「モーパッサン (ギ.ド) 」カテゴリ記事一覧


モーパッサン『髪の毛』/『墓』

 ギ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant)著, 榊原晃三訳『髪の毛』("La chevelure")
 ギ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant)著, 榊原晃三訳『墓』("La tombe"『モーパッサン怪奇傑作集』福武書店 1989 福武文庫 所収)

『モーパッサン怪奇傑作集』より、これまたひどい話を二編。両方とも濃厚な「死者」との関わりを描いた作品。


『髪の毛』("La chevelure")
 主人公は裕福なアンティークの愛好家。三十二の歳まで恋をすることもなく、コレクションの来歴をオブジェトリーディングばりに妄想しては悦に入るのが無上の楽しみという変人だ。そんな彼が古い家具の秘密の引き出しから、女性のものらしい一房の髪の毛を発見する。それがどのくらい昔のもので、なぜ隠されていたのかは分からない。しかしその髪の毛をきっかけに、主人公の妄想が暴走する。彼は髪の毛にとらわれ、それを愛して、やがて精神に変調をきたしていく。

 どうにかすれば「髪の毛の持ち主の女性に恋する」って感じのいい話になりそうな気もするが、そんな甘酸っぱい雰囲気はかけらもない。乱歩の小説にでも出てきそうな主人公が恋したのは、とっくに滅んだ女の死体の一部である髪の毛そのもの。彼は古い一房の髪の毛が発する強烈な死の気配に魅了されたのだ。しかもただならぬ魅了のされ方で……↓

ぼくは髪の毛とともに一人閉じこもって、それを肌の上に感じ、その中に唇をさしこみ、口づけをし、噛んだりした。あるいは、髪の毛を顔に巻きつけ、口に呑みこみ、その金色の波に目を溺れさせて、髪の毛を透して陽をながめたりした(p.142)


 ……相当性的な感じ。
 おそらくこの髪の毛の束はきっかけに過ぎなかったのだろう。なに不自由なく人生を謳歌しているといいながら、生きた女性の愛情には少しの興味も抱かず、骨董品を通して感じた「過ぎし昨日の女たち」を愛するという主人公は、すでにずっと以前から死の魅力にとらわれていたに違いない。日記の最初のあたりの(この作品は主人公の日記という形をとっている)、エナメルの小さな時計に対する彼の思い入れの吐露は、冒頭を飾るにふさわしい異様さと迫力だった。


『墓』("La tombe")
 墓場で若い女の死体を掘り返していた男が裁判にかけられた。彼の裁判所での弁明を中心にこの作品は構成されている。彼が暴いた墓の主は、実は彼の愛した女性のものだったらしい。このままではもう二度と会えなくなってしまう、そんな思いをつのらせて犯行に及んだのだという。経緯は違えど彼もまた「過ぎし昨日の女」への、強烈な思いをこじらせている。ただ彼の場合はその対象が少々新鮮すぎたのだ。女の体は腐敗し、異臭を放っていた。

彼女の顔は真青で、むくんでいて、ぞっとしました! 彼女の口からは真黒い液体が流れ出ていました。〔中略〕その腐敗の悪臭、最愛の女の匂いが、一晩中、わたしにしみついていました。まるで愛の抱擁のあとで、相手の女の匂いがしみついているように(p.193-194)


 端的で凄まじい描写だ。弁明の最後に主人公は「どうか、わたしを存分になさってください」(p.194)と語る。彼女への激しい思いに熱弁を振るった直後の、もの静かで、なにも考えていないようだったという主人公の様子が怖ろしい。


 先日感想を書いた『幽霊』と同様、この二編もまた死者からの強烈な影響を受けて、狂気に捕われる男の物語だ。様々な形をとってあらわれる死者に対して、主人公は偏執狂的で極端な性格が設定されていて、その壊れっぷりは真に迫っている。
 これらの作品には、著者の悲劇的な人生とその精神状態が相当反映されていて、それぞれの作品はまるで死と狂気にまつわる同じ長い物語の断片のようだ。


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モーパッサン『幽霊』

 ギ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant)著, 榊原晃三訳『幽霊』("Apparition"『モーパッサン怪奇傑作集』福武書店 1989 福武文庫 所収)

 これ怖かったです。実話怪談っぽいというか、わけの分からないことが劇中で全然説明されないまま終わってしまって、気味の悪い印象があとを引く。今から百三十年も前に書かれた作品だけど、昔の作品にありがちなまだるっこしさがなく、これは翻訳のおかげなのかもしれないが、最近の小説のようにすらすらと読めた。

 ストーリーは語り手が偶然に再会した旧友に頼まれて、今は住む人のない彼の屋敷に手紙を取りにいくというもの。そこに旧友の亡き妻の幽霊が出る。実にシンプルな幽霊屋敷譚なんだけど、屋敷の有り様、幽霊の出るタイミング、幽霊の様子のどれをとっても一級品。とくに幽霊の出るタイミングは、繰り返し読んでもぞっとする素晴らしさだった。語り手がその屋敷に滞在したのはほんの十分ほど。それから五十年以上、途切れることのない恐怖が魂のなかに残ってしまったという。

 口をきく幽霊はあまり怖くないといわれている。映画に出てくる幽霊も、黙っているか奇声を発するタイプの幽霊が、とくに近年の作品ほど多いように思う。この作品に登場する幽霊はばっちり話をする。しかし怖い。長く乱れた髪を梳いてくれるよう懇願してくるのだけれど、その必死さがわけ分からなくて怖い。赤ん坊を抱いてくれとせがむ「産女の怪」に通じる気味の悪さだ。そして産女が赤ん坊を抱いたものに何らかの痕跡を残すように、本作の幽霊も不気味な痕跡を語り手に残す。

 著者は十年ほどの短い創作期間のあいだに怪奇系の作品を三十作以上残し、晩年(といっても四十代)は発狂して自殺を図るが失敗、パリの精神病院で死去している。これらの作品群は実体験に基づくものともいわれている。著者は「見える人」だったのかもしれない。
 この作品が収録されている『モーパッサン怪奇傑作集』には本作のほか、有名な『オルラ』をはじめ『手』『水の上』『山の宿』『恐怖 その一』『恐怖 その二』『髪の毛』『だれが知ろう?』『墓』『痙攣』が収録されている。どれも先の展開がまったく読めない、精神にくるような異様な作品ばかりだ。怪異に対するスタンスが独特で、しかも妙にリアルだから困る(嬉しい)。


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