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W・W・ジェイコブズ『猿の手』

 

 W・W・ジェイコブズ(William Wymark Jacobs)著, 平井呈一訳『猿の手』("The Monkey's Paw" ブラックウッド他著, 平井呈一訳『怪奇小説傑作集〈1〉』東京創元社 1969 創元推理文庫 所収)

 主人公の老夫婦とその一人息子は、あるとき知人からインドの行者が作った「猿の手」のミイラを譲り受けた。どんな願いでも三つまで叶えてくれるという。「家のローンの残り200ポンド欲しい!」夫は軽いノリで願いをかけたが、なにも起こらない。ところが翌日、老夫婦は願った通りの200ポンドを手にすることになった。勤務先で息子が死亡したのだ。会社の出した見舞金が200ポンド。
 息子の埋葬を終えて一週間ほど過ぎた夜、息子を諦めきれない妻は、もう一度「猿の手」に願いをかけてくれるよう夫に懇願する。半狂乱になった妻の願いを断りきれず、夫は再び「猿の手」に願いをかけた。「願わくば、わが伜を生き返らせたまえ」……やがて玄関の戸をノックする音が聞こえはじめた。

 ペローの童話をはじめ、意にそぐわない嫌なかたちで願いが叶う系の童話や説話は、多くの場合滑稽譚として古くから欧州を中心に親しまれてきた。そんなポピュラーな話の骨格に、最悪に残酷な肉付けをしたのがこの『猿の手』だ。
 扉の向こうの息子は一体どのような姿をしていたのか。ゾンビみたいにグズグズに腐敗してたのか(機械に巻き込まれたというから酷い状態だ)、それとも生前と全く変わらない様子で帰ってきたのか。戻ってきたのは本当に彼らの息子だったのか。めっちゃ気になるところだけど、それを想像させることがこの作品の怪奇小説としてのキモになっている。

 この作品は古典的な怪奇小説のなかでもとりわけ有名で、現在にいたるまで多くの作家によって「猿の手」「三つの願い」をモチーフにした作品が発表されている。最近では『化物語』の「するがモンキー」がそうだったし、スティーヴン・キングの『ペット・セマタリー』("Pet Sematary")も『猿の手』の悲惨なラストを展開したような物語だった。

 子供のころ読んで今でも強く記憶に残っている童話に「願いの叶う指輪の話」がある(タイトル失念)。確か小学館の「オールカラー版 世界の童話」に収録されていたと思う。ペローの「三つの願い」とは随分違う話だけど、これもまた嫌なかたちで願いを叶える呪物の話だった。
 魔法の指輪をゲットした夫婦が願い事をあれこれ悩んでるうちに、盗人に指輪をすり替えられてしまう。さっさと願いごとをした盗人は、金貨の山に潰されて圧死。夫婦は指輪をすり替えられたことにも気付かずに、ここぞってときにお願いしようと考えて、結局なにも願わないままハッピーな一生を終える。いちいち「これなら魔法に頼らなくても、ちょっと頑張ればなんとなかるんじゃね?」と思い直して、本当になんとかしてしまう。なにを願うのかなーとさんざん気を持たせておいて、なにも願わずに終わるのがおもしろかった。最後に二人の子供たちが「両親が大切にしてた指輪だから」と言って、指輪を棺に納めて埋葬するシーンが印象に残っている。

 ところでこの作品に登場する「猿の手」って、そもそも一体なんなんだろう。欧州には猿がいないから、伝説や説話にも猿はあまり登場しない。てことは著者のオリジナル? それとも何か元ネタがあったのだろうか。本当にインドから伝わってきたとか。気になってきたので、手元の本を参照しつつ、それについて少し書いてみます。

 呪いやまじない、お守りに、生物の体のパーツや体液が用いられることはよく知られている。オオカミのペニス、ヒョウの皮、コウモリの翼や心臓、シカの角、サメやワニの歯、カメの甲羅、鳥類の羽根、昆虫、貝殻などなど、世界中には様々な生物由来の呪具がある。もちろんそのなかには人体も含まれている。
 北米や英国でポピュラーなお守りの一種に「ウサギの足」(ラビットフット/rabbit foot)というのがあるけど、これはわりと猿の手にイメージが近い。実はこれ、出回っているものの多くがフェイクで、本物のウサギの足が用いられることは稀らしいのだが、幸運を呼び込み魔を払うというラッキーアイテムでギャンブラー御用達なのだそうだ。日本でもウサギは縁起のいい動物とされていて、福島県にはウサギの毛を用いた「まさる」という魔除け&招福の縁起物がある。ともに多産なウサギを繁栄のシンボルと見なしているようだ。
 前に少し書いたタカラガイ(←前の記事へのリンクです)にも、各国で繁栄や富の象徴とされてきた歴史がある。日本でも安産のお守りとして用いられてきた。生物由来から離れてしまうが、日本の安産のまじないには夫の使用済みのフンドシを妊婦の腹に巻き付けるとか、顔に被せるなんて大変なのもある。妊婦が巻く岩田帯も、犬の楽々出産にあやかるために、戌の日に巻くといわれている。

 よく引用する『耳袋』には、当時著者が見聞きした様々なまじないが収録されているが、怪しげなものが多い。例えば金属で付いた傷にはカマキリが、病犬の咬み傷には死んだ金魚が効くという。これはどっちもペースト状にすり潰して傷口に塗るらしい。実際に試したら酷いことになりそう。耳のなかにムカデが入ってしまったときはネコの尿が効く……とんでもない状況だ。長持ちのなかでヘビを飼うと金持ちになるという話は、ヘビの皮をサイフに入れるまじないを連想させる。

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 これは随分前に知人から貰ったイノシシの牙。大きい方の牙が長さ13センチくらいあって、結構大きいです。知人は「ヒモとか付けてお守りにするといいよー」って言ってたけど、ずっとそのままになっている。これも狩猟をする人のあいだに伝わる魔除けのお守りなのだそうだ。以前ヘビの皮も何枚か拾ってきて箱に入れておいたのだけど、気付いたら粉々に砕けてたので捨ててしまった。……どーりでいつも貧乏なわけだ。
 花輪和一のマンガに知恵を付けるために猿の脳みそを吸う話がある。猿の脳みそは漢方で「猿脳(えんのう)」といってインポテンツに効能があると信じられてきた。漢方ではそれこそありとあらゆる動植物が生薬として用いられていて、なかにはこの猿脳のようにほぼまじないって感じのものも結構あるのだが、トーテミズムをルーツに持つ呪具やまじないとはやっぱ違うなーと思う(志怪小説などの説話集にはそれらしい話が色々載ってます)。

 ……今日は久しぶりに時間に余裕があったので、数行前から、あれ? なに書いてんだろ?? と思いつつも、ノープランでだらだら書いてしまった。肝心の「猿の手」はというと、結局そのものズバリってものを見つけることはできなかった。いや実は無きにしもあらずって感じだったんだけど……(後述)。
 この作品の「猿の手」を著者のオリジナルアイテムだと仮定すると、その発想のベースとなってるのは安直だけど「栄光の手」(ハンド・オブ・グローリー/Hand of Glory)なんじゃないかと思う。
「栄光の手」は魔術師が用いる強力な呪具(燭台)で、死刑囚の死体から切断した腕をもとに作られる。アニメの「するがモンキー」の「猿の手」は、特定のカッパの手のミイラを参考に作画されたようだが、現存する「栄光の手」もまさにあんな感じ(web上で画像を見ることができます。死体の一部なので一応グロ注意です)で、もとが死刑囚の手だけにより禍々しさが増している。澁澤龍彦のオカルトエッセイ集『東西不思議物語』には「栄光の手」について一章が設けられていて、そこに「栄光の手」が魔法植物「マンドラゴール(マンドラゴラ)」の語源なんじゃないかって話が出てくる。「ハンド・オブ・グローリー/Hand of Glory」(英) →「マン・ド・グロワール/Main de gloire」(仏) →「マンドラゴール/Mandragora」ってわけ。真偽のほどは定かではないがおもしろい説だ。「マンドラゴール」は絞首刑になった男が地面に零した精液から生えるといわれているから、死刑囚繫がりでもある。

 劇中の「猿の手」は「人間の一生は宿命によって定められている、これに逆らう人間は、憂き目をこうむるぞ」(p.143)という教えを見せるため、インドの行者によって作られたことになっている。インドと言えば『ラーマーヤナ』。猿族のハヌマーン神が広く信仰されている国だ。南方熊楠の『十二支考』のなかには、インドにおけるハヌマーン信仰の例が色々載っている。さすがヒーロー的なキャラだけに、その像は強力な呪力を秘めていて、あらゆる魔を払い邪視を防ぐと信じられている。このハヌマーン信仰の状況は、当時インドを植民地として統治していた英国にも伝えられたに違いない。
 日本の熊野地方にもインドから伝わったと思しきまじないがある。用いられる呪具はズバリ「猿の手」 。詳細は不明だが牛舎の前に「猿の手」を埋めて牛の病を払うというまじないで、「河童駒引き」に関わってそうな俗信だ。インドの場合は牛舎に猿を繋ぐという。ただ、いくら「猿の手」が用いられるとは言え、日本の一地方に伝わるこのまじないを当時著者が知り得たとは思えない。おそらく著者W・W・ジェイコブズは、欧州に現存する「栄光の手」のイメージに、伝え聞いたインドの強力な猿の神のイメージを統合して、「猿の手」を創作したのではないだろうか。……といったところで、そろそろ終わりにします。


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