「古今著聞集 」カテゴリ記事一覧


『古今著聞集』変なカメについて

『古今著聞集 第二十 魚蟲禽獣第三十 (六八八) 久安の此西國の人知足院忠實に毛生ひたる龜を獻上の事』(永積安明, 島田勇雄校注『日本古典文学大系〈84〉古今著聞集』岩波書店 1966 所収)

 去年は「日本映画専門チャンネル」で「総力特集・ゴジラ」(←前の記事へのリンクです)をやってたが、今度は「チャンネルNECO」で「【5ヵ月連続企画】生誕50年 大ガメラ祭」が始まっている。今月は「平成ガメラ編」、12月からは「昭和編」で、最初は『大怪獣ガメラ』(1965)と二作目の『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(1966)から。(※1)
 大映の特撮映画というと、ガメラよりも「大魔神」(1966)や「妖怪シリーズ」(1968~)の方が馴染み深くて、ゴジラ同様しっかり見たことのない作品が何本もある。ジグラとかジャイガーとかマッハ文朱の出てくるやつとか。今度やる「大怪獣~」は灯台のシーン、「バルゴン」はおっさんが「目が見えへん!!」って叫ぶ洞窟? のシーン(怖かった)の印象が強くて、あとはよく覚えてないので放映が今から楽しみだ。

 最初のガメラはエスキモーの伝説の怪物という設定で、かつてアトランティス大陸に生息していたという。エスキモーの伝説に本当にでかいカメが出てくるのかどうかは未確認だけど、実にそれらしい設定だ。そこでガメラみたいなカメの怪獣・怪物について手近なお馴染みの本をチラ見してみたのだが……コレ! というのがなかなか見付からなかった。カメの出てくる話自体は結構あったんだけど。
 UMA関連本にはいくつか怪獣・怪物っぽいのがあって、ピーター・コステロの『湖底怪獣』にはアイルランドのブレイ湖の怪物の目撃例が載っている。これは1963年ダブリンの夕刊紙に載ったL.Rという匿名の読者からの投書↓

 夕日のなかで、私たちは静まり返った湖面を見おろしていた。と、突然水しぶきとともに水中からカバの背中のような大きなこぶ状のものが現れ、カメの頭に似た巨大な頭部を水面から九十センチぐらいも上に出し、ゆっくりと数メートル泳いだ。胴まわり三メートルから三メートル六十ぐらいの丸い胴体がはっきりわかった。出現したときと同様、突然音もなく潜り、うずを残してすうっと消えうせた。(※2)


 怪獣ってほどじゃないけどまずまずの大きさだ。
 ジェイムズ・B・スィーニの『図説・海の怪獣』に載ってる目撃例はもっと怪獣っぽい。オーストラリアのクイーンズランドで目撃されたカメ怪獣は「歯と鋸歯状の刻みのある顎骨」を備えていたという↓これは1809年、ローベルという女性による報告。

 私のみた部分はおよそ二七ないし二八フィートですが、全体では三十フィートはあったに違いないと思います。それは水面から顔をのぞかせている間中、口を開きっぱなしでしたが、鼻孔が見当たらなかったので、私は口で呼吸しているのではないかと考えました。顎の長さは約一八インチで、頭と首は緑がかった白い色をして、首には大きな斑紋があり、真っ黒な目と上下の顎のまわりをぐるりと白い輪が取り囲んでいました(※3)


 クイーンズランド州では「モカ・モカ」と呼ばれる巨大なカメが頻繁に目撃されていたらしい。カメ目の最大種のオサガメの甲長が最大約2.5メートルだから、30フィート、約9メートルというのはバカでかい。これ実際に目撃したらきっと怪獣に見えると思う。

 UMAではないけど、フランスには伝説上のメジャーなカメ怪獣が2頭もいる。南フランスの「タラスク」(Tarasque)と北の「ペルーダ」(Peluda)がそれで、タラスクはタラスコン(Tarascon)という地名の語源にもなっている。ともに甲羅がある怪物という設定だけど、カメ分は控えめでドラゴンの眷属のようだ。
 ヒンドゥー教の三つの最高神の一つヴィシュヌ神の第二形態は「クールマ」(Kūrma)という巨大なカメの姿で、神話上の天地創造時に「神々が海をかきまわしてアムリタという不死の飲料を探しているあいだ、大地をささえることを引き受けました」(※4)。これがヒンドゥー教における天地創造神話の「乳海撹拌」で、ミルク状の海をぐるぐるかき回しているうちに次々と天地が創造されるというもの。ここんとこ記紀の国生みを彷彿とさせる。古代インドの「亀蛇宇宙図」でも大地を支えるのは大亀で、後にクールマと同一視されることになった。そのカメとヘビの合体っぽいビジュアルは、キトラ古墳や高松塚古墳の「玄武」の図によく似ている。玄武といえばガメラ! である(ホライゾンの「日溜玄武」もぶっ壊れたとはいえ怪獣っぽくていい)。

 さて、わが国のカメ怪獣・怪物事情はというと、これがまたほんとに寂しい限り。カメは『日本書紀』にもわりと重要な役割で出てくるし、上記のように古墳の壁画に描かれるほどの人気生物なのに。笹間良彦の『日本未確認生物辞典』では「鼈(スッポン)の妖怪説はあるが、亀の妖怪説はない」(※5)なんて断言されていて、もともと霊獣扱いってことで妖怪化(怪物化)されにくいのかも知れない。
 確かに妖怪図鑑を見ても水の妖怪カテゴリーはカッパ無双だ。ただカッパのイメージにはカメのモチーフが多分に含まれているから、カッパに集合されてカメのキャラクターが失われてしまったケースはあったと思う。古賀侗庵の『水虎考略』にはどーみてもカメかスッポンだよねこれって図が含まれているし、各地に伝わるカッパの中にはいかにもカメ妖怪って感じのカッパがいる。岡山県にはカッパとはしっかり別に「オオガメ」という池の妖怪がいて、子供をとって尻子玉を抜くと伝えられていた。
 もっとでかくて本格的にカメ怪獣っぽい生物が捕獲されたという話もある。『熊野新聞』の連載記事『熊野の森から』によると「その昔、紀州熊野浦で「豊年亀」が生け捕りにされたという。女の顔をした、体長一丈八尺(約5メートル)もある謎の大亀であった」(※6)。また松江の月照寺には大亀の伝説が残っていて、境内には碑の土台になったでっかいカメの像もある。伝説ではこのカメが夜毎町に出て暴れ、人を食うこともあったと伝えられている(※7)。これは怪獣っぽいな。

 説話集を見てみると「浦島太郎」を筆頭に報恩話のオンパレードで、カメはすっかり恩返しキャラだ。『今昔物語集』でも唇をカメに噛まれたアホな男の話(※8)が目を引くくらいで、やはり報恩譚が多い。もひとつ古い『日本霊異記』でも同様。
 嘘か真か判然としないいかがわしい(どうでもいいような)話を知りたい時に頼れる本、『耳嚢』には「あすは川亀怪の事」「亀玉子を生む奇談の事」「亀と蛇と交る事」「白亀の事」など、カメの話がいくつか収録されている。「あすは川亀怪の事」は現在の福井市の足羽川に出た大亀を殺した男が、大亀の連れ合いの雌亀に祟られる話。サイズがはっきり書かれてないのが惜しいけど、このカメは人を襲って食べたという。男の夢枕に立って歌を詠む雌亀も登場する。当時はヘビとカメが交雑するという俗信が根強くあったようで「亀玉子を生む奇談の事」「亀と蛇と交る事」はその手の話、「白亀の事」はタイトル通りのアルビノ亀の話だ。量的にはヘビやキツネには及ばないけど、さすが『耳嚢』。どれも報恩譚でないのが面白い。

 どんどんスケールが小さくなっていってるが、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』とともに日本三大説話集とされる『古今著聞集』にも短いけど変なカメの話が収録されている↓

 久安の頃(1145~1151年)、毛の生えた亀を、西国の人が知足院殿(藤原忠実)へ献上した。甲長は三寸(約9cm)ほど。その上に青色の毛を生やしている。その長さは一寸(約3cm)にもなったそうだ。瑞亀(※9)という評判であった。宇治の左府(藤原頼長)へお見せした時は、冠、直衣を着けていらっしゃったそうだ。


 以上が全文の意訳。……メインだったはずなのに短いなこれ。
 ここに出てくるカメは、まず間違いなく甲羅に藻を生やした「ミノガメ(蓑亀)」ってやつで、「緑毛亀」「緑藻亀」などとも呼ばれて古くから縁起のいい生き物として珍重されてきた。中国ではカメの甲羅に人工的に藻を生やすことも行われているらしい。絵本などに出てくる浦島太郎が乗った大亀にも、甲羅の後ろの方にフサフサ毛が描かれることが多いけど、実際のウミガメにはミノガメと呼ばれるほどに藻が長く生える事はないらしいから、あれは蓑というよりも老成したカメの記号的な表現なのかもしれない。
 人工ミノガメを作るくらいだから、当然中国でも毛の生えたカメは縁起物とされてきたが、一概にそうとも言えないらしく『捜神記』には真逆の記述がある。これも短いので全文を引用↓

 104 亀に毛が、兎に角が生えれば
 商(殷)の紂(ちゅう)王のとき、大きな亀に毛が生え、兎に角が生えた。これはやがて戦乱が起こるという前兆である。(※10)


 陰陽のバランスが崩れると生物に異変が生じたり、奇形が生まれたりする(『ウルトラQ』みたい)。こうした異変はもっと大きな世の中の乱れの前兆だという。大凶事の前兆として生まれ、不吉な予言をするという妖怪「件」(くだん)にも通じるものがある。
 実はここまで中国のカメ怪獣・怪物に全然触れてこなかったのは、数が多すぎて上手くまとめきれなかったのだった。『捜神記』にも馬を川に引き込む大亀、カメに変化する女、城の土台になった巨大亀など、色々なカメの話が載ってるし、怪生物てんこ盛りの『山海経』には図入りで何例も登場する。

 ところでカメとの関係は薄いが、カメーカメーって思いながら妖怪辞典を眺めていたら気になる妖怪がいた。それは埼玉に伝わる「ケッカイ」という名の妖怪だ↓

 動物の怪。出産時に現れるという。血塊と書くが結界の意味の転じたものか。浦和地方では、出産の時屏風を巡らせるのは、ケッカイが縁の下に駆け込むのを防ぐためといっている。駆け込まれると産婦の命が危ないという(「愛育会調査」)。(※11)


 姿形はさっぱりながら、気味の悪い妖怪である。陰陽のバランスが崩れている。同名の妖怪は神奈川県にもいて、同じように出産時に現れるが、こっちは縁の下に駆け込むのではなく、炉の自在鉤を登るという。黒い毛の生えた人とも獣ともつかない姿をしているらしい。『耳嚢』にも「巻之八」に似た感じの話が「奇子を産する事」(※12)というサブタイで載っていて、町人の女房が「血(けつ)くわいを煩ふて暫(しばらく)なやみける」とある。「血塊」は「患う」ものらしい。この女房はやがて大量の玉のような血の塊とともに、二寸ほどの小さい人を産み落としたという。
『耳嚢』には以前感想を書いた「彦坂家椽下怪物之事」(←前の記事へのリンクです)という話が「巻之七」にあって、↓に意訳を再掲するが、「縁の下」「黒い毛の生えた生き物」という点で、上記の「ケッカイ」との関連を想像させる。縁の下に駆け込んだ生物がやがて成長して……。

 文化三年寅年(1806年)、小普請支配の彦坂九兵衛は駿府の御城番を仰せ付けられ、当地への引っ越しのために取り込んでいたところ、ある日縁の下から奇怪なものが現れた。その頭はイタチの如く、足も手もなく全身は蛇の如く、太さは二尺(約60センチ)ほど、シュロのような毛を全身に生やしていて、長さは三丈(約9メートル)ばかりもあった。縁の下より出てきて、庭を輪になってしばらく進み、また縁の下へ入っていったという。何という生き物なのか、知る者はなかった。(※13)


 というわけで、もう0時になりそう。だらだらと書いてしまったけど、かいつまんで言うと、ガメラ楽しみ!
 最後に2chの過去ログ(※14)から感じのいいポエムを引用して終わります。

15 :犬大好き:04/01/15 14:35 ID:dgBasDNZ

「亀とさくらんぼ」

透明な亀にさくらんぼを呑ますと
食道を砕けた果肉が
花びらみたいに流れていくよ

首の付け根の桜色の袋に
タネだけがきちんと
納められたよ

わたしのが7個めのタネだね
むかしの人も呑ませたのかな
さくらんぼ

つぎにおまえがさくらんぼを呑むのは
わたしがいなくなった
ずっと後だね



 ※1.「チャンネルNECO」特設サイト→ http://www.necoweb.com/neco/sp/gamera/
 ※2. ピーター・コステロ(Peter Costello)著, 南山宏訳『湖底怪獣 その追跡と目撃』(“In Search of Lake Monsters”) KKベストセラーズ 1976 p.151
 ※3. ジェイムズ・B・スィーニ(James B. Sweeney)著, 日夏響訳『図説・海の怪獣』(“A Pictorial History of Sea Monsters and other Marine Life”) 大陸書房 1974 p.203
 ※4. トーマス・ブルフインチ(Thomas Bulfinch)著, 野上弥生子訳『ギリシア・ローマ神話 付インド・北欧神話』(“THE AGE OF FABLE”)岩波書店 1978 岩波文庫 p.403
 ※5. 笹間良彦『日本未確認生物辞典』柏美術出版 1994 p.78
 ※6. 中島敦司『熊野の森から 怪しの熊野 其の十七「豊年亀」』『熊野新聞』2015.05.30
 ※7. 松江市観光公式サイト。でかいカメの像の画像も載ってる→ http://www.kankou-matsue.jp/kankou/shiseki/shiseki-shaji/page18.html
 ※8.『今昔物語集 巻第二十八 本朝 付世俗 大蔵大夫紀助延郎等、脣被咋龜語第卅三』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)
 ※9. めでたい事の起きる前触れを示す亀。生き物全般を指して「瑞獣」という。
 ※10. 千宝著, 武田晃訳『捜神記』平凡社 1964 東洋文庫 10 p.108
 ※11. 千葉幹夫編『全国妖怪辞典』小学館 1995 小学館ライブラリー 74 p.59
 ※12. 根岸鎮衛『耳嚢 巻之八 奇子を産する事』(根岸鎮衛著 長谷川強校注『耳嚢 下』岩波書店 1991 岩波文庫 所収)
 ※13. 根岸鎮衛『耳嚢 巻之七 彦坂家椽下怪物之事』(根岸鎮衛著 長谷川強校注『耳嚢 中』岩波書店 1991 岩波文庫 所収)
 ※14. http://book3.2ch.net/test/read.cgi/poem/1074135629/ より。

 ※上記の意訳文は、主に頭注を参考にしていますが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある引用文以外の文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想ということでご了承ください。


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)