諸星大二郎『栞と紙魚子 殺戮詩集』

 

 諸星大二郎『栞と紙魚子 殺戮詩集』朝日新聞社出版局 2007 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス

 シリーズ第3巻。いよいよ漂泊の狂詩人、きとらさんが登場する。で、登場早々、現時点での最新刊である6巻のきとらさんと比較しても、まったくブレのない清々しい活躍を見せる。かつて恋人を殺害、バラバラにして、精神病院に収容されていたのだが、1年ほど前に退院すると、段先生を追って胃の頭町にやってきたらしい。現在は「ムルムル」(←前の記事へのリンクです)を主食に公園で野営しつつ、ストーカーライフを満喫している。本書に収録されている8編のうち、きとらさんが登場するのは「殺戮詩集」「きとらのストーカー日記」の2編だけなんだけど、そのインパクトは強烈。段先生の苦労は絶えない。

 収録されている8編はそれぞれ、首山の怪談、段先生関連の話、きとらさんの話って感じに大まかに分けることができる。首山の怪談というのは巻末の「首山周辺史蹟マップ」に載ってる各史蹟にまつわるエピソードで、「頸山の怪病院」「長い廊下」「頸山城妖姫録」がそれにあたる。主人公二人がところ構わず天然ぶりを発揮しているが、どれも読み応えのある因縁話になっている。
 段先生関連にはこれもまた新キャラで、段先生の奥さんと仲良しらしい「ゼノ奥さん」が登場する。見た感じ浮世離れした貴婦人風の掴みどころのないキャラで、掴みどころのない作品をますます掴みどころなくしている。栞と紙魚子と普通に絡んでるけど、もちろんあっち側の人。

 人がバラバラになってたり、こってりした怨念の話があったりするわりに、本書の印象が明るくあっけらかんとしているのは構成の妙によるものだろう。上記の三つの系統の話が、とてもバランス良く配置されている。
 現在このA5判のコミックスは6巻まで刊行されているが、今のところ続刊の気配はない。とはいえしっかり終わってるわけでもないので、なにかのはずみで復活するかもしれない。その日を心待ちにしつつ、ひとまずこれで既刊分の感想は終了。前巻同様、奇妙で残酷でゆるい話の好きな人にはおすすめ。


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諸星大二郎『栞と紙魚子と青い馬』

 

 諸星大二郎『栞と紙魚子と青い馬』朝日新聞社出版局 2008 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス

 胃の頭町の異界化は着々と進行しているようだ。それに伴ってほんの少しずつだけど、確実に作品の雰囲気も移り変っていく。前に少し書いたけれど「栞と紙魚子」シリーズ初期においては、街全体が怪異に見舞われるようなスペクタルな展開は少なく、不吉な感じの、いかにも「事件」って規模の出来事が中心となっている。またなんとなく切さを感じさせる幻想的な雰囲気や、最近ではあまり見られなくなった暗めのトーンも特徴的だと思う。

 現在A5判のコミックスでは6巻まで刊行されている「栞と紙魚子」シリーズ、本書はその第2巻めにあたる。個人的には本書や次の第3巻『栞と紙魚子 殺戮詩集』あたりの、血なまぐさいスラップスティックなノリが好み。帝国の逆襲ぽい微妙な地味さを漂わせている本書はとくに好きな一冊で、読み返す回数も多い。前巻では段先生一家、次巻ではきとらさんという強烈なキャラが登場するのと比べると、本書の鴻鳥さんはやっぱちょっと地味かなー。ナチュラルに狂ってるいい感じのキャラなんだけど。そういえばムルムルも初登場だった。地味だな、やっぱり。

 本書に収録されている9編のうち、料理好きの「蔦屋敷のお嬢さま」こと鴻鳥友子さんが登場するのは、「本を読む幽霊」「雪の日の同窓会」「足跡追って」「空き地の家」の4編。メインで活躍するのは初登場の「本を読む幽霊」だけであとはちょい役。それでも毎回いい感じでおかしくなっているけど。
 この鴻鳥さん、普段はおっとりしたお嬢さま言葉の女の子なんだけど、極度の霊媒体質で、すぐに悪質な先祖の霊に憑依されてしまうという設定。しかもその霊というのが、美食に狂って娘を食べた母親と、食べられた娘の二体の霊で、それが同時に憑依するからたちが悪い。突然周囲の人間を手にかけようとする。もちろん食べるために。素の鴻鳥さんと、憑依した霊の性格の境い目がちっとも分からないのがおもしろい。

 好きなキャラってことで鴻鳥さんのことばかり書いてしまったけれど、肝心の主人公二人は相変わらず町中をうろついては、妙な事件に関わっている(本書では比較的制服姿で活動することが多い)。
 表題作の「青い馬」は朝霧に迷い込んだ栞と紙魚子が、いつもとはちょっと様子の違う町で騒ぎに巻き込まれる話。ブラックなドタバタものなんだけど、不思議としっとりとした読後感の作品。
 すっかりおなじみな気がする段先生一家は、今回も主役を食いまくる(比喩表現)活躍を見せる。「おじいちゃんと遊ぼう」では奥さんの両親を召喚して、はからずも町中をパニックに陥れた。家や車が吹き飛んだりといった、災害クラスの被害をもたらしている。ああ、それとムルムルもこの話で初登場している。
 ムルムルはフェレットくらいのサイズのあちら産の生き物で、鳥脚類ぽい体形に地蔵顔、背中に貝殻のような小さい羽根がついてる。ストーリーに絡むことはまずないけれど、なんか町中にいて、勝手に踊ったり増えたり食べられたりしてる。「足跡追って」ではそんなムルムルの生態を垣間見ることができる。できたらどうだって気もしないでもないが、意外にもおもしろくてなんか悔しい。

 こんな感じで、本書にはバラエティに富んだ楽しい作品ばかりが収録されている。一作毎にいちいち読後感が異なっているのも素晴らしい。奇妙で残酷でゆるい話の好きな人にはすごくおすすめ。あ、でも、もちろん刊行順に読んだ方がより楽しめると思う。


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諸星大二郎『栞と紙魚子の生首事件』

 

 諸星大二郎『栞と紙魚子の生首事件』朝日新聞社出版局 2007 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス

「栞と紙魚子」シリーズの記念すべき第1巻。続巻と比べるとかなり血生臭く、舞台となる「胃の頭町」がまだ異界化する途上にある感じで、街全体が怪異に見舞われるようなスペクタルな展開はないから、まさに「事件」って言葉がぴったり。収録されている10話のうち、劇中で刑事事件が発生する表題作の「生首事件」「殺人者の蔵書印」ではとくにその傾向が強い。こっちの雰囲気の方が好きって人も多いかもしれない。メインキャラの面々はこの時点ですっかり出来上がっていて、揺るぎない。

「自殺館」「ためらい坂」の2編は、後の同系統のエピソードと比べると、なんとなくこなれてない気もするけど、このバカバカしいワルノリは今後の展開のなかで欠かせない要素となっていく。また後半に収められている「ボリスの獲物」「クトルーちゃん」「ヨグの逆襲」の3編はボリス vs ヨグ回。二匹のバトルに乗って段先生一家が手際よく登場している。何でもありの世界観をより拡張する段先生一家の登場によって、本作の成功は決定的なものとなった。

 各話はほぼ発表順に収録されているが、「ゲッコウカゲムシ」だけが本来なら「殺人者の蔵書印」と「ボリスの獲物」の間に入るべきところを、一番最後に回されている。月光のもと栞と紙魚子が仲良く家路につくノスタルジックなエンディングが、結びに相応しいと判断されての構成だろう。また『ゲッコウカゲムシ』は、「よりによってなんで あんなおっさんに」(p.133)「せめて女の子にでも なればいいじゃないの!」(p.131)と言う栞に激しく同意の短編「それぞれの悪夢」とともに、主人公二人のキャラとその関係を掘り下げるエピソードでもある。

 改めて本書を読み直してみると、この先シリーズが進むに連れて開花する様々な要素の萌芽を、随所に見ることができる。そういう意味では第3話の「桜の花の満開の下」は、どこまでも素の主人公たちが予期せず異界に足を踏み入れ、向こうの住人からも素のままの扱いを受けるというあたり、早々と今後のシリーズの展開を暗示しているかのようで興味深い。
 本書には続巻にはない「あとがき」が付いていて「『ネムキ』という雑誌は一応少女雑誌なので、一応少女を主人公にした訳なのですが、あまり(というかほとんど)少女雑誌とか少女向けとかいうことは考えずに画いて来ました」って感じの、著者の肩の力の抜けた様子が伝わってくる。

 ※フキダシからの引用は、読みやすいように改行を調整しています。


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諸星大二郎『栞と紙魚子の百物語』

 

 諸星大二郎『栞と紙魚子の百物語』朝日新聞社出版局 2008 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス

 シリーズ屈指の萌えキャラにして、肌色担当の弁天様登場。
 脱ぎっぷりのよさとか、著者独特のタッチで描かれた肉体のえもいわれぬエロさとか、実は相当天然なところとか、ぐっとくるポイントを数えあげればキリがないけれど、やはりその神様らしさと俗っぽさが渾然一体となった「口調」が、弁天様のたまらない魅力になってると思う。
 本書にはそんな弁天様が出てくる「弁財天怒る!」「天気雨」を含めた全7話が収録されている。もちろん弁天様関連以外の話もおもしろい。

「栞と紙魚子物怪録」は平太郎を驚かせる側の立場から見た「稲生物怪録」だ。主人公の栞と紙魚子は、ごく自然に振舞っているだけなのに、ほとんどもののけ扱いされている。
 この怪異の側からの視点は、例えば「百物語」の中で召還される団先生の奥さんや、「モモタローの逆襲」で栞を見て「俺には俺の立場があるんだよ/飼い猫としての」(p.116)と隠れるボリスのように繰り返し描かれていて、シリーズの怪異に対するスタンスをよく表していると思う。

 全体の印象としては、ここに来て導入された新キャラが揃って陽性であるということもあって、これまで多かれ少なかれ描かれていた、殺人や人体実験や呪いといった不吉な要素や、不安や切なさを醸し出す幻想的な雰囲気は影をひそめ、あっけらかんとしたコメディ色がより強くなっている。少し残念なのはこれまでのレギュラー陣の活躍が少ないことくらいで、M・R・ジェイムズの作品を彷彿とさせる作中作や、ロジャー・コーマン(AIP・ARC)の小ネタなどから、著者の興味の対象が窺い知れるのも楽しい。

 ※フキダシからの引用は、読みやすいように改行を調整しています。
 ※関連記事です↓杉本好伸編『稲生物怪録絵巻集成』
 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-104.html


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諸星大二郎『栞と紙魚子 何かが街にやって来る』

 

 諸星大二郎『栞と紙魚子 何かが街にやって来る』朝日新聞社出版局 2007 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス

 相変わらず突っ込みどころ満載の諸星ワールド。ゆるくて奇妙で楽しい。
 本書には収録された全6話のうち、主人公がちらっとしか登場しない「烏賊井さんの逡巡」「犬魔の秘宝」「ゼノ奥さんのお茶」といった、主にサブキャラにスポットを当てた作品が3話収録されている。各キャラクターが個性的で元気な分、ドタバタ調になりがちだけど、「ゼノ奥さんのお茶」はちょっと切ない読後感の、しっとりとした幻想譚だった。

 また上記の3話とは対照的に「井戸の中歌詠む魚」「魔術」の2話には、栞と紙魚子以外のレギュラーが全く登場しない。ともに二人がクラスメイトから相談を持ちかけられる話で、刑事事件が起こるシリーズ最初期の雰囲気。もちろんその相談というのは、怪奇系の相談である。謎解きの要素もあってとても読み応えがある。
 表題作の「何かが街にやって来る」は、雑誌『ネムキ』に3回に分けて掲載された中編。キャラクター総出演、大暴れの(町内)スペクタクルで、ガチ侵略モノ。事件の全貌が明らかになっても、全然ガッカリさせないのが著者の凄いところだと思う。

 きとらさん出ないなーと思いつつ読んでいたら、最後に大活躍を見れてよかった。


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