「映画・ドラマの感想 」カテゴリ記事一覧


『魔の巣 MANOS』

 魔の巣 MANOS

 どこかに向かってドライブしてる家族(夫婦と娘と犬)が道に迷った。場所はアメリカ南部のどこか。幼い娘はグズるし、母親はうるさいし、「俺はこれまで道に迷ったことがない」なんて言い張ってた父親の面目丸つぶれである。ぼちぼち日も暮れかけ、やばい状況になってきたかなーって頃、砂漠の道無き道を行き着いた先で建物らしきものに行き当たった。玄関らしきところにはみすぼらしい風体の男が立っている。この建物の使用人のようだ。とりあえず一夜の宿を求めてはみたが、男はシンプルな受け答えさえ覚束ない様子。精神と身体と言語に問題があるらしい。そこで家族はコレ幸いと勝手に宿泊を決めてしまうのだが、実はその建物は「マノス」なる邪神を信仰するカルト教団の本拠地だったのである。家族ピーンチ!

 久々に録りっぱなしになってたドラマや、積んであった映画をまとめて見ることができた。この藤子不二雄Aチックなタイトルの作品は、ずいぶん前にまとめて買った中の一本だったと思う。ジャケットがかっこいい。で、なんで今まで見ないでいたかというと、パッケージの裏に書いてあるちょっとした解説や煽りが、ことごとく視聴意欲を萎えさせたからである。言わく「カルト過ぎて、ご免なさい。こんな凄い映画はもう遭えない!」「ハロルド・P・ウォーレン監督のエド・ウッドを超えるカルトな演出を観れる唯一の作品」「トラッシュ・ムービーの傑作」。今回見てみる気になったのはひとえに上映時間のおかげだ。

 画質は著しく悪い。拾ったVHSに入ってたアメリカンポルノのような画質だ。ノイズがオーブのように入るシーンもある。変色もある。しかしその画質の悪さが、かえってプラスにはたらいている。そんな作品である。カメラアングルは不安定で、不必要にアップになったり引いてみたりする。カットの繋ぎもあまり見たことのない感じで不自然だ。無茶なことに舞台となった「とある怪しい建物」の外観を全然映さずに最後まで押し切っている。エロいシーンはせいぜい美人妻の着替えくらいで、グロいシーンは皆無である。思うにこの映画には、積極的に「映画を撮りたい」というスタッフがいなかったのではないだろうか。ノリノリで自ら館の主人を演じてる監督でさえ、映画の成功は露ほども信じてなかったに違いない。真面目に見れば見るほど、なぜこれを作ったのか?? という疑問が浮かんでくる(1966年といえばアメリカでは『ミクロの決死圏』が公開され、日本ではガメラとバルゴンが大坂を舞台に大暴れしていた)。作品の存在自体が怪しく、いかがわしく感じられる。この映画の美点を挙げるとするなら、作品全体が濃厚に醸し出すその怪しさ、いかがわしさだろう。拾ったVHSに入ってたアメリカンポルノのような。

 自分はトラッシュ・ムービーが好きってわけではないけれど、その手の映画が好きな人にはたまらない作品だと思う。きっともう見てるだろうけど。



『魔の巣 MANOS』(“Manos:the Hands of Fate”)
 1966 アメリカ
 監督:ハロルド・P・ウォーレン
 出演:トム・ネーマン/ジョン・レイノルズ/ダイアン・マーハ/ハロルド・P・ウォーレン/ステファニー・ネイルソン
 映像色 : カラー
 上映時間:68分


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『死霊館』

 死霊館

 アメリカ、ロードアイランド州、ハリスヴィル。「ペロン夫妻」と五人の娘たちが、広大な敷地に建つ古びたその屋敷に越してきたのは1971年のことだった。家族の新しい生活には引越しの当日から不吉な影がさした。まず閉ざされた地下室が見つかり、翌日には決して室内に入ろうとしなかった愛犬が死亡する。屋敷中の時計は午前3時7分で停止していた。さらに娘の一人はベッドで足を引っ張られ、妻の身体には覚えのない痣が浮き出した。腐臭が鼻をつき、亡霊の姿がかいま見えることもあった。
 屋敷に巣食う邪悪なモノの存在を確信した妻は、著名な心霊現象の専門家「ウォーレン夫妻」に調査を依頼する。すると時を置かずして屋敷の凄惨な来歴が明らかになった。屋敷は悪名高いセイラムの魔女裁判に関わりのある物件で、後年、殺人事件が発生していた。かつてここで暮らしていた母親が、自らの生後間もない赤ん坊を殺害したのである。ウォーレン夫妻の調査をきっかけに、怪奇現象は苛烈さを増していく。

『アナベル 死霊館の人形』(2014)との2枚組「ツインパック」を購入。約29分の映像特典(「体験者が辿る過去の恐怖」「専門家が語る悪霊の世界」「背筋も凍るホラー映画の舞台裏」)がついている。監督は『ソウ』(2004)シリーズのジェームズ・ワン。てことでどんなきっつい幽霊屋敷かとワクワクしながら見てみたら、びっくりするほど真っ当な幽霊屋敷ものだった。実話が元になっていることから関係者への配慮があったのか、こういうのも撮れるのよ! って感じなのかはわからないけど、『ソウ』のイメージからはかけ離れた作品になっている。もちろんへぼい映画ってわけではなくて、その真逆。このジャンルの作品としては、近年稀に見るほど丁寧に作られた上質な作品である。グロいシーンも不潔なシーンもないし、テーマもザ・家族愛って感じの美しさなので、家族で見ても割と大丈夫な気がする(PG12指定)。少々残念だったのは神父が活躍しないこともあって、オカルティックなアイコンが乏しいところ。それから可愛い五人姉妹のそれぞれの個性的な設定があまり生かされてないように思う。

 上記の通り実話ベースのこの作品、誠実そのものの登場人物も全て実在の人物をベースにしている。当然可愛い五人姉妹も実在した。ゴーストハンターな役どころの「エド」と「ロレイン」の「ウォーレン夫妻」は、世界的に著名な心霊・悪魔研究の専門家で、1950年代から1万件以上の心霊事件に関わっている。最もよく知られたケースは映画『悪魔の棲む家』(1979)のモデルになった「アミティビル事件」だろう。並木伸一郎の本でも夫妻は「全米一のデーモン・ハンター」なんて紹介されていて、古くからなじみ深い。呪いのアイテムてんこ盛りの資料館(死霊館)も「オカルト・ミュージアム」として実在し、全米はおろか世界中から集められた呪物が収蔵されている。劇中の資料館では立派な鎧兜がやけに目立っていたが、実際のミュージアムにも日本産のアイテムがちらほら混在しており、どんな謂れがあるのかめっちゃ興味深い。

 また劇中では「悪魔祓い」を行う際の教会とのやりとりが、いかにも面倒臭そうな感じで描写されている。実は1973年に映画の『エクソシスト』が公開されるまで、カトリック教会としては悪魔祓いは「無しの方向で」ってことになっていたのだ。『エクソシスト』をきっかけに「悪魔憑き」の症例が爆発的に増え、それに追随する形で「古代の野蛮な儀式」として封印されつつあった悪魔祓いが見直されたのである。この作品の案件が発生したのは1971年、まだ教会が悪魔祓いに否定的だった頃の出来事である。
『エクソシスト』以降、悪魔祓いのための典礼は改訂され、先代のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は自ら三度の悪魔祓いを行なったという。



『死霊館』(“The Conjuring”)
 2013 アメリカ
 監督:ジェームズ・ワン
 出演:ヴェラ・ファーミガ/パトリック・ウィルソン/リリ・テイラー/ロン・リビングストン/シャンリー・カズウェル
 上映時間:112分


 死霊館&アナベル 死霊館の人形 ツインパック


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『江戸川乱歩の美女シリーズ 湖底の美女』

 江戸川乱歩の美女シリーズ 湖底の美女

 信州白樺湖畔の「白樺湖レイクサイドホテル山幸閣」を舞台に連続殺人事件が発生する。一人目の被害者は著名な画家「河野陽水」の娘「陽子」。ホテルでは呼び物の一つとして「マリンガールの水中ダンスショー」を開催していた。地下の水槽からロビーの喫茶室のモニタに、魚の餌付けをする「マリンガール」の様子が生中継されているのだ。陽子の遺体はこの水槽で発見された。絞殺され、重しをつけられて水槽に沈められていた。おりしも河野家では陽水とその妻「忍」との離婚問題が持ち上がっていおり、その最中の犯行であった。
 一方、「明智探偵」は助手の「文代」「小林君」と連れ立って白樺湖を訪れていた。休暇中との理由で事件がらみの調査を断る明智だったが、たまたま居合わせた「浪越警部」らの強い要請に重い腰を上げることになった。

 前回感想を書いた『湖畔亭事件』(←前の記事へのリンクです)のドラマ版だが、登場人物の名前以外に原作との共通点を探すのが困難なほど徹底的に翻案された作品である。原作には出てこない明智探偵一行を登場させて、さりげなーくシリーズの一本に仕立てている。監督は名匠井上梅次、脚本はなんだかんだで明智役の天知茂と縁の深い宮川一郎。最初の事件が発生するまでに20分ほどかかっているが、その間に数多いメインの登場人物の人となりや、浪越警部言うところの「怪しく絡みあった人間模様」が実に手際よく描き出されている。
 原作に縛られない気楽さからか、本作の明智探偵はやけにフランクで親しみやすく、同行した文代君も新婚旅行の新妻のようにはしゃいでいる(原作のシリーズでは本当に結婚してます)。また平田昭彦がシリーズで唯一出演したのがこの作品で、悪徳弁護士「上村」役をいやらしく好演している。

 この作品には原作の超重要アイテム、覗き趣味の主人公が愛用する特殊な装置「覗き目がね」が出てこない。代わって用意されたのが、水中ダンスショーを中継しているカメラとモニタである。原作では「覗き目がね」から見た光景を「幻灯のような」と表現しているから、幻灯→TV中継という発想だろう。ただしロビーで大勢で鑑賞しているせいで、覗き感はゼロ。変態っぽさ、おどろおどろしさは残念ながら乏しい。そのあたりを補強する意味からか、手作り感満点のドクロこけしや、ドクロマスクがかなり強引に挿入されてはいるが、効果のほどは疑問。自分はこのドラマの方を先に見てたんだけど、やはりこのこけしとマスクには唐突な印象を受けた。チープで好ましいけど。
 ところで劇中、レイクサイドなのにマリンガールの水中ショーをソファに座って眺めている様子、どっかで見たなーって気がしてたんだけど、思い出した。「ミキモト真珠島」の「海女の実演」。パノラマ島の発想の元となった乱歩ゆかりの地である。

 今回これを書くにあたって少し調べてみたところ、驚くべき発見があった。なんとシリーズ中で明智探偵が着てるものすごい衣装の数々は、天知茂の私物だったのだそうだ。この作品でも細かいチェック柄(市松模様)の、天知茂以外にはとても着れそうにない柄のジャケットを披露している。
 このシリーズ第19作をもって井上梅次が監督を降板。五十嵐めぐみも本作を最後に文代役を交代している。



『江戸川乱歩の美女シリーズ 湖底の美女』(シリーズ第19作)
 1982
 監督:井上梅次
 脚本:宮川一郎
 原作:江戸川乱歩
 製作:松竹/テレビ朝日
 出演:(レギュラー)天知茂/五十嵐めぐみ/大和田獏/荒井注
    (ゲスト)野川由美子/松原千明/平田昭彦/高橋昌也/牟田悌三
 上映時間:92分


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『AVP2 エイリアンズ VS.プレデター』

 AVP2 エイリアンズ VS.プレデター

 見終わったところなので、忘れないうちに感想。エイリアンvsプレデターの2作目だ。物語は前作のラストを引き継いで始まるが、「物語」って書くのがためらわれるほどに、本作にはストーリーらしいストーリーがない。エイリアン・パンデミックの事後処理のために、コロラドの地方都市に単身やってきたプレデターがひたすらエイリアンを狩り、住人は住人でパニックに陥るというもの。これまでの「エイリアン」「プレデター」両シリーズの作品の舞台を思い出してみると、宇宙貨物船の船内、植民惑星、南米のジャングル、ロサンゼルス等々、バラエティに富んでいる。メインのモンスターが出てない時間帯も、その舞台に即した演出がなされて観客を飽きさせない。本作の舞台はコロラドの地方都市。なのでまずピザ屋のスタッフが理不尽にいじめられたりする、これまでシリーズでは見かけなかったようなシーンが続く。
 全体のノリはバイオ系のパニックものに近い。グロ要素とコメディ要素を排した健全な『バタリアン』(1985)って感じの作品だ。当然エロもないので家族で見ても安心(PG-12指定)。ただバイオものでいう感染力がごく弱いので、そういう緊迫感みたいなのはない。住人が雑な感じでパニックに陥ってしまって、気付けば街がとんでもないことになってる。

 本作の目玉はエイリアンとプレデターのハイブリット、通称プレデリアン! ……しかーし、前作では南極の地下ピラミッドというワクワクする舞台設定と、エイリアンとプレデターが戦うこと自体が目玉になっていたので、それと比べるとかなりジミ。というか、このプレデリアン、結構かっこいいデザインなんだけど、画面が真っ暗すぎて全然見えないのだ。しかも頭部(上半身)が母体となったプレデターと似ているものだから、ぱっと見のシルエットではどっちが出たのか分からなかったりする。非常にもったいない、不遇なキャラである。
 それにしてもこの画面の暗さ、とくにホラー映画っぽい雰囲気を醸し出してるわけでもないし、どうにかならなかったのだろうか。アクションシーンも暗かったり、一瞬だったりで今ひとつ盛り上がりに欠ける。せっかく美しく造形された着ぐるみのモンスター、出し惜しみせずにバンバン出した方が確実に需要に適っていたと思うのだが。

 ……という感じで、ぼやーっと思ったことを書き連ねてみたら、全体に物足りない作品みたいになってしまってるが、どこを取ってもガッカリな作品ってわけでは決してない。一例をあげると森のシーン。トータルで10分くらいだと思うけど、とても雰囲気がいい。倒木や下生えの陰から現れるフェイスハガーなんてとくに秀逸。一瞬だけど。このフェイスハガーと、あとチェスト・バスターに関しては、わりといいシーンが多いから、フェイスハガーとチェスト・バスターのファンの人にはごく地味にオススメ。ディスクには特典映像がたっぷり収録されてるので、買って損した! って気分にはならないと思う。



『AVP2 エイリアンズ VS.プレデター』(“ALIENS VS. PREDATOR: REQUIEM”)
 2007 アメリカ
 監督:コリン・ストラウス/グレッグ・ストラウス
 脚本:シェーン・サラーノ
 製作:ジョン・デイビス/デイビッド・ガイラー/ウォルター・ヒル
 出演:スティーブン・パスカル/レイコ・エイルスワース/ジョン・オーティス/ジョニー・ルイス
 上映時間:94分


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『恐怖のいけにえ』

 恐怖のいけにえ

 三人の美人TVクルー「ジェニファー」「カレン」「ビッキー」は、カーニバルの取材にカリフォルニアの小都市ソルバンクを訪れた。ところが痛恨のホテル予約ミス。祭りで賑わう町には一つの空室もない。くそー車内泊かよーと諦めかけたところに救いの手が差し伸べられた。たまたま知り合ったカエル顔のおっさん「ケラー」が、自宅に泊めてくれるというのだ。郊外にある彼の屋敷は、クラッシックでなかなか豪華な作りである。妻と二人で暮らしているらしい。
 体調を崩したビッキーを一人部屋に残し、取材に出かけるジェニファーとカレン。床の通風孔から這い出した何者かが、ビッキーに忍び寄る。

 タイトルは『悪魔のいけにえ』(1974)を彷彿とさせるが全く無関係、ってわけでもなくて、パッケージのスタッフリストによると『悪魔のいけにえ』の脚本家が原案として参加しているらしい(あれの脚本って?? ってツッコミは無し)。他にも何やらその道の人がずらずらと並んでいて、撮影の人が後に『ファンタズムⅡ』(1989)の製作やってるとか、スタッフ・キャストだけ見るとなかなか楽しめそうな作品ではある。まあ実際には本編が始まる前のキャストのコメントを見た時点で、微妙に不安な気分にさせられるのだが(見覚えのない俳優が「オレが出た中で一番怖い作品だよ! オムツ着けてがんばった! いえ~い!」なんて言ってる)。

 内容はツーリストトラップもの。屋敷に隠れ棲む何者かによって、TVクルーが次々と殺害されていく。夫婦はその何者かを地下室に匿ってるらしい。実にシンプル設計。古き良き~って感じのオーラビンビンなので(1980年の映画です)、オーソドックスなスラッシャーかと思って見てたのだが、これが大間違いだった。その「何者か」が大問題だったのだ。
 盛大にネタバレになってしまうが、夫婦が屋敷の地下室に匿っていたのは「ジュニア」こと二人の愛息、パワー系の知的障害者だったのである(オムツ着用)。さんざん焦らしてこれかよ! ってのもあるけど、問題はそのジュニアの描写である。妙に筋肉質でずんぐりした体型をグレーに汚れた布切れで包み、きったないオムツを当てている。目の焦点は合ってないし、ろくに言葉も話せない様子。そして昆虫や小動物を殺すように、簡単に人を殺してしまう。
 よく知られているように、この手の作品には知的障害者っぽいキャラが頻繁に登場する。派手な暴れっぷりばかりが印象に残るが『悪魔のいけにえ』の「レザーフェイス」や『13日の金曜日』(1980)の「ジェイソン」などは、紛れもなくそういう属性を付与されたキャラクターだ。しかし本作のジュニアは、それら超人的(怪物的)なキャラとは明らかに一線を画している。俳優自ら施設に足を運んで研究したというキャラクター造形がリアル過ぎるのだ。そのせいでジュニアのパワーが炸裂するクライマックスのアクションにも、なんとも言い難い哀愁が漂っていて爽快感がない。熱演ではあるのだが。

 この作品には派手な流血シーン、ゴアシーンはほとんどない。実は夫婦とジュニアの出生には重大な秘密があって、それに関する過去の一連の出来事が劇中で語られるのだが、そこが一番怖かったので(妊娠→去勢→殺害のくだり)、音声のみで回想じゃなくて映像化して欲しかった。
 おっぱいは最初に殺害される女性一人分(入浴シーン)。予想外に丁寧に作られた作品だったが後味は悪い。映像特典89分収録。



『恐怖のいけにえ』(“THE UNSEEN”)
 1980 アメリカ
 監督・脚本・原案:ピーター・フォレグ
 製作:アンソニー・B・アンガー
 出演:バーバラ・バック/シドニー・ラシック/スティーブン・ファースト/レリア・ゴルドーニ/カレン・ラム
 上映時間:91分


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『シン・ゴジラ』について

 ギターやってる風の親戚の兄ちゃんっていうと、誰しも一人や二人は思い当たる人物がいるかと思う。俺がそうだったよって人もいるに違いない。それらしいポスターが壁にべたべた貼られた部屋に遊びに行くと、ギターは触らせてくれないが、スモーク・オン・ザ・ウォーターの最初のところだけ弾いてくれる、そんな人。初めて「あのゴジラ」を見たのは、そんな兄ちゃんの部屋でたまたま発見した雑誌の表紙だった。燃え上がる真っ赤な都市を背景に、電車を咥えた巨大な怪物が仁王立ちしている。一見、写真なのか、絵なのか分からない。しかし悪夢のような怖ろしい絵面だ。どう見てもゴジラなんだけど、それまで児童書などに載っていた愛嬌のあるゴジラとは全く異なっていた。
 自分は昭和平成のゴジラ映画を劇場で見たことがない(ハリウッド版は見た)。というかつい最近まで大半の作品をマトモに見たことさえなかった。ただゴジラ映画とは関係なく香山滋の作品には接していたし、あの表紙のゴジラの強烈な印象はずっと心に焼き付いていた。

 今ではあの雑誌が『日本版 スターログ 1983年10月号』だったことも知っている。表紙の画像は『ゴジラ』(1954 初代ゴジラ)のスチール写真に着色したものだった。あの異形のゴジラは着ぐるみの検討用として造られた立体物で、ファンの間では「ひな形ゴジラ」と呼ばれている。必要に応じて画像に修正や合成など色々手を加えられ、当時様々な宣伝媒体で用いられていたらしい。手元にある資料本『大ゴジラ図鑑』には、その製作の過程が詳しく掲載されていて、初代ゴジラが原爆のキノコ雲をモチーフにデザインされていたことがよく分かる。左右に大きく張り出した頭部にごく小さい目、明らかに人の入ってないフォルムを古木の樹皮のような激しい凸凹がうねりながら覆っている。自分はこの奇怪なバランスの「ひな形ゴジラ」が大好きなのだ。「シン・ゴジラ」は正しくゴジラ最初期のコンセプトに立ち返ってデザインされたのだろう。二つ目の予告編にその威容が映し出されたとき、あれ、これってあのゴジラじゃね?? って感じた人は、自分の他にも少なからずいたと信じている。本編で頭部に集中砲火を浴びて爆煙に包まれる様子は、まさに都市を直撃した原子爆弾のキノコ雲そのものって感じで、パンフレットの表紙の画像からも立ちのぼるキノコ雲っぽいニュアンスを感じることができる。↓ 爆煙のようにも、ケロイドのようにも、ワニの表皮のようにも見える体表の表現が素晴らしい。

2016080601.jpg

 というわけで『シン・ゴジラ』見てきました! いやーまじでよかった。先日書いたように、やっぱあのゴジラのデザインを採用したスタッフに間違いはなかった。自分はこの手の映画に強いメッセージ性なんていらないと思ってるんだけど、ゴジラに関しては成り立ちからしてそういうものとは不可分。『シン・ゴジラ』は真顔で言ったら胡散臭くなりそうなそんなお題目を、わくわくするようなビジュアルで見せてくれる作品だった(だからこそ唯一これ必要なかったのでは? と感じたのは石原さとみのキャラ……ではなくて、半減期の特殊な核物質の設定だった)。作品の印象はまじで「会議とゴジラ」。それと陸自のヘリ(もうすぐアオシマから発売されるOH-1もちらっと登場)のかっこいいこと。芹沢博士的なキャラがいないことに一抹の寂しさを感じたが、リアル日本が歩んできたのは確かにそういう道だ。
 最初のうちはなんじゃこりゃって笑って見ていたのだけど、どんどんそんな風にはしていられなくなった。とんでもない惨状ととんでもない戦術に唖然とすると同時に、日本人が捨て身になれば、ここまでやれるって感じがたまらなかった。

 ネット上では公開前からゴジラのデザインがイマイチじゃねって話がちらほらあったのは知っているが、できるだけネタバレを避けてたこともあって(実はまだパンフも未開封)、公開から一週間経ったこの作品がどんな風に評価されてるのかはわからない。劇場内の立て看板? を見たお子様が怯えて騒いでたので、小さい子供には怖すぎるかもしれないけど、中学生以上ならきっと楽しめると思う。ヘリ好きの人にも、そうでない人にもおすすめです。


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『原始獣レプティリカス 冷凍凶獣の惨殺』

 原始獣レプティリカス 冷凍凶獣の惨殺

 現在絶賛公開中の『シン・ゴジラ』(2016)、いつになったら見に行けるのか不安な数日を過ごしてたのだが、ようやく今週中に劇場に行けそうなメドが立った。めっちゃ楽しみ! きっとすごい作品に違いない。見もしないうちになに言ってんだ、と思われるかもしれないが、とにかくあの「シン・ゴジラ」のデザイン&造形が好きなので、アレにOKを出したスタッフならきっと素晴らしい作品を作ってくれると信じているのだ。
 CSではそんな話題作のおかげで美味しい関連作品が何本も放映されている。先日は『原子怪獣現わる』(1953)『パシフィック・リム』(2013)『怪獣ゴルゴ』(1961)を連続でやってて、円盤持ってるのにダラダラと見てしまった。あとこれに『キング・コング』(1933)と『プルガサリ 伝説の大怪獣』(1998)あたりを加えれば、「ゴジラ」周辺の主要な作品がとりあえず出揃う感じのラインナップだ。

 てことで昨日寝る前に、珍しいデンマーク製の怪獣映画『原始獣レプティリカス 冷凍凶獣の惨殺』を見た。

 ラップランドの鉱山から凍り付いて化石化していない古生物の体の一部(尻尾)が発掘され、コペンハーゲンの研究所へと送られた。研究所では管理ミスから標本を解凍してしまうが、その結果生物がまだ生きており、傷口が再生しつつあることが判明する。そこで研究所では標本を水槽に移し、栄養を与え続けることにした。
 やがて標本(古代の爬虫類)は科学者たちの予想を上回る成長を遂げ、雷の鳴り響く夜に水槽から逃走する。尻尾から再生し巨大モンスターと化した生物は、調査の結果、水中に消えたらしいことがわかった。警戒を強めた軍は、陸上に現れた怪獣「レプティリカス」を攻撃、さらに海中に逃れたところに爆雷攻撃を敢行する。
 結局、トドメを刺すことができずに数日が過ぎ、再び白昼のコペンハーゲンの街に現れたレプティリカスは、数百メートルのサイズまで成長しており、狂ったように街を破壊しはじめた。
 この水陸両生の巨大爬虫類「レプティリカス」は、これまで確認された古生物とは全く異なった生物である。口から緑色の「酸性粘液」を吐き、人を喰らう。めっちゃ凶暴だ。バラバラになった体の断片からも全身を再生する可能性があるため、爆薬を用いた攻撃ができない。さて、そんな厄介な怪物を軍は撃滅することができるのだろうか。

「特撮のチャチさでZ級怪獣映画と長年云われてきた」なんて解説に堂々と書いてあるから、バカ映画なのかなーとか思いつつ見始めたが、デンマーク人の気質によるものか、非常に真面目に作られたまっとうな怪獣映画だった。まずプロローグがよかった。ボーリングのドリルの先端を調べてみると、土砂に混じってリアルな組織片(グロい)と血液が見つかる。冷凍マンモスの話なんかも出てきて、興味をそそられる導入である。それから軍隊が一方的に攻撃する第一回戦もよかった。ギョエェーとか叫びながら緑の毒液を吐き散らかす怪獣の姿が印象的で、まさに「凶獣」って感じ。

 怪獣の発見から攻防までをぶれずに描ききった本作では、怪獣が成長しきるまでの「間」がネックになっている。そのため中盤で怪獣が逃走するまではかなりぐだぐだで、次々に登場する人物の挨拶で時間を使ったり、どうでもいいようなコメディっぽいシーンが挿入されたり、長々とコペンハーゲンの観光地が映し出されたりする。
 レプティリカスが白昼堂々と登場してからの展開は、科学者チーム→軍隊へのバトンタッチがスムーズに行われないこともあって、多少のもたつきこそあるものの、ものすごい数のエキストラによるパニックシーンや、コペンハーゲンの大破壊(大ってほどでもないかな)など見どころが多い。特撮も「酸性粘液」の表現以外は思ったより悪くなかった。コペンハーゲンの美しい街並みが再現されたミニチュアもよくできていたし、そこで体をくねらせて暴れまわる怪獣も気持ち悪くてよかった。このレプティリカス、見た感じは「ヘビ」……というか『海底軍艦』(1963)の「マンダ」をクシャっとしたような形態で、劇中では操演とパペット(手踊り)により表現されているように見える。パペットだとすると撮影に用いられた怪獣はかなり小さいはず。またモノモノしい軍隊の客演も見どころの一つになっているが、怪獣と軍隊(戦車、歩兵)との距離感や目線がまるでデタラメなあたりに、製作者の不慣れさ、手探り感がにじみ出ている。それでも最後の「お約束」まで真面目に作られてるのには好感が持てた。



『原始獣レプティリカス 冷凍凶獣の惨殺』(“REPTILICUS”)
 1961 アメリカ/デンマーク
 監督:シドニー・ピンク
 出演:ベント・メディング/アズボーン・アンダーソン/アン・スミルナー/ミミ・ハインリヒ/カール・オットーセン
 上映時間:81分


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『恐怖の吸血美女』

 恐怖の吸血美女

 19世紀、ヨーロッパのとある山の麓の村は吸血鬼の影に怯えていた。崖の上の城の一族は滅んで久しいが、いずれ蘇り再び血を求めて村人を襲うと信じられていた。ある時、吸血鬼っぽい二人の男女によって村の娘が連れ去られた。娘の血は忌まわしい儀式に供され、やがて美しい吸血鬼が復活する。それから時を置かず、城のすぐそばの全寮制の花嫁学校が新しい生徒を迎え入れた。彼女の名は「ミルカーラ」、吸血鬼である。同じ頃、文学の教師として怪奇小説作家の男が赴任してきた。彼はミルカーラを一目見るなり恋に落ちてしまう。モヤモヤとした関係を築きつつある二人の周囲に、嫌な事件が頻発するようになった。村の酒場の女、ミルカーラと同室のレズビアンの娘、学校の男性教師が次々と行方不明になったり、死体で発見されたりする。そしてそこには常にミルカーラと、その家族らしき人物の影が見え隠れしていた。

『吸血鬼カーミラ』(“Carmilla”)を原作にしたハマー映画『バンパイア・ラヴァーズ』(1970)の続編。こっちには原作がなくて、『リング2』(1999)みたいなオリジナル展開となっている。
 実はこの映画、スタッフやキャストにトラブルがあって、当初の予定とは違った形で完成してしまってるらしいのだが、実際に見てみると結構いい雰囲気の作品だった。ただ物足りない所はあって、それが作品の売りになってるような所だったりするので、いくつか書いておきたい。まずおっぱいの扱いが雑。これはいただけない。ストーリーとはまるで無関係に、通りすがりのようにおっぱいが出る。ほんと出るだけなので、脱いでる人が気の毒になってくる。また肝心な所ではヒロインのミルカーラ役の人が、どうも吸血鬼役に向いてないように見える。ブロンドの綺麗なお姉さんなんだけど、どっちかというと被害者役がぴったり。美しく気高く、時に怖ろしい女吸血鬼を期待してるとがっかりするかも。それからストーリー上で生きてきそうな人材(レズビアンの娘、歴史の教師、警部)が、ほとんど活躍しないうちに退場してしまうのも惜しい。そしてそんな風に散々枝葉が払われたにも関わらず、この作品のメインのストーリーって、もしかして地味な三角関係のラブストーリー?? って気付くのが、ラストちょい前だったりする。
 古城をはじめ、村の酒屋、乱雑な教師の私室などのセットは、さすがに素晴らしい出来栄えで、この作品が持つ有無を言わせない「本格派」なオーラはこれらセットによるところが大きい。峻険な山の頂にそびえる吸血鬼の城の、そのすぐ隣にパラダイスな女子校があって生徒たちがゆるゆるとダンスに興じている、といった異空間な描写は瑕疵ではなく魅力の一つだろう。各シーンに応じた色彩で鮮やかなメリハリが付けられているので、画面を眺めているだけでも結構楽しい。

 といった感じの作品なので、ながら見には最適かと思いきや、時折我に帰ったようなかっこいいシーン(復活シーンとか)があるから、うっかり画面から目を離せなくなる。おっぱい、レズビアン等、お色気目当てに見るのにも、今一つ不向きな作品。



『恐怖の吸血美女』(“LUST FOR A VAMPIRE”)
 1971 イギリス
 監督:ジミー・サングスター
 出演:ユッテ・ステンスガード/ラルフ・ベイツ/バーバラ・ジェフォード/スザンナ・リー/マイケル・ジョンソン
 上映時間:95分


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)