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山田正紀『少女と武者人形』/『壁の音』

 

 山田正紀『少女と武者人形』
 山田正紀『壁の音』(『夢の中へ』出版芸術社 1993 ふしぎ文学館 所収)

『少女と武者人形』
 別荘の屋根裏の武者人形。それを誰にも内緒で確認するのが少女の日課になっていた。彼女は叔母と、多分父親と一緒に別荘で過ごしている。少女は武者人形の剣に血が噴き出してくるのを確かに見た。あれは去年、母と弟が事故で死亡する直前のことだった。誰かが死ぬとき、武者人形の剣は血に濡れる。それを確かめるために、毎日屋根裏へと上がるのだ。
 その日屋根裏の窓からは、停めた車のなかで抱き合う父と叔母の姿が見えた。少女は下腹部になま暖かいものを感じていた。確かめると指先が赤く染まる。それが初潮であることはすぐにわかった。彼女は指先についた血液を、武者人形の剣のアルミニウムの刀身にこすりつけながら思った。自分は誰の死を願っているのだろうか。

 舞台は高原の別荘。針葉樹の森に囲まれている。登場人物は少女とその美しい叔母。それから父親がほんの少しだけ出てくる。生活感のない狭い少女の世界には、別荘の建材のオガクズのような匂いと、森に咲くヤマユリの香りばかりが濃厚に漂っている。メンタル不安定な子供が認識する世界ってこんな感じなのかなと思う。生活感はないけど子供的な現実感がある。ピントの合う範囲が極端に狭い。少女はいつからかおかしくなっている。去年母親と弟を同時に失った時から変調を来たしていたかのかもしれないし、父親と叔母の関係にどこかで気付いた時からそうなり始めたのかもしれない。劇中にはそれを窺わせるような描写がある。それとも彼女の肉体に起こりつつあった変化が精神に影響を及ぼしたのか。
 一見穏やかな狭い世界に、少女の軋むような小さな悲鳴が間断なく続いている。それに大人たちは気付かない。水槽の中でいつの間にか弱ってしまって、腹を上にして浮いている小さい金魚を発見。そんな気分になった。美しい作品。


『壁の音』
 今夜こそ壁の音を聞くことになるような気がする。そう「涼子」は思った。ゆで卵と水だけでかろうじて生をつなぎながら、緩慢な死を迎えようとしているのだ。自殺しようというのではない。ただ生きようという積極的な意思がないのだ。「壁の音」は彼女の故郷である北陸の雪国に、古くから語り継がれている言い伝えだった。彼女は子供の頃から、人が死ぬときには壁の音が聞こえてくるものと信じて疑わなかった。
 壁の音を待ちながら涼子は思い出していた。亡くなった祖母のこと。祖母はたった一人の彼女の肉親だった。壁の音について繰り返し話してくれたのが祖母だった。それから唯一の女友達のこと、彼女から知らずに奪ってしまった男のこと。彼は自殺をはかり、涼子にこう言い残した。「きみは、自分が死神だということを知っているのか……」涼子は朦朧とした意識のなかにたゆたいながら、微笑を浮かべている。

 この作品が収録されてる選集には、孤独な主人公を描いた作品が多い。他人から遠ざかるために自ら引きこもったり、会社や家族のなかで計らずも透明な存在になってしまっている主人公が何人も登場する。その最たるキャラがこの作品の「涼子」だ。彼女は他人に興味を持たない。共感もしないし同情心も抱かない。彼女は他人に冷淡で、人生に何の執着も持っていない。自分の生にすら執着しない。そんな風に見える。ところがじっくり読んでいるうちに、どうもそんなニヒルなキャラじゃないように思えてくる。ただ自分の居場所がここではないと確信はしているらしい。彼女は幼少時に家族を次々に失っている。置き去りにされた子供である。徐々に衰弱しながら思い出すのは死んだ人たちのことばかりだ。そして部屋にたちこめた甘ったるい自分の体臭を「懐かしい」という。おそらく彼女は自分でも覚えていないような幼少時に強く執着しているのだろう。彼女はそこに立ち止まったまま、いびつに成長してしまっている。そして過ぎ去った過去の、あるポイントへと導いてくれる壁の音をひたすら待ち続けている。孤独な女性の、記憶のモザイクのような切ない作品。


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