楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-5 影亡者』

 

 楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-5 影亡者〈1〉』(『神の左手悪魔の右手〈5〉』小学館 1988 ビッグコミックス 所収)
 楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-5 影亡者〈2〉』(『神の左手悪魔の右手〈6〉』小学館 1988 ビッグコミックス 所収)

 中学生の「みよ子」は働きに出る母親に代わって、日々のすべての家事を担っている。寝たきりの祖父を介護し、赤ん坊の面倒をみる。父親はどうやら無職らしく、昼間から飲んだくれている。みよ子の将来の夢は保母さんになること、そして一度でいいから人気タレント「兵藤タケル」に会いたいと願っている。過酷な家庭環境を淡々と受け入れる薄幸系美少女が、ふとしたきっかけから芸能界に飛び込み、アイドルの頂点を目指して駆け上がっていく。そんな現世? のストーリーの裏側では……。
 著者独特の切り口で様々な恐怖を描き連ねてきた本シリーズだが、この「HORROR-5 影亡者」は超弩級の心霊もの。凡百の霊能者なら内臓を垂れ流してしまうほどの、強烈な霊能力バトルが展開される。

 このエピソードの大筋は、みよ子に憑依した怖ろしい霊「影亡者」を引き剥がすために、友人の「泉」とその弟の「想」が、両親や霊能者の協力を得て奮闘するというもの。影亡者はみよ子に関わる人々の背後霊をことごとく滅ぼし(殺し)、操り、ときに吸収しては力を増していく。またみよ子自身も影亡者の影響を強く受けて、人格が嫌な感じに変わってしまっている。
 主人公の想はみよ子の背後霊の一人「さぶろうた」に取り憑かれ、両面宿儺っぽい状態でずーっと意識を失っている。全編の半分くらい意識不明の状態。みよ子&影亡者に対するのは、さぶろうたと泉のコンビだ。これまではストーリー全体を把握するキャラがいななったため、謎が謎のままで残されてきたが、今回は霊関係の事象に通じ、常に状況を把握しているさぶろうたの解説のおかげで、コミックス2冊分という長さにも関わらずシリーズ中最も明快なエピソードとなっている。

 作画はこれまでと同様、非常に美しい。多くの登場人物や背後霊の盛大な惨殺シーンの数々には、毎回これでもかってくらいに工夫が凝らされていて、それが矢継ぎ早に発生するから息つくヒマもない。なかでも一番気の毒でエグかったのが、霊能者「香月先生」の死にざま。影亡者の正体を見極めようとみよ子の家に近付いただけで、路上に内臓をぶちまけ、あげく入院先の病室でクレーンの事故に巻き込まれて死亡する。背後霊がいなくなってしまったので、不幸を避けられなくなったらしい。この香月先生の一連の悲惨なシークエンスも、もちろん嫌ってほど克明に描写されている。
 著者は『わたしは真悟』関連の記事のなかで、H.R.ギーガーの影響について語っていて、本作の影亡者のデザインも少なからずその影響下にあるように思われる。確かに初読のとき「ギーガー!?」って印象を受けた覚えがあるが、不思議なことに繰り返し読むうちにその印象は薄くなって、最近ではすっかり皮膚を失ったナニカに見えるようになった。

 闇堕ちしたみよ子や、彼女の周辺の噛ませ犬キャラの扱いなど、このエピソードの魅力をあげればキリがないが、最も著者の作品らしいと感じたのは、凶悪な影亡者に対抗するのが「こどもの大軍」だったところ。それから背後霊、霊能者、位牌、墓の土などなど、土着的なモチーフを数多く盛り込みながらも、なぜか洋風の、洗練された雰囲気になっているのも実に著者らしいと思う。


  楳図かずお『神の左手悪魔の右手〈6〉』小学館 1988 ビッグコミックス


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楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-4 黒い絵本』

 

 楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-4 黒い絵本』(『神の左手悪魔の右手〈4〉』小学館 1988 ビッグコミックス 所収)

 病弱な愛娘に読ませる絵本のネタにするために、猟奇殺人を重ねる父親の話。ベッドから起き上がることのできない、娘の名は「ももちゃん」。主人公の「想」はいつも通り意図せず超常的な能力を発揮して、ももちゃんの置かれた状況を察知、彼女を救おうとするのだが……。

 発表されてからすでに四半世紀以上経っているにも関わらず、いまだに全く色褪せることのない至高のスラッシャーコミック。むりやりケーキを食わされる→ゲロ→むりやりケーキとゲロを食わされる→裂かれた腹から内臓と一緒にケーキ&ゲロ噴出とか、両足のスネを折られて逆間接っぽくなった女性が一歩ごとに悲鳴を上げながら逃げようとするとか、一冊まるまる過剰な残虐シーンが目白押し。よくもまあこんなものすごいことが考えられるなあと、酷いシーンなのにうっかり感動してしまうほどのものすごさだ。
 そしてその着想を完璧に表現する作画もまた冴えわたっている。流血シーンばかりではなく、父親の重厚な存在感と、ももちゃんの子ウサギかチワワみたいな脆弱さとの、鮮やかな対比も素晴らしい。前にも同じようなことを書いたけど、あまりにも傑作すぎる傑作エピソードなので、体調が悪いときにはまじで避けた方がよさそう。

 ところでこのエピソードは2006年に「平成ガメラ・シリーズ」の金子修介監督によって映画化されている。先日たまたまCSでやってたのを見たんだけど(数回めの視聴です)、相当ライトな仕上がりの作品で、原作の異様な緊張感と鉛を飲まされたような手応えには残念ながら比ぶべくもない。ただ「メディアの違いを理解せよ」とはよく言ったもので、原作の大筋がどうにかキープされているだけに、メディアの違いを考える上で恰好の素材となっている。まな板の上でジタバタする素っ裸のももちゃん、なんてシーンの再現はとても無理だとしても、もう少しなんとか……。


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楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-3 女王蜘蛛の舌』

 

 楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-3 女王蜘蛛の舌』(『神の左手悪魔の右手〈3〉』小学館 1987 ビッグコミックス 所収)

 夏休み、想と泉は知人の青年医師に連れられて、彼の友人のペンションを訪れた。ペンションは避暑地に似合いの瀟洒なものだったが、想たちを迎え入れた友人の様子は明らかにおかしかった。げっそりとやつれ、著しく体調を崩しているように見える。青年医師はこの友人の診察のためにこのペンションを訪れたらしい。
 そんな大人の事情には頓着せず、到着早々捕虫網をかついで森に向かった想だったが、たまたま迷い込んだ別荘の窓際に美しい女の姿を見かける。彼女はペンションの方向を眺めながら、不吉な言葉をつぶやいたのだった。「今夜……、今夜こそは……」
 その夜青年医師の友人は、おびただしい数の蜘蛛の群れに襲われて怪死する。想が夢中で振り回した捕虫網のなかには、一匹の巨大な蜘蛛が捕らえられていた。

 著者のこの時点までのホラージャンルの作品を総括するような、渾身の作品が続く。名作『紅グモ』を彷彿とさせるこのエピソードも、生活空間にざわざわと侵入してくる怪異を描き、生理的拒否反応をとことん誘発する。精密に描き込まれた蜘蛛がうじゃうじゃ登場するから、蜘蛛恐怖症の人、苦手な人は回避推奨です。とくにラストに近づくに連れて、とんでもない数の蜘蛛がびっしりで、苦手じゃなくてもうげ〜っとなる。体の内側から喰われるのは、外からがぶっとやられるよりもきつい。
 最初から最後まで蜘蛛の大群と主人公の想(と青年医師)とのチェイスに終始する構成ながら、巻き込まれて気の毒なことになる人や、自分で頭を切断するおっさんなんかも出てくるから最後まで読み飽きない。もちろん作画は非常に美しい。

 ところでこのシリーズには著者の作品としては珍しく、悪(人に害をなす怪異)に対峙して事態を収拾する能力を持った主人公が配されている。さすがにシンプルな正義のヒーローって感じではないし、その能力(悪を予知、感知する能力)は主に想と読者を怖がらせる方面に発揮されているのだが、「猫目小僧」や「おろち」とは明らかに一線を画すエポックなキャラクターとなっている。


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楳図かずお『ママがこわい』

 

 楳図かずお『ママがこわい』(『恐怖劇場〈2〉』小学館 1992 スーパー・ビジュアル・コミックス 所収)

 子供のころ蛇を飼っていたことがある。細い体で指に巻き付いて、かぷっと指先に噛みついてくるのが、蛇的には攻撃なんだろうけど、とてもかわいらしかった。今はなくしてしまったけれど、ウソかほんとか「マムシの骨」を貰って大切にしてたこともある。魔除けなんだそうだ。そんなわけで今でも蛇はとくに怖くない。どっちかっていうと好きな方なのだが、蛇系の怪物怪人は別。とくに人間と混ざると気持ち悪いったらない。
 トラウマネタをいくつかあげると、まず児童書にスチール写真やイラストで登場していたハマー映画の『蛇女の脅怖』(1966)の蛇女。不快この上ない秀逸なデザインで、これは今見ても充分に怖い。それからたまたまTVでやってたのを見た『怪奇! 吸血人間スネーク』(1973)の蛇男も嫌だった。恋人の父親のマッドサイエンティストに、むりやり蛇人間にされたあげく見世物小屋で晒されるナイスガイの話で、怖いというよりもキツい映画だった。ツチノコ状態でクークー鳴く蛇男の造形は見事な出来映えだったが、主人公が気の毒すぎて子供ながらまじ凹んだ。

 ……また前振りが長くなってしまったが、楳図かずお『ママがこわい』について。著者の初期の作品には、嫌な感じで人間と蛇が混ざった多くのヘビ女が登場する。本書に収録された三部作『ママがこわい』『まだらの少女』『へび少女』をはじめ、『ヘビおばさん』『口が耳までさける時』『うろこの顔』、映画にもなった『蛇娘と白髪魔』など、ちょっと思いつくだけでも結構な数のヘビ女作品がある。たまにホラーマンガ読むよって人なら、きっとどれかは読んだことがあると思う。なかでも『ママがこわい』は古典にしてエポックメイキングな超有名作だ。

 ストーリーは母親とヘビ女が入れ替わったことに気付いた主人公の弓子が、それを周囲の大人に訴えてもまるで相手にされず、どんどん孤立していくというもの。シンプルながら緊張感のある展開で、弓子だけに正体をチラ見せするヘビ女が厭らしい。もちろん弓子がヘビ女に執拗に追いかけ回されるといったシーンもたっぷりとある。クラシックなかわいい絵柄は、雑誌側からの要請に基づくものだったらしい。
 著者によるとこの時期の作品は、表面上の恐怖のドラマツルギーを強調して、感覚的に怖いと思うものばかりを寄せ集めた作り方をしていたという。その条件にもっとも適したものの一つが、少女が一番安心できるはずの場所である家庭に、ずるりと侵入してくるヘビ女だったのだろう。

 著者はまた「変身」に関して、子供から大人になることも「変身」のようなもので、それはとても不気味なことだと思うと語っている。興味深い見解だ。そう思って改めて読み返すと、母親に化けたヘビ女に対する弓子の疑念や怖れは、子供が大人に抱く感情そのもののようで、このあたりが「ヘビ女」というキャラクターが、蛇に対する生理的な嫌悪感を越えて、新たな普遍性を獲得しえた決定要因となっているように思う。それにしても『ママがこわい』って、素晴らしいタイトルだな。


 ※最初にあげた映画は、以前はなかなか見ることができなかった(多分)のだけれど、今では手軽に見れるようになりました。

『蛇女の脅怖』映画自体は児童書を卒業してずいぶんと経ってから、海外版のLDで初めて見た。ここしばらくは『ハマー・フィルム怪奇コレクション DVD-BOX 恐怖の美女編』(←amazonへのリンクです)に収録されてるものを見てます。この単品で発売されたものとはジャケットが違うだけで中身は一緒のはず(未確認)。やっぱ怖い↓

 

『怪奇! 吸血人間スネーク』ジャケットの蛇と人間が嫌な感じで混ざってる怪物が主人公。胴体がツチノコ状にひらべったくなっている。まじめな映画だけど、今見てもちょっと凹む↓

 


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楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-2 消えた消しゴム』

 

 楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-2 消えた消しゴム』(『神の左手悪魔の右手〈2〉』小学館 1987 ビッグコミックス 所収)

「想」たちの担任の「みどり先生」は優しい。でも本当に優しいかどうかは、死んでからでないと分からない。人は死ぬと正体を現すって「大輔」ちゃんが言ってた。だからみんなで先生を殺したのに、全然正体を現わさない。仕方なく先生の死体は学校の裏のマンションの建設現場へ……。
 みんなで先生を埋めた帰り道、想は先生の死体とともに、筆箱を埋めてしまったことに気付いた。一人で筆箱を取りに戻った想。筆箱は見つかったけれど、筆箱の中の大切な消しゴムが一つ残らず無くなっている。消しゴムは「守護霊」として想が作ったものだった。
 翌日、想たちの教室の教壇に立ったのは、みどり先生だった。何事もなかったかのように授業をはじめる。それから、一緒に先生を埋めた友達が、ひとりずつ行方不明になっていく。

 やってもーた感満点の幕開けから、なし崩し的に、行き当たりばったりに物語は進行する。どこに向かっているのか、落としどころが全く予想できない展開に、劇中の子供たちと一緒にハラハラしてしまう。納得できない、理解できない出来事が次々に起こる。どうしても説明不足に感じられるところもある。それは本作がほぼ全編、子供(想)目線で描かれているからだと思う。想が気を失っているあいだのほんの数ページを除いて、読者には想が得た以外の情報を最後まで与えられない。すぐ近くで「すごいこと」が起こってるらしいのに、全然認識できない。それが怖ろしい。
 なかでもとくに怖いシーンが二つある。一つめはもちろん1話目のラスト、みどり先生がぶら下がってしまうところ。もう一つは最終話の最後のあたりの「見られたくなかったのーっ!! 見られたくなかったのよーっ!!」という先生の絶叫。ほんとわけが分からない。怖い。

 改めて感じたことだけど、子供らしい行き当たりばったり具合といい、「ぬーめらうーめら」「どんどろ」「でんでろ」「がんがろ」「べんべろ」という、たった今思いつきましたって感じの安易なネーミングといい、著者の子供心への共鳴と表現は、素晴らしいを通り越してとんでもないことになっている。シリーズ中最も短く、最も得体の知れない話ながら、強烈に惹かれるエピソードだ。


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楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-1 錆びたハサミ』

 

 楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-1 錆びたハサミ〈1〉』(『神の左手悪魔の右手〈1〉』小学館 1987 ビッグコミックス 所収)
 楳図かずお『神の左手悪魔の右手 HORROR-1 錆びたハサミ〈2〉』(『神の左手悪魔の右手〈2〉』小学館 1987 ビッグコミックス 所収)

『神の左手悪魔の右手』は傑作SFホラー『わたしは真悟』に続いて、雑誌『ビッグコミックスピリッツ』に連載された著者のオカルト系作品の集大成である。中学生の姉「泉」と小学生の弟「想」の周辺で発生する奇怪な出来事が、連作の形で描かれている。エピソードは全5話(+特別編「おふだ」このビッグコミックスには未収録)。各話のタイトルは「HORROR-1 錆びたハサミ」「HORROR-2 消えた消しゴム」「HORROR-3 女王蜘蛛の舌」「HORROR-4 黒い絵本」「HORROR-5 影亡者」。それぞれのエピソードにストーリー上の関連は見られない。

 洪水で押し流されてきた建造物(地下室)のなかで、泉が錆びたハサミを拾ったことから物語は始まる。ハサミを拾って以来、泉の挙動がおかしい。なにかに取り憑かれてような雰囲気だ。そんなとき泉のクラスには、急死した担任に代わって若くハンサムな教師が赴任してくるという。その話を聞いた弟の想は、悪夢を見た。全身をケロイドのような傷跡に覆われた怪人の夢だ。
 翌日、泉のクラスでは新任の教師の歓迎会が執り行われた。泉が花束を贈る。その花束の中にはあの錆びたハサミ。激しく動揺した教師の口が一瞬裂けて見えたかと思うと、泉が突然、物凄い勢いで泥を吐きはじめた。悪臭を放つ汚物のような大量の泥が教室を埋め尽くしていく。

 想が夢で見たり、無意識に感じていた「怖いこと」がとんでもない形で顕在化する。「オエーッ!!」とか「グエー!!」とか奇声をあげながら、排泄物のような質感の泥をげろげろ吐き出す泉の姿は、シャレにならない凄まじさで、うっかり読むとトラウマ必至。この後泥を吐き終えた泉は、次に骸骨や玩具や三輪車などを体内から吐き続ける。

 この「HORROR-1 錆びたハサミ」は、著者の代表作『赤んぼう少女(のろいの館)』系のエピソードで、それに様々なオカルト的な要素がぶち込まれている。体の内側から突き出したハサミが両方の眼球を潰すシーンから始まって、怖ろしい場面が矢継ぎ早に続くから、正直、体調が悪いときは避けた方がよさそうなほどの傑作だ。もちろん血飛沫やグロ描写にある程度の耐性がないと、体調が良くてもきついかもしれない。作画は最高に黒く、精密で美しい。

 著者はインタビュー集『恐怖への招待』のなかで、恐怖について「極端なもの、逸脱したもの、ゆがんだもの、これらはみんな怖い」(※)と語っていて、本作はまさにその見本のように、徹底的に極端で、逸脱していて、歪んでいる。有名な作品なので今更って気もするが、グロ大丈夫って人には凄くおすすめ。


 ※楳図かずお『恐怖への招待 世界の神秘と交信するホラー・オデッセイ』河出書房新社 1996 河出文庫 p.81


  楳図かずお『神の左手悪魔の右手〈2〉』小学館 1987 ビッグコミックス


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楳図かずお『凍原〈ツンドラ〉』

 楳図かずお『凍原〈ツンドラ〉』(『シリーズ〈こわい本〉〈9〉残酷の一夜』朝日ソノラマ 1985 サンコミックス 所収)

 この第9巻は「楳図かずお シリーズ こわい本」屈指の短編集だ。様々な形で人の心の暗部をえぐり出す珠玉の名作5編が収録されている。なかでも抜群の完成度を誇るこの『凍原〈ツンドラ〉』は、1973年に『ビッグコミック』誌に掲載されたもので、傾向としては男女の愛憎劇を基調に描かれた後の『闇のアルバム』(1974)に近い。

 主人公はごく普通の主婦。最近息子が東京の大学に進学して、まじめで大人しい夫と二人で暮らしている。夫の出勤を見送ったあとの彼女は、家事をこなし、TVを見て、平凡だけど幸せな毎日を噛みしめながら編み物をする。小さなコマの積み重ねで表現される、主婦の生活感が素晴らしい。また以降の展開のキーアイテムとなる、スリッパや鍵などの繊細な描写も見逃せないポイント。

 夕方、主婦は呼び鈴の音にドアを開ける。夫の帰宅時間である。「あのベルの鳴らし方はいつもどおりの」(p.124)という言葉からして、これも編み物の糸の目を拾うように彼女が繰り返してきた平凡な日常の一部なのだろう。しかしドアの向こうに立っていたのは、夫ではなく、目出し帽をかぶった見知らぬ男だった。
 男は上がり端を土足で踏みにじり、主婦に襲いかかる。ここで挿入される土足のカットは、冒頭のスリッパの描写に明確に対応するもので、こんな小さなコマにも著者の神経の細やかさと、尋常でない演出力を垣間見ることができる。

 男の目的は主婦を陵辱することらしい。数ページにわたって無言の、激しい攻防が展開される。p.128の2段目のコマの、片乳をさらけ出しながら男の腕を振り切る主婦の形相、これが平凡な生活を守ろうとする主婦の表情である。叫び声一つあげずに抵抗する女の強靭さは怖ろしいほどだ。
 はじめてこの作品を読んだときは、まだマンガのおっぱいにワクドキする年頃だったんだけど、この主婦のおっぱいにはいつもと違う、なんかこう見てしまって申し訳ないような、後ろめたい気持ちになった。

 この鬼気迫るバトルは、押し倒された主婦が男の小指を喰いちぎったところで終了する。男が逃走したあと、口から小指を吐き出した主婦が最初にしたことは、通報や助けを求めることではなく、着替えと部屋の掃除だった。もうすく帰ってくる夫に、たった今起こった出来事を気取られぬように。血痕を拭い去り、小指はテッシュに包んでゴミ箱に捨てる。彼女が格闘の痕跡をちょうど消し終えたとき、夫が帰宅する。

 とにかく完成度の高い作品だと思う。全編に異様な緊張感がみなぎっている。一連の暴行シーンには、まるで犯行に立ち会っているかのような臨場感がある。
 一人の男の暗い欲求がこの物語のきっかけになったことに間違いはないが、そもそも主婦が執着した平凡な日常とはなんだったのか。ここには描かないけれどオチも非常に秀逸で、「平凡な日常」を守ろうとした主婦の抵抗が、想像以上に脆弱な「平凡な日常」そのものを突き崩してしてしまうという皮肉な話である。


 ※フキダシからの引用は、読みやすいように改行を調整しています。


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楳図かずお『闇のアルバム』

 楳図かずお『シリーズ〈こわい本〉〈4〉闇のアルバム』朝日ソノラマ 1983 サンコミックス

 懐かしのサンコミックス、「楳図かずお シリーズ こわい本」より。
 著者の鬼才ぶりが遺憾なく発揮された一冊。扉も含めてきっちり8ページの短編が24話収録されている。そのうち「その20 隣の人」を除く23話は、1ページ1コマ、つまり1話について8コマでオチがつくというすごい構成。男女関係のサスペンスを基調としながらも、それに拘泥することなく自由に発想を飛躍させている。

 恐怖には色々な種類があるけど、『洗礼』でさくらのちっちゃな脳みそが「ブチュッ」という擬音つきで踏み潰されて以来、著者の描く恐怖の根幹を成しているのは「絶望感」だと信じている。取り返しがつかない。逃げ道もなく目を逸らすこともできない、どうしようもない絶望感。

 もちろん本書においても、黒々と描き込まれた画面が発する強烈な絶望感を、たっぷりと堪能することができる。劇中の人物たちは、天井裏に忍んだ旦那や、足にしがみつくちぎれた女の片腕や、惑星からの巨大女や、壁の中の前妻と直面する。そしてそれが彼らとっての絶望のかたちであるということを、たった8コマで描ききる著者の筆力は圧倒的。

 初読で最も衝撃的だったのは「その6 空より」だった。SF的なガジェットが導入された作品の方が、よりぶっ飛び度が高い気がする。クラシックな形状のUFOも味わい深い。コマが大きいだけに画面も見応えがあって、最後の一コマなんてポスターにして欲しいくらいだ。

 やっぱ楳図かずおすごい。新作読みたい。


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