森由岐子『おじょも寺の妖怪地蔵』

 森由岐子『おじょも寺の妖怪地蔵』ひばり書房 1984 ヒット・コミックス 171 怪談シリーズ

「滝の近くにおじょも寺という古いお寺があるが、あそこだけは近寄るでないぞ……」
 夏休み、S村を訪れた「あゆこ」「可奈」「一馬」の仲良しグループに、可奈の祖母が話しはじめた。S村は可奈の母の実家がある静かな山あいの村である。祖母によるとその廃寺には「おじょも」という妖怪が出ると伝えられていて、これまでに何人もの僧侶が狂死したという。
 そんな祖母の話を迷信と決めつけ、易々と「おじょも寺」に足を踏み入れてしまう三人。ところが寺の様子が聞いた話とは少々異なっている。荒れ果てて、無人だったはずの寺に、一人の美しい尼僧が住んでいたのだ。三人は何事もなく帰路に着いたが、数日後、女子二人に内緒で寺に出向いた一馬が行方不明になった。そして発見されないまま夏休みが終わろうとしていた。可奈は寺を訪れ一馬の行方を尋ねるが、尼は何も知らないという。そしてその際、尼から一体の地蔵を手渡される。「これを持っていると、なんでも願いが叶えられますよ……」
 東京に戻ってしばらくすると、可奈の様子がおかしくなりはじめた……。

『亡霊怪猫屋敷』(1958)にブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(“Dracula”)を足してふんわりさせた感じの、正統派オカルトモンスターホラー。珍しい怪猫ものである。

 今回著者はその作風を特徴付ける外面の美しさへの執着や妬みを隠し味程度に抑え、終始モンスターとして顕現する呪いと、それを封じるべく悪戦苦闘する現代っ子の描写に徹している。上記の田舎を舞台にした雰囲気のいいパートは作品の「序」、中盤で舞台を都会に移して「破」、再び田舎に戻って終わる「急」というシンプルな構成をとっており、この三部の構成自体『亡霊怪猫屋敷』が念頭にあったような気もするが、とにかく無駄のない展開でグズグズ足踏みをしないのが素晴らしい。個人的には散々ダメだって言われてたのに、嬉々として地雷原に踏み入るアホなハイカーと、怪しい尼僧を露悪的に描いた「序」が王道! って感じで好きなんだけど、もちろん後に続く「破」「急」にも見所は多い。冷蔵庫から魚を取り出して可奈がヨダレを垂らすシーン、犬の死骸の前で三角座りの可奈、あゆこと変身済みの可奈が揃って「はっ」とするシーン等々。
 ところで以前にもちょっと書いたけど、自分はこの著者の作品をネタ的にじゃなくがっつり好きなので、ネタ的に扱われてるのを見ると取り上げられて嬉しい反面、そこはかとなく切なくなってしまう。唯一のホラー漫画友達だったグルグル映畫館の天野くんにも、よく「マジで森由岐子好きっすよねー。面白いことは面白いけどなー」なとど不思議がられたものだ。マジで好きなんだけど、どこがっていうと上手く伝えられないのがもどかしい。

 閑話休題。この作品に出てくる「おじょも」という妖怪、調べてみたら著者の完全な創作ではなく、元ネタらしきものがあることがわかった。香川県坂出市に伝わる「おじょも」と呼ばれる巨人の伝説がそれである。郷師山と飯野山に足をかけて放尿したというから豪快にでかい。本作に出てくる「手や足が獣のようであり、頭には角があり、体つきは人間のようで、しかも長い尾を持つみにくい妖怪」という『ダンウィッチの怪』(“The Dunwich Horror”)のウィルバー・ウェイトリーに似たモンスターとは随分異なっている。単に名前を借りただけなのか、もしかするとどこかにもっと劇中の妖怪に近い姿のものがいるのかもしれない。余談だが上記の飯野山は古代のピラミッドじゃないかってことで、オカルトファンにはかなり有名。また香川県旧飯山町にはこの巨人おじょもの足跡を図案化したマンホールの蓋がある。

 怪猫ものはホラー漫画の中でも輪をかけてニッチなジャンルで、最近ではすっかり見かけなくなってしまった。本作は娯楽性の高い好編で作画も終始安定しているから、怪猫ファンにはオススメ。面白かった!



『おじょも寺の妖怪地蔵』
 ひばり書房 1984 ヒット・コミックス 171 怪談シリーズ
 著者:森由岐子

 ISBN-13:978-4-8280-1068-7
 ISBN-10:4-8280-1068-8


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古賀新一『白衣のドラキュラ』



 古賀新一『白衣のドラキュラ』ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 44 オカルトシリーズ 5

「僕にとってあなたは突然すぎたんだ。人同士ってこんなもんなんだよな」……これは戦闘中にチャクラが開いたアムロとララァの感応の一節だが、何から何まで突然すぎるのがこの『白衣のドラキュラ』。みごとに1ミリ先の展開も読めない、雑にいえば行き当たりばったりこの上ない作品である。著者の作品には往々にして同様の傾向が見られるのだが、だからといって面白くないとは限らない。この作品も対象とする読者を怯えさせるには充分な性能を有している。

 森の中らしき白い空間で、ノスフェラトゥタイプの吸血鬼に襲われる少女。彼女は近くの病院の入院患者だった。主人公の「綾子」も同じ病院の入院患者で、被害者「由紀子」とは同室の親しい間柄。由紀子は病院に運び込まれたあと、老婆のように衰弱して死亡してしまう。その夜、綾子は看護師が由紀子の死体をこっそり運び出すのを目撃するが、見つかって口止めをされる。この病院にはなにか怖ろしい秘密があるらしい。それをみんなして隠蔽しているのだ。頼りになるのは病院のすぐそばに住んでいる医師、「ユミ先生」だけ……。

 見知らぬ医療施設、白い壁と廊下がどこまでも続いている。両親は見当たらない、唯一の友人は死亡。頼るべき医師、看護師はどーみても怪しい。少女にはマンガ的な能力はなにひとつ備わってない。何者かに襲われたとしても、対抗する手段がないのだ。廊下の曲がり角の向こう、暗いドアの向こう側になにが待ち構えているのかわからない。こんな状況に、伏線もなく、お約束も通用しそうにない、行き当たりばったりの展開がよく馴染んでいて、吸血鬼ものというより脆弱な少女が病院内をひたすら逃げまどうシチュエーションホラーといった趣き。当然、主人公の少女に感情移入するほど作品は面白くなる。意図されてのことかどうかはわからないが、少女の知りえない情報がほとんど描かれないのも効果的だと思う。
 誰にでもオススメできる作品ではない。それでも自分はこの作品が好きだ。ちっこいビオランテみたいな怪物が出てきて以降の、ふっ切れたようなハイテンションさには変な爽快感があるし、なにより主人公の無個性なほどの天真爛漫さが素晴らしい。

 本書にはもう一編、『白衣のドラキュラ』とは随分異なる繊細な絵柄の短編、『黒髪の呪い』が収録されている。スタンダードな髪の毛の怪談かと思いきや、片足が飛び回りひたすら主人公を怯えさせるという、シンプルだが驚異的なシーンが頻出する。タイトルに偽りありの面白い作品だった。



『白衣のドラキュラ』
 ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 44 オカルトシリーズ 5
 著者:古賀新一

 収録作品
 『白衣のドラキュラ』
 『黒髪の呪い』

 ISBN-13:978-4-8280-1044-1
 ISBN-10:4-8280-1044-0


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さがみゆき『血に炎える死美人』

 さがみゆき『血に炎える死美人』ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 132 怪奇ロマンシリーズ

「純子」と「まり」の仲良し姉妹がTVの恐怖劇場(ひばり書房提供)に悲鳴をあげていると、兄が帰宅した。美しい女性を連れている。映画スターだろうか……。姉妹の兄は怪奇作家だ。小説がドラマ化されたりして、最近人気が出てきている。そんな兄へのファンレターの中に奇妙なものがあった。血で染め上げられたような真っ赤な着物が送られてきたのだ。同封されていた手紙には、着物にまつわる奇怪な伝説が綴られていた。
 ……明治のころ、富士の風穴のすぐそばの集落に「鈴子」という美しい娘がいた。彼女は自らの美貌に病的に執着し、美貌を維持するためと称して、蛇やムカデ、昆虫を好んで食べた。それを知っているのは彼女が嫁いだ先、村で一番醜く、一番金持ちの「源吉」ただ一人だった。鈴子はやがて娘をもうけたが、「かおる」と名付けられた娘は他家に預けられて育った。鈴子が娘を抱こうとさえしなかったからだ。それでもかおるは美しく成長し、年老いた父源吉が身罷ると母のもとを訪ねた。驚くべきことに母鈴子は未だに若さ、美しさを保ち続けていた。母の住居で夜を迎えたかおるは、母の怖ろしい秘密を知ってしまう。鈴子の美貌の秘訣は度を越した悪食だけではなかったのである。暗い風穴の中で殺害した人の血液を自らの花嫁衣装に吸わせ、それを身にまとうことで若さを保っていたのだ。
 この手紙の真偽を確かめるべく、純子は兄とその連れの女とともに富士の集落へ向かう。

 女性の美と若さに対する妄執を描いた和洋折衷ホラー。血の伯爵夫人エリザベート・バートリの伝説を、閉塞感たっぷりの過去と現在の日本の集落を舞台に展開する意欲作である。無理やりカテゴライズするなら吸血鬼ものだけど、雰囲気は横溝正史の金田一シリーズとかあのあたり。著者の作品らしく、蛇の串焼き(全長50cmくらい)を「ガブ!」って頭から食べる場面(p54)をはじめ、ゆるくてファニーなシーンも多い。なかでも一押しのシーンはp126の下段2コマ。「何百年もたっているのにこの布はうつくしすぎるわ……」「何百年もたっているのにこの着物は新しすぎるわ……」と純子が繰り返しつぶやくシーンだ。上のコマでは沈黙思考する表情、すぐ下のコマでは両頬に手を当てて驚いたように目を見張っている(ムンクの『叫び』のポーズ)。メリハリが半端ない。面白いだけじゃなくて、著者の直感的な表現の手腕が如実に発揮されている。
 トイレに行きたい、でも怖い、が繰り返されるのも、読者層を強く意識したサービス精神の表れだろう。あと永井豪のオモライくんがチラッと登場するコマがある。ファンだったのかな。

 このあたりの作品を読むと、ストーリーといいスケール感といい、ゆるめの2時間サスペンスドラマの原作にぴったりだと思うことが多い。とくにこの作品はコマ割りから何から、それらしい雰囲気がビンビンする。今更どうにかなるとも思えないが、こうしたポテンシャルを持つ作品が放置されたままになっているのは残念なことだと思う。ほんと惜しい。



『血に炎える死美人』(旧題:ミイラ死美人)
 ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 132 怪奇ロマンシリーズ
 著者:さがみゆき

 ISBN-13:978-4-8280-1132-5
 ISBN-10:4-8280-1132-3


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さがみゆき『血まみれカラスの呪い』

 

 さがみゆき『血まみれカラスの呪い』ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 58 怪奇ロマンシリーズ

「あの人が私を狂わせてしまったのです。けれど私はすこしもあなたを恨んではおりません……」(p.06)

 転校してきた「由利桜子」さんは絵に描いたようなサイコパス美少女。主人公の「小野けい子」がそのことに気付いたのは、彼女と互いの血を舐めあって心の友の誓い(Omertà)を立てた後だった。その直後から、由利さんの残虐な振る舞いはエスカレートしていく。カラスの雛と、その親ガラスを惨殺し、でかいアリンコを踏みにじる。自宅には等身大の奇怪な人形がぞろぞろ吊り下げられて、すっかりオバケ屋敷の様相を呈している。人形は全て彼女の母親のハンドメイドらしい。
 そんな由利さんに振り回されるけい子だったが、次第に自分自身の嗜虐的な性向に気付きはじめた。見渡せば世の中は残酷なことに満ちている。誰もが多かれ少なかれ残酷なものを好み、それをひた隠しにしているのだ。やがて二人は由利さんの母親に主導され、クラスメイトのメガネ女子を発狂させてしまう。二人の残酷な「いたずら」はどこまでエスカレートするだろうか。

 衝撃的な入れ歯、カツラのキャストオフシーンや、キャッチーな絵柄が頻出してネタっぽく扱われることの多い作品だが、古典的な少女小説の要素を備えていることも見逃せないポイントだ。というか本質的には「少女小説の読者の女の子たちが、思いつくままてきとーに(ときにふざけたりしながら)話した怖い話」って感じの作品だと思う。そのためピー音でまるまる聞こえなくなるような暴言を吐くキャラが出てきたり、とんでもない出来事が起こっても、どことなく慎ましやかで、そこはかとない品が感じられる。こういうニュアンスって簡単に狙って出せるものではないから、もともと著者に備わったセンスなのだろう。
 よく言えば『ジュニア それいゆ』とかに載ってそうな本作のクラシックな絵柄も、そんな作風によく似合っている。絵的には非常に見せ場が多いが、一番のおすすめは由利さんがけい子の腕にかぶりつくシーン。「ガブ」っといってるのに、無表情なつぶらな瞳がかわいい。血筋の「血」、誓いの「血」、流れ出す「血」など、いろいろな意味合いの「血」に囚われた少女たちの妖しく楽しい日常を、品良く、たどたどしく描き出した愛すべき作品。



『血まみれカラスの呪い』(旧題:美少女とカラス)
 ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 58 怪奇ロマンシリーズ
 著者:さがみゆき

 ISBN-13:978-4-8280-1058-8
 ISBN-10:4-8280-1058-8


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日野日出志『赤い蛇』

 日野日出志『赤い蛇』ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 67 日野日出志ショッキング劇場

『地獄変』『恐怖・地獄少女/呪われた赤ん坊が…』と並び称される著者の代表作。よくある日野日出志の漫画で一番好きなのは? って話題でタイトルが出てくるよりも、古今東西の漫画の中で一番好きな作品は? で出てくる方がしっくりくる作品である。
 長らくこの作品に対しては、たまーに読み返しては嫌悪感を確認する、というよく分からない接し方をしてきた。「怪奇系多め」なブログなのに、日野日出志の作品を全く取り上げてこなかったのは、実はこの作品がネックになっていたからだ。妙な思い入れがありすぎて、感想が書き辛いったらない。

 主人公の「ぼく」は、物心ついた時から、この家を出たいと思っていた。どうしてもこの家が好きになれなかった。いや、むしろこの家が怖かったといった方がいいだろう。彼の家はいわゆる旧家だったが、その広さは想像を絶していた。何部屋くらいあるのかさえわからない。ところが青銅の巨大な鏡によって廊下が封じられていて、彼は家族が暮らす十数部屋の他には行ったこともなかった。鏡の向こう側には「開かずの間」があるらしい。
 家族は主人公を含めて五人。「父親」は鶏を飼い、卵を産ませ、卵を産まない鶏を潰し、狂った「祖母」に強く執着していた。祖母は自らを鶏だと思い込み、部屋の中に大きな鳥の巣を作ってそこで暮らしている。「母親」は鶏が産んだ卵を「祖父」の頬にぶら下がったでっかいコブに擦り込み、踏んで膿を絞り出すことに喜びを感じているらしい。「姉」は一人部屋に引きこもり、父親が鶏に与えるために飼育したイモ虫を身体中に這わせ恍惚としている。蒼古とした巨大な屋敷に対するのと同じような怖れを、主人公はこの家族にも感じていた。そしてある時、彼は家を出ることを決めた。

 ちょっと前に加門七海の『203号室』って本を読んだのだが、次のような美しい一節が印象に残った。「実家の部屋は、思い出という埃にまみれたもので溢れかえっている。(中略) 愛着があるからこそ取ってあるのは間違いないが、それらは皆、どこか鬱陶しかった。彼女は家族から遠ざかると同時に、少女時代をそのまんま抱え込んでいるような部屋からも目を逸らしたかった。」(※) 少女でなくてもこうしたアンビバレントな感情って、多かれ少なかれ誰もが抱いているのではないかと思う。そんな感情を極度に増幅させて、怪奇と幻想に全振りしたのが、この『赤い蛇』。著者によると「本気で書いた最後の作品」だという。

『赤い蛇』はある家族の日常と崩壊を描いたホームドラマだ。病的で、性的で、血と膿にまみれた悪夢のようなイメージの数々を、上記のようなハチャメチャな家族が、影絵のように演じあげていく。テーマは「業」とか「宿命」とか、そんな感じのやつ。メインのターゲット小学生だったはずなのに……って気がしないでもないが、実際にその年頃にこの作品に接したことを思い出すと、怖い漫画っていうより、穢らわしい、超嫌な漫画って印象の方が強かったように思う。星雲社版のインタビュー記事にも似たようなことが書かれていたが、両親がセックスしてることを知ってしまった時のような、めっちゃ嫌な感じというか。……ふーむ、とか思いながら、まともに鑑賞できるようになったのは、随分経ってからのことだったと思う。あ、多分、『イレイザーヘッド』(1977)をLDで初めて見たときに、あれーこれ『赤い蛇』に似てね?? って思ったのが、ふーむってなるきっかけだったかもしれない( ≈トラウマを克服するきっかけだったかもしれない)。てことは中学の頃か。単に繰り返し読みすぎて慣れただけって気もするが、なんかそれらしいのでそーゆーことにしておこう(これ、似てね?? のくだりは本当です)。

 この作品の奇怪な光景の数々は、著者の幼い頃の心象風景らしい。作画はまさに渾身って感じで、すべてのコマが考え抜かれ、グロテスクなシーンであっても独特の美しさが感じられる。傑作ホラー漫画。

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 本の話から外れてしまうが、これは「犬神サーカス団╳グルグル映畫館」のアナログレコード『赤い蛇』。天野君からの頂きものだ。うちではアナログ盤を聴くことができないのだが、「これ描いてもらったんですよー」って嬉しそうに置いていってくれた。なんとED.No.001/500。限定版とか好きなの知ってて持ってきてくれたのだろう。ジャケ絵はもちろん日野日出志である。天野君とはガンプラとか、ホラー漫画とか、最近読んだ本とか、そんな話ばかりしていた。考えてみればいつも彼が一方的に話してたような気もするが、よくまあ毎回あんなに話すことがあったものだと思う(そういえば音楽の話はしたことがなかった)。深夜に携帯が鳴ると今でも天野君のことを思い出す。当然、この『赤い蛇』を読み返したときも。


 ※加門七海『203号室』光文社 2004 光文社文庫 p.9




『赤い蛇』
 ひばり書房 1986 ヒット・コミックス 67 日野日出志ショッキング劇場
 著者:日野日出志

 ISBN-13:978-4-8280-1067-0
 ISBN-10:4-8280-1067-X


 

『赤い蛇』
 星雲社 2005 マジカルホラーシリーズ 4
 著者:日野日出志

 巻末特集
 1) 日野日出志、自伝的長編『赤い蛇』を語る。
 2) 日野日出志仕事場訪問奇談

 ※ひばり書房版のカバーイラストが、タイトルロゴなし、カラーで収録されている。判型も大きくてオススメ。

 ISBN-13:978-4-4340-6578-1
 ISBN-10:4-4340-6578-5


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杉戸光史『怪奇!! ばけ猫の家』

 杉戸光史『怪奇!! ばけ猫の家』ひばり書房 1985 ヒット・コミックス 怪談シリーズ 102

 先週『貞子 vs 伽椰子』のトレーラーを見た。『リング』(1998)も『呪怨』(2000)も好きな作品だし、白石監督の作品もよく見てる方なので超期待している。初めて『呪怨』の1巻(ビデオのやつ)を見た時、最初の方でまさかの怪猫もの?? って喜んだ覚えがある。実際には幽霊屋敷に都市伝説ネタを絡めた作品だったのだけど、怪猫映画は当時も今もかなり好きなジャンルで、地味にソフトを集めてたりする。なのでネコミミ(可動式)に隈取り調のネコメイク&白装束というスタイルの化け猫には、それなりに親しみを感じてはいたのだが、さすがにそのまんまで漫画に出てくるとなると浮いてる感は否めない。この作品にはそんなまんまな化け猫が登場する。

 就寝中の女の子に突如襲い掛かるクラシックな化け猫。ただならぬ気配に駆け込んできた姉らしき女の子もあっさりと倒されてしまう。「この屋敷は今後誰にも渡さん」そう言い残して消える化け猫。
 場面は変わって、高級そうな自動車が田舎道を走っている。ハンドルを握るのは父親、母親と姉妹は楽しげに談笑している。この家族、よりにもよって↑この屋敷に引っ越そうとしているのだ。当然屋敷に向かう途中から不吉な事が起こる。ふいに横切った黒猫に急ブレーキをかけ、慌てて車外に出てみると、そこには生々しい肉片の残った頭蓋骨が二つ。「それにしても嫌なものを見たものだ」と沈みつつもスルーした家族だったが、これは化け猫の仕業である。
 屋敷に到着した後も、数々の怪異が家族を襲う。狙われるのは主に姉だ。今回の引越しには建前上妹の喘息の転地療養という理由があったのだが、実は頭のおかしくなった姉の頭の療養のためというのが本当のところで、実際に家族を振り回しているのも怪異そのものではなく、それに触発されてどんどんヤバくなる姉なのだった。妹はそれなりに新生活をエンジョイしていたのだが、化け猫の魔の手は妹へと迫る。

「化け猫」は「猫又」と混同される事が多く、ウィキペディアにも「区別は曖昧」なんて書かれているが、化け猫の顕著な特徴を挙げるなら、しっかり「妖怪」の猫又よりも「幽霊」寄りで、怪異として生じる過程に人の思念(怨念、遺恨)が介在するケースが多い事だろう。この作品においては「この世にうらみを残して死んだ死者の霊魂と、猫との合体によってうまれた妖怪である」と定義されている。
 というわけで、上記の通りまんまな化け猫にはどーしても慣れないが、伝統芸「ネコじゃらし」もあるし(ドクロを操ります)、ポーの『黒猫』の化け猫版の名作『怪猫呪いの壁』(1958)を彷彿とさせるシーンもある。これら従来の怪猫映画をしっかり踏まえている辺りには好感が持てる。きっと著者も怪猫映画に親しく接していたに違いない。そして終盤には従来の怪猫映画を超える驚くべき展開が用意されていて、この一点において本作は怪猫漫画史上に肉球付きの足跡を燦然と残す画期的な作品となっている。

 それが「化け猫 vs 化け猫」である。クライマックス、化け猫に襲われ絶体絶命の妹の前にヒーローっぽく現れたのは、頭のおかしい姉の生霊と化け猫に殺害された飼い猫のシロが合体した、ネグリジェ姿の化け猫だった。絵面的には衣装を着せられたネコ同士がにゃごにゃごやってるようにしか見えないが、まさに「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!!」を先取りする展開である。ピーク時には年間に複数の作品が公開されていた怪猫映画も、残念ながら映画がモノクロからカラーに変わる時期に人知れずフェードアウトしてしまった。もしもあと数年、怪猫映画が作り続けられていたなら、怪獣映画のvs路線の影響を受けるかなんかして、本作のように泥臭いキャットファイトを繰り広げる化け猫の勇姿を見る事ができたかもしれない。そんな風に考えると非常に惜しい。



『怪奇!! ばけ猫の家』
 ひばり書房 1985 ヒット・コミックス 怪談シリーズ 102
 著者:杉戸光史

 ISBN-13:978-4-8280-1102-8
 ISBN-10:4-8280-1102-1


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