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三橋一夫『角姫』

 

 三橋一夫『角姫』(『勇士カリガッチ博士』国書刊行会 1992 探偵クラブ 所収)

 トントントントンと音がして頭にツノが生える夢から覚めると、元子の頭には本当に二本のツノが生えていた。親の決めた許嫁との結婚話が、いよいよ現実味を帯びてきた矢先の出来事である。この許嫁というのが、戦後何千万も儲けて新興財閥なんて呼ばれている男で、身なりもいいし顔もそう悪くはない。実は元子には密かに好意を寄せる男がほかにあったのだが、そっちはどうも脈がなさそうで、そんなこともあって両親の薦めに黙って従ってきたのだった。
 さて元子のツノは、両親が医者に見せたりまじないに頼ったりと八方手を尽くしても、縮みもしないし落ちもしない。そうこうするうちにツノのうわさは村中に広まり、やがて許嫁の耳にも入ることになった。

「萌え」という言葉が用いられる遥か昔の作品だが、ヒロインの「元子」は思わず拝みたくなるほどの見事な出来映えの萌えキャラだった。セリフまわしやリアクションがことごとくかわいらしい。24歳にしてはカマトト過ぎるような気がしないでもないが、「お姫様」と呼ばれるほどの箱入り娘ならこんな感じなのかなとも思った。
 ストーリーはシンプルで明朗、『お伽草子』の「鉢かづき」系のハッピーエンドの物語だ。頭に生えた一対のツノが「鉢かづき」の「鉢」にあたるわけだが、このツノの描写がまた「いつも柔かく暖かく、その癖ピンと筋が通っていて曲げることも出来なかった。桃色で可愛い、小牛の角のようであった」(p.290) といった感じで、非常に素晴らしい。ピンクでぷにぷにの小ちゃいツノ……マーベラスである。女子のツノは斯くあるべしって感じだ。このツノを家族や医者に散々いじくりまわされ、恥ずかしくてスカーフをかぶったり、髪を結い上げて隠そうといるところがまたいい(しかも泣きベソをかきながらだ)。ラムちゃんの半世紀先を行く優れた萌え描写である。現実と幻想のあいだを心地よく逍遥するような著者の作風が、この愛らしいピンクのツノに結晶化しているようにも感じられる。

 著者三橋一夫は雑誌『新青年』に幻想的な作品を発表して脚光を浴びたあと、ユーモア小説の作家として活躍した。1966年頃に創作の筆を折ったが、以降1995年に没するまでのあいだにとんでもない数の健康法関連の本を著している。もともと柔道剣道空手合わせて十何段という人だったらしく、健康方面にもひとかど以上の見識があったようだ。著者の独特な作風は、こうした体育会系の健康的で明朗な資質と、萩原朔太郎とウマが合うような(飲み友達だったとか)センシティブな感性によって形成されているのだろう。
 現在著者の幻想小説はこの作品の収録されている国書刊行会の『勇士カリガッチ博士』のほか、出版芸術社の「三橋一夫ふしぎ小説集成 全3巻」などで読むことができる。


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