三原一晃『白雪姫は悪魔の使い』

 三原一晃『白雪姫は悪魔の使い』立風書房 1983 レモン・コミックス 恐怖シリーズ

 表紙は人相の悪い原住民とソバカスの女の子、裏表紙は白雪姫と七人の小人、これらのお題をしっかり(?)踏まえつつ、その実態は怪猫ものでしたというカオスな作品。

 主人公は表紙の女の子「レイコ」。引っ込み思案な彼女にも、年頃の女の子らしい図々しくもささやかな願い事があった。「クラスのいじめっ子から私を守ってください。それから今度の学芸会の白雪姫役を私に。でもそれにはまず顔のソバカスをとって綺麗にならないと……」彼女は同じクラスできっと王子様役をやるに違いない「ジュンくん」にほのかな恋心を抱いていたのだ。
 そんなレイコは最近、親友の「明美」から不思議な像を貰い受けた。その像はもともと明美の考古学者のおじさんのメキシコみやげだったという。アステカ民族の間で、願い事を叶えてくれる神像として信仰されていたらしい。早速願を懸けるレイコ。驚いたことに彼女の願いはことごとく叶えられていく。ただし宿願成就には強烈なリスクが伴っていた。神像がいけにえの血を欲したのだ。レイコはまずペットの文鳥を殺し、やがて飼い猫のトラを手にかけた。ソバカスもすっかり消え、性格まで積極的に、明るくなったように見えるレイコだったが、本人が気づかぬうちに、まるで猫のような仕草をしはじめたのだった。

 神像の呪い路線でずっといくのかと思いきや、殺した猫の怨霊がよっぽど強かったのか、そっち方面にどんどん話が転がっていく。おかげでまとまりに欠ける作品となったが、小綺麗にまとまってもこの手の作品は面白くないし、もともと化け猫は大好きなネタ。とても楽しく読むことができた。
 作画は『包丁人味平』とかあの辺の濃いめの劇画タッチで、いかにも手塚漫画のコードが希薄な感じだが、かなり上手いんじゃないかと思う。ハードで力強い。がっつりゴアな描写もある。後半に行くほど多用される見開きの大ゴマは超劇的で見応えがある。Tシャツにしたい。見所の多い本作だが、街中を駆け回る化け猫のたたみかけるような描写は特に素晴らしく、スピード感抜群。面白いのはレイコの化け猫フォームで、通常型のレイコにネコミミをくっつけただけなので、やけに可愛くなってしまっている。
 著者は貸本漫画の時代から活躍した人で、本書の刊行当時すでに大ベテランだったらしい。最後に奥付の「著者紹介」が興味深かったので、丸ごと転載しときます↓

  著者紹介/三原一晃
 ・国籍 満州生まれの大連育ち。昭和50年4月13日=日本にやって来て、まもなく帰化。
 ・性別 男性
 ・年齢 24歳とも66歳ともいわれるが、はっきりした年齢は誰も知らない。
 ・住所 東京近郊のある森の中のツタの絡みついた古い洋館に、ひとり淋しく住んでいる。しかし、正しい住所を知っている者は誰もいない。ただ、洋館の中には、いつもロウソクの火がともり、黒豹のように大きくて黒い猫が一匹飼われている。最近、三匹の黒い仔猫が生まれた。
 ・素顔 常に仮面をかぶっている。これまでに七種類の仮面をつけていたので、人は「七つの顔を持つ紳士」とか「仮面紳士」と呼ばれている。
 ・著書『恐怖バラ屋敷』『恐怖亡霊屋敷』(いずれも立風書房刊)



『白雪姫は悪魔の使い』
 立風書房 1983 レモン・コミックス 恐怖シリーズ
 著者:三原一晃

 ISBN-13:978-4-6510-7073-5
 ISBN-10:4-6510-7073-6


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森由岐子『おじょも寺の妖怪地蔵』

 森由岐子『おじょも寺の妖怪地蔵』ひばり書房 1984 ヒット・コミックス 171 怪談シリーズ

「滝の近くにおじょも寺という古いお寺があるが、あそこだけは近寄るでないぞ……」
 夏休み、S村を訪れた「あゆこ」「可奈」「一馬」の仲良しグループに、可奈の祖母が話しはじめた。S村は可奈の母の実家がある静かな山あいの村である。祖母によるとその廃寺には「おじょも」という妖怪が出ると伝えられていて、これまでに何人もの僧侶が狂死したという。
 そんな祖母の話を迷信と決めつけ、易々と「おじょも寺」に足を踏み入れてしまう三人。ところが寺の様子が聞いた話とは少々異なっている。荒れ果てて、無人だったはずの寺に、一人の美しい尼僧が住んでいたのだ。三人は何事もなく帰路に着いたが、数日後、女子二人に内緒で寺に出向いた一馬が行方不明になった。そして発見されないまま夏休みが終わろうとしていた。可奈は寺を訪れ一馬の行方を尋ねるが、尼は何も知らないという。そしてその際、尼から一体の地蔵を手渡される。「これを持っていると、なんでも願いが叶えられますよ……」
 東京に戻ってしばらくすると、可奈の様子がおかしくなりはじめた……。

『亡霊怪猫屋敷』(1958)にブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(“Dracula”)を足してふんわりさせた感じの、正統派オカルトモンスターホラー。珍しい怪猫ものである。

 今回著者はその作風を特徴付ける外面の美しさへの執着や妬みを隠し味程度に抑え、終始モンスターとして顕現する呪いと、それを封じるべく悪戦苦闘する現代っ子の描写に徹している。上記の田舎を舞台にした雰囲気のいいパートは作品の「序」、中盤で舞台を都会に移して「破」、再び田舎に戻って終わる「急」というシンプルな構成をとっており、この三部の構成自体『亡霊怪猫屋敷』が念頭にあったような気もするが、とにかく無駄のない展開でグズグズ足踏みをしないのが素晴らしい。個人的には散々ダメだって言われてたのに、嬉々として地雷原に踏み入るアホなハイカーと、怪しい尼僧を露悪的に描いた「序」が王道! って感じで好きなんだけど、もちろん後に続く「破」「急」にも見所は多い。冷蔵庫から魚を取り出して可奈がヨダレを垂らすシーン、犬の死骸の前で三角座りの可奈、あゆこと変身済みの可奈が揃って「はっ」とするシーン等々。
 ところで以前にもちょっと書いたけど、自分はこの著者の作品をネタ的にじゃなくがっつり好きなので、ネタ的に扱われてるのを見ると取り上げられて嬉しい反面、そこはかとなく切なくなってしまう。唯一のホラー漫画友達だったグルグル映畫館の天野くんにも、よく「マジで森由岐子好きっすよねー。面白いことは面白いけどなー」なとど不思議がられたものだ。マジで好きなんだけど、どこがっていうと上手く伝えられないのがもどかしい。

 閑話休題。この作品に出てくる「おじょも」という妖怪、調べてみたら著者の完全な創作ではなく、元ネタらしきものがあることがわかった。香川県坂出市に伝わる「おじょも」と呼ばれる巨人の伝説がそれである。郷師山と飯野山に足をかけて放尿したというから豪快にでかい。本作に出てくる「手や足が獣のようであり、頭には角があり、体つきは人間のようで、しかも長い尾を持つみにくい妖怪」という『ダンウィッチの怪』(“The Dunwich Horror”)のウィルバー・ウェイトリーに似たモンスターとは随分異なっている。単に名前を借りただけなのか、もしかするとどこかにもっと劇中の妖怪に近い姿のものがいるのかもしれない。余談だが上記の飯野山は古代のピラミッドじゃないかってことで、オカルトファンにはかなり有名。また香川県旧飯山町にはこの巨人おじょもの足跡を図案化したマンホールの蓋がある。

 怪猫ものはホラー漫画の中でも輪をかけてニッチなジャンルで、最近ではすっかり見かけなくなってしまった。本作は娯楽性の高い好編で作画も終始安定しているから、怪猫ファンにはオススメ。面白かった!



『おじょも寺の妖怪地蔵』
 ひばり書房 1984 ヒット・コミックス 171 怪談シリーズ
 著者:森由岐子

 ISBN-13:978-4-8280-1068-7
 ISBN-10:4-8280-1068-8


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杉戸光史『怪奇!! ばけ猫の家』

 杉戸光史『怪奇!! ばけ猫の家』ひばり書房 1985 ヒット・コミックス 怪談シリーズ 102

 先週『貞子 vs 伽椰子』のトレーラーを見た。『リング』(1998)も『呪怨』(2000)も好きな作品だし、白石監督の作品もよく見てる方なので超期待している。初めて『呪怨』の1巻(ビデオのやつ)を見た時、最初の方でまさかの怪猫もの?? って喜んだ覚えがある。実際には幽霊屋敷に都市伝説ネタを絡めた作品だったのだけど、怪猫映画は当時も今もかなり好きなジャンルで、地味にソフトを集めてたりする。なのでネコミミ(可動式)に隈取り調のネコメイク&白装束というスタイルの化け猫には、それなりに親しみを感じてはいたのだが、さすがにそのまんまで漫画に出てくるとなると浮いてる感は否めない。この作品にはそんなまんまな化け猫が登場する。

 就寝中の女の子に突如襲い掛かるクラシックな化け猫。ただならぬ気配に駆け込んできた姉らしき女の子もあっさりと倒されてしまう。「この屋敷は今後誰にも渡さん」そう言い残して消える化け猫。
 場面は変わって、高級そうな自動車が田舎道を走っている。ハンドルを握るのは父親、母親と姉妹は楽しげに談笑している。この家族、よりにもよって↑この屋敷に引っ越そうとしているのだ。当然屋敷に向かう途中から不吉な事が起こる。ふいに横切った黒猫に急ブレーキをかけ、慌てて車外に出てみると、そこには生々しい肉片の残った頭蓋骨が二つ。「それにしても嫌なものを見たものだ」と沈みつつもスルーした家族だったが、これは化け猫の仕業である。
 屋敷に到着した後も、数々の怪異が家族を襲う。狙われるのは主に姉だ。今回の引越しには建前上妹の喘息の転地療養という理由があったのだが、実は頭のおかしくなった姉の頭の療養のためというのが本当のところで、実際に家族を振り回しているのも怪異そのものではなく、それに触発されてどんどんヤバくなる姉なのだった。妹はそれなりに新生活をエンジョイしていたのだが、化け猫の魔の手は妹へと迫る。

「化け猫」は「猫又」と混同される事が多く、ウィキペディアにも「区別は曖昧」なんて書かれているが、化け猫の顕著な特徴を挙げるなら、しっかり「妖怪」の猫又よりも「幽霊」寄りで、怪異として生じる過程に人の思念(怨念、遺恨)が介在するケースが多い事だろう。この作品においては「この世にうらみを残して死んだ死者の霊魂と、猫との合体によってうまれた妖怪である」と定義されている。
 というわけで、上記の通りまんまな化け猫にはどーしても慣れないが、伝統芸「ネコじゃらし」もあるし(ドクロを操ります)、ポーの『黒猫』の化け猫版の名作『怪猫呪いの壁』(1958)を彷彿とさせるシーンもある。これら従来の怪猫映画をしっかり踏まえている辺りには好感が持てる。きっと著者も怪猫映画に親しく接していたに違いない。そして終盤には従来の怪猫映画を超える驚くべき展開が用意されていて、この一点において本作は怪猫漫画史上に肉球付きの足跡を燦然と残す画期的な作品となっている。

 それが「化け猫 vs 化け猫」である。クライマックス、化け猫に襲われ絶体絶命の妹の前にヒーローっぽく現れたのは、頭のおかしい姉の生霊と化け猫に殺害された飼い猫のシロが合体した、ネグリジェ姿の化け猫だった。絵面的には衣装を着せられたネコ同士がにゃごにゃごやってるようにしか見えないが、まさに「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!!」を先取りする展開である。ピーク時には年間に複数の作品が公開されていた怪猫映画も、残念ながら映画がモノクロからカラーに変わる時期に人知れずフェードアウトしてしまった。もしもあと数年、怪猫映画が作り続けられていたなら、怪獣映画のvs路線の影響を受けるかなんかして、本作のように泥臭いキャットファイトを繰り広げる化け猫の勇姿を見る事ができたかもしれない。そんな風に考えると非常に惜しい。



『怪奇!! ばけ猫の家』
 ひばり書房 1985 ヒット・コミックス 怪談シリーズ 102
 著者:杉戸光史

 ISBN-13:978-4-8280-1102-8
 ISBN-10:4-8280-1102-1


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川島のりかず『怨みの猫がこわい!』

 川島のりかず『怨みの猫がこわい! 恐怖の黒い占い師』ひばり書房 1988 ヒット・コミックス 怪談シリーズ 228

「どこからみてもなんの変てつもないただの石だが、少女が狂ったようにその石をみがくと、ただの石が意味をもつ」(p.3-p4)

 主人公の「沙里」は少々おてんばでこましゃくれた女の子だ。ある日友達の「圭子」と一緒に、金魚を食べた黒猫に大きな石を投げつけて潰してしまう。多少後味の悪さを感じたものの、一週間も経つころにはそんなこともすっかり忘れてしまっていた。ところがKKKみたいな装束の占い師に軽い気持ちで運勢を尋ねたところ、一週間前の残酷な所業をズバリと指摘される。占い師によると、二人はこれから二ヶ月の間、猫を殺した石を一日一回、休まずに磨かなければならない、もしもそれを怠ったら圭子は事故で、沙里は高熱に苦しんで死亡するという。当たるも八卦~ってことで気にしないことにする二人だったが、それから三日後、下校中の圭子が不慮の事故で死亡してしまう。落下してきた鉄骨に潰されたのである。その夜から沙里は高熱に浮かされ、翌日には足取りもおぼつかないまま森に入って、あの猫を潰した石を磨きはじめた。家族が引き止めようとしても沙里は石を磨き続けようとする。沙里の精神はみるみる常軌を逸して、異常な妄想の世界へと沈降していく。

 ここまでが全編の1/3くらい。以降はオチの数ページを除いて、沙里の精神世界の描写に費やされている。主人公の少女の生き生きとした小憎らしさや、子供でも容赦なく殺してしまうノリはいつも通りだが、精神世界をメインにした大胆な構成で、基本尖った作風の著者の作品の中でもとりわけピーキーな作品となっている。
 圧感はその精神世界、主人公の沙里がシルクハットにタキシードの猫に導かれ、迷い込む猫の世界(国)の描写だ。超カオスでサイケデリックでゆるい。その世界では象のようにでろんと鼻の伸びた矮人(微妙に性的)が列を成して石を運び、猫たちはカッパドキアみたいな奇岩にボコボコ穴を空けてその中で暮らしている。そして町には決まった時間に空から石が降る。「まぁったく、よくふる石だぜ」「うん、今年は例年より石ふりが多いんじゃないか」(p.146)なんて会話を交わしながら、作業服姿の猫たちが石を積んだリヤカーを引いている。沙里はあたり一面を覆い尽くした石の中から、たった一つの石を探し出さなければならないのだ。

 少女が抱いて頬ずりして磨き倒す石は一抱えもある漬物石然とした丸っこい石で、エメラルドを含むような美しい鉱石とは随分違うけれど、この作品、ジブリ映画の『耳をすませば』(1995)と共通点が多い。「耳すま」を思いっきりマイナスに振ったみたいな作品である。もちろん共通点が多い以外の何物でもないんだけど、「耳すま」にはモニョ~っとなるセンシティブな怪奇マンガファンにはオススメの作品。異世界を描いた作品としても、子供の精神の危機を描いた作品としても一読に値する著者の代表作。


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