『古今著聞集』変なカメについて

『古今著聞集 第二十 魚蟲禽獣第三十 (六八八) 久安の此西國の人知足院忠實に毛生ひたる龜を獻上の事』(永積安明, 島田勇雄校注『日本古典文学大系〈84〉古今著聞集』岩波書店 1966 所収)

 去年は「日本映画専門チャンネル」で「総力特集・ゴジラ」(←前の記事へのリンクです)をやってたが、今度は「チャンネルNECO」で「【5ヵ月連続企画】生誕50年 大ガメラ祭」が始まっている。今月は「平成ガメラ編」、12月からは「昭和編」で、最初は『大怪獣ガメラ』(1965)と二作目の『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(1966)から。(※1)
 大映の特撮映画というと、ガメラよりも「大魔神」(1966)や「妖怪シリーズ」(1968~)の方が馴染み深くて、ゴジラ同様しっかり見たことのない作品が何本もある。ジグラとかジャイガーとかマッハ文朱の出てくるやつとか。今度やる「大怪獣~」は灯台のシーン、「バルゴン」はおっさんが「目が見えへん!!」って叫ぶ洞窟? のシーン(怖かった)の印象が強くて、あとはよく覚えてないので放映が今から楽しみだ。

 最初のガメラはエスキモーの伝説の怪物という設定で、かつてアトランティス大陸に生息していたという。エスキモーの伝説に本当にでかいカメが出てくるのかどうかは未確認だけど、実にそれらしい設定だ。そこでガメラみたいなカメの怪獣・怪物について手近なお馴染みの本をチラ見してみたのだが……コレ! というのがなかなか見付からなかった。カメの出てくる話自体は結構あったんだけど。
 UMA関連本にはいくつか怪獣・怪物っぽいのがあって、ピーター・コステロの『湖底怪獣』にはアイルランドのブレイ湖の怪物の目撃例が載っている。これは1963年ダブリンの夕刊紙に載ったL.Rという匿名の読者からの投書↓

 夕日のなかで、私たちは静まり返った湖面を見おろしていた。と、突然水しぶきとともに水中からカバの背中のような大きなこぶ状のものが現れ、カメの頭に似た巨大な頭部を水面から九十センチぐらいも上に出し、ゆっくりと数メートル泳いだ。胴まわり三メートルから三メートル六十ぐらいの丸い胴体がはっきりわかった。出現したときと同様、突然音もなく潜り、うずを残してすうっと消えうせた。(※2)


 怪獣ってほどじゃないけどまずまずの大きさだ。
 ジェイムズ・B・スィーニの『図説・海の怪獣』に載ってる目撃例はもっと怪獣っぽい。オーストラリアのクイーンズランドで目撃されたカメ怪獣は「歯と鋸歯状の刻みのある顎骨」を備えていたという↓これは1809年、ローベルという女性による報告。

 私のみた部分はおよそ二七ないし二八フィートですが、全体では三十フィートはあったに違いないと思います。それは水面から顔をのぞかせている間中、口を開きっぱなしでしたが、鼻孔が見当たらなかったので、私は口で呼吸しているのではないかと考えました。顎の長さは約一八インチで、頭と首は緑がかった白い色をして、首には大きな斑紋があり、真っ黒な目と上下の顎のまわりをぐるりと白い輪が取り囲んでいました(※3)


 クイーンズランド州では「モカ・モカ」と呼ばれる巨大なカメが頻繁に目撃されていたらしい。カメ目の最大種のオサガメの甲長が最大約2.5メートルだから、30フィート、約9メートルというのはバカでかい。これ実際に目撃したらきっと怪獣に見えると思う。

 UMAではないけど、フランスには伝説上のメジャーなカメ怪獣が2頭もいる。南フランスの「タラスク」(Tarasque)と北の「ペルーダ」(Peluda)がそれで、タラスクはタラスコン(Tarascon)という地名の語源にもなっている。ともに甲羅がある怪物という設定だけど、カメ分は控えめでドラゴンの眷属のようだ。
 ヒンドゥー教の三つの最高神の一つヴィシュヌ神の第二形態は「クールマ」(Kūrma)という巨大なカメの姿で、神話上の天地創造時に「神々が海をかきまわしてアムリタという不死の飲料を探しているあいだ、大地をささえることを引き受けました」(※4)。これがヒンドゥー教における天地創造神話の「乳海撹拌」で、ミルク状の海をぐるぐるかき回しているうちに次々と天地が創造されるというもの。ここんとこ記紀の国生みを彷彿とさせる。古代インドの「亀蛇宇宙図」でも大地を支えるのは大亀で、後にクールマと同一視されることになった。そのカメとヘビの合体っぽいビジュアルは、キトラ古墳や高松塚古墳の「玄武」の図によく似ている。玄武といえばガメラ! である(ホライゾンの「日溜玄武」もぶっ壊れたとはいえ怪獣っぽくていい)。

 さて、わが国のカメ怪獣・怪物事情はというと、これがまたほんとに寂しい限り。カメは『日本書紀』にもわりと重要な役割で出てくるし、上記のように古墳の壁画に描かれるほどの人気生物なのに。笹間良彦の『日本未確認生物辞典』では「鼈(スッポン)の妖怪説はあるが、亀の妖怪説はない」(※5)なんて断言されていて、もともと霊獣扱いってことで妖怪化(怪物化)されにくいのかも知れない。
 確かに妖怪図鑑を見ても水の妖怪カテゴリーはカッパ無双だ。ただカッパのイメージにはカメのモチーフが多分に含まれているから、カッパに集合されてカメのキャラクターが失われてしまったケースはあったと思う。古賀侗庵の『水虎考略』にはどーみてもカメかスッポンだよねこれって図が含まれているし、各地に伝わるカッパの中にはいかにもカメ妖怪って感じのカッパがいる。岡山県にはカッパとはしっかり別に「オオガメ」という池の妖怪がいて、子供をとって尻子玉を抜くと伝えられていた。
 もっとでかくて本格的にカメ怪獣っぽい生物が捕獲されたという話もある。『熊野新聞』の連載記事『熊野の森から』によると「その昔、紀州熊野浦で「豊年亀」が生け捕りにされたという。女の顔をした、体長一丈八尺(約5メートル)もある謎の大亀であった」(※6)。また松江の月照寺には大亀の伝説が残っていて、境内には碑の土台になったでっかいカメの像もある。伝説ではこのカメが夜毎町に出て暴れ、人を食うこともあったと伝えられている(※7)。これは怪獣っぽいな。

 説話集を見てみると「浦島太郎」を筆頭に報恩話のオンパレードで、カメはすっかり恩返しキャラだ。『今昔物語集』でも唇をカメに噛まれたアホな男の話(※8)が目を引くくらいで、やはり報恩譚が多い。もひとつ古い『日本霊異記』でも同様。
 嘘か真か判然としないいかがわしい(どうでもいいような)話を知りたい時に頼れる本、『耳嚢』には「あすは川亀怪の事」「亀玉子を生む奇談の事」「亀と蛇と交る事」「白亀の事」など、カメの話がいくつか収録されている。「あすは川亀怪の事」は現在の福井市の足羽川に出た大亀を殺した男が、大亀の連れ合いの雌亀に祟られる話。サイズがはっきり書かれてないのが惜しいけど、このカメは人を襲って食べたという。男の夢枕に立って歌を詠む雌亀も登場する。当時はヘビとカメが交雑するという俗信が根強くあったようで「亀玉子を生む奇談の事」「亀と蛇と交る事」はその手の話、「白亀の事」はタイトル通りのアルビノ亀の話だ。量的にはヘビやキツネには及ばないけど、さすが『耳嚢』。どれも報恩譚でないのが面白い。

 どんどんスケールが小さくなっていってるが、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』とともに日本三大説話集とされる『古今著聞集』にも短いけど変なカメの話が収録されている↓

 久安の頃(1145~1151年)、毛の生えた亀を、西国の人が知足院殿(藤原忠実)へ献上した。甲長は三寸(約9cm)ほど。その上に青色の毛を生やしている。その長さは一寸(約3cm)にもなったそうだ。瑞亀(※9)という評判であった。宇治の左府(藤原頼長)へお見せした時は、冠、直衣を着けていらっしゃったそうだ。


 以上が全文の意訳。……メインだったはずなのに短いなこれ。
 ここに出てくるカメは、まず間違いなく甲羅に藻を生やした「ミノガメ(蓑亀)」ってやつで、「緑毛亀」「緑藻亀」などとも呼ばれて古くから縁起のいい生き物として珍重されてきた。中国ではカメの甲羅に人工的に藻を生やすことも行われているらしい。絵本などに出てくる浦島太郎が乗った大亀にも、甲羅の後ろの方にフサフサ毛が描かれることが多いけど、実際のウミガメにはミノガメと呼ばれるほどに藻が長く生える事はないらしいから、あれは蓑というよりも老成したカメの記号的な表現なのかもしれない。
 人工ミノガメを作るくらいだから、当然中国でも毛の生えたカメは縁起物とされてきたが、一概にそうとも言えないらしく『捜神記』には真逆の記述がある。これも短いので全文を引用↓

 104 亀に毛が、兎に角が生えれば
 商(殷)の紂(ちゅう)王のとき、大きな亀に毛が生え、兎に角が生えた。これはやがて戦乱が起こるという前兆である。(※10)


 陰陽のバランスが崩れると生物に異変が生じたり、奇形が生まれたりする(『ウルトラQ』みたい)。こうした異変はもっと大きな世の中の乱れの前兆だという。大凶事の前兆として生まれ、不吉な予言をするという妖怪「件」(くだん)にも通じるものがある。
 実はここまで中国のカメ怪獣・怪物に全然触れてこなかったのは、数が多すぎて上手くまとめきれなかったのだった。『捜神記』にも馬を川に引き込む大亀、カメに変化する女、城の土台になった巨大亀など、色々なカメの話が載ってるし、怪生物てんこ盛りの『山海経』には図入りで何例も登場する。

 ところでカメとの関係は薄いが、カメーカメーって思いながら妖怪辞典を眺めていたら気になる妖怪がいた。それは埼玉に伝わる「ケッカイ」という名の妖怪だ↓

 動物の怪。出産時に現れるという。血塊と書くが結界の意味の転じたものか。浦和地方では、出産の時屏風を巡らせるのは、ケッカイが縁の下に駆け込むのを防ぐためといっている。駆け込まれると産婦の命が危ないという(「愛育会調査」)。(※11)


 姿形はさっぱりながら、気味の悪い妖怪である。陰陽のバランスが崩れている。同名の妖怪は神奈川県にもいて、同じように出産時に現れるが、こっちは縁の下に駆け込むのではなく、炉の自在鉤を登るという。黒い毛の生えた人とも獣ともつかない姿をしているらしい。『耳嚢』にも「巻之八」に似た感じの話が「奇子を産する事」(※12)というサブタイで載っていて、町人の女房が「血(けつ)くわいを煩ふて暫(しばらく)なやみける」とある。「血塊」は「患う」ものらしい。この女房はやがて大量の玉のような血の塊とともに、二寸ほどの小さい人を産み落としたという。
『耳嚢』には以前感想を書いた「彦坂家椽下怪物之事」(←前の記事へのリンクです)という話が「巻之七」にあって、↓に意訳を再掲するが、「縁の下」「黒い毛の生えた生き物」という点で、上記の「ケッカイ」との関連を想像させる。縁の下に駆け込んだ生物がやがて成長して……。

 文化三年寅年(1806年)、小普請支配の彦坂九兵衛は駿府の御城番を仰せ付けられ、当地への引っ越しのために取り込んでいたところ、ある日縁の下から奇怪なものが現れた。その頭はイタチの如く、足も手もなく全身は蛇の如く、太さは二尺(約60センチ)ほど、シュロのような毛を全身に生やしていて、長さは三丈(約9メートル)ばかりもあった。縁の下より出てきて、庭を輪になってしばらく進み、また縁の下へ入っていったという。何という生き物なのか、知る者はなかった。(※13)


 というわけで、もう0時になりそう。だらだらと書いてしまったけど、かいつまんで言うと、ガメラ楽しみ!
 最後に2chの過去ログ(※14)から感じのいいポエムを引用して終わります。

15 :犬大好き:04/01/15 14:35 ID:dgBasDNZ

「亀とさくらんぼ」

透明な亀にさくらんぼを呑ますと
食道を砕けた果肉が
花びらみたいに流れていくよ

首の付け根の桜色の袋に
タネだけがきちんと
納められたよ

わたしのが7個めのタネだね
むかしの人も呑ませたのかな
さくらんぼ

つぎにおまえがさくらんぼを呑むのは
わたしがいなくなった
ずっと後だね



 ※1.「チャンネルNECO」特設サイト→ http://www.necoweb.com/neco/sp/gamera/
 ※2. ピーター・コステロ(Peter Costello)著, 南山宏訳『湖底怪獣 その追跡と目撃』(“In Search of Lake Monsters”) KKベストセラーズ 1976 p.151
 ※3. ジェイムズ・B・スィーニ(James B. Sweeney)著, 日夏響訳『図説・海の怪獣』(“A Pictorial History of Sea Monsters and other Marine Life”) 大陸書房 1974 p.203
 ※4. トーマス・ブルフインチ(Thomas Bulfinch)著, 野上弥生子訳『ギリシア・ローマ神話 付インド・北欧神話』(“THE AGE OF FABLE”)岩波書店 1978 岩波文庫 p.403
 ※5. 笹間良彦『日本未確認生物辞典』柏美術出版 1994 p.78
 ※6. 中島敦司『熊野の森から 怪しの熊野 其の十七「豊年亀」』『熊野新聞』2015.05.30
 ※7. 松江市観光公式サイト。でかいカメの像の画像も載ってる→ http://www.kankou-matsue.jp/kankou/shiseki/shiseki-shaji/page18.html
 ※8.『今昔物語集 巻第二十八 本朝 付世俗 大蔵大夫紀助延郎等、脣被咋龜語第卅三』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)
 ※9. めでたい事の起きる前触れを示す亀。生き物全般を指して「瑞獣」という。
 ※10. 千宝著, 武田晃訳『捜神記』平凡社 1964 東洋文庫 10 p.108
 ※11. 千葉幹夫編『全国妖怪辞典』小学館 1995 小学館ライブラリー 74 p.59
 ※12. 根岸鎮衛『耳嚢 巻之八 奇子を産する事』(根岸鎮衛著 長谷川強校注『耳嚢 下』岩波書店 1991 岩波文庫 所収)
 ※13. 根岸鎮衛『耳嚢 巻之七 彦坂家椽下怪物之事』(根岸鎮衛著 長谷川強校注『耳嚢 中』岩波書店 1991 岩波文庫 所収)
 ※14. http://book3.2ch.net/test/read.cgi/poem/1074135629/ より。

 ※上記の意訳文は、主に頭注を参考にしていますが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある引用文以外の文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想ということでご了承ください。


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『今昔物語集 巻第二十四 本朝 付世俗』より「第九」そこのヘビ、なにやってんの! って話 その2

『今昔物語集 巻第二十四 本朝 付世俗 嫁蛇女醫師治語 第九』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1963 所収)

 ちょっと前の記事で書き漏らしたエピソードを補完。この話、内容自体はとても面白いものなんだけど、知識や読解力の乏しさから、解釈する上で色々迷ったり、疑問に思うことが多かった。そのあたりのことも下の方にごちゃごちゃ書いてます。

 さてこの話に登場するヘビは、前の2編に出てきたヘビ以上に、わけの分からない行動をとる。事故なのか、狙ってやってたのか……。

『蛇に嫁ぎし女を医師治せる語 第九』

 今は昔、河内の国、讚良の郡(※1)の、馬甘の郷に住む者がいた。生まれこそは良くなかったが、大変な金持ちで豊かに暮していた。そこには若い娘が一人あった。

 四月のころである。その娘はカイコの餌にするために、大きな桑の木に登って桑の葉を摘んでいた。その桑の木は道のすぐそばにあった。大路を行く人が通りすがりにふと見ると、大きな蛇が出てきて、娘の登った木の根元に巻き付いている。通行人が蛇のいることを告げると、それを聞いた娘は驚いて下を見る。確かに大きな蛇が木の根元に巻き付いている。

 怯えた娘が慌てふためいて木から飛び降りると、そこに蛇が巻き付いてあっという間にまぐわってしまった。(※2)すると娘の全身はたちまち熱くなり、死んだように木の根元に倒れ込んだ。それを見た両親は嘆き悲しみ、急いで医師を求めた。その国にはとても優れた医師がいたから、その人を呼んで娘を診てもらうことにした。その間、蛇と娘は繫がったままである。医師は「まず娘と蛇を同じ戸板の上に乗せて、速やかに家に連れ帰り庭に置くのだ」と言う。そこで戸板に乗せて娘を運び込むと家の庭に置いた。

 そのあと医師の指示に従って、稲の藁三束を焼く。この際三尺(※3)を一束にまとめて、それを三束用いる。その灰を湯に混ぜたものを三斗(※4)、さらにそれを煮詰めて二斗にする。それから猪の毛を十把、刻んで粉にしたものを先の汁に混ぜ、頭に足が当たるほど折り曲げた姿勢で娘を杭に釣り下げると、その汁を娘の性器に注ぎ込んだ。一斗ほど入れると蛇が離れ、這って逃げようしたので打ち殺して捨てた。そのとき蛇の子が凝固して、蛙の子のようになったところに、猪の毛が突き立ったもの(※5)が、性器から五升(※6)ほど流れ出した。蛇の子が皆出てしまうと、娘は目を覚まし驚いた様子で話しはじめた。両親が泣く泣くこの出来事について問うと、娘が言うには「それが全然覚えてないのです。まるで夢でも見てたみたい」

 娘は薬の効力によって生き長らえ、それに感謝して慎ましく暮していたが、それから三年後、再び蛇と交わり、ついには亡くなってしまった。今回は「これはもう前世からの因縁だろう」と、治療することもなかった。
 それにしても医師の能力・薬の効力とは不思議なものだと語り伝えられている。


 ※1. 大阪府四條畷市・大東市付近。
 ※2. 原文では「嫁」の一言。
 ※3. 約90センチ。
 ※4. 約34リットル。『伊呂波字類抄』の数値より。
 ※5. 後述します。
 ※6. 約5.5リットル。『伊呂波字類抄』の数値より。

 以上がだいたい一般的な解釈に基づく意訳なのだが、すごく気になるところがある。それはこのヘビがオスメスどっちだったのかってことだ。
 実はこの一連の出来事をリアルっぽく想像してみると、ヘビがメスだったと考えた方がしっくりとくる。わが国には卵ではなくて子供を産む、卵胎生のマムシが広く分布しているから、娘に「嫁いだ」ヘビがマムシのメスだったとすれば、※5の体内から子ヘビが溢れ出してくる描写にも納得がいく。この場合ヘビは子供の出てくる総排泄腔のあたりまで、すっぽり娘の体内に入り込んで、そこで子ヘビを出産したのだろう。

 とは言うものの、男女の交接を意味する「嫁」とあるからには、このヘビはやっぱりオスでないとまずい。というわけで長らく※5の一文は「そのとき蛇の精液が凝固して、蛙の卵のようにドロドロになったところに、猪の毛が突き立ったもの」という風に勝手に解釈していた。液体が凝固する「凝りて」という言葉がポイントで、精液が凝固してカエルの卵を包んでいるゲル状の物質っぽくなるというのは想像しやすい。このエピソードの典拠となった『日本霊異記』の頭注にも「がまがえるの卵」(※7)とあるし、「五升」という単位が用いられていることからも、これが落としどころじゃないかと思うのだが……。

 一般には「子」という言葉を遵守して、ヘビの子が出てくると解釈されることが多いようだ。この岩波書店の「日本古典文学大系」では特に注釈もされてないが、カエルの子=オタマジャクシって感じなのかな。だとすると娘は体内で放出されたヘビの精液によって、この短い時間で無数の子ヘビを孕んだことになる。突飛だけれど説話としてはおもしろい。なにせヘビの精液はメスの体内で数年間生き続けるほど強力らしいし。
 とまあ、そんな感じで色々考えた末に、今回は上記のようななんとも曖昧な意訳文になった。ただ「猪の毛が突き立ったもの」というところフォーカスすると、せっかく刻んだイノシシの毛をストーリー中で生かすなら、ゲル状物質にちくちく刺さっているよりも、子ヘビ一匹ずつに突き刺さっている方が絵としておもしろいとは思う。

 ところでこのエピソードには、何カ所かどうしても意味の通らない文がある。頭注に「文意不通」とか「誤訳したものか」と書かれているところだ。とくに娘の術中体位はさっぱりなので、ここは『日本霊異記』を参考にした。頭と足がくっつくほど体を折り曲げ、体内に薬液を一斗も流し込んだとあるから、性器を上に向けて固縛して釣り下げたのだろう。めっちゃ恥ずかしいポーズだ。記憶がなくてほんとよかった。それをずっと見てた両親も、さぞかしいたたまれなかったことだろう。
 ヘビには半陰茎(ヘミペニス)という生殖器が左右に一つずつ付いている。たまにヘビの足に誤認されているものの正体は、多くの場合、飛び出したこの生殖器である。娘の体内に突っ込んだはずみで飛び出した生殖器が、釣り針の「かえし」のように引っかかったとすれば、全然抜けなかったというのもなんとなく納得。

 ちなみに江戸時代に書かれた『耳嚢』のなかにも、ヘビがうっかり体内に入ってしまったときの取り出し方が書いてあって、それによると「医書にも、「胡椒の粉聊(いささ)か蛇の残りし所へ附くれば、出る事妙也」とありしが、夫(それ)よりも多葉粉(たばこ)のやにを附くれば、端的に出るなり」(※8)とのこと。ヘビにタバコのヤニを塗り付けるだけ。めっちゃお手軽!

 ※7. 『日本靈異記 中巻 女人、大蛇に嫁はれ、藥の力に頼りて、命を全くすること得る縁 第四十一』(遠藤嘉基, 春日和男校注『日本古典文学大系〈70〉日本靈異記』岩波書店 1967 所収 p.293)
 ※8. 根岸鎮衛『耳嚢 巻之十 蛇穴の中へ入るを取出す良法の事』(根岸鎮衛著, 長谷川強校注『耳嚢 下』岩波書店 1991 岩波文庫 所収 p.398)。( )のフリガナは適当につけた。

 ※上記『今昔物語集』の意訳は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行』より「第三十九」「第四十」そこのヘビ、なにやってんの! って話

『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行 蛇見女陰発欲出穴當刀死語 第三十九』
『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行 蛇見僧昼寝マラ(※1)呑受婬死語 第四十』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)

 いるに違いない海のUMAランキング1位がメガロドンだとすると、陸のランキング1位のUMAはどれだろう。メジャーさなら雪男やサスカッチあたりの獣人系UMAだろうけど、「いるに違いない」というとヘビ関連の誰かではないかと思う。でっかいヘビの目撃情報は世界各地にあるし、日本にも小さめだけど異形感たっぷりのツチノコがいる(でかいヘビの目撃例もある)。紀元前のローマ vs カルタゴの最中に現れた、剥いだ皮が120フィート(約37メートル)のヘビなんてのはちょっと難しいとしても、映画の『アナコンダ』(1997)に出てきたくらい(15メートル前後?)のヘビはきっといるに違いないと思う。

 神話や伝説のなかにも数多くのヘビが登場する。ユダヤ教やキリスト教ではイヴを誘惑したヘビを筆頭に、もっぱら邪悪なものとして描写されているが、古代ギリシャやエジプトにおいては信仰の対象であった。中国では卜占の対象となることも多かったようだが、『捜神記』などの説話集のなかには子供を食べる大蛇や、ツノの生えたヘビの話を散見することができる。
 わが国の信仰や俗信にもヘビは古来より深い関わりを持っている。人に害をなす怪物のように描かれていることもあれば、『神様はじめました』の瑞希のような神使だったり、神そのものの変化だったりすることもある。人との婚姻譚も多い。『今昔物語集』のなかにも大小、善悪さまざまなヘビが登場するが、下記の二つのエピソードに出てくるヘビは少々まぬけで……。

 下の「続きを読む」より、「野ションしてる女性の性器に欲情して穴から飛び出したヘビが、刀に裂かれて死ぬ話」「昼寝してるお坊さんの性器にかぶりついたヘビが、精液を飲んで死ぬ話」の2編についてごちゃごちゃ書いてます。

 ※1.「摩羅/魔羅」男性器。もとのタイトルの文字は「門構えに牛」。


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『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事』より「第十二」済州島の食人族の話

『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事 鎮西人、至度羅嶋語第十二』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)

 近所のスーパーではレジを出たところで、たまにDVDのワゴンセールをやっている。微妙な作品がワゴンにぎっしり詰まっていて、1枚350〜500円。とくに目当てのものはないのだが、いつもつい覗いてしまって、結局また微妙な作品が増える。そんなワゴンセールで最近『ラスト・カニバル 怪奇! 魔境の裸族』(1973)というのを買ってきた。パッケージには「これが「元祖・食人映画」だ!!」とか「鮮血飛び散る人喰部族との狂気のサバイバルバトル!」といった香ばしい文句が踊っている。監督はイタリアの食人映画職人ウンベルト・レンツィ。以前「食人族パック」という悪趣味なDVDのセットを買ったことがあるのだが、そのなかの一枚『食人帝国』(1980)を監督してた人らしい。『食人帝国』が良かった覚えがあったので、ホクホク買ってきたのだけれど……なんか違ってた! 確かに秘境で裸族で食人で、意外なほど丁寧に撮られてるんだけど、全部ちょこっとずつ摘んだ感じ。メインは金髪のイケメンと原住民の女の子との恋愛ドラマだったりする。うーむ……。

 ……というわけでわが国の古典にも「鮮血飛び散る人喰部族との狂気のサバイバルバトル!」っぽい作品があるよ! というのが、この『今昔物語集』の「鎮西の人、度羅の島に至れる語」。舞台となった「度羅の島」は韓国の済州島を指している。まあ全然バトルとかしてないんだけど(流血もない)、『今昔物語集』のなかではわりと珍しいめの海洋奇譚で、秘境ものっぽい要素もあるエピソードだ。

『鎮西の人、度羅の島に至れる語 第十二』

 今は昔、鎮西(※1)、□の国の□の郡に住んでいる人が、商いのために沢山の人と一隻の船に乗って、未知の世界に行き、本国に返っていたところ、鎮西の未申の方角(※2)の、はるか沖合に大きな島がある。人が住む気配があることから、船の者たちは島を見て「こんな島があるぞ。上陸して食べ物の補給などしよう」と思い、船を漕ぎ寄せてその島に皆で上陸した。そしてある者は島の状況を見て回り、ある者は箸の□伐ってこようと(※3)散り散りになっていった。

 しばらくすると山の方から、大勢の人がやってくる音が聞こえてくる。様子がおかしい「こんな見知らぬところには鬼がいるかもしれない。このままこうしているのはヤバい」と、皆急いで船に乗り込み、海上へと去り、山の方から地響きをさせて現れたものを「何者だ?」と見やれば、烏帽子を折って結んだ(※4)男たちが、白い水干のはかま(※5)を着けて、百人あまりも出てきていた。船の者たちはこれを見て「なんだ人じゃないか。これなら怖れることもないな。ただし知らない土地のことだから、奴らに殺されたらおしまいだぞ。あんなに大勢いるんだ。近寄せたらまずい」と思い、ますます遠ざかりながら見ると、奴らは波打ち際で船が去るのを見て、次々に海に飛び込んで船を追いかけようとしている。船の者たちはもともと皆兵士だったから、弓矢や太刀をそれぞれ備えていた。そこで手に手に弓をとって矢をつがえて「奴らが追いかけてくるぞ。近付いてきたら射てやる」と言う。奴らは皆ろくに身を守ることもせず弓矢も持たず、船の者たちは多くの人が皆弓矢を手にしているものだから、奴らは無言でこっちを見てよこし、しばらくして山の方へと戻っていった。船の者たちは「これはどうしたことか」と惑ったが、奴らが追いかけてくるかもしれないと思い、怖れをなして遠く逃げ去ったのだった。

 さて鎮西に帰ってから、この出来事をあまねく人に語ったところ、そのなかの老人がこれを聞きつけて言うには「それは度羅の島(※6)というところに違いない。その島の住人は、人の姿をしながらも人を食べるという。だから案内もなく人がその島に行けば、大勢集まってきて人を捕らえ、たちまち殺して食べてしまうと聞いている。あんたたちは賢かったから、奴らを近寄らせずに逃げることができた。近寄らせたりすれば、百千の弓矢を持ってしても、取り付かれたら敵わない。皆殺されてしまう」。船に乗っていた者たちはこれを聞くと、ぞっとして増々怖ろしく思った。
 これによって人のなかの劣った者の、人に似ず悪い物を食べる者を度羅人と呼ぶ(※7)。ただ□思うに、これを聞て後ぞ度羅人ということをば知ける(※8)。
 この話は鎮西の人が上京して語ったのを聞き次いで語り伝えられている。


 ※ □は欠字。

 ※1. 九州。
 ※2. 南西の方角。
 ※3. 1文字欠字になっているが、「食事毎に新しい箸を使用する習慣の反映とすれば」(頭注)、ここは「箸の材料になる枝を伐ってこよう」って感じ。織田信長は食事ごとに箸を捨ててたらしいけど、この人たちの場合はどうだったのかな。ゲンを担いだのか、単に綺麗好きだったのか。もしかすると航海中ってことで清水を大事にしてたのかもしれない。あ、それなら海水で洗えばいいか。
 ※4. 軽装の意味。
 ※5. 平安期の簡素な衣装。
 ※6.「とらのしま」韓国の済州島。耽羅(たんら)、耽牟羅(たむら・たんもら)、屯羅(とんら)という表記もある。もともと独立国だったが百済の属国的なポジションにいて、百済が衰えると、新羅の完全な属国になり、新羅が滅んだあとは高麗の郡のひとつとなっている。忙しいというか、大変な来歴だ。『日本書紀』によると日本との関わりは、斉明天皇7年(661)に日本に対して初めて朝貢を行い、天智天皇4年(665)に使者が来朝している。一時はわりと国交があったらしいが、新羅の属国になって以降、往来はほぼ絶えていたようだ。
 ※7. 当時のことわざか慣用句のような書きっぷりだけど、頭注によれば「未だ他の文献に徴し得ない」とのこと。
 ※8. この一文、読み下し文です。欠字にはなにが入ってたのだろう。

 ……裸族もバトルもカニバリズムなシーンもなくて申し訳ない。かいつまんで言うと、見知らぬ島に上陸してみたら原住民が大挙して現れたので、大慌てで逃げたってところ。ファーストコンタクト大失敗でドタバタって感じがよく表現されていて楽しい。上記の※6の通り『今昔物語集』が成立したのは、度羅の島との交流が絶えて久しいころで、なぜ食人族なんてイメージを抱くことになったのは分からないが、当時海上を行き来した商人は、本土から遠く離れた度羅などの島国を非常に怖れていたらしい。面白いのは似たようなファーストコンタクトでも北方の島に辿り着いた場合は、同様にびびりながらもしっかり食糧を分けてもらって、あの島の人は神様だったんじゃないかなんて言ってる(※9)。

 それからこの話には「鬼がいるかもしれない」というセリフがある。当時「鬼」には死霊を意味する「鬼」と妖怪・怪物を指す「鬼」があって、どっちを指しているのか迷うことも多いのだが、ここで船乗りが言っているのは幽霊じゃなくて、人に直接的な害をなすモンスター的な「鬼」のようだ。

 ※9.『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事 佐渡國人、為風被吹寄不知嶋語第十六』

 ※上記『今昔物語集』の意訳は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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荻田安静『宿直草』変なタコの話

 

 荻田安静編著『宿直草』より「蛸も怖ろしきものなる事」(高田衛編・校注『江戸怪談集〈上〉』岩波書店 1989 岩波文庫 所収)

 先日のH・G・ウェルズ『海からの襲撃者』(←前の記事へのリンクです)のところでちょっと書いた、江戸時代の変なタコの話。怪談集『宿直草』より、何人かの男達がタコについての怪談、奇談を披露しあうという構成。

「蛸も怖ろしきものなる事」

 あるところで四、五人が雑談をしていると、そのなかの一人がこんなこと言った。「タコは怖ろしい生き物だよ。津の国の御影の浜(※1)で磔があって死体が晒されていた(※2)のだが、そこに毎晩坊主が一人やってきて、自分が番をすると言う。そこでその里の浪人が行って様子を見てみると、その坊主の正体はタコだったのだそうだ。死体を喰っていたのだ」

 すると鍋島家(※3)に仕える福地某という人が「そんなこともあるだろうな。私もかつてはタコを好んで食べていたのだ。ところがあるとき潮だまりに舟を繋いでいると、三尺(※4)ばかりのヘビがいて、体を半分ほど海に漬けていたかと思うと、いつのまにか手長ダコになって海のなかに消えていった。それ以来タコは食べていない」と言う。

 するとそこにいた見るからに色が黒く、潮風に慣れた感じの海辺の人が「いや、人がタコになることはありませんよ。それにヘビがタコに変わるというのもどうかなぁ。ヘビはタコを釣ろうとするし、タコもまたヘビを捕ろうとする。小さいヘビはタコに捕られるし、大きいのはタコを捕まえる。まるで竜虎の争いのように(※5)」と賢そうに話した。

 片隅で菓子をかじっていた法師はそれを聞いてうなずくと、こんなことを話しはじめた。「その通りでございます。私が以前丹後(※6)におりましたときに、青侍(※7)三、四人と連れ立って舟遊びをしたことがありました。沖の方には出ずに遠浅のところに舟を漕いで、みさきのように突き出た州の、葦の穂が茂ったあたりに達したころには、みないい酒に酔っぱらい、はやりの歌が乱れ舞っておりました。千鳥足のものもいれば、舟の後ろで釣をして、竿のしずくでびしょ濡れになってはしゃいでいるものもおります。明月の詩を誦し窈窕の章を歌う(※8)様子は、かの子瞻(蘇軾)の楽しみもかくやと思われるほどでした。やがてあるものが「ここには桂の竿も蘭の舵(※9)もない。余念も波が打ち消した。そろそろ帰るとしよう。舟を戻せ」と言えば、またあるものが「夕暮れが過ぎてもこうしていたいなぁ。ほら、あそこに見えるのがこの浦で一番美しい景色だぞ。杯に酒を残すのは惜しい。さあ、舟を進めよう」と言いますので、そちらを見やれば、人がどれだけ美しく築いたとしても、とても及ばないほどの絶景がございます。そこで磯づたいに舟を進めましたところ、岸辺の草は海水に濡れ、岩間の苔は潮風に向かっております。落ちるにまかせて枯れ葉が積もったところには、高さ三間、太さ二尺(※10)ほどの松が、海を招くように梢を突き出し、山に根付いておりました。雌松の葉にも惹かれましたので、「あの松の陰で休もう」と舟を進めますと、三十間(※11)ばかり手前で、あるものが「松の根は赤いものだが、そばにあるあの黒いものはなんだ?」と言います。「さあ、一体なんなのだろう」などと言っているうちに、舟はますます進んで十五、六間ほど(※12)に近づきました。すると波しぶきをあげて薄紫の五尺(※13)ばかりのものがあらわれ、垂れ下がった松の梢を引っかけ、あの黒いものに取りつきました。そこで舟を止めさせ「なんだあれは?」と言えば、それを見た船頭が「話に聞いたことがあります。こんな天気のいい日には、ヘビが出てきてタコを釣ると。上の黒いのが蛇、下の紫なのはタコではないですかね」と言います。皆、なるほどと思ってよくよく見てみれば、長さ三間、太さ一尺(※14)ほどの烏蛇(※15)が、松の水面から一間(※16)あまりのところの枝に絡みつき、尾を二、三尺(※17)水に漬けています。「こりゃあ、見ものだな」と見物していると、またタコの腕が一本のびて、枝にかかります。すぐさま次の腕を次々に引っかけて、四本の腕で松の枝を下へ下へと引っぱりはじめました。ヘビはというと、これは上へ上へと引いております。たがいの力にさしもの松も揺るぎわたること、まるで綱引きのようでした。その光景を舟からは固唾を呑んで見物しておりました。「どうしても下に引く力が弱いから、タコが釣られるな」と誰かが言ったとき、ヘビの運が尽きたのでございます。絡みついていた松の枝がもとからポキリといって、海に落ちました。「うわぁ!」と歓声があがります。松の枝はしばらく浮き沈みしておりましたが、ヘビはとうとう海面にはあらわれず、やがて枝ばかりが浮きあがってきたのでした。」


 ※1.「津の国」(つのくに)は「摂津国」(せっつくに)の古称で、今の大阪府の北西部から兵庫県の南東部にあたる。「御影の浜」(みかげのはま)は、今の神戸市東灘区御影浜町のあたり?
 ※2. 死後三日間晒されていたのだそうだ。
 ※3. 肥前佐賀藩。その藩主。化け猫騒動で超有名。
 ※4. 90センチ強。
 ※5. だからヘビがタコに変わったのではなく、タコに捕まって喰われたのが変身したように見えたんじゃないか、という意味。
 ※6. 丹後の国。今の京都府北部。
 ※7.「なまさむらい」下級の武士。
 ※8. 中国宋代、蘇軾作の『前赤壁賦』の一節。「誦明月之詩、歌窈窕之章。」蘇軾が長江に遊覧して詠んだもの。
 ※9. これも『前赤壁賦』の一節。「桂棹兮蘭將木」。脚注には「中国の伝説にある、月の中に生えるという桂の木で作った楫」とある。
 ※10. 高さ約5.5メートル、太さ約60センチ。
 ※11. 約55メートル。
 ※12. 30メートルほど。
 ※13. 1.5メートルほど。かなりでかい。
 ※14. 長さ約5.5メートル、太さ約30センチ。でかい、というか太いな。
 ※15.「からすへび」シマヘビの黒いやつ(黒変個体)。
 ※16. 約1.8メートル。
 ※17. 60〜90センチほど。

 最後に話した「法師」、学があるからって設定なんだろうけど、やけに話が長いので、トークの流れをまとめると、

 A「タコは怖いよ。坊主に化けて、死体を食べるよ」
 B「ありそう! 俺はヘビがタコに化けたの見たよ」
 C「いやいや、タコは人には化けないし、ヘビもタコにならないよ。タコがヘビを捕ったのを見まちがえたんだよ」
 D「その通り。昔タコがヘビを捕るところ見たよ」

 って感じ。Dが法師です。

 江戸時代末期の『想山著聞奇集』では、タコはますます奇怪な生物になっている。ヘビが変化したタコは七本足で、五本の足で立ちあがると、残り二本の足ですたすた歩きまわり、墓を暴いて死体を盗むなんて書いてある。すごいなタコ! めちゃくちゃだ。映画の『吸盤男オクトマン』(1971)みたいだ。南方熊楠はこのタコになるヘビについて、『十二支考』の「蛇に関する民族と伝説」のなかで次のように記している。

宗祇『諸国物語』に、ある人いわく、市店に売る蛸、百が中に二つ三つ足七つあるものあり。これすなわち蛇の化するものなり。これを食う時は大いに人を損ずと、怖るべし見え、『中陵漫録』に、若狭小浜の蛇、梅雨時章魚に化す。常のあるものと少し異なる処あるを人見分けて食わずといえる。『本草啓蒙』に、一種足長蛸形章魚に同じくして足最長し、食えば必ず酔いまた斑を発す。雲州でクチナワダコといい、雲州と讃岐でこれは蛇の化けるところという。蛇化の事若州に多し。筑前では飯蛸の九足あるは蛇化という。(※18)


 讃岐地方にはタコが陸にあがってナスビを食べまくるという民話が伝わっている。タコの頭の丸い形状や体色が、なんとなくナスビに似てることから発想されたものなのかもしれない。死体を貪るのに比べれば随分かわいらしい話だが、やっぱり普通に陸で活動してるんだよな、タコ。

 ※18. 南方熊楠『十二支考〈上〉』岩波書店 1994 岩波文庫 p.289-290
 ※上記の意訳文は、主に脚注を参考にしていますが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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『今昔物語集 巻第十四 本朝 付佛法』より「第三」道成寺のヘビ女について

『今昔物語集 巻第十四 本朝 付佛法 紀伊国道成寺僧、寫法花救蛇語第三』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈24〉今昔物語集 三』岩波書店 1961 所収

 先日『幽霊・妖怪画大全集』(←前の記事へのリンクです)という展覧会に行ってきた。それ以来『道成寺』の「安珍と清姫」関連の本をつまみ読みしている。「清姫」は本当に好きなキャラで、熊野に行くことがあったら関連の史蹟(墓や塚があるらしい)をぜひ見て回りたい。それから京都の「妙満寺」(※1)には、もと「道成寺」の鐘(清姫が巻き付いたのとは違う鐘)が所蔵されているらしいので、これも一度見てみたいと思う。

「安珍と清姫」のストーリーは歌舞伎や浄瑠璃、推理小説やドラマのネタなどでよく知られているが、もとは古い説話で平安時代の仏教説話集『法華験記』に収録され、『今昔物語集』にもそれを典拠にしたと思われる説話が載っている。南方熊楠は『十二支考』のなかで、「予は清姫の話は何か拠るべき事実があったので、他の話に拠って建立された丸切(まるきり)の作り物とは思わぬが、もし仏徒が基づく所あって多少附会した所もあろうといえば、その基づく所は釈尊の従弟で、天眼第一たりし阿那律尊者の伝だろう」(※2)と記し、この説話の成立以前の最もよく似た話として『弥沙塞五分律』(※3)のなかのエピソードをあげている。

 愛欲に狂った女性が蛇になるという話は「安珍と清姫」のほかにも結構あって、女性が恋する相手は僧だったり、大工、お稚児と色々だけど、江戸時代の怪談本にもその手の話がいくつも収録されている。ストーリー的には「安珍と清姫」をベースにしてるものも多いが、やっぱり一番かっこいいのは「清姫」。妄執の強烈さ、蛇体のでかさ、毒気の威力、どれをとってもものすごい。ただ残念なことにこの『今昔物語集』の説話には「清姫」というキャラは出てこないんだけど……(後述)。

 ※1.「顕本法華経 総本山妙満寺」のサイト↓鐘については「見どころ」のページに。
 http://www.kyoto.zaq.ne.jp/myomanji/index.htm

 ※2. 南方熊楠『十二支考〈上〉』岩波書店 1994 岩波文庫 p.301
 ※3.「みしゃそくごぶんりつ」『弥沙塞部和醯五分律』(みしゃそくぶわけいごぶんりつ) 仏教の聖典の一部で律蔵(お坊さんの決まりをまとめたもの)のひとつ。

 また長くなってしまったので、収納しました。下の「続きを読む」より、『今昔物語集』の意訳、でっかいヘビのことなどごちゃごちゃ書いてます。


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『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報』より「第十」ハッピーな「瓶詰の地獄」について

『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報 土佐国妹兄、行住不知嶋語第十』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収

 漂流ものといえば、まず思い付くのが夢野久作の『瓶詰の地獄』……と書きたいところだけど、断然ブルック・シールズの『青い珊瑚礁』(1980)
 でもあの二人ってどういう関係だっけ? 全然関係ないなら、ちょっと趣旨が違うな……などと思いつつ検索してみたところ、ショッキングな事実が判明した。なんとあのブルック・シールズの全裸は、すっかり、完全に吹き替えだったんだそうだ! ボディダブルってやつだ。これ有名な話なのかな?? 全然知らなかった。検索なんてするんじゃなかった!

 ……というわけで、漂流ものといえば、『瓶詰の地獄』。孤島に流された兄妹の悲劇を、構成の妙で書ききった超有名作だ。夢野久作の作品のなかでは『ドグラ・マグラ』の次くらいに有名なんじゃないかと思う。タイトルの「瓶詰」は、二人が海に流したボトルメールに由来するものだが、二人が閉じこめられた「孤島」の隠喩でもある。
 上記の『青い珊瑚礁』をはじめ、このジャンル(?)の作品は悲劇的な結末を迎えることが多く、とくに『瓶詰の地獄』は悲劇的だからこその、あのキレッキレな構成だ。それでも、それは重々承知のうえで、たまにはハッピーエンドな漂流ものが見たい!
 
 ……というわけで、『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報』より↓……あ、それと『青い珊瑚礁』の二人は「いとこ」だったそうです。

『土佐の国の妹兄、知らぬ島に行き住める語 第十』

 今は昔、土佐の国の、幡多の郡に身分の卑しいものがあった。自分の住む浦ではなく、ほかの浦に田を作っていた。自分の住む浦には種をまいて苗代を作り、田植えの時期になると、その苗を船に積み込むと田植えの手伝いを雇い、食べ物をはじめ、馬鍬、唐鋤、鎌、鍬、斧、鐇(たつぎ)などにいたるまで、生活用品と一緒に船に積んで出発するのだった。一家には十四、五歳くらいの男の子と、その妹の十二、三歳の女の子があった。あるとき二人に船の番をさせて、両親は田植え女を雇うために、陸に上がっていた。

 ほんの少しのあいだだからと、船を浜辺に少しだけ引き上げ、とも綱もとらずに放っておいたのだが、二人の兄妹は船底に横になって、眠り込んでしまっていた。そのあいだに潮が満ちて、船が浮かび上がり、そこへ沖に向けて風が吹きはじめた。そして船は引き潮に運ばれて、はるか南方の沖合に流されてしまった。沖に出るといよいよ強い風に吹かれて、まるで帆を張ったかのように船は走る。ようやく目を覚ました二人が驚いて見ると、もといた浜辺とはまったく違う沖に出てしまっている。二人は泣きわめいたがどうすることもできず、ただ風に吹かれて流されていくばかりだった。両親はというと、田植え女を雇うことができず、仕方なく戻ってきてみれば、船が見あたらない。風を避けてどこかへ避難しているのかと思い、あちこち走り回って子供たちの名を呼んでみたが、答えるものはいない。何度もくり返し探し求めても、影も形もなく、とうとう諦めるほかなかった。

 さて兄妹の乗った船は、はるか南の沖に浮かぶ島に吹き寄せられていた。二人が恐る恐る上陸して船をつなぎ、あたりをうかがってみると、人のいる様子はなくどうやら無人島のようだ。帰るすべのない兄妹はただ泣くばかりだったが、それでどうにかなるわけでもない。やがて妹が話しはじめた。「今はどうにもならないよ、でもこのまま死ぬのはいやだ。この食べ物をがんばってちょっとずつ食べて、生き延びようよ。でもこれがなくなったらもうおしまいだから、急いでこの苗が枯れないうちに植えてみないと」それを聞いた兄は「そうだお前の言う通りだよ。そうだ、そうしてみよう」、二人は水のあるところの、米作りができそうな場所を探し、鋤や鍬などもみな揃っていたから、船に積んでいた苗をすべて植えた。そして斧や鐇などもあったので、木を切って小屋を作って住んでいたが、季節がら果物のなる木も多く、それらをとって食べながら暮らすうちに秋になった。前世からの運命だったのか、二人の田は素晴らしくよく実り、多く収穫することができた。そうして過ごすうちに、やがて年頃になった兄妹は、ごく自然に結ばれたのだった。

 年月が流れた。二人のあいだには男の子、女の子が次々に産まれたから、それをまた夫婦にした。大きな島だったから、さらに田を多く作り広げて、兄妹の子孫が島に溢れるほどになって、今にいたっているという。土佐の国の南の沖にある妹兄の島(※1)がこの島だと人々は語る。
 考えてみれば、前世の宿縁があったればこそ、その島に流れ着いて住み、兄妹は夫婦となったのだろうと語り伝えられている。


 めでたし、めでたし。
 個人的には妹よりも姉なんだけど、この気丈な妹はすごくいい(最近だと『  』(くうはく)の「白」もいい)。

 ※1の「妹兄(いもせ)の島」は、注釈によると高知県の「沖の島」ではないかとのこと。現在では「妹背山」という島の中央部に位置する山の名として「いもせ」の名をとどめているというのだが。ちょっとグーグルマップで見てみたところ、どうも四国本土に近過ぎると思う。絶海の孤島というイメージじゃない。兄妹の出身地である幡多郡から普通に見える距離だ。確かにほかに適当な島は見当たらないけど、これなら帰れるような気がする……↓


大きな地図で見る

「沖の島」が属する高知県宿毛市の「宿毛文教センター」のサイトを見てみると、「集落の歴史」のなかに「元久元年(一二〇四)三浦則久が鎌倉をのがれて沖の島に渡来し、 その子孫が島の領主となった」(※2)とあり、それ以前のことはよく分からないが、島に人が住みはじめたのが鎌倉時代以降だとすると、『今昔物語集』の成立時期と矛盾が生じる。ただ万葉の時代から和歌山県の紀の川を挟んだ二つの山を「妹背山」と呼んでいるし、またそういう地形を指して「妹背山」と呼ぶことがあるらしいから、もしかするとこの説話も、先に島の地形に基づいた「妹兄島」という名があって、そこから発想されたものなのかもしれない。

 ※2.「宿毛文教センター」↓「宿毛歴史館」のなかの「集落の歴史」より。「宿毛の民話」ではこの説話についても触れられてます。
 http://www.city.sukumo.kochi.jp/sbc/index.html


 以下、あまり関係のない話。この話を読むと手塚治虫の初期の代表作(で傑作)『ロストワールド』のラストシーンを思い出してしまうので、それについて。舞台は絶海の孤島……じゃなくて、謎の遊星「ママンゴ星」。星にとり残された若き天才学者「敷島博士」の傍らには、美しい植物人間の「あやめ」が半裸で寄り添っている。

敷島博士「ああ、もうぼくたちは地球へ帰れなくなってしまった……永久にふたりだけになってしまったのだ」「ね、ぼくたち兄妹になろう」
あやめ「あたしを妹にしてくださいますの……うれしいわ」
敷島博士「そしてぼくたちは、ママンゴ星の王さまと女王さまだよ」
あやめ「おにいさま」(※3)


 発表された時代(1948年)からして、色々な配慮をした結果だとは思うけど、「結婚しよう」とかじゃなくて「兄妹になろう」というのが、なんかもやもやしてて素晴らしい。(※4)

 そのころ地球では「ジュピター博士」によって、ママンゴ星に関する重大な発表が行われていた。天文台がママンゴ星のジャングルのなかに人間を発見したという。精密な「スペクトルム分析」によって、その人間、二人の少年少女のうち少女の体が、植物であることが判明したらしい。

ジュピター博士「いまから五百万年後」「ふたたびママンゴ星がわが地球に接近したときには、彼らの子孫 ── 動植物人がわれわれの遠い子孫と、ほがらかに握手するであろう」(※5)



 ※3. 手塚治虫『ロストワールド』角川書店 1994 角川文庫 手塚治虫初期傑作集 p.226-227
 ※4. 戦前に描かれた『ロストワールド 私家版』にはこの兄妹云々のくだりはなく、もう少し年長者向けの表現になっている。
 ※5. 手塚治虫『ロストワールド』角川書店 1994 角川文庫 手塚治虫初期傑作集 p.245

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。
 ※コミックからの引用は、読みやすいように改行を調整しています。


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『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼』より「第六」埋められた器物の謎について

『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼 東三條銅精成人形被掘出語第六』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収)

 小学生のころ「神さん」と会ったことがある。ある日学校から帰ると、玉砂利を敷いた庭のまんなかに、でっかい穴があいている。なんだこれと思いながら勝手口から母屋に入ると、当時はまだ存命していた祖母が、ほっぺたにホクロのある知らないおばさんとお茶を飲んでいた。
 そのおばさんが「神さん」だった。自分には全然心当たりがなかったのだけれど、当時実家では少々気味の悪い出来事が頻発していたらしい。そこで祖母の古くからの知人の「神さん」に、家を見てもらうことにしたのだそうだ。

「神さん」はやって来るなり家の周囲をぐるっとひとまわりして、敷地内の二カ所を掘るようにといった。それが裏の物置の床下と、さっき穴のあった庭のどまんなかだったのだ。その日休みをとっていた父親が、腰のあたりまで掘ったところで、庭からは壷が出た。それまでは半信半疑だった父親も、出たからには仕方ないってことで、次に物置の床板を剥がしてそこも掘り返した。するとまた同じくらいの深さから壷が出た。

 二つの壷は見た目もサイズも漬け物にぴったりな常滑焼だった。なかには土がいっぱいに詰まっていて、ビニールシートの上でひっくり返してトントンと揺さぶると、固まっていた土がまずバラバラ落ちて、それからヘドロのような黒い泥が大量に流れ出た。なにかが腐ったような、すごい悪臭がしたそうだ。なぜそんなものが埋まっていたのか、家族にはまったく心当たりがなかった。その泥と土はゴミ袋に入れて、壷と一緒に「神さん」が持ち帰ったらしい。

 人をぞっとさせるような怖い話でないのが残念だけど、これは身近に起きたちょっと不思議な出来事の一つだ。実は自分が見たのはすべてが終わったあとで、残すは穴を埋めるだけってところだったから、この黒い泥は見ていないし臭いも嗅いでない。ほとんどは祖母と父親から聞いたものだ。当時は不思議なパワーのある人がいるもんだなーって程度の認識だった。アホな小学生だったのだ。
 推理小説なら「神さん」もしくは家族の誰かが、事前にこっそり壷を埋めてたってことになりそうだけど、状況を知っているだけにそれは現実的ではないように思う。またこの「神さん」は普通の主婦で、霊視とか占いとか、そういったことを生業にしているわけではなかったようだ。後日祖母が菓子折りを持って挨拶にいったのを覚えているが、見料のようなものを支払ったかどうかはわからない。

 で、なんでこんな話を書いたのかっていうと、これと似た感じの話が『今昔物語集』のなかに載っていて、その枕のつもりで書きはじめたら長くなってしまったのだった……↓

『東の三條の銅の精、人の形となりて掘り出されたる語 第六』

 今は昔、東の三條殿に式部卿の宮という方が住んでおいでになったときの話。

 南の山に身長三尺(※1)ほどの太った五位(※2)が、時々現われて歩きまわる。それを御子(式部卿の宮)がご覧になられて、薄気味悪く思われていたのだが、なおも五位の歩くことがたび重なったため、名高い陰陽師を召されて、その祟りについて尋ねられた。
「これはもののけ(※3)でございます。ただし人に害を成すようなものではございません」と陰陽師が占い申したので、御子は「その霊はどこにいるのだ。またなんの精なのだ」と重ねて問われた。すると陰陽師は「それは胴の器の精霊でございます。宮の辰巳(※4)のすみの土のなかにあります」と占い申した。

 そこでその言葉に従い、宮の辰巳の方角の地面を限定して再び占わせ、占いに出たところを二、三尺ばかり掘らせてみたが、なにも出ない。陰陽師が「もう少し掘ってみてください。ここであることに間違いはございません」と申すので、さらに五、六寸(※5)ばかり掘らせてみると、五斗(※6)ばかり入るくらいの胴の提(※7)が掘り出されたのだった。
 それ以来、五位の歩くことは絶えてなくなったという。

 どうやらその銅の提が、人になって歩いていたことに間違いはないようだ。考えてみればなんとなく可哀想な気がする(※8)。このように器物の精は人の姿となって現われることがあり、そのことは人々によく知られていると語り伝えられている。


 ※1. 約90センチ。ちっこい。
 ※2. 律令の官位で、かなり偉い。深緋という濃い緋色(赤色)の装束を身に着けていた。
 ※3. この「もののけ」は続いて出てくる「霊」「精」と同義。ごちゃ混ぜに用いられている。
 ※4.「たつみ」南東の方角。
 ※5. 15〜18センチ。
 ※6. 現在1斗は約18リットル。五斗は約90リットル。
 ※7.「ひさげ」ヤカンに似た形状の酒や水を注ぐための器。
 ※8. 原文では「糸惜シキ事也」(イトホシキコトナリ)。

 地中深く埋まり、人の姿で現われた妖しいものに対して、「糸惜シキ事也」(イトホシキコトナリ)という著者の感性が素晴らしい。また「提」のまるっこい形状と赤金(アカガネ)と呼ばれていた銅の材質が、赤い装束を着て太ってるというこの「五位」のビジュアルに、しっかりと反映されているところもおもしろい。器の擬人化だ。冒頭のうちの実家の話でも、事前に褐色肌の双子の女の子なんかが目撃されていればよかったのだけれど、残念ながらそんなことはまったくなかったようだ。

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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