側に主人公のモノローグを配した横に細長いコマの連続で表現され、その抜群の臨場感で本作の最大の見せ場となっている。

『呪怨』(1999)→『ほんとにあった! 呪いのビデオ』シリーズ(1999~)以降、最近ではすっかり停滞してしまった感のあるジャパニーズホラーだが、その表現に多大な影響を与えたのが「いかにして怖い幽霊を撮るか」という恐怖表現の方程式「小中理論」だといわれている。この「小中理論」の成り立ちについて『リング』(1998)の脚本家、高橋洋は「僕たちは僕たちなりに『回転』(61、ジャック・クレイトン監督)や『たたり』(63、ロバート・ワイズ監督)といった恐怖映画の古典や、山岸凉子さんの心霊マンガとかを参考に、ある種セオリー化していった」(※)と語っていて、恐怖表現における著者山岸凉子の先進性と、その立ち位置を窺い知ることができる。

 この本の巻末には『山岸凉子の幽霊譚』というインタビュー記事が収録されていて、それによるとこの作品の舞台「あやかしの館」は著者の家がモデルであり、「エピソードにでてくることは全部本当です」(p.235)とのこと。そして劇中で描かれた手摺のついた階段や、鬼門を避けるためにわざわざ改築したという玄関まわりの写真が掲載されている。……この作品、実話怪談だったのだ。


 ※高橋洋, 黒沢清, 鶴田法男による対談「[ホラー映画座談会] なにか、ヤバイものが写っている……」『ユリイカ 8月臨時増刊号 総特集 = 怪談[Kwaidan] 第30巻 第11号(通巻408号)』青土社 1998 p.214


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