「遠藤周作 」カテゴリ記事一覧


遠藤周作『蜘蛛』

 

 遠藤周作『蜘蛛』(『怪奇小説集』講談社 1973 講談社文庫 所収)

 霧雨の夜、主人公の私(著者)は叔父に請われて、四谷の料亭で催される怪談会に出向いた。私が料亭に到着した時には、すでに何人かの会員が順に持ちネタを披露しはじめていた。会員の多くは年配らしかった。皆素人なので当然語りは上手くない。ネタ自体どこが怖いのかサッパリである。ふと見ると、一人若い男がいる。青白い、端正な顔立ちの青年だ。そんな彼が不躾な視線を送ってくる。不快だ。私は自らの体験を手短に語り終えると、早々と退座することにした。
 ところがタクシーがつかまらない。困り果てていると一台のタクシーが停まり、車内から乗客が声をかけてきた。先ほどの青年が同乗させてくれるという。私は頭を下げ、彼の隣のシートに腰を下ろした。車内に漂う生臭い、嫌な臭いが鼻につく。間をもてあましていると、やがて青年が話しはじめた。二ヶ月ほど前、今夜私を乗せたのと同じように、女を乗せたのだという。
「そりゃ、うまいこと、されましたな。きれいな女でしたか」
「ええ、でも……片面だけで」

 この話は以前感想を書いた『三つの幽霊』(←前の記事へのリンクです)の中の、「熱海の旅館の話」を受けてはじまる。著者が怪談会の世話役をしている叔父から話すように頼まれたのが「熱海の旅館の話」だったのだ。あんな酷い目にあいながらも、著者は本作でも「今もって幽霊がいるとは信じてはいない」(p.37)なんて言っている。全然懲りてない。そのせいで怪談会とその会員に対する著者の態度の悪いこと。ずっとグズグズ言ってるのが面白い。
 劇中で会員の「安倍医師」(本作に続いて収録されているエピソードにも登場する)が語った夢にまつわる怪談も、自分は結構面白く感じたのだが、著者によると「これは前の話より、面白かったが、医師の話術の下手なせいもあるだらう。それほど怖ろしいとも思えない」(p.41)と、なかなか厳しい評価だった。

 肝心の本編の怪異については、これがまたずるい。怪談会、霧雨の夜、タクシー、生臭い臭い、乗り合わせた怪しげな青年、片面が美しい女といった、雰囲気抜群の品揃えで、こりゃ古典的なタクシーの怪談かと思いきや、幽霊らしい幽霊は全く出てこない。代わりにとんでもないものが出てくる。なんの前振りもなしに。いや、ほとんど全編が前振りになっているのか。
 今回ばかりはオチを書くのが憚れるので具体的には触れないが、とにかく相当キモチワルイのが出てくるので(生理的に)、「あ、やばいかな」と感じた人は途中でも読書の中断をおすすめする。とくにトライポフォビアの人は要注意です。ただ幸いなことに、劇中に出てくる「くすね蜘蛛」は著者の創作らしい。

 ちなみにこの作品は関西テレビが製作したTVシリーズ『現代恐怖サスペンス』枠でドラマ化されている。タイトルは原作のままの『蜘蛛』。主人公を演じたのは山口崇、脚本・監督は石井輝男。すごい豪華。



『怪奇小説集』
 講談社 1973 講談社文庫
 著者:遠藤周作

 収録作品
 『三つの幽霊
 『蜘蛛
 『黒痣』
 『私は見た』
 『月光の男』
 『あなたの妻も』
 『時計は十二時にとまる』
 『針』
 『初年兵』
 『ジプシーの呪』
 『鉛色の朝』
 『霧の中の声』
 『生きていた死者』
 『甦ったドラキュラ』
 『ニセ学生』

 ISBN-13:978-4-0613-1231-9
 ISBN-10:4-0613-1231-6


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遠藤周作『三つの幽霊』

 

 遠藤周作『三つの幽霊』(『怪奇小説集』講談社 1973 講談社文庫 所収)

「全国の幽霊屋敷を探検するというのは、私の年来の希望」(p.327)と語る著者の、エッセイ風味の幽霊屋敷もの。著者自身が体験した三つのエピソードで構成されている。すべて本当にあった……という体なので、それぞれの体験談は小説っぽい結構を持たない。

 一つめのエピソードの舞台はフランス。留学中だった著者はルーアンという港町のホテルの一室で、太い腕で胸を締め付けられるような奇妙な体験する。のちにそのホテルが新聞で報じられるほど有名な心霊スポットだったことが判明。ホテルに隣接する空き地では、第二次世界大戦中のドイツの爆撃によって大勢の労働者が死亡したらしいが、それと著者の体験との因果関係は分からない。著者がはじめて渡仏したのは1950年、当時はまだ日本大使館が設置されておらず、邦人の数も十人足らずだったという。

 次のエピソードの舞台も同じくフランス。著者が暮らしていたリヨンの学生寮での出来事だ。クリスマスで舎監や学生がみんな帰省してしまい、一人きりになった(門番はいる)真夜中の寮内で、著者は長い階段をそっと登る自分以外の誰かの足音を聞く。「コウリッジ館」というその学生寮は、昔は汚い「淫売ホテル」だったらしい。著者の孤独感がひしひしと伝わる好エピソードで、三つのうち最も印象に残った。がらんとした夜の洋館の寂しげな雰囲気が素晴らしい。

 三つめは日本での体験。友人の三浦朱門と二人で投宿した熱海の旅館で、ガチな心霊現象に遭遇、ゲロを吐くほどびびっている。就寝中、最初のエピソードの現象に似た圧迫感で目覚めると、「ここで、ここで俺は首をつったのだ」(p.23)と、誰かに耳もとで囁かれたという。また同室の三浦朱門はそのときまだ眠っておらず、部屋の片隅に後ろ向きに座る男を目撃して、パニックに陥っている。おもしろいのはこの強烈な体験にしばらくのあいだ凹みまくっていた著者が、恐怖を断ち切るために再び熱海に赴いて、くだんの旅館に関する聞き込みを行っているところ。旅館はかつて有名な役者の別荘だったらしい。
 このエピソードが最も長く、矢継ぎ早に発生する怪奇現象と著者たちのリアクションが克明に、少しコミカルに描かれていて読み応えがあった。後日談的に家族に生じた障り(のようなもの)についても書かれている。

 ちなみに著者はもともと幽霊や妖怪を全く信じておらず、この体験ののちにも「ぼくは本当に幽霊が実在しているのか、どうか、未だにわからない」(p.6)と記している。だからこそ全国の幽霊屋敷探険なんてことを思い立つのだろう。「あとがき」では読者に幽霊屋敷の情報を募ったりしている。全然懲りてない。



『怪奇小説集』
 講談社 1973 講談社文庫
 著者:遠藤周作

 収録作品
 『三つの幽霊
 『蜘蛛
 『黒痣』
 『私は見た』
 『月光の男』
 『あなたの妻も』
 『時計は十二時にとまる』
 『針』
 『初年兵』
 『ジプシーの呪』
 『鉛色の朝』
 『霧の中の声』
 『生きていた死者』
 『甦ったドラキュラ』
 『ニセ学生』

 ISBN-13:978-4-0613-1231-9
 ISBN-10:4-0613-1231-6


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