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マーガレット・アーウィン『早朝の礼拝』

 マーガレット・アーウィン(Margaret Irwin)『早朝の礼拝』("The Earlier Service" 岡達子編訳『イギリス怪奇幻想集』社会思想社 1993 現代教養文庫 1623 所収)

 16歳になる牧師の娘ジェーンは礼拝が苦手だった。祈りを捧げているあいだ、ずっとよそ事を考えてしまうのだ。礼拝に集中しようとすればするほど、空想はあらぬ方向へと広がっていく。そしてなぜだか決まって、不安や恐怖の感情がこみ上げてくる。祭壇に向かう父の姿を見る。黒い服を着た小さい男、あれは本当に父だろうか。そんな彼女にとって唯一の味方は、牧師の家族用の席の真正面に設置された十字軍の戦士の像だった。礼拝のあいだジェーンは頼もしい戦士と会話を交わし、気を抜くと頭をもたげてくる感情を抑え込んでいる。
 先延ばしにしていた堅信礼が近付いた。姉は「16にもなって堅信を受けてないなんて、召使いの娘ぐらいのものよ」なんて言う。ジェーンの心には日増しに不安がつのっていく。そんなときヨークという大学生が教会を訪れた。あちこちの教会をまわって、壁の古い落書きの拓本を集めているのだとか。さっそく彼がジェーンたち家族用の席のそばで見つけた落書きにはこう書かれていた。「人は二人の主に兼ね仕うること能わず」「されば善に仕え、悪と結び合うべし」、そして「わたしは留まる」と。これは長い期間をおいて、別々の人間によって書かれたものらしかった。ジェーンの空想の正体が次第に明らかになりはじめる。

 途中までぽやーっとした不思議ちゃん系の女の子の、妄想を描いた作品かと思って読んでいたのだが、実はブラックウッドの『邪悪なる祈り』("Secret Worship")と共通のコアを持つ、ガチオカルトの逸品だった。著者は歴史小説で有名なイギリスの女流作家で、ほかにも黒ミサを扱った作品を書いている。翻訳された作品が(多分)少なく、このジャンルではマイナーな作家だと思うけど、オカルトセンスは確かだ。現実の光景のなかに空想がフラッシュバックする描写はとくに素晴らしい。そしてぞっとするようなオチも。ジェーンのキャラクターもまた非常に魅力的だった。引っ込み思案だけど、茶目っ気もあるってところが妹っぽくていい。彼女を通して、まったく馴染みのない牧師館の生活を垣間見ることができた。感覚が激しくブレーキをかけているのに、唯々諾々として運命に従っていくという切ないキャラでもある。

 この作品の重要なキーワードのひとつに「堅信礼」がある。クリスチャンにはお馴染みなのだろうけど、全然知らない言葉だった。これはキリスト教の多くの教派で行われている儀式で、カトリック教会では「七つの秘跡(秘蹟・サクラメント)」のひとつとされている。劇中では受けていて当然の、成人式みたいな儀式って感じで描かれている。
 もうひとつ「拓本」について。これは石碑なんかの文字や模様を墨や紙を用いて写し取る技法で、様々な研究や趣味の分野で広く用いられている。一番身近なのは魚拓であれも拓本の一種だ。この作品には教会の落書きの拓本を収集するヨーク(オックスフォードの学生という設定)というキャラが登場するが、日本でも趣味で古い道標や墓石の拓本を集めている人がいる。楽しそうな趣味だ。


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