「小説・日本 」カテゴリ記事一覧


米田三星『生きている皮膚』

 米田三星『生きている皮膚』(鮎川哲也編『怪奇探偵小説集〈1〉』双葉社 1983 双葉ポケット文庫 あ02-1 所収)

 エロいゴシップで浮名を流した女流作家「川口淳子」(34)は癌に蝕まれていた。乳房の表皮にできた悪性の腫物が右の腋窩まで這い上がり、乳房の上方で小さいイチゴほどの形で表皮を破っていた。表皮癌である。彼女は顕微鏡のレンズ越しに自らの組織片を覗き見ると、病状を告げるいとまもなく錯乱した。「顔、顔だ! …… やっぱり生きていたのです! あいつの皮膚が生きている!」
 皮膚に呪われている……そんな妄想に川口淳子が憑かれた理由は、彼女の遺書によって明らかになった。それは自らの犯した異様な犯罪を告白する手記であった。数年前、彼女はとある大学教授を騙し、植皮の手術を受けたのだった。自分のバラの刺青の入った皮膚と、昏睡させたある人物の皮膚を交換したのである。私怨を晴らすための犯行だった。その人物とは……。

 著者、米田三星は内科の開業医で、本業を生かした短編を数本発表し、昭和7年の『血劇』を最後に筆を折った。この作品は雑誌『新青年』の新人ショーケースみたいな企画に掲載された著者のデビュー作で、巻末の鮎川哲也の解説では「全体的に素人っぽい」などと評されてしまってるが、怪しげな雰囲気は上々。面白い作品だった。
 本作は病院の怪談めいた「村尾医学士の話」と、女の陰険な復讐を描いた「川口淳子の手記」(こっちがメインです)という、まるで印象の異なる二つの章からなっている。この二つのパートの嵌合のぎこちなさが、「素人っぽい」と指摘された所以なのかもしれないが、自分はどっちも楽しく読めた。プレパラートの細胞が人の顔に見えるという発想は、人面瘡のユニークなバリエーションで、発表当時の読者にはさぞ目新しかったに違いない。メインの「川口淳子の手記」は手記らしからぬ人称に戸惑ってしまうが、植皮手術が行われた「暗い屋敷」は、ゴシック小説のような抜群の雰囲気。隠微で変態っぽい空気が漂っている。ヒロインの女主人ぶりも素晴らしかった。著者の本業に関連する描写には、グロさ生々しさよりもメディカルな冷たさ、硬質感が感じられて、作品のアクセントになっている。推理小説としてはどうかと思うが、怪奇小説ファンには楽しめる作品だと思う。

 それにしても『新青年』は不思議な雑誌だ。大脳生理学者だった木々高太郎をはじめ、医者、技術者、科学者が、自分たちの本業を生かした小説をドカドカ投稿していた。しかも怪作、奇作が目白押し。今出てたら絶対に購読する。



『怪奇探偵小説集〈1〉』
 双葉社 1983 双葉ポケット文庫 あ02-1
 編・解説:鮎川哲也

 収録作品
 『悪魔の舌』村山槐多
 『白昼夢』江戸川乱歩
 『怪奇製造人』城昌幸
 『死体蠟燭』小酒井不木
 『恋人を食う』妹尾アキ夫
 『五体の積木』岡戸武平
 『地図にない街』橋本五郎
 『生きている皮膚』米田三星
 『蛭』南沢十七
 『恐ろしき臨終』大下宇陀児
 『骸骨』西尾正
 『舌』横溝正史
 『乳母車』氷川瓏
 『飛び出す悪魔』西田政治
 『幽霊妻』大阪圭吉

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海野十三『生きている腸』

 海野十三『生きている腸(はらわた)』(『十八時の音楽浴』早川書房 1976 ハヤカワ文庫 JA73 所収)

 医学生「吹矢隆二」は、その日も朝から、腸(はらわた)のことばかり考えていた。彼はすこぶる風変わりな医学生で、助手でもないくせに、大学医科にもう7年も在学していた。長い在学期間、彼はひたすら腸のことを考えていたのだ。そして今夜、彼は刑務病院の外科長を強請り、おそらく囚人から切除したばかりの「生きている腸」の入手に成功したのだった。
 その日から吹矢と生きている腸の奇妙な同棲生活がはじまった。ガラス管に満たされたリンゲル氏液に浮かぶ腸は、吹矢の施術によって劇的な変化を遂げ、やがて大気中でも生存できるようになった。並行して感情を有しているかのような反応を見せることもあった。吹矢は腸を「チコ」という愛称で呼び、ペットのように慈しみ、戯れた。そしていよいよこの実験に関する論文に取り掛かることになった。

 著者は戦前から推理小説、少年冒険小説、空想科学小説などの分野で活躍した、日本のSF小説の先駆者である。一方、本名の佐野昌一名義で、電気化学、数学等の分野の著作も発表している。残念ながら自分は個人全集(三一書房から出てます)を持ってないのだが、主要な作品は傑作選で手軽に読めるし、SFや怪奇系のアンソロジーに収録されていることも多いから、お馴染みって感じの作家だ。
 で、日本SFの始祖と呼ばれ、「科学思想の普及につくした」とされる著者の、代表作とは言えないまでも、最もメジャーかもしれないのが本作『生きている腸』である。超ゲテモノ。

 本作には川端康成の『片腕』のような詩情もメタファーっぽいところもなく、驚異的な変化を遂げる臓物の様子が、環形動物の観察日記みたいな感じで書き連ねられている。ストーリー自体は自業自得、因果応報の物語なんだけど、説教臭いところが全くないのがよかった。主人公のキャラが少々掴み難いように感じたが、その分メインの直腸生物「チコ」の描写は冴えている。振動電流を流した際の、チコのそこはかとなくエロい反応や、脱皮を繰り返し「少し色のあせた人間の唇とほぼ似た皮膚で蔽われることになった」(p.24)というチコの質感等々、真に迫った描写が頻出する。
 内臓を弄ぶというと、ひたすらグロく、生臭くなりそうだけど、本作には妙な清潔感があって、そのせいかナンセンスな印象が強い。これならグロいの苦手な人でもわりと平気かもしれない。あと、われながらどうかと思ったのが、腸の元の持ち主が判明した途端、それまでのチコの挙動がにわかに可愛らしく思えたことだった。



『十八時の音楽浴』
 早川書房 1976 ハヤカワ文庫 JA73
 著者:海野十三
 解説:石川喬司「海野十三ノオト」

 収録作品
 『生きている腸(はらわた)』
 『宇宙女囚人第一号』
 『第五氷河期』
 『十八時の音楽浴』
 『放送された遺言』
 『ある宇宙塵の秘密』
 『軍用鮫』
 『千年後の世界』
 『特許多腕人間方式』
 『地球を狙う者』

 ISBN-13:978-4-1503-0073-9
 ISBN-10:4-1503-0073-9


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睦月影郎『生娘だらけ』

 

 睦月影郎『生娘だらけ』祥伝社 2016 祥伝社文庫

 十八になる家老の息子「修吾」は、三沢藩士の子女が通う女ばかりの藩校「桜桃舎」に下男として潜入していた。桜桃舎では十七になる「珠代姫」が身分を隠して学んでおり、その身辺を警護する密命を帯びていたのだ。そしてもう一つ、彼には特殊な務めがあった。
 桜桃舎の生娘たちが出す下肥は、近在の豪農に高値で買い取られており、できた野菜などは献上品として用いられていた。確かにどっかのおっさん産というよりも、武家の生娘たちのものだと思えば気分がいい。修吾はそんな下肥の管理と百姓たちへの采配を一任されていたのである。
 修吾は何かと忙しなく立ち働きながら、女の園の暮らしをエンジョイしていたが、あるとき美人剣術指南役の「弥生」に素破(忍者)と疑われ、捕えられてしまう。そしてどエロい責めを受けるのだが……。

 タイトルに偽りなしの「生娘だらけ」な一冊である。著者の作品の多くには超能力者や妖怪やらがザクザク登場するが、本作は前に感想を書いた『姫の秘めごと』(←前の記事へのリンクです)同様、超常的な要素が全くないタイプの作品(くノ一は出てくる)。とはいえ当然、普通の時代ものではない。あくまでも背景扱いなのが少々残念ではあるが、下肥云々のくだりなど、なさそうでありそうな絶妙なさじ加減が心地いい。実際に江戸時代には下肥を出す階層によってその買取価格が違ってた、なんて話もある。大奥の下肥は価値が高かったとか。
 主な女性キャラは、剣術指南役で年上の「弥生」、年下の村娘「小梅」、娘たちの教育係で後家の「真弓」、そして「珠代姫」という面々。なかでも弥生と小梅はダブルヒロインって感じの活躍をみせる。それぞれのキャラ付けは上記の『姫の秘めごと』で書いたので重複を避けるが、毎度似通った「いつものキャラ」であっても、主人公との関係性が異なっているので意外に飽きがこない。微調整に工夫が凝らされている印象。

 で、本作のお姫さま「珠代姫」について。今回は上記の登場人物のほかに、姫の母親や下働きの少女たちの濃厚な濡れ場があるため、肝心の姫の出番が少なからず食われてしまっているように思う。お姫さま目当ての自分としては寂しい限りだが、嬉しいことに主人公との濡れ場のほかにも上質なエロシーンが用意されていた。男女の身体を学ぶ講義のなかで、「教材」となった珠代姫が皆の前で体をさらすのだ。同門の少女たちの、同性ならではの容赦ないリアクションが素晴らしい。ナイス羞恥プレイなので、この手のが好きな人には強くオススメできる。フェティッシュなエロてんこ盛りで、気楽に読める作品。



『生娘だらけ』
 祥伝社 2016 祥伝社文庫
 著者:睦月影郎

 ISBN-13:978-4-3963-4204-3
 ISBN-10:4-3963-4204-7


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江戸川乱歩『人でなしの恋』/『木馬は廻る』

 江戸川乱歩『人でなしの恋』
 江戸川乱歩『木馬は廻る』(『江戸川乱歩推理文庫〈5〉陰獣』講談社 1987 所収)

 エロっぽい人形というと、球体関節人形。そりゃ魔改造フィギュアやラブドールもエロいけど、こればかりは刷り込みみたいなものだからしょうがない。エロい。あのぐりっとした球体パーツがエロエロしいオーラのもとになってるような気もするが、あまり掘り下げないでおく。で、球体関節人形といえばハンス・ベルメール、伝統的な構造の人形を倒錯的に作り変えた「始祖」だ。しかし人形愛の人かというと、そうでもないイメージ。日本では四谷シモン。ベルメールにインスパイアされた先駆的な人形作家で、こちらは自身が認める人形愛まっしぐらな人である。
 ベルメールの作品はヒンデンブルクが爆発した1937年に日本で紹介されている。四谷シモンがベルメールの作品を初めて見たのは1965年のことだったらしい。以来、日本製の球体関節人形は、ベルメールを始祖として頂きながらも、四谷シモンの強い影響のもとに連綿と作り続けられることになる。
 ネット上ではレディ・メイドのスーパードルフィーなども含め、多くの人形作家によって生み出された人形の画像を見ることができる。どの人形も美しく、神秘的な雰囲気を漂わせていて、オブジェのように展示されているものもあれば、個性的な衣装で飾られ、相当慈しまれてるなーってことが伝わってくる人形も多い。こうした人形たちが程度の差はあれ疑似恋愛の対象になり得ることは想像に難くない。中には『人でなしの恋』の浮世人形のようなヘビーな愛され方をしている人形がいるかもしれない。
 面白いのは、さかのぼればベルメール由来の外貌を備えたそれらの球体関節人形が、機能や取り扱いの点で伝統的な人形に先祖返りしていると思われることだ。わりと言及されることが少ないが、ベルメールの人形2体のうち先に作られた個体、初号機には、素晴らしいギミックが搭載されていた。人形のヘソから体内を覗くと、電球で照らされたパノラマが見えるのだ。そこには6部屋に区切られた円環状のケースが収められていて、一つ一つの小部屋がそれぞれパノラマを内蔵しており、乳首を押すと場面が切り替わった。この初号機については製作の過程が克明にドキュメントとして残されているので、作りかけの装置を確認することができる。
 ベルメールの『人形のテーマのための回想』には下に貼った装置の図(※1)が載っていて、内蔵されたパノラマに関して次のような解説がされている。「パノラマは、小さなオブジェ、物質、悪趣味な色彩写真から生まれてきたものである。6つのそれぞれ色違いの小さな懐中電燈用電球が、順ぐりに必要な照明を供給する。」(※2) この電飾を施したのはベルメールの弟らしい。また『ベルメール写真集』では編著者がパノラマの様子をもう少し具体的に記している。謂く「このパノラマは、六つの色つき豆電球が照らし出す、北極の海に沈む船や少女たちの痰で飾られていると称されるハンカチや砂糖菓子やエピナル版画〈中略〉を収めた六つの箱から成っている」(※3)

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「《Musée》personnel」(1948)と題された写真がある。小物の並んだ飾り棚をモチーフとして選んだ、ベルメールのファンにはとても興味深い写真である。そこに並んでるのはおそらく彼の宝物なのだろう。ブリキの長靴を履いた猫、ミシンのミニチュア、ミニョネット3体、アフリカっぽいお面のミニチュア、カラフルな何か(ビーズ?)が入ったガラス瓶2本、ジャイロスコープ、根付けっぽい人形、赤いダイス、蒸気自動車のミニカー2台などなど、めっちゃ趣味がいい。いかにも宝物になりそうなものばっかりのラインナップだ。母親から幼年時代の思い出の品々が詰まった大きな箱が送られてきた、なんてことがあったらしいから、飾り棚に並んだいくつかは、その箱に入っていたものかもしれない。そして人形の体内には、当然、上記のような細々とした玩具の類いが収められていたのだろう。バカバカしくて、無邪気で、個人的で、実にノスタルジックなギミックである。
 ちょっと前にTVで霊能者っぽい人が、人の形をしてるのに中が虚ろ、だから人形には何かが憑きやすい的なことを言っていた。そういったスピリチュアルな妖しさが人形の大きな魅力であることは間違いない。しかしベルメールの人形にはきっと何も憑かないだろうなって気がする。ベルメールは一貫して人形をおもちゃとしていじくりまわし、それを撮影した。腹部に球体パーツを持つ二体目の人形(おっぱいが可動する2号機)にいたっては、バラバラのまま、ゲッターロボみたいに無茶な合体分離をさせたあられもない姿が多くの写真に収められている。

『人でなしの恋』は美しい一体の人形がでろでろに愛され、粉々に破壊される歪んだ愛欲の物語で、人形愛を題材にしたものとしては古典中の古典って感じの作品だ。著者自身、結構気に入っていたらしく、後年映画にもなってるし漫画化もされている。『木馬は廻る』は回転木馬の真ん中に突っ立って、ラッパを吹くことを生業にする中年男の切ない恋の話である。アウトラインは以前感想を書いた『踊る一寸法師』(←前の記事へのリンクです)と似るが、この作品にはエログロい要素は皆無。ろくに犯罪さえ起こらない。怪談でもない。それでも自分はこの作品が特に好きだ。ケレン味がない分、著者の筆力をより確かに感じることができる。見たこともない場末の「木馬館」の光景が、まるでヘソの穴から覗いたパノラマみたいに目に浮かぶ。ストレスでパンパンになった男が、なすすべもなく、ただ狂ったようにラッパを吹き鳴らす。それはなんとも痛々しく、切なく、ノスタルジックな光景である。


 ※1. ハンス・ベルメール(Hans Bellmer)著 種村季弘,瀧口修造訳『イマージュの解剖学』(“Anatomie de l'image”)河出書房新社 1975 p.21
 ※2. 同上 p.20
 ※3. アラン・サヤグ(Alain Sayag)編著 佐藤悦子訳『ハンス・ベルメール写真集』(“Hans Bellmer Photographe”) リブロポート 1984 p.15

 参考 Harry Jancovici, Bellmer : dessins et sculptures, Paris, La Différence, coll. « L'autre musée », 1983. 「《Musée》personnel,1948」が載ってます。



『江戸川乱歩推理文庫〈5〉陰獣』
 講談社 1987
 著者:江戸川乱歩
 解題:中島河太郎
 巻末エッセイ・乱歩と私:和久峻三(作家)「少年時代の私の乱歩」

 収録作品
 『踊る一寸法師
 『毒草
 『覆面の舞踏者』
 『灰神楽』
 『火星の運河』
 『モノグラム』
 『お勢登場』
 『人でなしの恋
 『鏡地獄』
 『木馬は廻る
 『陰獣』

 ISBN-13:978-4-0619-5205-8
 ISBN-10:4-0619-5205-6


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鮎川哲也『積木の塔』

 鮎川哲也著, 松本清張責任監修『書き下ろし・新本格推理小説集〈1〉積木の塔』読売新聞社 1966

 角川文庫の横溝正史シリーズと同じく、亡き祖母の蔵書から発掘した一冊。時刻表が載ってるトラベルミステリーである。初読の作品だったが、火サス屈指の傑作ドラマ、大地康雄の「鬼貫警部シリーズ」でバッチリ見てるので、全然初読って気がしなかった。
 
 最初の事件は目黒の喫茶店で発生する。客の男が毒殺されたのである。被害者はレコードのセールスマン「和田塚」、加害者は彼と同席し、行方をくらませたサングラスの女だと思われた。遺留品は皆無だったが、目撃者の証言によって女が「稲村」という男の妻らしいことが判明した。ところがその稲村の素性が分からない。和田塚の満州時代の知人ではないかとのことだったが、すぐに捜査は行き詰まってしまう。終戦のどさくさで資料が散逸してしまっているのだ。そこで当日被害者と同席していた女の行方を捜すことになった。女が所持していたライターを頼りにローラー作戦が展開され、捜査に当たっていた「鬼貫警部」がその住居にたどり着いた時、彼女がすでに殺害されていたことが判明する。女の名は「鶴子」。博多発急行「海星」の中で殺害され、車外に遺棄されたらしい。彼女には複数の愛人がおり、その中の一人、福岡在住の「由比」という男に目星を付け、捜査員が九州に向かう。

 ここまでが全8章のうちの2章で、混迷していた捜査がようやく端緒についたところ。やがて捜査陣は容疑者の鉄壁のアリバイに足踏みを余儀なくされる。そのアリバイ崩しが本作のメインである。
 作品全体の印象は簡潔な文体も相まって、めっちゃソリッド。余計なモノを削ぎ落として、推理に必要なことだけ精錬して組み立てた感じの作品。鬼貫警部はなかなか出てこないけど、出てきたかと思うとバラバラな手掛かりを忍耐強く繋ぎ合わせて、複雑なアリバイを崩していく。そんな推理の過程を登場人物と一緒になってトレースするのが無性に気持ちいい作品だった。厄介ごとがどんどん片付いていく爽快感があるので、犯人から何から全部知ってても何の問題もなく、楽しく読むことができた。もっと早く読めばよかった。また時代背景はじめ随所に変更点はあるものの、ドラマの出来の良さも再認識できた。

 ところで全く話は変わるけど、最初に書いた通りこの本は祖母の蔵書だ。これまでにも何冊か祖母の本の感想を書いたが、いつも決まって、ばあちゃんどう思ってこれ読んだんだろうって思う。生前の祖母とはほとんど本の話をしたことがなかった。まじで「面白かった?」「面白かった」くらい。祖母は読書クラブに入ってたので、そこで使ってた感想ノートにはそこそこの量の感想が残っているのだけれど、やっぱりもっと色々話しておけばよかったと思う。



『書き下ろし・新本格推理小説集〈1〉積木の塔』
 読売新聞社 1966
 著者:鮎川哲也
 責任監修・解説:松本清張

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江戸川乱歩『湖畔亭事件』

 

 江戸川乱歩『湖畔亭事件』(『江戸川乱歩推理文庫〈3〉湖畔亭事件』講談社 1988 所収)

 主人公の趣味は覗き。それもがっつり装置を設えて挑む凝りに凝った覗き。自称「レンズ狂」。学校を卒業して、別段勤め口を探さねばならぬ境遇でもなく、なにがなしブラブラと暮らしている。趣味と合わせてなかなかのクズっぷりである。そんな彼がH山中のA湖畔にある「湖畔亭」という旅館に静養に出かけることになった。神経衰弱症を患ったのである。家族の勧めに従って、とはいうものの体のいい厄介払いだったのだろう。
 しばらく旅館の二階の部屋で、何をするでもなくぼやーっと過ごしていた主人公だったが、やがて悪いムシが騒ぎはじめた。幸か不幸か愛用のグッズ「覗き目がね」はしっかりトランクの底にある。旅館だけに獲物はよりどりみどりだ。早速、複雑に屈曲したシュノーケル状の「覗き目がね」を、湯殿の脱衣場に向けてセット。部屋にいながらにして快適な覗き生活を満喫する主人公だったが、あるときとんでもないものを目撃してしまう。脱衣場で女が刺されたのだ。犯人も被害者も不明。大量の血痕が発見され警察が呼ばれたが、捜査は進展しない。主人公は同宿していた洋画家の「河野」とともに、犯人を探しはじめた。なにせ主人公は犯行の決定的な瞬間を目撃しているのだ。

 この作品、ドラマの方を先に見てたので、この原作を読んでびっくりした。マジで全然違ってる。地下の水槽も、中継モニタも、スワンボートもない。何よりこの作品には明智探偵が出てこないのだ。原作だと言われてもわからないレベル。
 明智君に代わって本作で推理を披露するのは、青年画家の「河野」。主人公との関係性も含めて、なんとなくD坂の頃の明智探偵を彷彿とさせる。主人公はレンズ、幻灯(スライドみたいなやつ)、覗きに熱中する高等遊民で、乱歩作品の主人公にもってこいの好キャラである。自作にやたら厳しい著者は本作について「最初の部分はいくらか面白くかけたが、全体的には無理に辻褄を合わせたという外語るべきこともない〜」などといつものトーンで評しているが、主人公の開き直ったような独白は非常にキャッチーで、彼がいかにして仄暗い趣味に耽溺するようになったかを語るくだりには多くのページが割かれ、暗闇に浮かぶ幻灯のような〜と形容されるレンズの向こうの描写には、事件そのものや推理のパート以上に著者の熱気が感じられる。
 事件はわりと複雑な犯人と死体探しで、最後にどんでん返しがある。正直、河野の長い謎解きを読んだ後も全然ピンとこなかったのだが、サスペンスの点において本作のメインは覗きがばれそうでやばいってハラハラ。主人公がバカすぎて気が気じゃなかった。他人事ながら「早くシュノーケル片付けろよ!」って何度も思ってしまった。

 それにしてもドラマ。最近またまた見返す機会があったのだけど、なぜあんな感じになったのかさっぱり分からない。分からないけど、ドラマの方もしっかり面白かったので、後日そっちの感想も書こうと思う。



『江戸川乱歩推理文庫〈3〉湖畔亭事件』
 講談社 1988
 著者:江戸川乱歩
 解題:中島河太郎
 巻末エッセイ・乱歩と私:佐野洋(作家)「ある命日のこと」

 収録作品
 『闇に蠢く』
 『湖畔亭事件』

 ISBN-13:978-4-0619-5203-4
 ISBN-10:4-0619-5203-X


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横溝正史『本陣殺人事件』

 

 横溝正史『本陣殺人事件』(『本陣殺人事件』角川書店 1973 角川文庫 金田一耕助ファイル2 所収)

 昭和12年、岡山県の旧本陣「一柳家」の離れ座敷において、新郎新婦が死亡する事件が発生した。婚礼の夜の出来事である。新郎は一柳家の長男「一柳賢蔵」、新婦は小作人の娘で女学校の教師「久保克子」。二人が死亡した離れ座敷は降り積もった雪により完全な密室となっていたが、室内には犯人のものと思しき三本指の血痕が残されていた。克子の叔父で彼女の育ての親「久保銀蔵」は、旧知の名探偵「金田一耕助」を招聘する。

 この作品は全くの初読だったのだが、CSでやってるドラマやなんかで散々親しんだ作品なので、映像を思い浮かべながら読んだ。当然トリックも犯人も事前に知ってるわけなんだけど、今回ばかりはドラマ見といて良かった。じゃないと文章と附載されてる図を頼りに、本作のトリックをクッキリ想像するのは難しかったと思う。屏風の接合部の谷に沿って移動する刀とか、映像見てなかったら全然ピンとこなかったに違いない。

 で、そんなギミックに凝った事件の動機はというと、極端な処女厨の暴発。時代背景が異なるとはいえ、やっぱ、え、そんなんで?? という印象。金田一が長々と解説してはくれるんだけど。本作は執筆する前からトリックができていたというから、動機の訴求力の弱さにはそんな成立の影響があるのかもしれない。それにしても賢蔵、他にもっと方法があっただろうに。
 江戸川乱歩が本作を評した中には、犯行の動機と賢蔵を手伝うことになった弟「三郎」の心理の不可解さ、物足りなさが述べられている。また高峰三枝子の出てくるドラマ版では、マザコン要素で動機を補強していて、それなりの効果をあげていた。ただドラマでは三郎の役割が大幅にカットされてしまって、暗い激情に煩悶する賢蔵のキャラと、ある意味子供っぽい楽しいギミックに、少なからず齟齬が生じていたように思う。

 金田一シリーズ第一作の本作には色々新鮮な金田一描写がある。アメリカ時代の金田一がドラッグに溺れていたことや吃音症のことは、これまでにまばらに読んだ作品にははっきりと言及されてなかった。自分は巻数が記されてない本は適当に目についた巻から読むことが多いのだが、このシリーズの、少なくともこの作品は、主人公の来歴を知る意味からも最初に読んだ方が良かったかもしれない。それからあちこちに本作以降のシリーズの、特徴的なモチーフが散りばめられているのも興味深かった。日本刀にまつわる「因縁話」、閉鎖的な村社会、白痴美を体現したかのような「鈴子」のキャラなどなど。これらは残念ながらあまり描写されず、劇中で充分に生かされてるとは言い難いのだが、本作以降に書かれた作品では見事にストーリーの中核を担っている。

 最初に書いたように本作の映画やドラマはよくCSでやってるので、一本目の映画(1947)の他はほとんど見た。ATGの映画(1975)は時代を1975年に設定していて金田一役の中尾彬はジーンズ姿で登場する。石坂浩二や古谷一行のイメージが強いので、中尾彬??? って感じだけど、著者は中尾の金田一をかなり気に入っていた様子。ドラマの金田一シリーズ『ミイラの花嫁』や乱歩の美女シリーズでの怪演が印象的な田村高廣が賢蔵役を務めていて、作品自体の完成度も高い。おすすめの映画です。ちなみに著者の思い描く金田一耕助はズバリ渥美清らしい。
 というわけでドラマや映画に関する記述が多くなってしまったが、盛りだくさんの面白い作品だった。あと、少し前に読んだ作品にこの『本陣殺人事件』を連想させる作品があったので、直接関係はないけど触れておきたい。それは島田荘司の『龍臥亭事件』という作品で、本作と同じ岡山を舞台に琴が関わる密室事件が発生する。少々長いけど、一気に読めるとても楽しい作品だった。これもおすすめです。



『本陣殺人事件』
 角川書店 1973 角川文庫 金田一耕助ファイル2
 著者:横溝正史

 収録作品
 「本陣殺人事件」
 「車井戸はなぜ軋る」
 「黒猫亭事件」

 ISBN-13:978-4-0413-0408-2
 ISBN-10:4-0413-0408-3


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岡本綺堂『蛇精』

 

 岡本綺堂『蛇精』(結城信孝編『岡本綺堂 怪談選集』小学館 2009 小学館文庫 所収)

 江戸の終わり頃、とある村に「うわばみ」退治の名人が住んでいた。通称「蛇吉」。特殊な方法でうわばみを退治することで知られていた。彼は手斧を一丁持ち、粉薬で地面に三本の線を引くと、常に二本目の線より手前でうわばみを屠った。いつも「三本目を越して来るようでは、おれの命があぶない」と言っていた。
 ところがある時、二本目の線を平気で越えてくるうわばみが現れた。見物人が「もうダメだ」と溜息をつく中、やにわに半股引を脱ぎとった蛇吉が、呪文のようなものを唱えながらそれを二つに引き裂いた。するとうわばみもまた真っ二つに裂けて死んだのだった。それ以来人々はさらに蛇吉を畏敬するようになった。「蛇吉は人間ではない。あれは蛇の精だ」などと言う者も出た。蛇吉はというと、嫁を貰いそれなりに仲睦まじく暮らしていたが、徐々に覇気を失い、蛇取りを厭うようになった。しかし周囲からの懇願により、渋々ながら凶暴なうわばみと対峙することとなった。

 怪談集『青蛙堂鬼談』からの一編。蛇にまつわる奇談である。どことなくなんとなく洋風。↑のあらすじを書きながらそんな風に感じた。ドラゴンスレイヤーもの(蛇もドラゴンと同様に財宝を守護するキャラだ)というか、AVGのようなノリ。読んでるあいだは、舞台となった集落の因習や奇怪な蛇取りの様子に、民話(日本の)みたいだなーって思ってたんだけど。
 かつてはこの作品に出てくるような蛇取りを生業とする人が、全国の至るところにいたらしい。生業としてるかどうかはさておき、沖縄には今でもハブ取り名人がいる。沖縄以外の地域でも、マムシを捕まえて役場に持っていくと買い取ってくれるという話を聞いたことがある。蛇除け、蛇封じのまじないはとんど焼き(どんど焼き)にまつわるものをはじめ、全国各地に様々な形で現存する。最後に蛇を見たのはいつだったか、なんて暮らしをしてるとピンとこないけど、毒ヘビの生息する地域において、蛇避けは生死に関わる重大事なのだ。
 こんな風に書くと蛇の忌み嫌われぶりがハンパない感じだが、こと日本において蛇ほど崇拝と排斥が極端な生物はない。忌避されてる分だけ神聖視もされている。神社のしめ縄は交合する蛇を模したもの、といった説もある。

 蛇についてはこれまでにもちょこちょこ書いた(ヘビ好きなので)ので重複は避けるが、蛇のでかいのを「うわばみ」と呼ぶ。オロチ>ウワバミ>ヘビの順でサイズがでかく、呼び名が変わる。もちろん具体的に何メートル以上といった基準はない。うわばみにはなぜか耳が付いてるという説があって、耳のある大蛇に太腿をかぶりつかれた隠居が刀を持った下男に「早まるな耳のないのは違うぞ」と言った、なんて笑い話がある。「半股引」(はんだこ)は「股引」(ももひき)の膝丈のもので、祭りで着用してる人を見かける。これを引き裂いた途端、うわばみも真っ二つになるというのが呪術っぽくて面白い。また「蛇精」と言えば「蛇性」の『雨月物語』だが、本作の蛇精は色気皆無のおっさんである。最初あだ名程度の「蛇精」だったのが、最後の方ではマジで蛇精なのでは? って感じになってる。真相がわからないのがもどかしいけど、不思議な余韻が残る。この怪談選集には本作も含めて『青蛙堂鬼談』から七編が収録されている。

「少年の蝮を捕りて水渉る」 高浜虚子


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